221 夢魘
公爵達と会って以降、私とお兄様は図書館で過去の出来事を調べている。
アステール達に確認したら、彼等も過去に何があったのか知らないようだった。
日中は執務に従事するが、王宮に戻ってからお兄様と共に過去の事を調べるのが日課になりつつある。
学園の休暇が残り一週間となりルイスは休暇の為に今日からお休みだ。
代わりに領地に戻っていたレグリスが王都に戻り執務室に顔を出した。
「久しぶりね。セイデリアの訓練はどうだったの?」
「相変わらず、と言ったとこですね。あぁ、これお土産です」
そう言ってアルネに預けた所を見れば、お菓子かしら。
楽しみね。
最近では少し筋力が付いてきたので数日に一度だったらご褒美のお菓子を増やしていいと許可を貰ったので気分が上がる。
レグリスにお土産のお礼を言うと、彼は早速休んでいた期間の事をロベルトに確認している。
訓練についてはあまり言いたくないようだ。
隠しているようだけれど動きが何処となくぎこちない。
相当厳しい訓練を受けたのかも。
私もこの長期休暇中は毎日早朝に訓練をつけて貰っている。
今日は魔法師団で、明日は騎士団で訓練がある。
流石に私が来る事に慣れたのか、段々と他の騎士の方々と話すようになっていた。
宮廷での生活も自然になった様に思う。
最初の頃の様に奇異な目で見られる事も無い。
人って慣れるものだものね。
ルイス達も他の部署へ書類を届けるのも初めの頃は大分絡まれたり嫌味を言われたり面倒な事があったけれど、それも今は大分減ったそうだ。
減っただけで全くなくなることは無いようだけれど。
それでも精神的な負担が減ったことは喜ばしい。
いつも穏やかな彼女がたまに怒りを我慢しているような時もあったので相当だったのだろうと思う。
それはルイスだけではなく、ロベルトやレグリスも同じだ。
この二人は年齢が低いというだけで真っ向から何かを言われる事はないようだけれど、陰口があり、この二人⋯⋯特にロベルトは目には目を、とそれに近い形でやり返しているらしいというから敵に回したくない性格のようだ。
本人から聞いたわけではなく、影の皆に聞いた話なので実際その様子を見たままを報告を受けたので心配はいらない、それよりも頼もしい限り。
この場にも慣れてきたという事は、私に対しても遠慮が無くなってきたという事。
マティお従兄様まではいかないまでも、私が集中しすぎて呼びかけられても気付かなかった時の対応が雑⋯⋯容赦がなくなった。
皆に手間をかけている自覚はあるけれど、そうして接してくれることが嬉しい。
まぁ呆れられているし諦めている節もあるけれどね。
私は私で開き直ってしまったので皆に甘えるが、本当は直した方が良いとは思う。
執務は順調で特に問題も無く今日も終わる。
お兄様の迎えで王宮に戻るがそのまま図書館へ向かった。
「ステラ、あれから毎日ここに来ているが疲れてない?」
「疲れはありませんわ。お兄様こそ私よりお忙しいでしょう?」
「優秀な側近のお陰で大丈夫だよ。⋯⋯今日は此処からだな」
昨日の続きから目を通す。
私が確認をしているのはお祖父様達の学生時代、その時代の出来事が記載された資料だ。
お兄様は別の資料に目を通している。
暫く集中して見落としのないように確認していくが、夕食の時間まで時間は少なく、いつも中途半端で呼ばれてしまう。
今日もそうして作業を中断した。
「時間が少ないので中々進みませんわね」
「焦っても仕方がない。部屋に持ち出すわけにもいかないしね」
部屋に持ち帰りじっくり読みたいところではあるのだけれど、初日に止められてしまった。
お兄様は私が寝ないで読むと疑っているからだ。
だからお兄様も私に合わせて資料を持ち出さずにいる。
早く調べるのに越したことはないけれど、無理をすればお父様が止めるだろうとそれだけは避けなければ前に進めない。
揃って夕食を頂いた後は部屋に戻り寛ぐ。
「少しお疲れですか?」
そう声を掛けてきたのはエメリだった。
「特に疲れは感じないけれど⋯⋯?」
「ご自身ではお分かりにならないかもしれませんが、少しお疲れの様に思います」
エメリはまた無理をしているのではないかと疑っているみたい。
離宮でもそうした姿を見られていたので強く反論も出来ない。
確かにここ数日は色んな事があったけれど、執務は順調で問題も無い。
疲れる事があるとすればこの間の三公爵の話しだ。
気になってはいるが、まだ疲れる様な事は何も起こっていないのだけれど⋯⋯。
「少し早いかもしれませんがそろそろお休みください。明日の早朝は訓練に参加されるのでしょう?」
「勿論よ」
「でしたら休める時にお休みください。お風邪を召されたら大変ですわ」
疲れている時こそ風邪を引きやすいのだとエメリは心配する。
今まで風邪なんて殆ど引いた記憶がないのだけれど、これで遅くに寝て風邪引いたら今後に響くよね。
「分かったわ。今日は早く休むことにするわね」
「今日ははではなく、いつも無理はいけませんよ」
直ぐ様釘を差されてしまったが、今日は早々にベッドへ入る。
――⋯⋯全く眠れない。
今何時だろう。
時間を確認するがそんなにベッドに入ってから経ってない。
だからといってベッドから出たとしても⋯⋯。
久し振りに羊でも数えようか。
けど、あれで眠れた例はない。
――⋯⋯だめだわ。眠れない。
むくりと体を起こす。
どうしようかな。
『眠れませんか』
声を掛けてきたのはテオドールだった。
「全く眠れる気がしないわ」
『何かお飲み物をお持ちしましょうか?』
「うーん⋯⋯ミルクを温めて、お願いできる?」
『畏まりました』
少し待つと失礼しますとそっと手渡してくれるのでお礼を伝える。
程よい温度と優しい味にほっとする。
今日は何だか頭が冴えて眠れそうにない。
だからといって本を読むのも良くないよね。
勉強⋯⋯も同じだし。
こういう時エストレヤがいればいいのに、ってこれじゃあ本当に睡眠導入剤よね。
そういえば、最近姿が見えないけど忙しいのかな。
精霊に忙しいとかあるかは分からないけれど。
飲み終わったカップを渡して取り敢えずはベッドに入り目を閉じる。
直ぐには眠れなかったけれど、うとうとし始める。
――⋯⋯ま!
微かな声が聞こえる。
何を言ってるのか分からない。
――お⋯⋯て⋯⋯⋯⋯い!
確か寝ていたはずなのに酷く切迫したように誰か叫んでいる。
――な、に⋯⋯暗い。
真っ暗闇の中、目を開けているのか閉じているのかも分からない。
これが夢の中なのかどうかも分からない。
ただその必死な声に応えたいが声が出ない。
その状況に酷く焦りを覚える。
――⋯⋯て⋯⋯さい!
まだ叫んでいる。
聞き覚えのある声。
私は必死で目を開けようと、声を出そうとするが出来ない。
――だれ⋯⋯暗い、寒い⋯⋯怖、い。
何もできない状況にただただ恐怖を覚える。
動けと必死に体を動かそうとするが動けない。
――なんで目が覚めないの!?
「姫様!」
揺さぶられる衝撃と必死の呼びかけにばっと目が覚めた。
何故か汗をかいていてとても息が荒いのを自覚するが、何故なのか分からず震えている。
「姫様、酷く魘されておりましたが悪い夢でもご覧になられましたか?」
酷く心配した声の方に視線を向ける。
「夢、を見ていたのかな⋯⋯? よく覚えてないの。金縛り、かな」
「そのような感じではありませんでした」
そっか、一瞬金縛りにでもあったのかと思ったけれど違うのね。
はぁと息を吐き出す。
「ずっとテオが呼んでくれたのよね?」
「はい。あまりに魘され方が尋常ではありませんでしたので。お目覚めになられて安堵いたしました」
「起こしてくれてありがとう」
私は彼にお礼を伝えベッドから出る。
汗をかいたので着替えるのに衣装室へ向かおうとするが、止められた。
「そのままお着替えになられますとお風邪を召されますので、先ずは湯で温まってきてください。今セリニが準備しておりますのでもう少しお待ちください」
皆休んでいるからと言って影の皆に準備して貰うのも本来の仕事からは外れるのに、その心遣いが嬉しい。
ようやくよく分からない震えは止まったけれど、今度は汗が冷えて体が震える。
これは本当に湯で温まった方が良いわ。
丁度そう思っていたらセリニが此方に来て浴室へ誘われそのまま手伝ってくれる。
「湯加減は如何ですか?」
「温かくて気持ちいいわ。ありがとう」
「いえ。ようやくお顔色も元に戻られましたね」
「そんなに酷かった?」
「はい。真っ青でしたよ。どのような夢をご覧になられたのですか?」
「それが全く覚えていないの。ただ、とても暗く寒くて⋯⋯怖かったわ」
一体どのような夢だったのか、嫌な感じだ。
覚えていたら良かったんだけど、夢って起きたら忘れている事が多いよね。
どうでもいい夢なら覚えているのだけど。
よく疲れている時に見る崖から落ちる夢やそういった感じではなかったのは確かだ。
湯から出て部屋に戻るとハーブティーが用意されていた。
本当に準備が良いわ。
「二人共ありがとう」
二人にお礼言って淹れて貰ったハーブティーをいただく。
ほっと一息ついたところでふと時間が気になった。
確認すると、私が寝てからまだ二時間足らずでそれ程時間は経っていなかった。
また寝るのが少し躊躇ってしまう。
よく覚えてはいないけれど、ただ酷く怖さを感じる。
だからといって寝ないわけにもいかない。
「姫様、我々が側におりますので安心してください」
「もしまた魘されたら直ぐに起こしてくれる?」
「勿論です」
「心強いわ」
その力強い言葉にほっとしたら段々と眠くなってきたので再びベッドに戻るとそのまま眠りについた。
翌朝、訓練を受ける日と同じ時間に目が覚めた。
二度目の眠りは悪夢、と言っていいのか分からないけれど魘される事無く寝る事が出来たみたい。
二人に確認したらぐっすりと穏やかに眠っていたと話すのだから間違いない。
「殿下、昨夜お着替えをされたのですね。何かございましたか?」
「あ、少し汗をかいて気持ち悪かったから着替えたの」
「少々失礼しますね」
私の話を聞いたモニカは、私の熱を測る。
「熱はなさそうですが、体調は如何です? 医師をお呼びましょうか?」
「問題ないわ。いつも通り元気よ」
「⋯⋯本当ですか?」
隠してないかと疑うモニカ。
ずっと一緒にいるモニカは私が多少の事なら大丈夫と言う事がバレているので胡乱気だ。
「嘘はついてないわ。本当に大丈夫よ」
「それなら良いのですが。本日の訓練に参加されるのですか?」
「勿論よ」
「少しでもおかしいと感じたら直ぐにお戻りくださいね」
「約束するわ」
まだ心配そうにしているけれど、本当に何でもないので私は訓練場へと向かう。
騎士団の訓練場に着くと早朝訓練を行っている騎士達がいる中にクラースの姿が目に入った。
向こうは私に気付いてないが、訓練する姿を見る限り元気そうで安心した。
私もクラースに負けずに頑張らないとね。
ヤノルス副団長に一時間半しっかりと鍛えて貰う。
「大分力が付いて来ましたね。安定して受け流しが出来る様になられました」
「本当? 副団長の助言通りにした甲斐があったわ」
あれだけ我慢したのに結果が伴わないのは辛いものね。
前回の訓練の時に少し解禁されたとは言っても継続は大事だものね。
「今日の訓練はここまでにしましょう」
「はい、ありがとうございました」
訓練が終わり少し休憩する。
他の騎士達は私よりも早い時間から訓練を始めているけれど、終わりは私と同じ時間だ。
今は休憩するものや自主練に励むもの、朝食の為に移動するのか訓練場を後にする人で様々だ。
そういえばクラースの姿が見えない。
もう戻ってしまったのかな。
少し残念に思いながらも休憩が終わった私は副団長に挨拶をして訓練場を後にした。
騎士団の廊下を歩いていると、出勤してきた騎士団に務める職員達とすれ違う。
前から何処か見覚えのある様な女性が歩いて来るが、私が歩いている事に気付き直ぐに気付いて脇に寄り頭を下げる。
――どこかで会った事があるのか⋯⋯、あっ!
「貴女は、ルイスのお母様かしら?」
彼女の耳元を見て確信した。
ヴォルゴート公爵から試作品をルイスに渡した中の装飾品を着けていたのだ。
「はい。王女殿下に初めてご挨拶致します。ルイスの母でフリーダと申します。娘がお世話になっております」
「はじめまして、エステルよ。此方こそ彼女にはとても助けられていますわ」
「あの子はお役にたっているでしょうか? 殿下のご迷惑となっていなければいいのですが⋯⋯」
「そのようなことは無いから安心してくださいね」
ルイスの母親は物怖じせずにしっかりとした方のようね。
それは彼女の言動と目を見たらよく分かる。
「あの子が殿下の側近をお引き受けしたと、最近ようやく知りました。娘から話を聞いた時はとても驚きましたわ」
「最近? ルイスは母親である貴女に何も話しをしていなかったの?」
「はい」
公に戻るまでは話さないようには伝えたけれど、どうして話していないのかこちらが驚いてしまう。
あっ、ルイスはとっくに成人しているからご両親宛ではなく、本人宛に送ったからルイスから話さない限り知る術はなかった⋯⋯?
けど、ルイスが宮廷に来ている事は既に周知の事実で、噂とかで知ることは無かったのか。
「殿下が公に戻られてからはよくベリセリウス侯爵令嬢と行動を共にしているとは思ってはいたのですけど」
ルイスったらうっかりさんなのかな。
話しを聞こうにも今は休暇中なので、今度会ったら聞いてみよう。
「殿下、そろそろ戻りませんと」
「お引止めしてしまい申し訳ございません」
「謝る必要はないわ。私が引き留めてしまったのだもの。お仕事に遅れてしまったら私が引き留めたとお伝えなさい」
私のせいで上司に怒られてしまっては申し訳ないものね。
彼女と別れ私は気持ち早く王宮へと急ぐ。
身なりを整えて食堂へ行くと既に皆揃って私を待っていた。
「遅くなり申し訳ございません」
「珍しいな、ステラが遅れるなんて。何かあったのかと人を遣ろうと思っていたところだ」
私が到着した事でお父様達はほっとしたようだった。
こちらに戻ってからというもの、皆より先に来て待っている事が多かったので心配を掛けてしまった。
「途中、ルイスのお母様とお会いして少しお話しをしていたのです」
「ルイスというと、貴女の平民の側近ね。確か騎士団で事務員として働いているのではなかったかしら?」
「はい、お母様。合っておりますわ」
流石よくご存じだわ。
「何を話していたんだ?」
「それが、ルイスは私の側近だと両親にお話ししていなかったようなのです」
「何だ、口止めでもしていたのか?」
「公に戻るまではと伝えていたのですけど、今彼女は休暇中なので本人に確認する事は出来ません」
「ルイス嬢には何か理由があるのかもしれないね」
「兄上、理由って何ですか?」
「それは本人に聞かないと分からないが。彼女は平民だから、もしかしたらその辺りも関係あるのかもね」
貴族と違って周囲の影響を考えたのかな。
騎士団で働いているフリーダとは少しばかり訳が違うものね。
これで側近のご両親全員、ではないけれどご挨拶が出来たわ。
ルイスのご両親だけは中々会う機会が作れなかったからね。
私の中でひとつ気になっていたことが解消された。
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