220 公爵達の思惑
三公爵の話しを聞くところによれば、彼等はいつもノルドヴァル公爵の行動を、その一挙一動、一言一句見聞き逃さないよう注視しているようなのだけど、ここ最近大人しいとの事だった。
いつも三公会議だけではなく、公爵達の行動に探りを入れてくるのだという。
それは公爵達本人にではなく、彼等の側近やその仕事に関わる者達、それだけでは飽き足らず邸の使用人として入り込む事もあるというから話しを聞くだけで面倒な事だと思うけれど、彼等にとっては排除する手間はあるものの逆に泳がせて利用しているそうだ。
邸内の者達に対し害が出始めたり利用価値がなくなると嬉々として捕え処罰してるというのだから、それは彼等の憂さ晴らし⋯⋯いえ、何でもないわ。
話しを戻すと、陛下の周囲にもそういった輩が徘徊しているが、そこはベリセリウス侯爵を始めとする側近達が注視している為そう簡単に近づけずにいる。
それはそうだろう、あの侯爵の目があるところにそう簡単に入り込めるとは思えない。
となると必然的に他の場所から探りが入るわけだ。
それが中枢から少しばかり遠のいたとしても中から下の者達を使い少しづつ情報を集めていたりもする。
人々の噂話も馬鹿にできないからだ。
流石にそこまで監視することも出来ず、支障が無ければ放置しているのが現状だ。
それで冒頭に戻るけれど、例の公爵が大人しい件についてここ最近不気味で嫌な感じだという。
それは三公爵共に同じ意見で陛下も気にされているという事。
嵐の前の静けさ。
今迄も鳴りを潜める事はあったけれど、今回はいつもとは違うので余計にそう感じてしまうらしく、これはノルドヴァル公爵と長年対峙している陛下を始め公爵達だからこそ感じる違和感で、私の意見としては話を聞く限りそこまで危機感を覚えることが出来ないのが本音だ。
「言われてみれば双子も大人しくしているようだな」
「確かに、そうですわね」
お兄様の言葉で、学園に復学してからというものあの双子が何かしら接触してくると思いきやそれが無い。
私が元の身分に戻った事で接する事を躊躇うなんてそのような可愛げのある性格とは考えられない。
「学生で且つ未成年の子供ならそれ程大きな害にはならないでしょうが、それは普通の子供ならではの話しです。あの双子に関しては公爵の息がかかっておりますので注意すべきですよ」
エドフェルト公爵はそう注意を促す。
「そういえば、双子の父親はどうしているんだ?」
「依然、公爵家の離れに引き籠っているようですな」
「まぁ、父親があれですからね。小さい頃から苛烈で劣悪な教育とは言えない程に酷いものだったようですっかり心が病み外に出られない有様のようです」
「公爵家で働く者達もすっかり彼に怯えているので誰も助けようとはしないでしょう」
ヒュランデル公爵がそう話すと助ける義理も無い、とエドフェルト公爵は言い切る。
何時もと同じで飄々としているけれど、彼の纏う雰囲気は正反対だ。
その姿を見ると中枢を担うだけの事はあると頷ける。
それはヴォルゴート公爵も同様だ。
年間公爵領にいる事が殆どの公爵も情報通のようだし、公爵達の中では真面目で優し気な面差しのヒュランデル公爵も同様だ。
やはり人は見かけによらない。
見た目で判断するのは良くないという見本のようだ。
「今の段階でフランシス卿はそれ程気にされなくてよろしいでしょう。不気味ではありますがノルドヴァル公爵を注視すべきです」
「公爵は大人しくしているだけで害があるわけではないのですよね?」
「大人しくしているのは公爵であって公爵に阿っている者達はいつも通り行動しております。一番は公爵を、実際行動をしている他の者達にはより注意が必要です」
それはそうね。
公爵は自ら手を下す事は無いと話しをしていたし、けれど私のお披露目以来、私自身は公爵に会っていない。
それもお父様達に護られているからなのかもしれない。
「我々が此方に集まっている事はあちらには筒抜けでしょう」
エドフェルト公爵のそう話す口元には笑みが浮かんでいる。
「態々ステラの元に集まったのは彼方を煽るのが目的か⋯⋯」
「特に煽るのが目的ではありませんが、あちらはそう捕えるでしょう。何せご自身は王女殿下に会うこと叶わず、我々はこうしてお会出来るのですから」
そんなに私に会いたいものなのかと疑問が浮かぶ。
まぁこちらに戻ったばかりの私だと御しやすいと思われているのかもしれない。
「そちらの思惑で彼方を煽るのは良いが、それにステラを巻き込まないで貰いたいのだけどね」
「勿論王女殿下を危険に巻き込むような事は我々も望んではおりません。ですが、王子殿下は少々過保護が過ぎますな。それは陛下も同じか」
「過保護なのは認めるが、妹が狙われると分かっていて見過ごす事は出来ない」
「お兄様、何故私が狙われるのが当然の様にお話しになるのでしょう?」
「おや、何故かお分かりになりませんか?」
ヴォルゴート公爵はそう問いかけてきたので、先程私が思った事を伝えるとそれだけではないと言われた。
本当に分からないのかと試すように問いかけられた。
それは他の二公爵も問いかけるような視線を私に向ける。
他に考えられる事⋯⋯。
公爵が私を狙って得をする事と言えば、理由はあれよね。
「私を狙う理由として考えられるのは、お兄様より私の方が利用しやすいからでしょう」
「何故そう思われるのですか?」
「私が女だからという理由が一番でしょう。彼の目的が王位にあるとしたら、お兄様を退け私と彼の孫を結び付け傀儡とする。それはお兄様が双子の片割れと結びつけるよりも私の方が簡単に事が進むと思われているのでしょうね」
私がそう伝えると三人は満足そうに頷いているが、お兄様は冷ややかだ。
ただ理由を話しただけなのだけれど、それでも嫌なのだろう。
それは私も一緒で考えたくも無い事。
「殿下の仰る通り、あの者の狙いは王子殿下を排して王女殿下を擁立し、お相手に孫を置く事でしょう。さすれば王配の祖父として裏から操る気でいるのですよ」
「いい年をしてそれ程までに権力に執着して何になるのかしら」
私の言葉に私以外の皆からぐっとくぐもった声が聞こえた。
何事かと見渡すとエドフェルト公爵は隠しもせず笑っているし、ヴォルゴート公爵は咳払いをしているがその口元はぐっと力が入っている。
ヒュランデル公爵に至っては口元を隠して笑いを堪えているようだ。
それよりも、お兄様は笑い過ぎじゃないかしら。
「皆さん、どうしてそのようにお笑いになるのです?」
「い、いや⋯⋯、ステラが中々きつい一言を放つから思わず⋯⋯お、お腹が痛い」
「んっ、王女殿下の言動は陛下に似ておられますな」
「確かにっ、そのように鋭い指摘をなさるとは⋯⋯」
「いやはや殿下はその外見故に相手が勝手に勘違いしてくれでしょうから、殿下と対峙した者がしてやられる様は見物でしょうね」
意味が分からない。
ヴォルゴート公爵とヒュランデル公爵はいいとして、エドフェルト公爵は面白がっている。
「あー笑った。ステラの指摘は尤もだよね。本当に良い年をしていい加減静かに余生を過ごせばいいものを」
「あれは権力欲の塊ですから。⋯⋯それも異様な程に」
「我々としてもいい加減排除するに足る証拠や現場を押さえたいのですよ」
「それは先王陛下と陛下が一番望んでいる事」
「だから私達、いや、特に王女を巻き込んで囮に使おうというのか」
先ほどとは一変し、お兄様の感情のない言葉で一瞬にしてこの場の空気が一変した。
お兄様が心配して下さるのは嬉しい事だけれど、お祖父達の憂いを除きたい気持ちは強い。
私の側近達の負担は大きいだろうが、私が囮として有効なら私はそれでも構わない。
けれど、お兄様は嫌がるでしょうね。
「私は構いませんわ」
「ステラ!」
やっぱり⋯⋯。
お兄様は何を言うのかと私を止める。
「お兄様、落ち着いてください。あの者がいる事で色んな被害が出るならば、あの者の悪事を止める事はこの国に闇の者達の協力者がゼロとはいかなくともその被害が抑えられるならば私は喜んで協力いたしますわ。それはお兄様も同じでしょう?」
「私は良いがステラは駄目だ! ステラが危険な目に遭うと分かっていているのに許すことはできない」
「私よりもお兄様の方が危険な事に巻き込まれるのはいけませんわ。けれど、公爵達がその話しをするという事は、既に陛下に話しを通しているのではないかしら。流石に私を巻き込むならば事前にお話しは済んでいらっしゃるのでしょう?」
「王女殿下の仰る通りです。流石に我々が勝手に殿下を巻き込むような真似は出来ません」
それはお兄様も分かっていらっしゃるだろうけれど、それでも私の心配をして下さるのは素直に嬉しい。
けれどもう少し信用して欲しいと思うのは流石に思い上がりすぎかな。
「はぁ⋯⋯それで、何故そのような事になったのか理由は?」
「今の段階で我々からお話しは出来ません。陛下より止められておりますので。ただ、殿下方に手を貸して頂く事に関してお話しをするのは、事前に知っておかれた方が対処出来るでしょう。ですが、あまりこちらの思惑を話し過ぎて両殿下の日常に支障が出てもいけませんからね」
それはつまり私達に話をして彼等の思惑から外れた行動をとらない様に、情報漏洩の心配もあるかも知れない。
後は、言葉通りの意味かしらね。
お兄様は話しが陛下にまで伝わっているのなら仕方ないと感じたのか、納得したようには見えないけれど落ち着いていた。
ぼそりとこちらを巻き込んた時点で支障は出ると呟いていた。
私も同意見だ。
「ある程度したら話せるな?」
「勿論です。今は何かしら両殿下に接触する者が増えるかもしれないとご承知おきください。何かありましたら陛下へお願い致します」
「一見無害に見える学生も中には良からぬ意志を持って近づく者がいるでしょうから、学園内と言えどもお気を付けください。決してお一人で行動されませんよう」
ヒュランデル公爵は一年前の事があるので少し控えめながらも思う事があるからなのか、そこはしっかりと私とお兄様を見て釘を差す。
「特に王女殿下は気を付けた方が良いでしょう」
「何故です?」
「あぁ、ヴォルゴート公爵の言う通りだね」
私以外の皆は分かっているようで確かに、と頷いているが私は追いついていない。
よく分からず何かと考えているとこほんと咳払いが聞こえた。
「最近殿下がなされた事を考えれば自ずと分かるかと」
ヴォルゴート公爵にそう言われ考えてみると、最近したことと言えば⋯⋯。
「公爵とダリアン伯爵に提案した事ですわね」
「左様です。素晴らしい案を頂いた身としては心苦しいのですが、世に出始めれば貴女様に近づく者も増えましょう。そこに目を付ける可能性は高いでしょうな。貪欲な彼にとっては格好の餌食⋯⋯」
「ヴォルゴート公爵。言葉を選べ」
「失礼いたしました」
公爵の飾らない言葉にそう評された私は苦笑しかない。
ノルドヴァル公爵に関して⋯⋯彼だけではないけれど、私には情報が足りない。
挨拶程度しか接していない貴族が殆どでまだ知らない事ばかりの為、公爵達の意見を聞きつつ見極めたいと思う。
「話しを戻しますが、リドマン子爵にはお気を付けください」
「確かノルドヴァル公爵の駒だな」
お兄様はあっさり駒だと言い捨てる。
リドマン子爵って、あの小太りで伯父様が注意していた人ね。
外見で判断するのはどうかと思うけれど、あまりいい印象はない。
「奴がどうかしたのか?」
「最近精力的に動いているようです。彼は替えの効く駒扱いですが、少々やっかいな小太りの蠅です。頭は良くありませんが異様に鼻だけは利くようですので。もしかしたら王女殿下に接触しようとするかもしれません」
「忠告をありがとう」
「いえ、両殿下におかれましてはノルドヴァル公爵との関係が浅くていらっしゃいます。本来であれば我々の世代で片付けるべきところを、お手を煩わせてしまい申し訳ございません」
「お前達のせいではないだろう。あれも元は王家の一人だ。本来なら曾祖父やお祖父様が片付けるべき事を未だに引き摺っているのが原因だからな。手間をかける」
私が思っているよりも根が深いという事。
私やお兄様は殆ど関りが無いので情というものはないが、曾祖父や兄弟であるお祖父様は葛藤があったかもしれない。
けれど、あのお祖父様なら冷静に対処しそうだけれど⋯⋯。
まだ私の知らない事がきっとあるのかも。
でなければ野放しにしておく利点はない。
もっと調べてみないと、今後彼等の言う通り、私に接触してくるならば何も知らないでは済まされない。
やるべきことが増えてしまったが、避けては通れない事。
お祖父樣には憂いなく過ごして欲しい。
退位されゆっくり過ごしているように見えてもきっと色んな事を考えていらっしゃるだろうから。
その為には私の出来る事を、自分で事を起こすことはしないけれど、手始めに過去の出来事から調べようと、お兄様も同じ想いで二人で頷き合った。
明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
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ありがとうございますm(_ _)m
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