215 ガーデンパーティー
大聖堂から帰ってきた私達は一旦部屋で休息をし、昼からのガーデンパーティーに向け準備をする。
大聖堂へ行くときは落ち着いたデザインだったが、次は昼間のパーティーに相応しい装いになる。
朝とは違った仕上がりだ。
「今朝のようなお控えめな装いもいいですけれど、今日は夏の暑さも吹き飛ぶような爽やかな色合いに裾に向かってふわっと広がるスカート、こうしてお可愛らしいお召し物が一番ですわ!」
「私は殿下の醸し出す雰囲気に合わせて落ち着いた装いも好きです。勿論今のお召し物も素敵です」
「貴方達、お喋りはその辺にして手を動かしなさい」
明るくよく話すオルガとナタリーに注意しつつ、モニカは私の髪を結う事に集中している。
ハーフアップながらも複雑に編み込まれた紙はそれだけで一つの芸術だ。
一体どうやったらそんなに綺麗に結うことが出来るのか。
職人技よね。
「殿下、お疲れ様です。準備が整いました」
「ありがとう」
鏡で全体を確認しても本当に素敵で、今日も皆の仕事は完璧だ。
「殿下、そろそろ団欒の間へ参りましょう」
準備が整い、私は団欒の間へと向かう。
そこにはお兄様とフレッドの二人だけでお父様達は未だだった。
「姉上!」
フレッドは私に駆け寄ろうとしたけれど、後ろからお兄様に止めらた。
「フレッド、ダメだろう。駆け寄って抱き着いたら折角綺麗なのにドレスに皺が寄ってしまう」
「あっ、そうでした。すみません」
「大丈夫よ」
「いいなぁ、兄上達は昼からも一緒で」
「フレッド、お前もお披露目が済んだら分かるが、結構面倒臭いんだよ」
「どうしてですか?」
「地位と欲に目が眩んだ令嬢達の相手は疲れるだけだ」
――お兄様、そんな事をフレッドに今から教えてどうするのですか⋯⋯。
心の中で突っ込みながら、苦笑する。
「令嬢の事はどうでもいいですけど、私は兄上達と一緒に楽しみたいだけです」
――フレッド。貴方も貴方でどうでもいいとか言わないの!
この二人大丈夫かしら。
そう変な心配をしてしまうが似たもの兄弟なのだと分かる言動だ。
「揃っているな」
声が聞こえた方に顔を向けると、お父様がお母様をエスコートし、部屋に入ってきたところだった。
今日は皆お揃いのデザインで統一しているが、所々本人達に合わせてデザインを変えているので、纏う雰囲気は違って見える。
「わぁ! 母上とってもお綺麗です!」
「あら、ありがとう」
「フレッド、父を褒めてはくれないのか?」
「父上はとても格好よくて、母上とお似合いです」
「そうか! 流石我が息子だ。よく分かっているな」
お父様ったらフレッドから褒められ、とても嬉しかったのかフレッドを抱き上げた。
フレッドは急な事に驚きつつも凄く嬉しそうだ。
パーティーが始まるまで、今暫く時間があるので私達は家族で軽食をいただく。
フレッドにはちゃんとした昼食が出される。
まだお披露目が済んでいない為に貴族が多く集まるところにはまだ出る事が出来ない為にお留守番なのだ。
夜なら寝るだけなのだけれど、昼間なのでこの後は離宮のお祖父様とお祖母様の所へ行くようだ。
時間が迫ると私達は会場へと向かう。
昼間のパーティーって私のお誕生日以来で、あの時とは違い多くの貴族達が集まるパーティーは初めてだ。
ただし、社交シーズンは終わっているので、領地を預かる貴族達の大半は領のお祭りに参加している為に此処にはいない。
今日は伯父様達がいないので、それも初めての事。
お父様の挨拶を聞きながら周囲を見渡すと、夜会との違いがもうひとつ。
それは成人していないが社交界デビューを済ませた令息令嬢が参加している事。
社交界デビュー以来となるであろう集まりに、緊張した面持ちだ。
お父様の挨拶が終わると各々談笑に興じる。
「ステラ、今から暫くの間は私達と共に。その後は側近達や友人と交流してきなさい」
「はい、お父様」
夜会と違う事がもうひとつあった。
建国祭、それも建国日当日の今日は私達王家の仲の良さを見せつける場でもある。
態々見せつける必要もなく、私達は仲が良いのだけれどね。
こうして大々的にそうするのは、この国の初代様の後を受け継いでいく私達一族が団結している事を知らしめる為でもある。
今日は私達が動かない限り、貴族達も私達には近づかないので、内々でお茶会をしている気分だ。
「今日は心地いい風が吹いているわ」
「そうだな。比較的過ごしやすい。お前達は大丈夫か?」
「私は大丈夫ですが、ステラは暑そうだね」
「王都の夏は暑いですわ。今日は風がありますのでまだ耐えられますけれど」
「ははっ。シベリウスとは比べ物にならんだろうな」
「はい。ですが、そのうち慣れると思いますわ」
「あまり無理はするなよ」
ここでは本当に他愛無い事を話す。
周囲のそれ程人がいないとはいえ、誰が聞いているか分からないので下手なことは言えい。
「あぁそうだ」
お父様は何かを思い出したように声を上げた。
「あなた、どうかしたの?」
「いや、ステラに一応伝えておく」
「何でしょう?」
「最近また縁談話が増えた」
「⋯⋯はい?」
何処かの公国から来ていたのは知っているけれど、他からもって事?
私まだ公に戻って間がないし、何より社交界デビューも済んでいない。
それに公に他国の方とはまだ会ったた事もないが、この国に王女が健在だと知らしめているので、其々の思惑で縁談話が来てもおかしくはない。
おかしくはないのだけどね。
「まぁ全部燃やしてやったがな」
「あらあら」
「ステラにはまだ早い。それに、きな臭い所からばかりだ。燃やしても支障はない」
「お兄様には無いのですか?」
「ヴィンスにも来ているが、まぁ本人が嫌がっているからな。無理に進める事も無いから放置だ」
お兄様にも縁談が来ていると聞いて私だけじゃない事にほっとしたのと、断っていると聞いてもほっとしてしまった。
「ステラ、どうしたの?」
「えっ?」
「もしかして、私が縁談を断っているという事にほっとした?」
「えっ⁉ あ、その、ごめんなさい、お兄様」
「謝る必要なんてないよ。嬉しいな。ステラのやきもちは可愛いね!」
「や、やきもちとは違いますわ!」
お兄様を見ればその目は楽しそうで私を揶揄っているのだと分かる。
別にやきもちとかじゃないし。
ただ、まだお兄様を取られたくないだけで⋯⋯。
「ステラは本当にヴィンスが大好きなのね」
「お、お母様!」
「あら、そんなに慌てる必要はないでしょう? 貴方達兄妹の仲が良好なのは良い事ですよ」
「リュスの言う通りだぞ。お前達三人の仲が良いので安心しているんだ」
「逆に何故兄妹仲が悪くなるのか聞きたいですね」
確かにそれは疑問に思うわ。
兄弟同士でいがみ合ったり仲が悪くなる状況がよく分からない。
確かに兄弟だとしても性格の合う合わないがあるだろうし、それなりの理由があるのだろう。
「ヴィンスの疑問は最もだが各家庭の教育の問題もあるだろう。兄弟どちらかだけを偏愛を向けていると仲は悪くなるだろうしそれが顕著に表れるだろう。様々な要因はあるだろうがな。子育ては難しいものだ」
お父様の言葉に納得する。
差別なく子供達に愛情を注いでいると仲が悪くなる事は無いだろう。
絶対とは言い切れないけれど。
「では、私達は父上と母上に感謝せねばなりませんね。私達三人に偏りなく想って下さっているのですから」
「まぁ、ヴィンスったら」
「改まってそう言われると照れるな。だが、息子達にそう想って貰えるのは親としては嬉しい限りだ」
お父様は照れ臭そうに、お母様は嬉しそうに顔を綻ばせた。
暫く和やかに話をしていたが、お父様がふと会場を見渡した。
「さて、ヴィンス、ステラ。お前達二人は皆と交流してきなさい」
「はい、父上」
「ステラ」
「はい、お父様」
「側近の二人と合流し、一緒に行動しなさい。一人で行動しないようにな」
「はい、気を付けますわ」
「では、ステラ行こうか」
「はい、お兄様」
私はお兄様のエスコートで貴族達が交流している所まで行くと、ティナとマティお従兄様の他にお兄様の側近の皆は私達を待っていた。
「お待ちしておりました。本日は随分とごゆっくりでしたね」
「父上達と話が弾んでいたからな。ヴィー達はどうしてたんだ?」
「いつもと変わらず、挨拶周りと数カ月ぶりにラグナル達と会いましたので学園の話しをしておりました」
そう言って後ろを振り向くとそこにはフェストランド卿を始め、生徒会のデビュタントを終えた皆が揃っていた。
「両殿下にご挨拶申し上げます」
フェストランド卿が代表して私達に挨拶の言葉を述べる。
学園ではなく、公の場なので丁寧な態度だ。
今日は皆、制服ではなくこの場に相応しい装いなのでいつもと雰囲気が違い華やかだ。
「このような場でも生徒会の仲間が集まり、仲が良くて安心するね」
「ヴィー、その言い方は年寄りみたいですよ」
「ヴィル、まだ十代なのに年寄りなんて酷いじゃないか」
「では若年寄ですね」
二人も仲が良さそうに軽口をたたいている。
お兄様は見慣れているのでそんな二人を呆れ顔で見ている。
「ステラ様。昨日はお疲れさまでした」
「えぇ、ティナもお疲れ様。その様子だとあれから夫人に何か言われたようね」
「はい。邸に帰ってから小言を頂きましたわ。周囲には気を付けていましたのに」
ティナは若干不満そうだけれど、叱られた理由を理解しているのでそれ以上は何も言わなかった。
「マティお従兄様は領へ戻らなくても宜しかったのですか?」
「今年はステラ様の側近くにいますと父上には伝えておりますし、その父上からもその様にと仰っておりましたので、こちらに残りました。代わりにレオンが領へ戻っております」
それでレオンお従兄様の姿が見えないのね。
周囲を見渡せば、チラチラと此方を伺う貴族達が多い。
その視線は好意的な物もあればそうでないものもある。
流石に建国日当日に何もないでしょうけれど。
「ステラ、私はそろそろ移動するが、決して一人にならないようにね。マティ、ベリセリウス嬢。妹を頼むよ」
「畏まりました」
ディオもこの場にはいるけれど、今日は二人が私の側に控えるのでお兄様は二人に声を掛けた。
この二人がいて私が一人になることは無いと思うわ。
余程の不測の事態にでもならない限りね。
「では、私達も参りましょう」
お兄様を見送った後に私達も他の貴族達と交流すべく足を向ける。
エドフェルト卿とベリセリウス卿の二人はお兄様と共に、その他の生徒会の皆も私達がその場を離れると其々親元に戻ったり、同年齢の者達と交流すべく移動していた。
幾人か上位の貴族達から挨拶を受け話をしていく中で、ふと思ったのが、今日はノルドヴァル家を見ていない。
ノルドヴァル家といっても姿を見せるのは公爵本人だけなのだけれど、その公爵は本日不参加のようだ。
お父様から何も注意をされなかったところを見ると、初めから分かっていた事なのかも。
私の周囲に人がいなくなったと分かるとその隙に近づいてきたのはネルソン家の双子だった。
彼女達とは今回の建国祭の準備を通じて更に話すようになったが、子爵は二人が粗相をしないか心配をしているようだ。
二人は明るくて面白くて礼儀も弁えているのでその心配はいらないのだけれど、子爵に言わせたら邸内で見せる態度と違うらしいが、いつそれが出てくるとも知れずにそこが心配なのだとか。
今日もとても楽しそうな二人と話をした後、また貴族達と交流を図るとう繰り返しだ。
今日は殆ど好意的な挨拶を受けていたが、中にはちくりと嫌味を言ってくる者もいる。
後ろの二人が笑顔の下で冷ややかな感情が見え隠れしているが、私自身が笑顔でさらっと対応しているので我慢している。
私は後ろから感じる冷やかさが分かるが、目の前の者達はまだ成人したての若者だと思って後ろの二人を侮っている。
「二人共、あの程度で怒らないで」
「怒ってはいませんわ」
「ベリセリウス嬢の言う通りです。ただ、不快に思っているだけですよ」
「二人の気持ちは嬉しいけれど、あのような嫌みは今後も無くならないでしょうから、聞き流していいわ」
「ですが流石にステラ様が役立たずな王族だと暗に言う連中には怒りを覚えますわ。此方に戻られてまだ一年と経っていないにも関わらず、ステラ様はちゃんと公務をされております。それだけでなく、慈善活動だって行っておりますし、その評判は上がる一方なのですよ!」
ティナが私の為に怒っているのは嬉しいけれど、私を知らない、知ろうともしない者達から何を言われようと私の中ではどうでもいいのよ。
ちゃんと私を見てくれている人がいればそれでいい。
いいのだけれど、マティお従兄様も怒っているようでティナの言葉に頷いている。
「王女殿下、少しお話しさせて頂いても宜しいでしょうか」
二人の機嫌が悪い中、私に声を掛けてきたのは三十代半ばの男性だ。
その一歩後ろにいるのは昨日もご一緒した夫人が寄り添っている。
「えぇ。構いませんわ。初めてお会いしますわね、ダリアン伯爵」
「お初にお目にかかります。ビリエル・ダリアンと申します。此の度は妻がお世話になりまして、ありがとうございます」
「お礼を伝えるのは此方ですわ。夫人の作品はとても心が温まる様な、穏やかな気分になります。素敵な作品を生み出す夫人とご一緒出来て嬉しかったですわ」
「そう言って頂けて有難き幸せです。私も密かにドレスの流行を生み出している殿下と作品づくりが出来まして、勉強になりましたわ」
流行を生み出すって、お母様ではなくて私が?
そんな話は聞いたことがない。
お母様と間違っているのかしら。
「殿下。夫人の仰っていることは事実ですよ。間違いではございません」
後ろからそうティナに耳打ちされた。
ティナが嘘を言っているとは思わないけれど、本当かと疑ってしまう。
私が一からデザインした衣装って、まだ片手程度でたったそれだけでそう言われるのは、どうなのだろう。
肩書だけで言われる程甘くはないので全くの嘘ではないと思うけれど⋯⋯。
後でお母様に確認してみよう。
「今回の技法は建国祭が終わば個人でも作品作りをしても宜しいでしょうか?」
夫人は期待するように許可を求めてくる。
それに関しては全然いいのだけれど⋯⋯。
「構いませんがその前に、夫妻にお話ししたい事がありますので、今度お時間を頂いて宜しいかしら?」
「はい、殿下のお話しとあらば喜んで」
どのような話なのかと思っているだろうけれど、時間を貰えそうだ。
私の誘いに後ろの二人も疑問に思っているだろうけれど、表には出していない。
二人にはまた後日手紙を送る事を伝え、この場を後にした。
「ステラ様、先程のお話しですが、何をお考えになられているのです?」
「今回作成した押し花の技術を使って、色んな所に用いたら素敵な物が沢山出来るわ。それを二人にお願いしようと思ったの」
此処で話すには色んな者達が聞き耳を立てているので詳細を話すわけにはいかないのは二人も分かっているので、それ以上は何も聞いてこなかった。
「それよりもティナ、先程の話しは本当なの?」
「はい。事実ですわ。といってもまだ大々的にではないのですけど、殿下のデザインを真似していらっしゃる方は増えつつありますわね。ご夫人方がご令嬢のドレスを誂える時にさり気無く取り入れているようです。それは御子息にも同様ですわ」
「それは、ヴィンスお兄様の衣装を私がデザインしているから?」
「仰る通りです」
知らなかったわ。
お母様は、勿論ご存じなのよね。
知らないのは私だけかしら。
「あら、何のお話しをしているのかしら」
「お母様」
話をしながら戻って来たのだけれど、いつの間にかお母様達の所に着いていたみたい。
「私のデザインした衣装が広まりつつあるようで、そのお話しですわ」
「あら、ステラったら知らなかったの? もう少し周囲に目を向けなさい」
「気を付けますわ」
お母様に呆れられてしまった。
話しを聞けば、建国祭の準備で集まっていた時も令嬢方の衣装が一番分かりやすかったと、それは今日も同様のようで、私は少し周囲に目を配ると流石に気が付いた。
私のデザインした衣装が認められていると思うと、素直に嬉しい。
ただ、流行や新しい物に敏感でもあるけれど、厳しく評価をされるものでもあるので、素直に喜んでばかりもいられない。
だからといってそこにばかり気を取られて執務を疎かにするわけにはいかないので、要所要所でそれらを披露出来たらそれで良いだろう。
お母様からも流行を生み出すのは私達の役割みたいなものだけれど、それは二の次で重要な事は他にもあるのだからと。
それは置いといて、今はドレスよりも伯爵夫妻に依頼することを考えなきゃね。
初めて参加する建国祭は明日までで、なんだかあっという間だ。
といってもまだ明日の後夜祭があるので、明日が無事に終わるまで後一息頑張ろうと気を引き締めた。
ご覧頂きありがとうございます。
いいね、ブクマ、評価を、頂きとても嬉しいです。
そして誤字報告をありがとうございますm(__)m
次回も楽しんで頂けたらとても幸いです。
よろしくお願い致します。





