210 医師の忠告
集中して書類を作成し、お昼過ぎには完成した。
一週間以内に終らせることが出来たのでほっとする。
後はお兄様に確認して貰う為、お兄様の執務室へと向かう。
勿論前以てお伺いはしているので、約束の時間に到着した。
直ぐに部屋の中へと通されると、そこにはお兄様は勿論、ベリセリウス卿とレオンお従兄様、そしてカルネウス卿がいらっしゃっていつも通り私を笑顔で出迎えてくれる。
私に付き添ってきているのは、ルイスとロベルトの二人だ。
「お兄様、お時間いただきありがとうございます」
「ステラ、気にしなくてもいつでもおいで」
「流石にいつでもは⋯⋯、お兄様のお邪魔をするわけにはいきませんもの」
「本当に気にしなくてもいいのに。それで、もう提案書を纏めたの?」
「はい。此方になります」
お兄様に書類をお渡しする。
お兄様が確認している間、ベリセリウス卿がルイス達と少し話をしたいという事だったので、私は許可を出した。
私は待っている間は、オリヤンが淹れてくれたお茶を飲み、皆の様子を見ていた。
「うん、良いと思うよ。とても分かりやすい」
「ありがとうございます」
「子爵と会うのは明後日だった?」
「はい。明後日、私が学園から帰ってきてから会う予定ですわ」
「そこに私も同席していいかな?」
「勿論ですわ」
見終わった書類を預かり、お兄様はお忙しそうなので今日は早々に執務室へと戻って来た。
お兄様にも褒めて頂いたので、一旦建国祭の事は置いておいて、今すべき書類を片付ける。
「ステラ様、教育部から書類が届いております」
渡されたのは教育部からの定期報告書だった。
先の休暇中、学園の教師へブルーノ医師が講師として指導を行ってたのだけれど、私もそこに参加した。
内容は深い所まで講義を行っていて、参加した私自身もとても良い勉強になった。
それから定期的に開いているその講義中、教師達の態度やきちんと学べているかの報告書なのだけれど、最後にブルーノ医師から一言添えられていた。
「明日、ブルーノ医師がいらっしゃるようね」
「それはお伺いではなく確定なのでしょうか?」
「確定ね。医師なら構わないわ」
皆はブルーノ医師とあまり関わり合いが無いけれど、私は小さい頃からずっとお世話になっているので、医師なら何時いらっしゃっても構わない。
それに、急にではなくてちゃんと翌日にと前以て連絡を頂けてるわけだしね。
中には急にいらっしゃる方もいるからね。
敢えて誰とは言わないけれど。
キリの良いところで皆揃って遅い休憩に入る。
最近ではめっきりお菓子を減らしたので、今日も卓上には果物が出されていた。
「ステラ様、久し振りの学園は如何でしたか?」
「とても楽しいわ。ただ、あれ程騒がれるとは思わず、驚きました」
「仕方ありませんよ。噂の王女殿下が学園に復学されたとなれば騒がれて当然ですもの」
「それに、ヴィンセント殿下と並んで歩いているそのお姿を一目見たいと、まだお二方を拝見出来ていない生徒達も多いので落ち着くのは先でしょう」
「私がお兄様と一緒にいる姿ってそんなに見たいものなの?」
私がここ数日で疑問に思っていた事を皆に聞いてみると、其々の反応が返ってきた。
マティお従兄様は伯母様がいらっしゃる上に従兄なので特に何も思っていないと。
それにお従兄様は私達にも似ているので余計にかも。
ティナとレグリスも特にそういった興味本位みたいなのはないみたい。
ディオは側近でなければ他の方々同様に一度は一緒にいる姿を見に行ったかもしれないけれど、どちらにしろ生徒会で会うのでそこまでしないかも、という事だった。
これにはルイスも同様で、ロベルトに至っては迷惑になる様な事はしたくないと話した。
この質問は此処にいる皆に聞いても真っ当な答えなのであまり参考にならなかった。
「私達は殿下と接する機会は沢山ありますが、多くの者達は言葉をかわすこともありませんからね。一目近くで見たいと思うのも無理はありません。ご本人達にとってはとてもご不便をお掛けしていることと思いますが⋯⋯」
「そんなに申し訳なくする必要はないわ。ただ、とても不思議に思っただけなの」
客観的に見れば理解できるけれど、それが自分が対象というのが不思議でまだ馴れないだけだから、私の気持ちの問題なのだけれどね。
「ステラ様は謙虚でいらっしゃいますよね」
「ルイス嬢、謙虚で済まされる問題じゃないですよ。幼い頃よりずっと注意しているのですが、その点だけは全く自覚されないのですよ。いえ、少し自覚されてもすぐにお忘れになる」
「そんな事ないですわ。お従兄様、私だって成長しているのですよ」
「その割には先程の質問は何だったのです?」
「お従兄様は意地悪ですわ。ただ本当に不思議に思っただけです」
お従兄様が私を揶揄っているのが分かってるんだけれど、分かっていてついムキになってしまう。
私達のやり取りを見ていたディオとレグリスは昔みたいだと笑っていた。
ルイス達は私達のこのようなやり取りは初めて見るので驚いていたけれど平和だと微笑んでいた。
「今頃ですけど、マティ様も従兄だけあって殿下ととても似ていますよね」
「そうか?」
「マティ様も無自覚ですか⋯⋯」
「何の事だ?」
「ヴィンセント殿下とマティ様が並んでいる姿が女性達の間で密かに話題になっているのですよ。あまり並ばれることは無いですが、やはり従兄弟同士ですので両殿下同様に人気なのですわ」
確かに、マティお従兄様とヴィンスお兄様が並んだら絵になるわ。
お従兄様は伯父様によく似ていらっしゃってとても格好いい。
その気持ちはよく分かる。
「ステラ様、今の話に同意されていますが、そういう事なのですわ」
「どういう事?」
「今、マティ様とヴィンセント殿下が並んだのを想像してどう思われましたか?」
「絵になると思ったわ」
「ステラ様とヴィンセント殿下がご一緒にいればそういう事なのです」
ティナの説明が一番分かりやすいけれど⋯⋯。
「他人事だと思わないでくださいね。周囲から見ればそういう事ですので」
先に突っ込まれてしまった。
ティナったら本当に侯爵に似ているわ。
その先走った釘の差し方が特にね。
「ティナ様って本当に侯爵様に似ているわよね」
私の代わりにディオが言ってくれたわ!
分かっているけれど、ティナはすごい顔を顰めて嫌がっている。
「ティナ、その表情は良くないわ」
流石にそういう表情は淑女として如何なものかと私はティナを窘めた。
「殿下の側近になってから、令嬢達の裏の顔がよく分かるようになりました」
「ロベルト、それは知らなくてもいいのよ」
「そういえば、貴方の兄妹は妹だけでしたわね」
「はい。それにまだ四歳ですのでまだまだ子供です」
「あら、女の子の成長は早いですわよ」
確かに男の子よりも女の子の方が精神面の成長は早いわよね。
「男の子って何時まで経っても子供っぽい所がありますものね」
「言えてますわ!」
そうなのかな。
お兄様達は全然そのようには見えないから私には分からないわ。
不思議に思いながらルイス達の話を聞いていたが「ステラ様もその内分かります」と言われたがぴんと来ない。
「ステラ様、そのように考えこまなくても。ヴィンス様はステラ様の前では必ず頼れる兄の姿しか見せませんよ」
「では、マティお従兄様はどうなのです?」
「私も、ステラ様の前では頼れる従兄としの姿しか見せませんよ。実際そうでしょう?」
「確かに。けど何故です?」
「何故って、ステラ様の前では頼れる従兄でいたいからですよ。それはレオンも同じでしょう」
マティお従兄様がそう話した時に、私はふとお父様を思い出した。
そういえば、お父様はたまに崩れるわよね。
話し方もざっくばらんに侯爵達と話しているし、あぁいう事なのかな。
あぁけど、お母様の前ではお父様を始めお兄様も流石に⋯⋯ってまぁそれは親の前だからそれはそうだよね。
私がお兄様の事を考えている間も皆は楽しそうに話をしているのを見ると、最初の頃と比べて年齢を超えて仲良くなったの姿を見るとやはり嬉しい。
久しぶりに執務が早くに終り皆で楽しい雑談の時間はあっという間に過ぎていった。
翌日、ブルーノ医師は朝からいらっしゃった。
時間は書いていなかったけれど、いらっしゃるなら昼からかと思っていたら朝一番でいらっしゃってちょっと驚いた。
「殿下、お久しぶりですな」
「ブルーノ医師、ご無沙汰をしておりますわ」
「ほほっ。もう私は医師を退きましたぞ」
「分かってはいるのですが、ずっと私達の健康を見て下さっていたので、つい」
「スティーグは役に立っておりますかな?」
「えぇ。伯爵には沢山お世話になっておりますわ」
私の体調面だけではなく、沢山お世話になっているのは事実で、それなのに嫌な顔せず引き受けて下さるのはとても助かっている。
「ブルーノ医師、今日は学園の件でいらっしゃったのですね?」
「はい。進捗状況を直接お伝えしようと思いましてな。それに、殿下とお話しをしたかったのもあります」
「私と?」
ブルーノ医師にお話ししたいと言われたのは初めてかもしれない。
何だろう。
「先ずは学園の教師陣への教育ですが、順調に進んでおりますればご安心下され。初めの頃は少々面倒だという様な雰囲気もありましたが、今では大体の者は真剣に向き合っております」
「それを聞いて安心いたしましたわ」
簡単に話しているけれど、そう簡単な事ではないというのは分かっている。
反発があっても当然だと思う。
実際あったわけだし。
「殿下のお考え通りですよ」
「あら、私が何を考えていると?」
「目に見える物だけが真実ではないのはようお分かりかと」
「医師の仰る通りですわね。それで、医師が私にお話ししたい事とは何でしょう」
それだけで医師がいらっしゃるとは思わない。
王宮筆頭医を引退したとはいえ、私がお仕事をお願いしてしまったのでかなりお忙しい方だし、結局他にも医師の生徒達も先生を頼っていらっしゃるとお話に聞いているのであちこちに顔を出していらっしゃると噂に聞いている。
「この間の事がありますので流石に同じ事は起こらないかと存じますが、学園ではお気を付け下され」
「医師までご存じでしたのね」
「お話をお伺いした時は呆れを通り越して流石の私も怒りを覚えましたぞ」
「ブルーノ医師からそのようなきついお言葉を聞くなんて思いませんでしたわ」
私は純粋に驚いた。
いつも優しい医師が今みたいな事を言うなんて、というか、そういうことを医師に言わせてしまった事が私の中で悲しくなった。
けれど、医師は私に視線で制す。
「私は産まれた時から殿下を診ておりますので、この様に成長されたと言えど、まだ十歳という若さで今後の若者の事を考え施策しているというのに、全く理解出来ていない図体の大きな馬鹿者共が姫様を煩わせるなど看過出来ないのです」
「医師のお気持ちは嬉しいですけれど、全員が納得するのは難しい事ですわ」
「勿論分かっておりますぞ。じゃが、本来は学生を教育する大人が率先してしなければならん事を姫様が行っていることに対し、各学園長と会議に付き添っている教師達は憂いているのです」
医師の表情を見る限り、本当のようね。
いつも会議に来てるのって、王立学園ではハセリウス先生よね。
そんな風には見えなかったけれど。
「不思議そうにしておられますが、皆に想われているのは殿下のお人柄が故ですぞ。良い事です」
医師はそう私を評価して下さるが、真っすぐ告げられると流石に少し照れるわ。
「話を戻しますぞ。これは確実ではありませんし、誰とも申し上げる事が出来なくて情けない事ですが、あまり良くない感情を持つ者もおりまする」
「それは、医師の勘ですか?」
「勘、と申しますか⋯⋯長年培った経験ですな。どんなに隠したとしても、たまに感じる不快な感情、それが何とも不安に感じるのです。その感情が貴女様に向かわないとも限りませんからな」
「だから私に注意を促しにいらっしゃったのですね」
「左様です。どの学園の教師かまでは分かり兼ねますが、側近方も重々姫様の周囲には注意されよ。私の杞憂ならば良いのじゃがな」
ブルーノ医師は私達にそう念を押すと部屋を後にした。
医師の言い方だと普通ではなさそうな感じだった。
だけど多分医師も不確かな事だと、だけど何かあってはいけないからいらっしゃったのだろう。
「ステラ様」
呼ばれたので一旦考えを中断すると、心配そうに私を見る皆の顔が視界に入った。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ」
大丈夫じゃない様に見えるのかしら。
「ステラ様、学園ではあまりお一人で行動なさいませんよう、お願い致します」
「私が一人で行動する事なんてあるかしら?」
「お一人で図書館へ行きませんように」
――そっちの心配⁉
もう宮廷の図書室へ行く事が出来るし、何よりも王宮にも負けず劣らずの図書室があるのでわざわざ学園の図書室へ行く必要もない。
⋯⋯多分。
「ステラ様、お約束していただけますか?」
「約束するわ」
ここで約束しないなんて言えないわ!
マティお従兄様の表情が伯父様が静かに怒っていらっしゃる時と同じ顔をしている!
「レグリス、ロベルト。悪いけど、ステラ様が決してお一人で行動しない様によくよく見ておいて欲しい」
「分かりました」
二人はお従兄様に気圧されてか直ぐに了承の返事をした。
気を付けないと二人が怒られるわね。
別に怖がる必要はないんだけどね。
一人で行動しなければいいだけの話、なんだけれどね。
ちらりとお従兄様を見ると、⋯⋯あぁ、無言で訴えかけてくる。
去年の秋の事があるので、お従兄様に心配を掛けたくはないので一人での行動は控えるけれど、どちらにしても私には影の皆がいるので、実際本当に一人になることは無い。
今後の為に私に護衛がいる事を伝えておいた方がいいかしら。
一度ヴィンスお兄様に確認してみよう。
翌日、学園から戻りお兄様と共に私の執務室へ行くと、いつもより少し戻るのが遅くなってしまい、時間より遅れた為そこにはダールグレン子爵が待っていた。
「お待たせしてしまいましたね」
「いえ、私も今来たばかりです。両殿下お帰りなさいませ。学園はいかがですか?」
「学生生活を大いに楽しんでおりますわ」
「学園生活が充実していらっしゃるようでようございました」
飽きない毎日で充実しているのは確か。
相変わらず色んな話を仕入れてくるエリーカにシャロンは以前よりもよく話すようになり、彼女達の話はとても面白く興味深い物ばかりだ。
学園の事はさておき、建国祭の提案書を子爵に手渡す。
子爵は受け取ると軽く目を通す。
「⋯⋯殿下、短期間に大体の予算までお調べになられたのですか?」
「時間が限られていましたので、本当に大まかな事しか出来なかったので、多少⋯⋯で済めばいいですけれど、変更しなければならないでしょうし、そうなれば内容をもう少し変更せざるを得なくなりますわね」
子爵は驚いているけれど、今迄の予算を調べてそれに合わせたのだけれど、本当におおよそでしか調べられていないので、大幅に変更しなければならないと思う。
「ヴィンセント殿下は此方をご覧になられましたか?」
「先日確認したけど、短い期間でよくここまで調べたと感心したよ」
「それは皆に手伝って貰ったから出来た事ですわ」
流石に一人で調べていたらあちこちから叱られるわ。
それに、ルイスが優秀で侯爵が目を掛けるのがよく分かる。
「では一旦お預かりし、今週中にはご連絡致します」
「お忙しいと思いますけれど、お願いしますね」
子爵に書類を預けたので今日はこれで終わりだ。
「珍しく宰相が来なかったな」
「先週に釘を差しましたのでそのせいですわね」
「何を話したんだ?」
「ただ、側近の方達の苦労を分かってあげてください、とそして今日は子爵に来て頂くようにと本人に伝えましたの」
「宰相め、ステラの言う事ならよく聞くんだな⋯⋯」
お兄様は頭を抑えて溜息をついたけれど、別にそういう訳でもないと思うんだけどね。
「そうだわ。お兄様にお聞きしたいことがあるのです」
「何だい?」
「お兄様の側近の方達は、お兄様に皆が付いている事はご存じなのですか?」
「皆って、影の事?」
「はい」
「知っているか知らないかで言えば、知らないな。特に紹介をする事も無いしね。だからと言って別に存在を知られて拙い事はないけど、人数は伏せておく方が良いかな。相手を、敵を油断させるのにはね」
仮に危険な事があれば彼等は出てくる。
紹介しておいた方が良いかとも思ったけれど、追々知る事になるかもしれないし、私が自ら教える必要もないかな。
「ありがとうございます、お兄様」
「いや。ステラは皆と仲が良さそうだよね」
「私は良いと思っていますわ。お兄様はどうなのですか?」
「私? んー、ステラ程じゃないと思うよ。だからと言って悪い事も無いよ」
どういうことなのかよく分からなかったけれど、お兄様はお父様とお父様の影達もまた自分達とは違う関係を築いていて信用しているのだからいいのだと、私は私で皆と絆を持ったらいいよと話して下さった。
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