209 朝の訓練
学園が始まって三日後の週末。
初日よりも少し落ち着いたかなと思っていたけれど、まだまだ私が登校してくる時間帯やお昼休憩の時間帯に私の周囲には人が大勢集まっている。
そしてそれはお兄様と一緒にいる時が一番賑やかだった。
その理由として、今迄はお兄様には女性達が付きまとっていたけれど、今は私がいる事で周囲には男性がよく見受けられ、二人揃うと更に増えるのだとか。
一人より二人だとその魅力で人を引き寄せるのだとマティお従兄様が話していた。
それも暫くしたら落ち着くだろうと。
魅力があるかはさておき、まぁ見飽きたらその内人も減るわよね。
「入学式から四日目だが、予想通り依然ステラ様の話題で持ち切りですね」
「仕方がありませんよ。ヴィンス様とお二人一緒におられる場面を見た者達の話を聞くと、お一人でいらっしゃる時は勿論の事、お二人揃うと存在感が増し、より一層華やかで遠くから眺めたいそうですよ」
「男性陣もステラ様に話しかけたいけれど、まだどのような方なのか分からず躊躇っているようです」
「ならそのまま話しかけなくていい」
ヴィンスお兄様のバッサリ切って捨てた。
それを聞いた皆はその言葉で少し呆れた空気になりはしたものの、マティお従兄様達私の側近の皆は同意している。
何故ならば彼等は私の安全が優先の為、もし一人が私に話しかけてきたならば、それが皮切りにきっと我先にと殺到するのが目に見えているからと。
「何はともあれ、ステラ様に対して嫌がらせのような悪意ある噂は払拭されたので安心しました」
去年の話ね。
私を見ればあれらは嘘だとすぐにわかることだから。
「それで、一年の様子は皆の目から見てどうだ?」
「今の所は大人しい様子だと思います。教室内のことまでは流石に分からないけれど、噂に関しては特に聞きませんね」
「リアム達三学年の様子はどうだ? フリュデン男爵令嬢が復学したはずだが」
「令嬢はAクラスですので直接的な事は分からないのですが、今の所問題はないと思います」
「こう言っては何だが、あの双子が大人しくしているとは思えない」
会長の発言には皆頷いている。
普通の学園生活を送りたいのだけれど、あまり問題は起こさないで欲しいのと巻き込まないで欲しいと願うばかり。
「さて、あまり学生達を疑うような真似はしたくないのでこの話は終わりだ。さて一ヵ月後に新入生を社交会に迎えるにあたり、例年通りこれから新入生に対して勧誘が始まるが、過度な態度であるならば注意するように」
例年通りって、去年もあったのね。
知らなかったわ。
私は少し遅れて入学したし、生徒会に入る事は最初から決まっていたので知らなかったのかも。
それから今季一年の予定を確認、活動を確認して今日の生徒会は終了した。
「お兄様。社交会の件ですが、勧誘があるなんて初めて知りましたわ」
私は帰りの馬車の中で先程の疑問をお兄様に質問をした。
「あぁ、ステラは遅れて入学してきたからね。それに生徒会へ入る事が決まっている生徒にはあまり勧誘はされないんだ。今の生徒会でもリアムだけだね、掛け持ちしているのは」
「掛け持ちしていらっしゃるの? 知りませんでしたわ」
「別に隠しているわけじゃないけど、彼の趣味は園芸なんだ。彼のご両親は植物の研究を生業にしていて、その筋では結構有名だよ」
「そうでしたのね」
「彼は園芸部からの勧誘され、週に二度はそちらに顔を出している」
知らない事ばかりね。
毎年躍起になった上級生が新入生を過度に勧誘を行う事があるそうなのだけれど、勧誘を止めさせることはないそうだ。
上級生が新入生を誘うのは一種の交流でもあり、才能を見つけ伸ばす事の手助けにもなる。
そして道を作り、学園の理念のひとつである階級関係なしの交流にもなるので過度な事に対しては注意で済ますそうだ。
過度なといっても暴力的な事ではなくてしつこい勧誘を行う事で、どうしても社交会に入って欲しいが為に嫌がったり怖がったりしている生徒に付きまとうと要注意対象となる。
しつこくすると相手に嫌われるのが分からないのかしらね。
理解しがたいけれど、相手の事を慮って欲しいけれど、こういった事も学園ならではなのかもしれないし、これも学びの一種ね。
学園から帰り、そのまま私達は執務室へと向かう。
今日ルイスは自宅に戻っているので執務室には私一人だ。
今から本日中に確認しておく書類を捌いた後に建国祭の提案書を作成する。
そして集中する事二時間。
アルネに声を掛けられたので途中だけれど、今日はこれで終わりにする。
彼は私のお目付け役でもあり、無理をしない様にと見守られている。
そして時間になればこうして止められてしまう。
「お疲れ様でした。大分進んだご様子」
「えぇ。明日には仕上がるわ」
後もう少しで仕上がるけれど、一度見直しは必要だ。
集中して進めたから私は伸びをする。
「そろそろ王子殿下がいらっしゃいますよ」
「もうそんな時間なのね」
私は明日の為にお片付けをする。
整理整頓は気持ちよく効率よく仕事をする為には大事な事。
それが終わるころにお兄様がいらっしゃった。
「ステラ、終わったかい?」
「はい、お兄様。丁度終わりましたわ」
お兄様が迎えに来たので私達は王宮へと帰る。
そういえば、お兄様が迎えに来て一緒に帰る事が常だけれど、負担ではないのかしら。
お兄様だってご自分の都合とかあると思うのだけれど⋯⋯。
今迄は何も疑問に思うことは無かったけれど、私も公に戻り学園へ復学したので大丈夫と思うのだけどね。
「お兄様、お聞きしたい事があるのですが」
「どうしたの?」
「お兄様がいつも迎えに来て下さっているのは私がまだ制限されていたからだと思っていたのですけれど」
「そうだよ」
「もう復学もしましたし、私に合わせていて宜しいのですか?」
「⋯⋯ステラはお兄様が迎えに来るのは嫌なの?」
そう寂しそうな表情と声で言われてしまい、私は慌てた。
「そうではありませんわ。ただ、お兄様にもご都合があるのではと、私が足を引っ張っていなければいいのですけれど」
「あぁそれなら大丈夫。その心配はないよ。私もまだ成人していないのだし、その辺はステラと一緒で時間通りに強制終了だからね。アルヴィン達に追い出されるんだ」
お兄様も執務室を追い出されるの?
あまり想像できない。
「だから丁度良いんだよ。ヴィー達にとってはステラを迎えに行く口実で私を帰すことが出来るから気にする事ないよ」
「分かりましたわ」
お兄様に頼ってばかりなので忘れていたけれど、お兄様も未成年だという事を思い出した。
というか、お兄様も私と同じような扱いを受けていると思うと、何だかおかしな感じがするわ。
想像すると⋯⋯想像よりもその現場を見てみたい。
「ステラは何を笑っているのかな?」
「あっ、何でもありませんわ」
「何でもないって事ないよね? 良くない事を考えてたんじゃない?」
鋭い!
けど、お兄様がエドフェルト卿達に追い出されるところを想像していたなんて言えない。
誤魔化さなくては!
「お兄様も私と同じで安心しただけですわ」
「同じって?」
「私も時間になったら遠慮なく止められますもの。お兄様と一緒なのだと思いましたの」
「そこなの?」
「私だけなのかと思ってましたもの」
そういうとちょっと呆れられてしまった。
何でも一人より二人の方がいいよね。
それにお兄様と同じなのだと思うと良くない事かもしれないけれど、何となく嬉しい。
別に想像していた事をバレない為に思っている事ではなくて本当の事だから、嘘じゃない。
私が楽しそうにしているのでそれ以上は何も言われる事はなく、王宮に戻って来た。
翌日の早朝、私はお兄様と共に日課となりつつある朝の訓練で今日は魔法師団の訓練場へ向かっている。
最近は私が来ても驚かれる事も無くなり、気さくに挨拶を受ける。
「今日はやけに訓練場から声が聞こえてきますわね」
「そうだな。あぁ、例年と同じか?」
「はい。新たに魔法師団に配属された者達が早朝訓練を行っているのです」
「学園の卒業生達かしら?」
「はい。後は一般から入団した者もおります」
「私が訓練を始めてから早朝訓練をしているのを見るのは初めてだわ」
「一ヵ月程は午前中は騎士団についての座学、午後から訓練を行っておりましたので、早朝訓練は先月の下旬頃に始めたばかりですね」
初めて魔法師団の団員が早朝訓練をしてくるところに遭遇したのでちょっと見学してみたいかも。
私達が訓練場に着くと、そこには二十人いない位の新規入団者が集まって厳しい訓練を受けていた。
「ステラ、あそこにクラエス卿の姿が見えるよ」
お兄様がクラエス卿を見つけたので私にもどこにいるか教えて下さった。
「模擬戦でもしているのかしら。とても集中していらっしゃるわ」
「そうだね。あの様に真剣に魔法を駆使しているところを見るのは私も初めてだ」
魔法師団の訓練場が視界に入ると今は新人同士で模擬戦を行っているようで、丁度クラエス卿が相手を圧倒していた。
学園では見たことがない姿だったので新鮮に感じる。
「クラエス卿ってあんなにお強かったのですね」
「普段の姿からは驚きだな」
話をしながら歩いていると、こちらに気づいた副団長のロヴネル卿が私達に気づいた。
「王子殿下、王女殿下。おはようございます。お待ちしておりました」
ロヴネル卿が私達へ挨拶したのに気付いた新人達は誰が来たのかとこちらを見ては皆驚いていたが、ロヴネル卿の視線でさっと訓練に戻る。
「おはよう。朝から熱が入っているな」
「新人達がサボりを覚えないよう、最初が肝心ですからね。⋯⋯殿下方がよろしければ模擬戦を行ってみますか?」
「そうだな。今の実力を知っておくのに丁度いいな。ステラはどうする?」
「私も試してみたいですわ」
「では決まりですね」
ロヴネル卿は私達の相手に、クラエス卿と騎士魔法学園卒業のモルテン卿が選ばれた。
彼方の模擬戦が終わり、その二人が呼ばれる。
「両殿下、王立学園卒業のクラエス、騎士魔法学園卒業のモルテンです」
ロヴネル卿の紹介に二人はさっと礼をする。
「お前達の休憩後に両殿下と模擬戦を行うのでそのつもりで」
「分かりました」
少し休憩後に始めるが、二人が休憩をしている間に私達は軽く体を動かす。
休憩をしている訓練生からの視線が凄い。
休憩が終わり早速模擬戦を始めるが、お兄様の相手はモルテン卿で私の相手がクラエス卿に決まった。
私達が模擬戦を行っている間、他の訓練生はというと、私達の模擬戦を見学するみたい。
「模擬戦は良いとして見学されると少しばかり緊張しますわね。まだそれ程技術も無いと思うのですけど」
「王女殿下はご年齢反し、その技術は目に余りますよ」
「そうかしら?」
「彼等よりも経験がありますからね」
学園でも実習で確か森へ討伐に行くと聞いたのだけれど、回数は多くないのかな。
副師団長がそう話すならばそれを信じよう。
先ずはお兄様とモルテン卿から。
モルテン卿は騎士魔法学園の魔法学部を首席で卒業、新人の中ではクラエス卿と並びこの二人がずば抜けているそうだ。
「殿下準備はよろしいですか?」
「あぁ、何時でもいいよ」
「モルテン、相手が殿下だからと下手に手を抜くような真似はしないようにな」
「はい」
「⋯⋯では、始め!」
ロヴネル卿の合図で模擬戦が始まる。
先に仕掛けたのはモルテン卿だった。
使用しているのは火属性で、その威力も中々のものだった。
だけど、お兄様は全く動ずることなく応戦している。
「おや、殿下は模擬戦をしていらっしゃるのですか?」
後ろから聞こえた声に振り向けば魔法師団団長のレイグラーフ卿が興味深そうにこちらにいらっしゃった。
「副団長の提案で模擬戦を行うことになったのですわ」
「左様ですか」
「団長はどうして此方に?」
「両殿下が訓練にいらっしゃっていると伺ったのでご挨拶をしに来たのですが、模擬戦を拝見出来るとは思いませんでした。王女殿下はこの後に?」
「えぇ、お兄様の後に行います」
「楽しみですね」
まだまだ未熟な私の模擬戦を楽しみにはしないで欲しい。
団長は真剣にお兄様の模擬戦を見据えている。
「この試合は殿下の勝ちですね」
「まだ勝敗はついてませんわ」
「そうですね。ですが、よく見ると分かりますよ」
団長はそういうけれど、私の目にはよく分からない⋯⋯あっ!
「モルテン卿が、少しずつ焦りっている⋯⋯?」
「そうです。彼は殿下よりも体力はありますが、技術がまだまだです。年齢差よりも今迄の訓練の差が大きく、王子殿下、そして貴女様も幼い頃よりの環境がそうさせております。それはぬくぬくと育った者では経験出来ない事。その差は歴然ですよ」
普通に過ごしていたらそう命を狙われるという危険な事に巻き込まれないわよね。
それを思えば、確かにそれもひとつの経験かしら。
団長と話をしていると副団長の合図で模擬戦が終了した。
結果はお兄様の勝ちだ。
体力よりも経験で勝ちを得た。
相手はまだまだ体力に余裕がありそうだものね。
「お疲れ様です、お兄様」
「ありがとう。それで、団長は何故ここに?」
「ご挨拶にお伺いしたのですが、思いがけず殿下の模擬戦を見る事ができました。腕を上げられましたね」
「だがまだまだだ。お祖父様にも言われている事だけど、もう少し体力を付けたいな」
「そればかりは日々の努力次第ですね。次は王女殿下の番ですね」
「そうですけど、何故貴方はそのように楽しそうにしているのかしら」
「私は人間観察が趣味なのですよ。団長を拝命していますが、日々の学びは大事ですからね」
それは御尤も。
団長でもそう考えているのね。
「では次は王女殿下とクラエスの対戦を始めます」
「ステラ、頑張って!」
「はい、頑張ってきますね」
私はクラエス卿と対面する。
彼方は緊張の面持ちだ。
そういえば、彼と会うのは卒業式の、あの一件以来ね。
エドフェルト卿とは何度も会っているけれど、彼とはそうでないから、何と言うか⋯⋯少し申し訳なく思う。
だけど今は模擬戦に集中する。
「準備はよろしいですね?」
副団長の言葉に頷く。
「では、始め!」
開始の合図で先に動いたのは私だ。
クラエス卿の動きは知らないけれど、ただ何も考えずに動いたわけではなく、彼の動きを知る為に敢えて無作為に攻撃を放った。
それに対して彼は冷静に対応する。
それを幾度か繰り返し分かったことは、とても丁寧だった。
模範的は、そういった丁寧さだ。
だから私は今迄の攻撃から大きく外れた。
周囲から見れば私が外したと思う様な攻撃を少しずつ行うと、彼は少し困惑したような表情を浮かべる。
そして大きくできた隙を狙って彼の懐へと入る。
魔法師が相手の懐まで入るなんてそうない事だからとても驚いたようで、動きが止まったところへ眼前に氷の刃を突き付けるとクラエス卿は「参った」と降参し、模擬戦は終了した。
「クラエス卿、お怪我はありませんか?」
「はい、怪我はありません⋯⋯」
彼は少し戸惑ってた。
「卒業式以来ですね。今日はお相手してくださりありがとう。いい経験になりましたわ」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「魔法師団で頑張って下さいね」
私は少しだけ声を落としてそう激励すると「ありがとうございます」とクラエス卿も声を落としてそう言った時の表情はいつも見る顔つきとは違い引き締まっていた。
短い言葉を交わした後、私はお兄様の元へ戻ると流石だと誉めて下さった。
団長は感心したと言いつつも私の改善した方が点を指摘してくれる。
副団長はクラエス卿とモルテン卿の二人に同じことを行っているようだ。
「⋯⋯お二人共ご年齢よりもその実力や経験も豊富ですが、それに驕らず、これからも精進すればもっとお強くなられるでしょう」
「驕れるほどの実力にはまだまだだと思うんだけどね。忠告は聞いておく」
「私もですわ。今のままでいけませんものね。もっと力を付けなければ身を護れませんわ」
「両殿下の身を護るのは近衛達護衛の役目ですよ」
「分かっているが、これからはそうもいっていられないだろ?」
「否定出来ないところが申し訳なく思います」
「ご歓談中失礼いたします」
話をしていると副団長が此方に来ていた。
気付けば新人魔法師達は早朝の訓練を終え、訓練場を後にしたようで姿が見えなかった。
「そっちは終わったのか?」
「はい。これから朝食休憩を挟んで次の訓練に移ります」
「今回は模擬戦を急遽行いましたが、殿下方は如何されますか?」
「今日は此処までにしておく。中途半端になりそうだし、二人共予定があるだろう?」
「今日は定例会議の日ですからね」
「私達は戻るよ。またよろしく頼む」
私とお兄様は訓練場を後にした。
「クラエス卿とは何を話していたんだ?」
「大したことではありませんわ。対戦のお礼と師団で頑張ってと応援しただけです」
「知らない相手じゃないしね。周囲の連中が羨ましがってたよ」
「何故?」
「何故って⋯⋯新人なのに自国の王女と言葉をかわしてるんだから、今頃クラエス卿は揉みくちゃにされてるんじゃないか」
「流石にそこまでされるかしら」
「ステラは男心に関してはほんとに鈍感というか何と言うか、だよね。⋯⋯けどこの件に関してはステラが鈍いままの方がいいのか?」
段々声がぼそぼそとし、何かを考えてるお兄様が不思議で隣を歩くお兄様を見ると、唸っていた。
「⋯⋯お兄様、ごめんなさい。最後なんと話したか聞き取れなくて」
「あぁ、気にしなくていいよ。大したことじゃない。さて、今日も執務を頑張ろうか」
「はい、お兄様!」
早朝の訓練が終わり、脳が活性化されてすっきりしているので、今日も一日頑張れそう。
その前に私達は朝食を取る為に王宮へと帰って行った。
ご覧頂きありがとうございますm(__)m
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とても嬉しく励みになります。
次回も楽しんでいただけたら幸いです。
よろしくお願い致します。





