208 学園の始まり
翌朝、何時もより少し早いけれどすっと目が覚めた。
何時もながらエストレヤに眠らされると翌朝はとても爽快に目が覚める。
目が覚めてしまったので、鈴を鳴らすとエメリが「おはようございます」と部屋に入ってきたので早速朝の身支度をお願いする。
今日から学園生活の始まりで制服に身を包み髪を整えて貰う。
今日はお兄様にお渡しした髪留めとお揃いの物でハーフアップにしてもらう。
学園に行くので華美な物ではなく、落ち着いたデザインで制服に合わせても違和感はない。
少しばかり用意が早く整ったので、お庭に出るととてもいいお天気で日差しがまぶしい。
朝から太陽を浴びるのは健康にもいいからね。
少し歩いていると、モニカが朝食の時間だと呼びに来たので食堂へ向かう。
今日はお父様もいらっしゃって皆揃って朝食をいただく。
「今日から学園だな。ステラの制服姿も良く似合っている」
「ありがとうございます、お父様」
「暫く学園が騒がしくなるだろうが、気を付けてな」
「はい」
「ステラ、前に話した事、注意するのよ」
「分かっておりますわ」
お二人共、かなり心配をしているようで、同じ事を何度も言われるが、途中でお兄様が止めて下さった。
「父上、そろそろ宮廷へ行かなくてよろしいのですか?」
「あぁ、行く。だがな⋯⋯」
「しつこいですよ」
お兄様はぴしゃりとお父様の言葉を遮った。
「ステラには私は勿論、側近や影もついているのですから。何よりも、ステラの事を信じていないのですか?」
「そんなわけないだろう! だがな⋯⋯父親としてはただ心配なんだ。特に碌でもない糞男が近づ⋯⋯」
「あなた! 子供達の前でその言葉遣いはいけませんわ」
「す、すまない。⋯⋯と、兎に角だ! ヴィンス、ステラを護れよ」
「勿論ですよ。変な虫が近寄らない様に対処します」
「全く⋯⋯貴方達ときたら」
お母様の手に掛かればお父様も子供みたいね。
「兄上、姉上。そろそろお時間ですけど、大丈夫ですか?」
「おや、もうそんな時間か。フレッド、教えてくれてありがとう」
意外にもフレッドって頼りになるわ。
いつもは私達の可愛い末っ子だけれど、たまにこうしてびしっと言うのよね。
「姉上?」
「何でもないわ。フレッド行ってきますね」
「気を付けて行ってらっしゃいませ。あっ、兄上」
「どうした?」
「姉上をきちんと護ってくださいね!」
「あぁ、任せておきなさい」
フレッドまでそんな事を。
私ってそんなに頼りない?
「ステラ、早くおいで」
「あっ、お待ちください、お兄様!」
お兄様に置いて行かれない様に付いて行く。
共に馬車に乗り学園へ向かう。
誰が迎えに待ってるのかしら。
レグリスか、ロベルトかな。
ティナの可能性もあるわね。
「何を考えているんだい?」
「初日は誰が出迎えに待っているか、ですわ」
「それならレグリスかロベルト辺りじゃないか?」
「私もそう思いますけど、ティナの可能性もあるのかなって」
「あぁ、その可能性も否定できないけど、多分彼女ではないよ」
「そうなのですか?」
「暫くは同クラスの二人が交代で迎えに来るだろうね」
「お兄様の時もレオンお従兄様とカルネウス卿でしたの?」
「そうだよ。同クラスの側近が来る事で周囲の牽制もしやすいんだ。一日一緒にいる事が多いから周囲の者達に対して観察しやすい。そこから他の側近達に情報が共有されて、半年経ったくらいでヴィル達も交代で迎えに来ていたな」
成程、色々と考えられているのね。
「ステラ、緊張してる?」
「そう見えますか?」
「少し、そう見えるかな」
「一学年からこの姿で通っていればそう緊張する事も無かったと思いますけど、やはり少し緊張しますわ」
「そうだね。けど何時も通りでいいんだよ。ステラはステラらしくいればいいからね。それでシアとステラを比べるような者はステラには必要ないよ。シアもステラの一部なのだから」
「ありがとうございます、お兄様」
お兄様に勇気づけられたので先程よりも心が軽くなった。
思ったよりも緊張していたみたい。
やはりお兄様は凄いわ。
心が軽くなったところで学園が見えてきた。
外から通えるのは私達と最高学年だけなので、まだ閑散としている。
門を潜り暫くして馬車が停まった。
ここまで来ると流石に外がとても騒がしい。
理由は分かっている。
王家の紋章の入った馬車が停まったので皆興味津々、というか待ち構えていたという感じだ。
「行こうか」
「はい、お兄様」
お兄様が先に降りて私に手を差し伸べる。
私はお兄様の手に自身の手を添えて馬車から降りると、そこには思ったよりも多くの人だかりが出来ていた。
内心驚きもしたけれど、勿論表情には出さない。
私が姿を現した事でより一層ざわめきが大きくなった。
私はそれらを気にも留めずに視線を前に向けると、目の前にはカルネウス卿とロベルトが揃って私達を出迎えてくれた。
「おはようございます、両殿下」
「おはよう、二人共」
「おはよう。お出迎えありがとう」
これで私の側近の一人がロベルト・クロムヘイム侯爵令息だと知れ渡るでしょう。
周囲は私を見て驚きこそこそと話しているのが耳に入る。
こちらをちらりと見てはぱっと視線を外す。
見てはいけないものを見たみたいに。
まぁ漸くこうして学園に自国の王女が通うのだから、仕方ないわよね。
「では教室に参りましょう」
私達が歩き始めるとぞろぞろと周囲の生徒達も動き始める。
何かの行進みたい。
じゃなくて有名人を追い求めるファンみたいな?
いえ、これはただの好奇心で私がどのような人物なのか気になるからかな。
というか、皆さん、ご自身の教室に向かった方がいいわよ。
遅刻しても私のせいではないからね。
言い訳に使わない様に!
「想像以上に周囲が騒がしいな」
「私も驚きましたわ。此処までとは思いませんでしたもの」
「それだけ王女殿下の存在が気になっているという事です」
「後は家の者達に様子を探ってこいとでも言われているのかもしれません」
「それはあるだろうな」
成程、自分達の好奇心に加えて当主達から王女がどのような人物なのか、私とお兄様の関係や誰が側近でどのような考えなのか、探られているのね。
やましい事は何もないのだし、いくらでも探ってくれて構わないけれど。
「ロベルト」
「はい、殿下」
「レグリスと共に暫くはステラの側近くで注意深く周囲を見ていてくれ」
「もとよりそのつもりです」
ロベルトはそうお兄様に答えた。
私の知らない間に皆私の事を考えて動いてくれている事に嬉しく思う。
お兄様もその言葉に満足したのか頷いている。
二学年の教室の階に着いたのでここでお兄様と別れる。
「ステラ、また後でね」
「はい、お兄様」
私はお兄様を見送り、ロベルトと共に教室へと向かう。
廊下の端々には同学年の生徒達がひそひそと私を見て話をしている。
いい見世物よね。
「ロベルト、教室の様子はどうでしたか?」
「殿下の話題でもちきりですね。アリシア様をご存知なだけに殿下とどう接していいか分からない、というのが皆の心内にあるかと思います。少し落ち着かない様子でした」
「確かに、以前は辺境伯令嬢でしたけれど、今は違いますから。戸惑うのは無理もありませんわ」
皆の中ではそれが一番引っ掛かるところだと思うわ。
今迄はそれなりに親しく接していたのに、まさか王女だったと知れば⋯⋯上級生で社交界デビューもしていれば、上手く気持ちを消化できるのかもしれないけれど、まだ未成年だもの。
そこは致し方無い。
二学年のSクラスに着いたのだけれど、中からは何時になく話し声が聞こえ、緊張が此方まで伝わってくる。
それに構わずロベルトが扉を開くと先程迄の話し声がピタリと止んだ。
ロベルトが中の皆を一瞥しすっと私に道を譲る。
その瞬間息を呑む音が聞こえた。
私はそれに構わず、すっと教室の中へ入り「皆さん、おはよう」と声を掛けるが、皆一様に固まってしまった。
だが、その中で真っ先に近付いて来る者がいた。
「おはようございます。エステル殿下」
「おはよう、セイデリア卿」
「此処まで何事もありませんでしたか?」
「えぇ、大丈夫よ。ありがとう」
私が側近の一人、レグリスと言葉を交わしていると、またすっと近寄ってくる人がいた。
「おはようございます、殿下。ご無沙汰しておりますわ」
「お久し振りですね。貴女とは私の誕生日パーティー以来ですわね」
「はい! こうしてまた殿下と学べる事、嬉しく思います。改めてよろしくお願い致します」
私に声をかけてきたのはシャーロット嬢だった。
ロベルトとレグリスを除いては彼女が唯一何時ものように話し掛けてきた。
シャロンとはパーティーで会っているので、気軽さがある。
何よりもベリセリウス侯爵家だから、というのもあるかもね。
そこに、エリーカ嬢が恐る恐る近付いてくる。
「あ、あの! お⋯⋯おは⋯⋯よ⋯⋯」
勇気を振り絞って挨拶をしようとしているが、緊張し過ぎて声が震え最後まで言えていない。
「おはよう、エリーカ嬢」
「あっ、お、おはよう⋯⋯ございます」
「新年、寒い中私達に会いに来てくださったわね」
「お、覚えて下さっていたのですか!?」
「勿論ですわ。笑顔で手を振ってくださってありがとう」
「あっ、いえ、アリ⋯⋯」
彼女は慣れていないからアリシアの名前を言いそうになったで私は素早く彼女の口に手をそっと置く。
「その名はもう口にしてはいけませんよ」
「⋯⋯も、申し訳ありません」
「いえ、気を付けてくださればいいのですよ」
エリーカ嬢と言葉を交わしたのを皮切りに次々と他の者達も私に挨拶をしにくる。
それはアリシアの時に仲良くしていた人達は勿論、そうでない者も⋯⋯。
「お前達、そろそろ席につけよ」
そう声が聞こえ振り向けばいつの間にか、クランツ先生がいらっしゃっていた。
何時始業の音が鳴ったのか⋯⋯。
彼等と話をしていて気づかなかったわ。
「さて、今日から二学年が始まり、復学した王女殿下が共に学ばれる。皆挨拶は済んだな? 殿下は皆の良い手本になるだろうからよく学ぶように。後はお前達も晴れて後輩が出来るわけだが、彼等の模範となるように気を引き締めて勉学に励み、人の道に反れた行動は慎むように、いいな!」
クランツ先生の言葉で皆の表情が引き締まるが、中には面倒だというような顔をしている者もいる。
先生方は今から来年の新学科導入に向けて今年から徐々にそちらにも注力していくと、これは学園内で決まった事なので私は関与していないが、前向きに動き始めているのを見ると頑張って良かったと思う。
まだ全然始まってもいないのでこれからなんだけど、それでも理解を得られて先生方が率先して動いて下さるのは嬉しい。
二学年最初の授業では一学年の復習と今年一年、どのような内容を勉強していくかの予定を話して下さったので、とても分かりやすい。
一学年の時は間に合わなかったので、私は今回が初めての事。
こうして一年が始まっていくのね。
これはどの学科でも同じだった。
午前中の授業が終わりお昼休憩。
今日はレグリスとロベルトを始め、シャロン、エリーカと一緒に昼食を頂く為、食堂へ移動するのだが、これがまた厄介な事に、周囲に人だかりが出来ている。
「これ、思ったよりも厄介ですね」
「暫くの間、落ち着くまでは私は食堂へ行かない方がいいかもしれませんわね」
「どうなさいますか?」
「皆さんがよろしければ、私と別部屋へ行きませんか?」
「勿論です」
「異論はありません。では私が昼食を注文してきますので、お部屋でお待ちください」
ロベルトに任せて私達は移動する。
部屋に着くとそこには先客がいた。
「ヴィンスお兄様!」
「ステラ、やっぱりこっちに来たね」
「あら、来ることを予想されていたのですか?」
「あの人だかりだからね。落ち着くまでは此処でゆっくり過ごした方がいいよ」
「そう致しますわ。まさかここまでとは思いませんでした。予想外過ぎますわ」
私がお兄様とお話をしていると、エリーカが固まっていた。
お兄様とは会った事あるはずだけどね、どうしたのかと理由を尋ねたら、こちらも予想外の答えが返ってきた。
「エステル殿下だけでも尊いのに、王子殿下もご一緒なんて! お二人揃ったら破壊力が凄いです!」
――破壊力って何の?
彼女が少し興奮していたのをシャロンが宥めていた。
お兄様は面白い子だね、と笑っていたけれど、笑う所なのかしら。
注文を終えてロベルトが戻って来たのでお礼を伝え用意が整うまで私達は話に花を咲かせた。
「ステラ、クラスはどうだった?」
「そうですね、皆さんとても緊張されていましたわ。ですが直ぐに私に慣れて下さったので良かったです」
「クラス内はシアを知っているからね。まぁ問題は無いだろうけど、大きな問題は外の連中だな」
「四学年でもステラ様の話題で盛り上がっていましたよ」
「レオンお従兄様、それは嬉しくない情報ですわ」
何故違う学年でも盛り上がるのか、意味が分からない。
あぁけど、レオンお従兄様の学年といったらヴィンスお兄様がいらっしゃるから、きっとお兄様の妹がどんな人物なのか気になるのね。
暫くすると昼食が運ばれてきたので私達は昼食を頂く。
エリーカは最初からずっと緊張して動きが硬くて笑ってはいけないけれど笑ってしまった。
本人はそれどころじゃないみたいで粗相がない様に精一杯気を付けている、というのが伝わってくるので皆で暖かく見守った。
「学年で違うだろうけど、ステラの話題が概ね良いようで安心したよ」
「皆さん、一体どのようなお話をされているのです?」
「真っ先に言われる事はステラの容姿だね。一年前の噂が全くの嘘だと、正反対に綺麗だと口々に話しているよ。後は兄妹とても似ているとか、まだ性格が分からないから容姿を褒める事の方が多いね」
「一年前の噂は病弱で弱々しくて更に醜いと言われていましたものね。懐かしいですわ」
「如何に噂が当てにならないかよく分かった事だろうね」
そうお兄様は若干ひやっとするような声でそう話した。
それに対してエリーカはビクッとし俯いてしまった。
「ヴィンス様」
「ん? あぁ、ごめんね」
カルネウス卿に言われて直ぐに元の柔らかい空気に戻す。
いつも柔和で優しい雰囲気を出しているお兄様があの様に普段見せない姿を見ると驚くよね。
昼食を食べ終わり、暫く雑談をしていたけれど、良い時間となったのでそろそろ教室へ戻る為お兄様に声を掛けた。
「お兄様、そろそろ戻りますわ」
「もう時間か。早いな」
「また生徒会室でお会いしましょう」
私達は昼食会を終えて午後の授業に向かった。
「王子殿下があの様に怒る事もあるのですね」
「殊更妹君の事に関しては結構普段からあんな感じだよな」
「確かに、殿下の事となると、少々怒りの沸点が低くなりますね」
「それだけステラ様の事が大事なのですわ」
エリーカを始め、レグリスとロベルト、そしてシャロンが口々にそう評価する。
皆よくお兄様を分かっている様子。
まぁ近くにいてたら分かりやすいのかな。
それはともかくとして、こう私を待ち伏せするのは止めて頂きたいものね。
行く手を阻むとまではいかないけれど、流石に多すぎるわ。
これ、本当に落ち着くのかしら。
少しうんざりしつつも顔には出さず、教室に戻って来た。
午後の授業が終わり、私とレグリスは生徒会室へと向かった。
向かうが、皆さんお暇なのか私の様子を窺っている。
それは生徒会室近くまで続いた。
部屋に入るとほっとする。
「ステラ! ここまで問題なかった?」
「えぇ、特にないですわ」
「それなら良かった」
あれだけ騒がれているのだから心配されるのも頷ける。
暫くすると会長とハセリウス先生が一緒にいらっしゃった。
「全員揃ってるな」
「初日からいらっしゃるなんて珍しいですね」
「⋯⋯ほんとにお前達は私を何だと思ってるんだ?」
ハセリウス先生はそう言うが、いつもの行動を見ての発言なので、先生が悪いと思うわ。
「今日から王女殿下がいらっしゃるからな。初日ぐらいは顔を出すさ」
という事は、今日以降は顔を出さないのかしらね。
皆の顔を見たらそう思っているのは私だけではなかった。
「ハセリウス先生、流石にその発言は如何なものかと⋯⋯」
「今更だろう?」
会長は先生に対してどうなのかと突っ込むが、先生は飄々としている。
いつもの日常よね。
そして先生はさて、と真面目な表情に変え、私達を見渡す。
「今年も新たな年度が始まり、いつも話しているように生徒会は生徒を代表する立場にあるのだから、変わらず勉学を疎かにせず、生徒達の模範となり過ごすように! それとここに来るまで殿下の噂で持ち切りだったが……まぁご兄妹揃って同じ様子だからまぁその内収まるだろう」
お兄様が入学された時も同じような状況だったとハセリウス先生は話すが、会長は今回それ以上だと話す。
先生としては怪我をするような問題を起こすような亊が無いように特に気をつけるよう念押しした。
「⋯⋯最後に、今季も生徒会皆の力を合わせて運営していくように」
「「「はい!」」」
ハセリウス先生の言葉で改めて学園が始まったのだと実感した。
いつもご覧頂きありがとうございます。
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よろしくお願い致します。





