207 入学式
今日は学園の入学式。
私とレグリスは裏方で新入生と会わない様に気を付けながら先生方のお手伝いとして入学式の進行を見守る。
今丁度会長の挨拶が始まった。
会長の話を聞きながら会場を見渡し、新入生を見ていると女子達の視線はお兄様を見ていたり会長を見てときめいているようで目がキラキラしている。
「ヴィンセント殿下、全く表情を変えないですけど、あの視線を何とも思ってないのでしょうか」
「お兄様を見る限り、うんざりしてそうですわね」
「流石兄妹。あの変わらない表情でも分かるんですね」
「分かるわ。レグリスだって兄弟の表情ならよく分かるでしょう?」
「まぁ、確かに。けど兄達は殿下程分かりにくい事がありませんよ。逆に分かりやすいです」
雑談をしていると会長の話が終わり新入生、首席で合格した生徒の挨拶へと移っていた。
首席だから彼が生徒会に入る一人だ。
表情はかなり緊張していて声も少し震えているけれど、しっかりと前を見据えて話す姿を見ると応援したくなる。
「ステラ様」
「どうしたの?」
「あそこを⋯⋯」
レグリスが視線で指し示す所を見ると、とても嫌な感じだ。
今年の首席次席は平民なのだけれど、それが不満なのか相手を蔑むような眼で壇上の彼を見ている者達がいた。
先程会長が話していた事をきちんと理解できていないのか、学園の理念を分かっていないのか。
残念な思考の持ち主は毎年いるのかしら。
「彼等の悪口を話していますね」
「⋯⋯今何て?」
「あの者達は二人に対して悪口を話していると言ったのですが⋯⋯」
私とレグリスはほんの少しの間、お互いをどうしたのかと見合ってしまった。
――悪口を言ってるって、言ったよね? この距離から見える!?
「レグリスは、目が良いの? 口を読んだのよね? 視力が良すぎない?」
「それは母上の血筋のせいですね。俺は母上の、ゼフィールの血を濃く受け継いでいるので、この空間内位でしたら問題なく見えます」
そうなんだ。
レグリスとは小さい頃から交流があるけれど、そのような事実は初めて知ったわ。
あぁそれよりも⋯⋯。
「あの子達は悪口を話しているの?」
「はい。平民のくせに生意気だとかどうやって入学したんだ、貴族を押えて首席や次席になるなんてあり得ない、といった内容ですね」
「あれね、出来る人への妬みの一種に加えて階級差別。あの年からとなると、やはり小さい頃からの教育が問題ね」
「不愉快ですね」
彼は生徒会に入るので注意してあげた方がいいかもしれない。
まぁ自分で対処出来たらいいけれど、まだ彼がどのような人柄か分からないものね。
代表挨拶が終わり、式も終盤に差し掛かっている。
教師陣の紹介が始まっている。
式自体は問題なく終わりそうね。
この後新入生は各教室へ移動して担任と対面、自己紹介に明日からの授業内容を確認して今日は終了となる。
在校生は明日から授業が始まるので今日は入学式に関わっている生徒会、風紀部、広報部の生徒だけが学園にいる状態なので、学園自体は閑散としている。
「無事に式が終わりましたね」
「そうね。この後は風紀部が新入生の移動を引継ぐので私達は終了かしら」
「そうですね。全員此処から出るまではもう少し掛かりますので後しばらく待機ですね」
上から見守り、新入生が全員出た事を確認してから私達は階下へと下り、生徒会の皆が集まっている所へと向かった。
「お待たせしました」
「お疲れ様です。上から見ていて問題はありませんでしたか?」
「そうですね。概ねありませんでしたわ」
「概ねって⋯⋯あぁ、大体予想は出来ますが後で詳しくお聞きします」
この後は会場の片づけをし、生徒会室へと戻り先程の件を皆さんに伝えた。
「毎年の事ながら必ず一人はいますよね」
「私の時もそうでした。暫く学園に馴染むまで大変だったのを今でも覚えています」
ウィルマさんがそう話すとルイスも大変な思いをしたようで当時を思い出して思い溜息をついた。
それは三学年に上がったリアムさんも同じで嫌な顔をしている。
「毎年恒例にはしたくないが、明日から学園内の様子を注視するように。暫くはステラ様のお噂の方に隠れてしまうかもしれません」
「暫くは様子見で、彼等が生徒会へ来る一ヶ月後に直接確認をするのが一番早そうですね」
今回は私が学園に復学するので、周囲はその話で持ち切りなのは分かりきっていて、その他の噂なんて私の事で影に隠れてしまうので確かに本人に直接確認するのが一番手っ取り早い。
「明日から在校生の授業も始まるので、私達も気を引き締めて勉学に励むことは勿論の事、学生達に気を配る事を忘れず、これから始まる一年をよろしくお願いします」
会長は真面目にそう締めくくった。
「もうひとつ大事な事を忘れていたが、此処にいる皆も学園生活を楽しむように」
その言葉に私達は全員が頷いた。
学園からの帰りの馬車の中で私はお兄様と建国祭の事でお話をしていた。
今日は午前中だけだったので、お昼から時間が空いているので王宮に戻ったら昼食後、改めてゆっくり話をする事にした。
「ステラはあの書類をもう読んだの?」
「はい、一通り目は通しましたわ」
「⋯⋯ステラは、今回が初めて建国祭に参加するんだよね」
「はい。建国祭の殆どは離宮か、領で過ごしておりましたから」
お兄様は何か思うところがあるのか不機嫌そうだ。
その理由が分からない。
今の会話で怒る部分は無い筈なんだけどね。
「お兄様、どうなさったのですか?」
「父上の意地の悪い事に腹が立っているだけだよ」
「お父様の?」
「建国祭に参加した事のないステラに建国祭の催しを任せるなんて。私が補佐に就くといってもね」
その部分に怒ってらしてるのね。
参加した事が無いので話に聞いている内容やこの書類を頼りに検討しようと思っていたので特に私自身は参加していなくてもこの件をやり切るつもりでいる。
「お兄様が私の為に怒って下さるのは嬉しいですけど、私は何とも思っていませんわ。それに、お兄様が補佐に就いて下さるだけでとても心強いですもの。頼りにしておりますわ」
「ステラは素直過ぎるよ。まぁ、ステラの悪い噂を払拭出来るなら私は何でもするけどね」
その悪い噂って、私が思った通りの噂なのかしら。
それとももっと何か悪い噂なのかな。
お兄様にお聞きして教えてくれるかしら。
「お兄様」
「何だい?」
「その噂の件は、どのような内容なのお伺いしたら教えてくださいますか?」
「言いたくないな」
――やっぱり。
まぁいいわ。
知らずにいなかったら駄目な噂なら教えて下さるだろうし、知らなくていいのならどうでも良い噂という事かな。
それがお兄様達にとっては私の悪口のような事なら教えて下さらない気持ちも分かるし、気にしていたら負けよね。
「ステラ、どうしたの?」
「いえ。お話は変わりますが、入学式はいつもあのような感じなのですか?」
「概ね一緒かな。貴族が上位にいるならまぁやっかみも少ないけど、平民が首席を取ったりすると、今日みたいな感じになる。階級差別など悲しい事だけど。こればかりは中々無くならない」
お兄様はそういうと本当に不愉快そうに、だけど簡単に変らないこの問題を憂いているようだった。
長年の事だから中々にこの考えが変わらないのは、本当に長い時間が必要でしょう。
気長に変えていくしかない。
「そういえば、レグリスと何を話していたの?」
「え?」
「ほら、式の最中、上で楽しそうにしていただろう?」
「真面目に式を見守ってましたわ」
「はぐらかすの?」
「そのような事はありませんが⋯⋯」
少しお兄様のご機嫌が悪いように見える。
だけど何に対して機嫌が悪いのか分からない。
「ステラ?」
「レグリスと話していた内容は、お兄様の事や新入生の事ですわ」
「私の事?」
「はい。新入生の女子達がお兄様や会長達を熱い視線で見ていたのに対して、お兄様があの視線を受けて平然としているのが凄いと話していましたの」
「平然を装っているだけで内心は鬱陶しく思っているのだけどね」
「それは此処だけの話ですわ」
「ステラは分かっていたの?」
「お兄様の事ですもの。勿論ですわ」
私がそう言うと嬉しそうにしていた。
「それで、新入生の事とは?」
「それは先程会長達と話していた事ですわね。平民に対して快く思わない人達の事です。レグリスから彼等が何を話していたか教えてくれていたの。あの距離から読唇術が出来るなんて凄いと驚いていたのですわ」
「あぁ、それはベアトリス様の血筋だね」
「お兄様はご存じでしたの?」
「詳しくは知らないけどね。マルクスがちらりとそのような事を話していたんだ」
成程。
お兄様の側近のマルクス卿から聞いていたのね。
レグリスとの話の内容を話していたらお兄様の機嫌も元に戻ったみたい。
結局何が引っかかったのかしら。
話をしていたらもう王宮に着いたので、身形を制服から着替え、昼食を済ませてお兄様と共に宮廷へと向かった。
今日はお兄様の執務室でお話をするのでそちらに向かう。
私の側近達は学園の寮にいるからね。
「お帰りなさいませ。おや、王女殿下もご一緒でしたか」
「あぁ、建国祭の件でステラの補佐をする事になったから、今日はその話し合いをするんだ」
「今年は王妃殿下ではなく、エステル殿下が主体となり動かれるのですね。ですが、殿下が参加されるのは今年が初めてではありませんでしたか?」
「えぇ。だから陛下がお兄様を補佐にと仰ってくださったの。皆さんのお仕事を増やしてしまって申し訳ないのですけど」
「全く申し訳なく思う必要はないよ。陛下が何も言わなかったら此方から申し出たからね」
お兄様の負担だけではなく、お兄様の側近方の負担も大きいと思うのだけど。
そこを心配するとそのお二人もお気になさらず、と全く問題なさそうだった。
建国祭がどのような内容なのかはお祖父からお話を聞いているけれど、お兄様達からのお話はまた違った目から教えて下さった。
建国祭はグランフェルト国内で三日間祝うので、この三日間、王都では露店が並び広場では音楽が奏でられ自由に踊ったり、この建国祭を狙って劇団が訪れ披露したりと、他国からも沢山の人が訪れる。
私はシベリウス領にいる間、建国祭の期間は領のお祭りに参加した事があるが、王都ではまだない。
各領内でも勿論お祝いをするのだけれど、王都とは規模が違う。
もうひとつ違う点は、王都の建国祭には王族主催の催しがある事。
それらは毎年王妃が主催し、王都で慈善活動を行っているのだけれど、今回はそれを私が行うのだ。
「昨年はハンカチに刺繍を施し、一輪の花一緒にして配っていらっしゃいましたね」
「そうでしたね。確かご夫人方が集まって話に花を咲かせながら楽しかったと母が話しておりました」
それって、凄い量になるわよね。
一体どれだけの期間刺繍をしていたのかしら。
二年前は演奏会を開き、その前の年は一輪の花にリボンを巻いて手渡しで配ったそうだ。
大体十年単位で被らない様に考えているようで、だから私もここ十年でしていないような事を考えなければならない。
どうしようかな。
「何か案はでそうかな?」
「予算の事も考えないといけませんものね」
「そこも大事だけど、先ずは案を出す所からだね」
「そうですわね⋯⋯」
結構な量を作成しなければいけないし、余り凝り過ぎたり簡単な物でもいけない。
それでいて民に受けそうなもの。
王族が催し物を出すときはこの王都だけだものね。
ならば、各領も参加できるような何かがいいかしら。
けどそうなれば予算を超えてしまうかな。
「そうだわ!」
「っ! 吃驚した⋯⋯珍しいね、ステラが急に大きな声を出すなんて」
「あっ、はしたなくてごめんなさい」
「いいよ。で、何を思いついたの?」
「それは⋯⋯」
私は思いついた事をお兄様達にお話しすると、驚いていらっしゃったけどいい案だと誉めて下さった。
そして今までにない提案にこれを第一候補にして第二候補も考えておいた。
今日は一旦これでおしまい。
予算の事に関してはまた明日にしようとなった。
調べないといけないし、お兄様にも執務があるので私は自身の執務室へ向かった。
「ルイス?」
「お帰りなさい、ステラ様」
「⋯⋯あっ、ルイスは最高学年だから寮住まいでなくてもいいのね」
「はい。学園帰り、これからはステラ様の執務をお手伝い出来ます」
「ありがとう」
「ティナが悔しがっていましたよ」
「目に浮かぶわ。けどこればかりは我慢してもらわないとね」
「ふふっ、ティナは本当にステラ様を慕っていますから。暴走しないか心配です」
「そこは大丈夫でしょう。暴走すれば侯爵が黙っていないでしょうから」
「確かにそうですわね。此方が本日分の書類になります」
「ありがとう」
既に書類を分けていたようで私が今日中に仕上げないといけない分を出してくれる。
私が処理している間、ルイスは残りの書類を確認してくれる。
この半年でとても頼もしくなったわ。
さて、集中して終わらせてしまいましょう。
「お疲れさまでした」
「えぇ、ルイスもお疲れ様」
「明日から学園が始まりますが、朝のお出迎えは私以外の皆さんが交代で行く事になりました」
「そうなの?」
「はい。私は学園終わりにこうして宮廷でお手伝い出来ますが、他の皆様は休日以外、学園でしかお側に仕える事が出来ませんので」
「皆で決めたのならそれでいいわ。それで、明日は誰が来てくれるのかしら?」
「それは当日のお楽しみですよ」
ルイスが悪戯っぽくそういう姿を見て、ルイスもお茶目な所があるのだと初めて知った。
明日のお楽しみ、ね。
それでは追及出来ないわね。
誰が来るか、楽しみにしておきましょう。
今日の執務が終わり、ルイスはご自宅へと帰って行き、私も王宮の宮へと帰ってきた。
夕食を済ませ、モニカ達にも明日から本格的に学園が始まるから早めにお休みになられるようにと、いつもより早い時間に就寝の挨拶をして部屋を下がった。
目は冴えて眠れる気配はないのよね。
さて、どうしようかな。
久しぶりに夜の散歩でもしようかな。
「少し庭に出るわね」
「お供致します」
そう言って姿を現したのはノルヴィニオだ。
直接外には行けないのでノルヴィニオにそっと庭へ連れ出して貰う。
夜はまだ少し風がひんやりするけれど、夏に近づいているのがよく分かる。
夜空も冬の空とは全然違う。
「姫様」
「ん? どうしたの?」
「緊張されていますか?」
「んー、そうなのかな。ノルにはそう見える?」
「はい。ほんの少し、ですが」
そっか。
まぁこの姿で学園に行くのはやっぱりちょっと緊張するわね。
学園に行くのが、ではなくて、同クラスの皆に会うのはやはりちょっと、思う所はある。
けど、生徒会の皆とも直ぐに打ち解けたので大丈夫かなと思ったりもする。
視線を動かせばほわほわといくつもの光が漂っている。
――蛍かしら。⋯⋯あっ、違うわ。
「精霊達ね。夜に見ると蛍みたいね。ノルには見えてるの?」
「いえ、私は精霊を見る事が出来ません」
「そうなのね」
残念ね。こんなに綺麗なのに見られないなんて。
私は無意識に鼻歌を歌っていた。
それに合わせて精霊達も宙をゆらゆらと楽しそうに舞う。
“記憶”の中でいえばイルミネーションみたい。
――来るよ。
「えっ?」
「如何されましたか?」
「いえ、多分精霊達ね。口々に来るよって言ってるの」
「精霊達が言うならば悪い者ではないのでしょうか」
「そうね、そういった感じではないわ」
歌うように話しているのを聞いていたらふわっと花の香りが強くなった。
――これは⋯⋯!
「エストレヤね」
「あったり~! よく分かったね!」
「分かるわ」
「嬉しいな。ずっと見守ってたけど、やっぱり前よりもきれいになったね。それに、背もうんと伸びた!」
「成長期だもの。伸びないと困るわ」
「確かに! ヴァレンが見たらきっとびっくりするね」
その言葉を聞いてドキッとする。
あれからヴァン様にはお会いしていない。
お手紙で何度かやり取りはしているけれど。
「ヴァン様はお元気?」
「あー最近忙しそうだよ。レインも一緒だね。最近めっきり精霊界に来なくなったから。きっと忙しいんだよ」
精霊界の出来事がなんだか普段とかけ離れていたから、よく考えたらお二人共立場のある方々なので忙しくしていても不思議ではない。
「今日はどうして姿を見せたの?」
「エステルってば僕の事、中々呼んでくれないじゃん。ここの精霊達とは仲良くしてるのにさ」
「ごめんね」
「いいよ。エステルも頑張ってるの知ってるし。けど、頑張り過ぎは駄目だよ!」
「気を付けるわ」
「あっ、そうだ! 今迄は此処で護られてたけど、外に出る時は気を付けて」
「護衛はいるから大丈夫よ」
「うん、知ってる。けどね、気を付けて」
「分かったわ」
何に対してかは言わないけれど、エストレヤがそう言うなら気を付けよう。
「ねぇ、エステル」
「どうしたの?」
「いや、いいや。また今度!」
相変わらず自由だわ。
呆れもあるけど変わらないエストレヤを見ていると何だか安心するわ。
「そろそろおやすみ」
「まだ眠くないわ」
「けど寝ないと駄目だよ。ね、だからおやすみ、エステル」
そう子供を言い聞かせるような言葉と同時にトンっと軽く額に触れるエストレヤの手は冷たくて心地よくて、そしてふわっといつもの花の香。
あっ、これは眠らされるわ⋯⋯。
そう思った瞬間すとんと意識が遠のいた。
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ありがとうございますm(__)m
次話も楽しんでいだけたら幸いです。
よろしくお願い致します。





