206 新たな課題
久しぶりにアンデル伯爵が私と面会希望の知らせがあったのは一週間前の事。
珍しいと思いながら手紙を読んでみるとなるほど、と納得がいった。
直ぐに予定を確認して今日会う事になったのだ。
そして時間通りの来訪。
「殿下、お時間をいただきありがとうございます」
「いえ、私も少し気になっていたものですから。それで?」
「先ずは此方を」
そう言って私に差し出してきたのは一通の手紙。
差出人を確認すると思った通りの人物だった。
「彼女は決断したのですね」
「はい。殿下と時同じくこの六月より復学するようです」
「そう。その後様子はどうでしたか?」
「まだ少し対人に不安は残りますが、殿下と最後にお会いしてからの事を考えると比べ物にならない程に明るくなり、とてもいい表情で男爵家へ戻っていきました」
「それなら安心かしら」
彼女、エディト・フリュデン男爵令嬢は思ったよりも勇気があるようだ。
あれ以来会ってはいないけれど、報告は受けていたので彼女の状態はそれなりに分かっていたが、まさかこんなに直ぐ学園に復学するとは思っていなかった。
あの学年で、あの者達がいる中で少し心配ではあるけれど、無理をせずに頑張って欲しい。
「話は以上かしら?」
「確認が一点ございます。明日の健診ですが、ご予定はそのままで宜しいですか?」
「大丈夫ですわ。王宮に来て下さるのでしょう?」
「はい。時間通りにお伺いさせて頂きます」
「明日はよろしくお願いしますね」
明日は学園に行く前に健診を受ける。
一年に一度受けるのだけど、今回はお父様とお母様が希望して受ける事になった。
何て言うか、心配性なのよね。
いたって健康なんだけれど、それでも一応受けておきなさいと言われたので、日程が明日の朝一に急遽決まったというわけだ。
「予定通り明日の午前中は皆にお任せするわね」
「畏まりました」
翌日、私は準備を整えてアンデル医師の到着を待っていた。
待つこと数分、時間どおりに医師はいらっしゃった。
「おはようございます、医師。今日はよろしくお願いしますわ」
「おはようございます、殿下。では早速始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「勿論ですわ」
先ずは問診から始まり内診へと移り、毒の影響がないかも調べる。
毒にも色んな種類があるので、即効性のものから遅効性のものまで幅広い。
何故毒の有無も調べるのか、これは遅効性の毒が盛られていないかの確認だ。
「問題はありませんね。健康ですよ」
「ありがとうございます」
一通りの検診が終わり、結果は問題なしで安心する。
「殿下、学園に復学されてからのことでお話しがございます」
「何かしら?」
「王宮や宮廷では必ず毒見の者がおりますが、学園ではそのような者はおりません。あちらでは軽々しく他の者から渡された食べ物や飲み物は極力お断りして口にしないでください。昼食や生徒会で口にされるものは全て銀食器を使用しておりますので大丈夫かとは思いますが、それも絶対ではありません」
「分かりましたわ」
「後、これをお渡ししておきます」
渡されたものは小瓶に液体が入ったものを三本渡された。
色があまりよろしくない。
「医師、これは一体⋯⋯」
「それは嘔吐剤です。もし毒を召された場合はこれをお飲みください。但し、遅効性の毒の場合は嘔吐剤を飲んでしまうと逆に内部を傷付けてしまいますので、あくまで即効性の場合、何かを口にしてそう時間をおかずに毒だと分かった場合のみお願いします」
「飲まないに越した事はないわね」
「左様ですね。ですが何が起こるか分かりませんので備えておいてください。王子殿下にもお渡ししております」
飲まないに越したくないというよりも飲みたくないのが本音。
だってね、色がね、口にしていい色じゃないと思うのよ。
「殿下、飲まなければならない状況になりましたら、味どころではないので大丈夫ですよ」
私がその液体を苦い顔で見ていたからか、医師にスパッと言われてしまったが、一体何が大丈夫だというのか⋯⋯。
「アンデル医師、笑顔で話す事ではないわ」
大丈夫とか以前の問題だし、それを笑顔を言わないで欲しい。
もしそういった状況になり飲む事となれば、味の改革を要求するわ!
「何かご質問はございますか?」
「ないわ」
「では、私はこれで失礼いたします」
「ありがとう」
アンデル医師を見送り、まだ昼食まで時間があるので少しゆっくりしようとモニカにお茶をお願いした。
小瓶は、早々に空間収納にお片付け。
これ、絶対に飲みたくない。
「ステラ様、ご表情がよろしくありませんよ」
「モニカも見ていたでしょう? あの色、絶対に美味しくないわ」
「⋯⋯飲んだことがありませんので何も言えませんが、確かにあまり口にしたくない色をしておりましたね」
「そうよね!」
「ですが、医師の仰っていた通り、そういった状況となりましたら躊躇わずに飲んでくださいませ。どちらにしても口から出ていくのですから」
「身も蓋もないことを言わないで⋯⋯」
流石にそうなったら飲むけれどね。
飲みたくないけれど。
モニカの言った通り、どうせ口から出ていくモノなので⋯⋯、まぁ、ただの保険とだけ思っていればいいわ。
そういう状況を作らなけれいいだけの話なのだから。
午後から執務室へ行くと部屋の中には緊張感が漂っていた。
視線を動かせばそこには面会予定がないにも関わらず、エドフェルト公爵がソファで寛いでいたけれど、私が来たのを知るとすっと立ち上がり挨拶をする。
いつもの気晴らしで来たわけではなさそうね。
宰相自ら何の用かしら。
「今日はどのような用件かしら」
「急にお伺いしまして申し訳ございません。本日は殿下にお願い事がございまして急遽お伺いした次第です」
「私にお願い事ですか?」
「はい。元々は王妃殿下が主体となり進める案件なのですが、今回は王女殿下に、との事でしたので」
お母様からのご指示なら受けなければならないけれど、どのような内容なのか話さない所が宰相らしい。
「それで、内容は?」
「こちらが資料となります」
差し出された資料に目を通すと三ヵ月に開かれる建国祭についてだった。
建国祭は九月にあり、王都では三日間お祭が開催される。
そして慈善活動の一環として毎年お母様が主となり進めるのだけれど、今回はそれを私にするようにとの事だった。
これは失敗するわけにはいかない。
「内容は理解したわ」
「では、こちらが昨年までの内容となりますのでお渡ししておきます」
内容を確認しない事には分からないけれど、同じ事は出来ないわよね。
そんな時、ルイスが失礼します、と私の耳元で来客を告げたので私は中へお通しするように指示する。
宰相は特に気にした風はないけれど、失礼します、と入ってきた人物の声で一瞬私をちらりと見るけれど、顔色ひとつ変えない。
「急な訪問に許可を下さりありがとうございます」
「宰相を迎えに来たのでしょう?」
「左様です。何処に行くとも告げずにすぐ戻ると席を立ったのは宜しいのですが、全くお戻りにならないのでこちらにいらっしゃると思いお伺いしました。が、やはりいらっしゃいましたね」
宰相を迎えに来たのはダールグレン子爵だ。
表面上は穏やかだけど、内心は怒っているのが言葉から伝わってくる。
「何だ、もう来たのか」
「もう来たのか、ではありません。書類が立て込んでいるのですよ。何故殿下の元を訪れてそのように寛いでいるのですか? あの書類の山をどうされるおつもりです? さっさとお戻りください」
「殿下の元に休憩をしに来たわけじゃないよ。ちゃんと仕事をしているんだ。そう怒るなよ」
「その件に関しは私がご説明に伺う事で今朝お話ししたはずなのですが?」
かなり自由気ままな宰相ね。
決定した事を直ぐに覆した彼を子爵は、こちらも終始穏やかな表情と口調で話すもやはり怒っているようだ。
「殿下、お騒がせして申し訳ございません」
「大変ですわね」
「全くです。ご自身で動かずにはいられない性格を直して頂きたいのですが⋯⋯」
流石にその年で性格を直すのはもう無理でしょう。
子爵の話を聞いていても宰相はどこ吹く風だ。
「宰相、お迎えも来たことですし、そろそろお戻りになったら?」
「仕方ありませんね。殿下、内容は出来れば一週間内に決めて頂けたら有難いです」
「分かったわ」
「では、一週間後にお伺いいたします」
また自ら訪れる気かしら。
ちらりと子爵を見ると、何を言ってるんだと言いたげな視線を宰相に向けているが、当の本人は素知らぬ顔だ。
困った人達だわ。
「一週間後には宰相ではなくて子爵がいらっしゃってください」
まさか私がそう言うとは思わなかったのか、二人共目を見開いき驚いたが、子爵は微笑んだ。
「畏まりました」
「⋯⋯殿下、私の楽しみを奪うおつもりですか?」
「何が楽しみなのかは分からないし、楽しみを奪うつもりはありません。けどもう少し子爵の苦労も分かってあげてください」
不真面目だとは思わないし、お父様やお兄様のお話では仕事は出来る、けれど時々ふらっと執務室からいなくなるのが玉に瑕だという。
意味なくいなくなっているわけではないので軽く注意するだけに留めているとの事だけれど、宰相室で働く皆さんは本気でその頻度を減らしてほしいと思っているようだけれど、彼等も宰相が不真面目なわけでもないのでその辺りで葛藤しているのだとか。
大人しく書類を捌いて欲しいと思いつつも強くは言わないらしい。
あまりの時は子爵が連れ戻しにくるので、その時はとても忙しいのだということがよく分かるとお兄様が仰っていた。
「殿下にそう言われてしまっては今回は我慢いたしましょう」
今回は、って強調しているけれど、それ以降我慢しないって公言したわ。
しかも笑顔で。
二人が戻って行けば漸く皆の緊張も解けたみたいでほっとした空気が流れた。
「こう言っては何ですが、宰相様っていつもあんな感じなのでしょうか?」
「そうね。まだ慣れない?」
「ずっと探られているような気がして⋯⋯中々慣れません」
ルイスの言ってることはあながち間違いではない。
私の側近達がきちんと従事出来ているか見ているのでしょうね。
学園が休暇になってから宰相は此方に足を運んでは仕事の話をさらっとして帰って行く、という事が何度かあった。
ティナとマティお従兄様は気にした風はないけれど、他の皆は緊張をしてか最初の頃なんてがちがちだったものね。
「それよりもステラ様、お仕事が増えましたけれど、ご無理はいけませんよ」
マティお従兄様に釘をさされる。
明日の入学式を皮切りに、学園が始まるというのに仕事が増えたので私が無理をしないか心配されているけれど、これに関しては書類に全て目を通してからお母様に一度お話をお伺いしたいので無理をして直ぐに意見を纏める事はしない。
じっくり考えたいので一週間を有効に使おうと思っている。
それに、目下は明日から始まる学園の事もあるし、今日明日は書類を読んで終わりになると思う。
早いもので明日が入学式、そして明後日から授業が始まる。
学園に行けない日々はとても長く感じたけれど、それも今日で終わり。
明日からは私もまた学生に戻る。
私は王宮から通うけれど、皆は此処から寮へ向かうとの事だったので、今日は早めに終わりを告げる。
「あっという間でしたね」
「確かにそうね。それだけ充実してたって事よ」
「ステラ様も漸く学園に復学となりますね」
「えぇ。レグリスとロベルトは同じクラスだから一番頼りにさせて貰うけれど、他の皆も同様に学園でもよろしくお願いするわね」
皆には申し訳ないけれど、やっぱりとても心強い。
明日からが楽しみだけど、本音を言えば少し不安もある。
そんな事は言えないけれどね。
だから皆がいてくれて、これからの学園生活では大部分で縛ってしまうかもしれないけれど、それでも皆がいてくれて嬉しい。
この日の夜、久し振りに全員揃って夕食を頂いた後、これも久しぶりに家族団欒を楽しんでいた。
「ステラは明日から学園生活に戻るんだな」
「はい、お父様」
「学園と執務の両立は大変だと思うが、あまり無理をするなよ」
「はい。⋯⋯あっ、お父様、お母様」
「どうした?」
「今日は宰相から建国祭の件でお話しをお伺いしましたわ」
丁度良い機会だから今の内に少し話を聞いておこうと思って話題に出したのだけれど、お父様の笑顔が固まった。
「何故彼奴から話を?」
「何故かは分かりませんわ。午後執務室へ行くと既に部屋で待っていらっしゃったの。後からダールグレン子爵が迎えにいらしたわ」
「相変わらず自由人だな」
お父様の言葉に思わず頷いてしまったわ。
自由人って言葉が似あうもの。
「今回はステラが建国祭の催しを考えるのですよね?」
「そうよ。今回の建国祭がいい機会だと思うの」
「ステラには負担を掛ける事になるが、いい機会になるのは間違いない」
――いい機会って⋯⋯?
何の事か分からずに首を傾げる。
「父上、母上も。ステラが困っていますよ」
「あぁ、すまない」
「いい機会というのは、ステラの能力を皆に見せつけるのにうってつけの場です」
「見せつけるって⋯⋯あの、何故そのような事を?」
「何故って、ステラの耳には入ってないのか?」
――何の事?
私以外の皆は分かっているようで、不快な表情をしている。
という事は、私の事で何か噂が立っているから今回の件が回って来たという事。
噂はきっと能力不足とかそういった事かな。
それは仕方ないと思うのよ。
今迄宮廷内を歩き回る事すらしなかったのだから。
私が何をしているか何て知らないでしょうし。
学園の事に関しては知っていてもきっと信じていない人も多いでしょう。
それこそこの前の不正を働いているとか思われていそうだし。
一番は今迄あまり姿を見せてこなかったので不信感に満ち溢れているってことかしら。
「何を言われているか実際は知りませんけれど、安易に想像できますわ」
「そうか。まぁ想像通りだろう。学園が始まれば自ずと悪意あるものだと分かるだろうが、折角なら建国祭で大々的に広めるのも有りだと思ってな」
――お父様ったら何をお考えなのかしら。
「父上、それだとステラの負担が心配です。それでなくとも学園が始まり王女として初めて登校するのですから」
「分かっている。何も建国祭の事はステラ一人でとは言ってないぞ」
「どういう事です?」
「主体はステラだがヴィンス、お前が手伝え」
「私が手伝ってよいなら最初からそう言って下さい」
「そう怒るな。建国祭は直ぐに知れ渡る。だがステラの能力は追々公になるだろう」
――能力って、私が何に携わっているかって事?
「先ずは学園の改革を行った事」
――それってまだ初めたばかりで実績はないわ。
「今迄発想し世に出た魔道具」
――それってアリシアではなく私が発案したっていう発案者の名前を変えただけで発表はしないのよね?
「それと菓子類の発案だな」
――それって世に出す事でもないと思うわ。
「これを忘れてはいけないわ」
「なんだ?」
「密かにドレスの流行を生み出しているのよ!」
――そうなの? それは初耳だわ。
というか、これを聞くだけではまだ何も成せていない。
だからお父様の仰る通り、建国祭はいい場になるのは間違いない。
多少なりとも不安があったのでお兄様が手伝って下さるなら心強い。
「父上、その辺で。ステラが聞く事を放棄してますよ」
「お兄様、放棄はしていませんわ」
⋯⋯聞こうとしなかっただけだもの。
それはともかく、お兄様が止めて下さって良かったわ。
フレッドもキラキラした目でお父様達の話を聞いているのはちょっと気が引ける。
「兎に角だ、ステラが主体となりヴィンスは手助けをして建国祭を盛り上げる様に」
「畏まりました」
「あぁそれとこれをステラに渡しておく」
そう言って渡されたのはそれ程大きくもなく両手で収まるほどの薄手の化粧箱。
「これは?」
「開けてみなさい」
お父様に促されて中を開けてみると、中には真っ白い羽に小さいタンザナイトが付いたシンプルながらも綺麗な羽ペンに可愛い形のインク瓶が二種類。
けど、贈り物を貰う様な事は何も無いはずなんだけど。
「お父様、これは⋯⋯」
「羽ペンとインク瓶だ」
「それは分かりますわ。ではなくて、どうされたのですか?」
「明日から学園が始まるだろう。それに合わせて作らせた。気に入らないか?」
「いえ! とても素敵で、使うのが勿体無いですわ。ですがどうして学園が始まるからとこのような素敵な贈り物を?」
「ステラ。改めて復学おめでとう。此方の都合で我慢させた詫びとこれからの学園生活を楽しみなさいというお祝いの意味を込めての贈り物だ」
その事に関してはお父様が気にするほど何とも思ってはいないし、私の立場を考えれば致し方ない事でもあるのだけれど、すまなさそうに、父の顔でそう話すお父様を見て愛されているのだと心が温まる。
「お父様、お母様。素敵な贈り物をありがとうございます。これからも精進いたします」
「頑張りなさい」
「ヴィンスとフレッドにも用意しているのよ」
そう言ってお母様は二箱、其々お兄様とフレッドに手渡した。
そして二人共中を開けるとお揃いの羽ペンにデザイン違いのインク瓶が入っていた。
「ありがとうございます」
「兄上と姉上とお揃いでとても嬉しいです! 父上、母上。ありがとうございます」
フレッドの言う通り兄弟お揃いなんてとても嬉しい。
私達兄弟の嬉しそうな顔を見ていたお父様達もいつの間にか笑顔になり、穏やかな夜が過ぎて行った。
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