203 楽しいだけではないのが夜会
お父様、そしてお兄様の挨拶が終わると次々にお兄様へ祝いの言葉を述べに貴族達が列をなしている。
私は当初の予定通りお兄様の側で貴族達の相手をするが、中にはお父様達が危惧していた通り、それとなく子息を紹介してきたりと抜け目がない者達もいた。
私はやんわりと断りを入れ、他の者達も待っているからと退くように促す。
此処で素直に従い引けばいいけれど、意に反してしつこく居座る様ならそれは注視の対象となる。
今の所そのような者達はいないけれど、まだまだ序盤なので何とも言えない。
そんな中、フェストランド侯爵夫妻と次男、そして令嬢がいらっしゃった。
「王子殿下。お誕生日をお迎えになられました事、お慶び申し上げます」
「感謝する」
「王女殿下におかれましてはお披露目以来となりますが、お噂はよく耳にしております」
「あら、どのような噂かしら? 良い噂だと良いのですけれど」
「良き噂ですよ。かなりご聡明だとエドフェルト公爵様が仰っておられました。後は息子からも話しを聞いております」
フェストランド侯爵がそう言うと、ラグナル卿がすっと前に来た。
「ヴィンセント殿下、この度はお誕生日おめでとうございます。王女殿下に改めてご挨拶させてただきます。フェストランド家が次男、ラグナルと申します。改めてよろしくお願い致します」
「こちらこそお願いしますわ」
フェストランド卿の後は令嬢と挨拶を交わす。
こちらはフェストランド夫人に似ているのか彼よりも表情が豊かで可愛らしい印象だった。
挨拶が終わるとお兄様は侯爵と言葉を交わしている間に、私は彼等と少しお話をする。
「フェストランド卿、招待状をありがとう。お兄様から伺いましたわ」
「ご招待をお受けいただきありがとうございます。私も含め、生徒会の皆も殿下にお会い出来る事を楽しみにしております」
側近の皆の対応で慣れたと思っていたけれど、フェストランド卿の丁寧な態度を見ると、学園に復学すればこれが当たり前となると改めて実感する。
「卒業パーティーの日、大分皆さんを驚かせてしまったけれど、あの後の様子はどうでしたか?」
「私も含め、驚きはありましたが⋯⋯」
彼は少し言い淀む。
「何かありましたか?」
「いえ。特にウィルマ嬢、リアム君の二人が驚いておりまして、殿下とアリシア様は本当は別人なのではと思っているみたいでした」
彼の口振りからだと、貴族である面々はその育った環境から受け入れやすいけれど、平民である二人には衝撃だったのね。
まぁ外見や声が違うので別人だと思われても仕方ないものね。
これは学園に復学してから周囲に目を向ける必要があるかしら。
また変な噂が立ちそうね。
「おや、ラグナルは此処にいたのか」
私達が話をしていると、エドフェルト卿が声を掛けてきた。
「王女殿下におかれましてはご機嫌麗しく。本日も一際お美しくていらっしゃいますね」
「ありがとう。私よりお兄様に挨拶をしなくてもよろしいの?」
「まだフェストランド侯爵と話が盛り上がっているので後で構いませんよ。ラグナルとは卒業以来だね」
「はい。お元気そうでなりよりです」
「あぁ、ラグナルも元気そうで何よりだけど⋯⋯頑張れよ」
エドフェルト卿の言葉に苦笑しながら返事をする彼は二人で何の事か分かっているようで目で会話をしているようだ。
それって、あれよね。
私が復学するからよね。
内心複雑だわ。
けど何かあっても学園の事だったら自身で対処する事になるだろうから、そこまで迷惑をかけるつもりはないけれど、こればかりは始まってみないと分からない。
私達が話をしていると、今度はマティお従兄様とティナがくるとなんだか一気に学園の生徒会のいつもの光景になって気がする。
お兄様はいつの間にか侯爵達との話が終わりこちらに参加している。
「エステル殿下は今日も可愛らしいですわ! やはりシェル男爵の働きは群を抜きますわね。今回のお衣装も殿下がデザインされたのですか?」
「えぇ。といっても男爵と話し合って少し手直しをたけれどね。クリスティナ嬢は、いつもと趣向を変えたのかしら?」
「はい。成人もしましたし、何よりも殿下のお側にいますのでそれに相応しくあるようにしたらこうなりましたの」
以前着飾った姿を見た時はもう少し可愛らしさがあったけれど、今はこう衣装からも力強さを感じるような、大人の装いだ。
それがまたよく似合っている。
これは男性からだけでなく、女性陣からもますますモテそうだわ。
「マティお従兄様は、何だかお疲れのようですわね」
「私の事はお気になさらないでください」
「マティアス様は女性からの圧にうんざりしているだけですわ」
「⋯⋯クリスティナ嬢、殿下に余計な事を言わないで頂きたい」
「あら、本当の事ですわ。それに、殿下はマティアス様がおモテになることはご存知よ?」
私の所に来るまでの間にも沢山の令嬢に捕まったのか、笑顔だけど目元は冷ややかだった。
「マティアス君は何処でも人気だね」
「エドフェルト卿はどうやって令嬢達を避けているのですか?」
「ん? んーそうだね。彼女達は兎に角褒めてほしいんだよ。自分が一番美しいと思いたいんだろうね。まぁ美意識が高いことは悪い事じゃないからね。だからさり気なくダメ出しをするんだ。そうすれば、あっ、まだ自分は相応しくない、もっと綺麗にならなければと思うだろう? そうして躱していくんだ」
それはきっとエドフェルト卿にしか出来ないわ。
というかそういう事を男性から言われるのってどうなのかしら。
同性から指摘されると角が立つでしょうから、まぁ良いのかな。
「殿下」
「お従兄様、どうされました?」
「ヴィンセント殿下に近づいてくる女性陣にはお気を付けください」
「何かあるの?」
「もし、ステラ様を軽んじるような事があれば決して放置してはいけませんよ」
「お従兄様がそう仰るなら何かしらの根拠があるのでしょう。分かりましたわ」
お従兄様はそっと注意を促すので私は素直にお従兄様の言葉に頷いた。
「ステラ、そろそろこちらにおいで」
ヴィンスお兄様に呼ばれたのでお兄様の元へ戻ると、まだ挨拶が出来ていなかった者達が続々とやってくる。
これも私達の仕事の一環としても中々大変で、今日は主役のお兄様が一番大変だった。
私が側にいるので少し遠慮しているように見えるけれど、それでも自分の娘の名を覚えて貰おうとひっさな様子が伝わってくる。
それに乗じて私へのアピールも忘れない。
その都度、私とお兄様はお互いを助け合っている。
大体挨拶を受け終えると、お兄様に誘われてダンスを踊る。
私達二人共未成年なのでまだ他の方とのダンスはしないからその点の心配はいらないから気が楽でお兄様とのダンスを楽しむのだけれど、ダンスの最中に噂好きな令嬢達の声が嫌でも聞こえてくる。
内容は良くないものね。
「折角のダンスに水を差す奴がいるなんてね」
「お兄様、彼女達の話なんて聞かずに楽しんでくださいませ」
「そうだね。折角誰にも邪魔されずにステラとの時間を楽しめるのだからね。こればかりは父上に勝てるから優越だよ」
「お父様とそのように争わないでください。私はお父様とも踊りたいですわ」
「それはステラが成人してからだからまだまだ先だね。それまでは私が独り占めできる。ほらあそこで羨ましそうに見ていらっしゃるよ」
私はお兄様に言われて視線を動かすと、確かに何故かこちらを見ているお父様がいて、私が見ている事に気付くとそれまでは国王としての顔をしていたが、ふっと笑って下さった。
「はぁ。父上もステラの事となるとあの様に表情を崩すから、周囲の者達が驚いてるよ」
「お父様はこういった夜会ではあまり表情を崩されないのですか?」
「んーそうだね。此処だけに限らず国王の仮面を被っているからね。私達に見せる顔とは一線を画しているかな。けど、ずっとってわけじゃない。それなりに表情を崩される時もあるけど、まぁ、相手と相手の会話によるかな」
甘い顔ばかりしていられないものね。
まだまだ私の知らないお父様の顔があるのだと思い知らされる。
一曲踊り終わり私とお兄様はダンスの輪から出ると令嬢達が集まり始めた。
そうするとお兄様は王子の仮面を被り、私を更に側に寄せる。
これはかなり嫌がっている様子だけれど、私も彼女達には少し辟易している。
何というか、濃いのよ、色々と。
香水の匂いから化粧まで何もかも。
これは同性の私でも敬遠するわ。
因みに彼女達は皆成人したてのティナと同年代のようで、勿論お兄様より年上だ。
それがいけない事ではないのだけれど、年上にも関わらずこの様子には流石に驚く。
それに演技をしているようなしなを作ったりか弱さを演出している。
あぁ、けどこれに関しては私は何も言えないわね。
状況が違うと言えど、ノルドヴァル公爵の前ではそのように振舞っているわけだ。
お兄様は仮面を被たったまま平等に接している。
ダンスを踊らないので話をして興味を引こうと皆躍起になっている。
令嬢達は私に対し挨拶はするものの、その挨拶がおざなりで挨拶後は私の存在など無いかのような、そんな振舞でその対応にお兄様のご機嫌は急降下の一途を辿っている。
私でもお兄様が妹思いだという噂が流れている事は知っているのに、その妹で王女である私を蔑ろにしていてはお兄様からの好意は皆無で逆効果だという事に気付いていない模様。
その前に、流石の私もこの状態を放置するわけにはいかないし、先程のお従兄様の仰っていた事を思い出した。
「君達はこの場に私の大切な妹がいることを分かっているのかな?」
私が口を開く前に、我慢できなかったのかとうとうお兄様はそう口を開いた。
その言葉でぴしりと令嬢達の動きが止まる。
困惑したような、何故そのような事を言われたのか分かっていない様子だ。
「お兄様、お気になさる必要はありませんわ。彼女達は余程お兄様の事がお好きなのでしょう。それに私、令嬢達の顔と名を全員覚えましたのできっと彼女達の未来は明るいですわ」
私がそう発言すると意味を理解した者はサァっと顔色を悪くし、前向きに捉えた令嬢は嬉しそうな表情を浮かべた。
私は笑顔の下で呆れていた。
流石に私の言葉の意味を理解出来るだろうと思っていたのだけれど、数人理解できないものがいたのには驚きだ。
「ステラは心が広いね。私も見習わなくてはいけないな」
更に顔を青くした令嬢達はどうして良いのか分からずおどおどとしている。
私の言葉が分からず前向きに捉えた令嬢達の頭にはお花が咲言えているような錯覚を覚える。
どちらにしても将来が心配になるわ。
彼女達が、というよりも宮廷の方だけれどね。
「あの⋯⋯」
彼女達に呆れているとその中の一人が声を掛けてきた。
「何故王女殿下は王子殿下とずっと一緒におられるのですか?」
「私も不思議に思っておりましたわ」
「王族の方ならば色んな方と交流なさるべきではないでしょうか?」
「そうですわ。妹君でもいつまでも王子殿下と一緒にいるというのは如何なものでしょう」
「流石に甘え過ぎですわ」
あら、言いたい放題ね。
それに私達を目の前にしてそこまで言えるのはある意味感心するが、隣から冷気が漂ってきている。
もう、お兄様のお誕生日パーティーだというのに⋯⋯お兄様には心穏やかに過ごして頂きたかったのに。
「貴女方は誰に対して話しかけているのでしょう?」
「えっ?」
「誰って、王女殿下ですわ」
彼女達は何故そのような事を聞くのか分からないようで不思議そうに聞き返してきた。
本当に教育の質が落ちてきているのね。
残念な事だわ。
「こちらにおいででしたか」
私が彼女達に対して呆れていると、聞き覚えのある声が聞こえたのでそちらを向くと、そこにはアルスカー専門学園学園長のクルーム男爵がいた。
「男爵、何か用かしら」
「ご挨拶に参ったのですがその前に、学園の生徒達がご迷惑をお掛けしたようで、誠に申し訳ございません」
今私に話しかけていた令嬢達は専門学園のようで生徒達で学園長は学園の生徒の態度と発言に対し代わりに謝罪をした。
「貴方が謝る様な事ではないでしょう。此処は王宮であって学園ではありません。成人しているのだから発言した事は全て彼女達自身の責任ですよ」
「仰る通りですが、彼女達を預かり教育をしている者としては、殿下方への無礼な態度を見過ごす事は出来ません」
学園長の言っている事理解できるけれどね。
自身の学園の生徒が失言をしているのを見過ごせばそれこそ学園の信用に関わる。
「クルーム男爵。令嬢達への処罰は貴殿に任せる。王女も話した通り王宮で働く事は論外だが宮廷で働く事も今後の態度次第だ」
「畏まりました」
結局お兄様が対応してしまったわ。
お兄様は気にするなと言うように微笑むけれど、本当は私自身が対応しなければならなかったのに。
「両殿下、そろそろお時間でございます」
「分かった」
私はお兄様と共にお父様の元へ行くと、先程の事が既に知っていて驚いた。
「今年成人した中には礼儀を知らない者達が多いようで嘆かわしいな」
「あの様にステラに対して無礼な発言をするなんて驚きましたよ」
「暫くステラを軽んじる輩は多いだろうが、ステラの事を知れば自ずとそれも無くなるだろう」
「だからと言ってあの様にステラを前にして軽はずみな発言をする等、あり得ない」
「お前はよく我慢したな」
「あまり私が口を出すとステラに叱られますからね」
「私としては最後まで私が対処すべきだと思いましたのに。お兄様ったら最後の最後で口を挟むのですもの」
私がそう話せばお兄様は気まずそうに視線を外した。
本当は分かっているのに口を出したって事だとよく分かる反応だ。
「ヴィンス、気持ちは分かるが、ステラの為にならんから我慢を覚えろ」
「分かっています。今後気を付けます。ごめんね、ステラ」
「いえ、お兄様のお気持ちは嬉しいですわ。けど、次からは私が対処致しますので見守って下さると更に嬉しいですわ」
お父様が仰ってくれたけれど、私からもお兄様にそうお願いをすると、分かったと少し心配するような表情だったけれど、ステラなら大丈夫かなと呟いて頷いて下さった。
こういう事はきっと学園に復帰すれば増えるのは目に見えている。
お父様が言うように、暫くは我慢ね。
話が一段落したところで私達はお父様達に挨拶をして私達は会場を後にした。
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