202 平和な光景
セイデリアから戻ってきてから数日が経った。
帰ってきた翌日、一緒に行った皆には一日、ルイスには一週間の休暇を渡したので彼女は今この場にはいない。
私は帰ってきた日の事を思い出していた。
あの日、帰ってきたその日に宮廷の執務室へ行くとルイスがアルネと共に書類と睨めっこしていたが、私達が戻って来た途端、待っていました! と言わんばかりの歓迎を受けた。
先にお土産を渡すと、アルネは流石に嬉しそうにしながらも落ち付いているが、ルイスは今迄に見た事のない様子でそれはもう嬉しそうに目を輝かせ、珍しく全身で喜んでいた。
その時の事を思い出すと何だかほっこりしてしまう。
「ステラ様、何を笑っていらっしゃるのですか?」
「いえ、ルイスにお土産を渡した時の事を思い出したら、つい」
「確かに、あのようなルイスを見たのは初めてですわね」
「いつも落ち着いていらっしゃるのに、あんなに輝いた笑顔とはしゃいだ声を始めて聞きました」
普段落ち着いている彼女があの様にはしゃいでいるのを見るのは意外だった。
ただその姿は可愛らしいものでいい意味で安心する。
さて、執務にも集中しないとね。
ルイスがベリセリウス侯爵の元でしっかりと学び、宮廷で貴族を相手にするのも少しは慣れたようだった。
自信がついたのか、帰ってきてからルイスに会った時の表情が全然違った。
侯爵にお礼を伝えたいのだけれど、お父様もお忙しくされているのでその側近たる侯爵も同じくとても忙しくしていると、ティナが話していた。
邸でもあまり会えていない様なのだけれど、ティナには侯爵宛にお礼を伝えて貰うようにお願いをした。
暫く穏やかな日を過ごしていたけれど、今頭を悩ませている事はもうすぐお兄様のお誕生日なので、贈り物には何が良いかと悩んでいる。
お兄様からの依頼で誕生日パーティー当日に着るお兄様の衣装のデザインは終わっていて既に仮縫いまでされているのでそちらは問題ないのだけれど、贈り物はやっぱり使える物が良いよね。
「ステラ様は何を悩んでいらっしゃるのですか?」
「お兄様への贈り物を考えていたの」
休憩中に考えていたらレグリスに心配されてしまった。
「そういえば、もうすぐですよね。夜会に出席できる兄上達が話していました」
レグリスは私と同じ年なのでまだ夜会には出席できない。
それはロベルトとディオの二人もそうで、側近の中ではティナだけが出席となる。
「ヴィンセント殿下ならステラ様からの贈り物でしたら何でも喜んで下さると思いますわ」
「確かに」
ディオの言葉にロベルトが同意するが、流石に何でもは言い過ぎだと思うわ。
去年は何も用意出来なかったので、今年は昨年の分も合わせてお渡しようと思っているんだけれど、悩んでしまう。
今一番の悩みどころだ。
丁度明日、衣装に合わせる宝飾品の見本を持ってきてくれることになっているので、大体明日までに決めてしまわないと間に合わない。
だからと言って適当に選びたくはない。
悩んでいたけれど、一旦執務に戻るので考えるのを中断して仕事に集中する。
その日の夜、寝る前までどうしようかと悩んでいたら寝れなくなってしまった。
ひとつは決まったのだけれど、もうひとつをどうするか。
ベッドに入っていたけれど、あまりにも寝れないのでベッドから降りてソファに座るとノルヴィニオがすっと膝掛を掛けてくれる。
「ありがとう」
「王子殿下への贈り物が決まらないのですか?」
「そうなの。男の人って何を貰ったら嬉しいのかしら」
「難しい質問ですね。普段使いの物でしたら羽ペンなどの筆記用具一式揃えられてもいいかもしれませんね」
「そう、ひとつはそれにするつもりなの。あともうひとつを何にするかなんだけどね」
「でしたら装飾品は如何ですか? 姫様とお揃いでお作りになるのもよろしいかと。それならば殿下も大変喜ばれると思いますよ」
「お兄様のお誕生日への贈り物を私とお揃いにするの?」
「はい。如何でしょう?」
そうね、それならお兄様も喜んで下さるかも!
というか私も嬉しい。
「参考になったわ。ありがとう、ノルヴィニオ」
「お役に立ててようございました」
お揃いの物で装飾品。
そういえば、お兄様は近頃髪を少し伸ばしていらっしゃるわね。
髪留めにしようかしら。
それだったら私とお揃いでも違和感ないわ。
私の好みとしてはお兄様は髪は短いほうが好きなのだけれどね。
後はデザインね。
私が紙とペンを取りに行こうと思ったら横からすっと差し出された。
「必要かと思いましてお持ちしました」
「ありがとう。今まさに欲しかったのよ」
「姫様、デザインをお考えになるのは宜しいですが、あまり遅くまで起きていらっしゃるのはお勧めできません」
「分かっているわ。程々にするから今は見逃して」
「あまり遅くなるようでしたら途中でお止めさせていただきます」
「うん、お願いね」
私が没頭してしまったら止まらないのをよく知っている彼は私にそう釘を差してきた。
何時もの事なので気軽にお願いをするけれど、彼等の使い方間違ってるよね。
それはさておき、時間もないしさっさと考えちゃおう。
それから私は約一時間半考え、デザインを書き込んだところで彼に止められる前に眠りについた。
そして翌日。
衣装の最終確認に来ていた王室御用達ブティックの店主でもあるイレイェン・シェル男爵。
彼女は衣装だけでなく、様々な装飾品のデザインも手掛けてそれらはとても人気で国外からの依頼もあるくらいだという。
その国に合ったものを制作する事からかなりのやり手で、元々が平民だったけれど、学生の頃からのその想像力とデザイン力で成功し、学園卒業後に男爵を賜ったといった経歴の持ち主だ。
年はお父様よりも上だけれど、年齢すらも美の味方につけるような美しさがある。
そんな彼女に昨夜デザインした用紙を渡す。
「男爵、こういった感じの髪留めは作れるかしら?」
「拝見いたします」
彼女からしたら私のデザインなんて拙いものだけれど、彼女の手に掛かればそのような物でも素敵に仕上がるのだから不思議だ。
「どうかしら?」
「これは、もしかして王子殿下への贈り物でしょうか?」
「えぇ、その通りですわ」
「少し惜しい気がします」
「惜しい?」
「はい、ここをこの様にして⋯⋯」
彼女は自らデザインに手を加えていく。
私の元の絵を残しつつ、更に素敵な細工に仕上がりそうな繊細なデザインになった。
「これで如何でしょう?」
「男爵のデザイン力に感服しますわ。更に素敵になり気に入りました」
「後は素材や宝石類は決めていらっしゃいますか?」
「決めているわ」
私は男爵と細部まで相談しながら決め、勿論私とお揃いにするので私のデザインも手を加えて決めてしまう。
「⋯⋯では、こちらでお作りし、来週の同じ時間にお持ちさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「えぇ、仕上がりを楽しみにしています。よろしくお願いしますね」
「お任せください。では失礼いたします」
彼女が去った後、漸くお兄様の贈り物が決まってほっとした。
今日はこの後予定が無いので少しのんびりしようかしら。
たまには何もしないのもありよね。
だけど二学年の予習をしておいた方がいいかしら。
私が悩んでいるとモニカからお兄様がいらっしゃったと聞き、中へ入っていただく。
「ステラ、忙しくなかったかな?」
「予定していたことが終わりましたので、丁度何をしようかと悩んでいたところですわ」
「それなら良かった。少し話をしないか?」
「勿論ですわ」
お兄様の様子からして特に悪い事ではなさそうだけれど、何かあったのかしら。
「これを」
「お手紙ですか?」
「中を見てごらん」
お兄様に促されて中身を空けて目を通す。
「どう?」
私の様子を見たお兄様は読んだ感想を求めてくる。
「私も誘って下さるのね」
「当たり前だろう。ステラも生徒会の一員何だから」
「皆さん、心の中では複雑に思っていらっしゃるのではと思っていたのです」
「そう思っているのは一部だよ。新会長も是非来ていただきたいと話していたから、心配無用だ。それに、ステラの側近の殆どは生徒会所属だし心配しなくとも大丈夫だ。それとも気が乗らない?」
「まさか! 嬉しいですわ。私もあの時、あのような事があったので皆さんに申し訳なく思っていましたから。学園が始まる間に皆さんとお話が出来るのは嬉しいですわ」
「ではステラも参加で決まりだね!」
手紙の内容、それは新学年始まる前に生徒会からお茶会の招待状だった。
主催は新会長となるラグナル・フェストランド卿。
侯爵家の次男で、エドフェルト卿とは違い落ち着いている印象だ。
招待されているのは勿論生徒会の面々だけで場所はフェストランド侯爵家。
私にとってはシベリウス、セイデリア以外で初めての外出となる。
「ステラが嬉しそうで良かった」
「今迄外出する時は姿を偽っておりましたが、今回偽りない姿で外に出るのは初めての事ですから少し緊張致します」
「確かにそうだね。けど、フェストランド卿は私の誕生日パーティーに来るだろうから、多分挨拶をしに来るんじゃないかな」
そっか。フェストランド卿は成人しているし、お兄様のお誕生日の夜会は学園の休暇中だから来てもおかしくない。
そもそもティナとマティお従兄様もいらっしゃるんだったわ。
「ステラ」
「はい、お兄様」
急に真剣な表情と声で呼ばれ居住まいを正す。
「お願いがあるんだ」
「私に出来る事でしたら何でもおっしゃってくださいませ」
どうしたのかしら。
「当日、ずっと私の側にいてほしいんだ」
「お兄様がそうお望みなら一緒におりますが、何かありますの?」
そう質問すると、今度は心底嫌そうな表情に変わったのを見て何となく察した。
「面倒なんだよ。自分の娘を売り込もうとしてくる親連中も、自身で売り込んでくる連中も嫌になる」
お兄様は化粧臭いのも香水臭いのも心底気持ち悪いと思っているようで、それらを思い出し頭痛がするのか頭を押さえている。
「分かりましたわ。夜会の最中はお兄様の側におりますわね」
「助かるよ」
「この間と逆ですわね」
「そうだな。ステラがいると心強い。安心するよ」
「お兄様のお役に立てるならば嬉しいですわ」
いずれは誰かを見つけなければならないけれど、今はそういった事は要らないそうだ。
私も、家族の元に戻って来たばかりなのでお兄様が誰かに捕られてしまうのは⋯⋯嬉しくない。
本当はこんな事を思ったらいけないのは分かっているんだけれど、まだ私のお兄様でいて欲しい。
私の我儘は直接話したりはしないわ。
お兄様を困らせたくないもの。
それから一週間が経ち、シェル男爵が仕上がった髪留めを届けて下さったので中身を確認すると本当に素敵な仕上がりで、繊細さの中にも力強さがうかがえるデザインで文句のつけようがない。
私の分も確認をしたけれど、お兄様と大元のデザインは一緒だけれど、こちらは柔らかい印象だ。
男爵にお礼を言うと、お兄様にお渡しする方はその場で綺麗に包んで下さったので、これでお兄様への贈り物と衣装の準備が整ったので後は安心して当日を迎えるだけとなった。
「⋯⋯お兄様、何故こちらにいらっしゃるのですか?」
今夜はお兄様のお誕生パーティー当日。
今日は私が早く準備を整えてお兄様を迎えに行く予定にしていたはずなのに、何故か当の本人が私の宮に来ていた。
時間も早く、私も頑張って早めに準備をしたにも関わらずだ。
お兄様を驚かせようと内緒にしていたのに何故?
驚かせるつもりが逆に私が驚いている。
「ステラ、そんな可愛い顔して⋯⋯。ステラの考えてることはお見通しだよ。今日は早く準備して私の所へ来るつもりだったんだろう?」
全く持ってその通りなのでぐうの音も出ない。
そして私の顔を見て笑わないでほしい。
「どうしてお分かりになりましたの?」
「可愛い妹の事なら分かるよ」
「それって⋯⋯私の考え方が単純だという事でしょうか」
「拗ねたステラも可愛いけど、単純だと思ってないよ。ステラの事だから私のお誕生日だからと張り切っていそうだからね」
そうだろう? と言いたげな視線を向けられると、その通りだから頷く事しかできない。
「お兄様には敵いませんわ」
「可愛い妹と弟の事ならね。ステラ、こんなに格好いい衣装をありがとう」
「気に入って頂けてお兄様の笑顔を見る事が出来て私も嬉しいですわ」
「少し早いが父上達の所へ行こうか」
「はい、お兄様」
お兄様と共にお父様達がいるお部屋まで行くと既にお父様を始め、お母様とフレッドも揃っていた。
「早かったな」
「それは此方の台詞ですよ。母上も既にいらっしゃるとは思いませんでした」
「今日は貴方のお誕生日パーティーですもの。遅れるわけにはいかないわ」
「ヴィンス」
「はい、父上」
「誕生日おめでとう」
お父様が祝いの言葉を掛けると、お兄様は少し照れつつもお礼を伝える。
そしてお母様、私、フレッドの順でお祝いを伝えると外ではあまり見ない年相応の嬉しそうな顔をしていた。
「あぁそうだ。言われなくてもそうするだろうが。ヴィンス、今日もステラと一緒にいなさい」
「勿論そのつもりですよ」
お父様が仰るのは多分お兄様と少し意図が違うように思う。
「今は学園が休暇中だからな。いつもの夜会より若い連中が増えるからな。気を付けるに越したことは無い」
「貴方達、少し過保護すぎますよ」
お母様の言葉に引っかかりを覚えた。
今の言葉ではお父様だけでなくお兄様もお父様と同じ理由での言葉だったのかと。
「変な連中にステラが絡まれるのは宜しくないな」
「それも経験でしょうに。今後そういった連中を自分で躱せなくなったらどうするつもりです? これからはステラも外に出る機会が増えるのですから」
「母上、ステラなら大丈夫ですよ。私達が思っているよりもずっとしっかりしています。ただ、私が近くにいる時は兄として妹を護りたいのですよ」
「ヴィンス兄上、私の分まで姉上を変な男から護ってくださいね!」
「約束するよ」
その言葉を聞いてお母様は呆れた溜息をつき、お父様は満足そうに頷いている。
やっぱりそっちの意味だったのだと理解した。
皆私に対して過保護だけれど、それに甘え過ぎてはいけないだろう。
何故ならお母様の仰ることも理解できるからだ。
お兄様は私を信じて下さっているけれど、それに応えられなければ意味がない。
「お父様、ひとつ確認をしたいのですがよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「私のお披露目の時はノルドヴァル公爵に対して少々気弱な態度で臨みましたが、今回は如何いたします?」
私が気になったのはそこだ。
あの公爵が接触してきた時、前回と同じ対応が良いのか普通に接してもいいのか。
お父様の考えを先に確認をと思い質問をした。
それとついでに聞きたい事もあったので丁度良い。
「接触してくるかは定かではないが、多少そう見せる様に。前回の事と休学中の間は私達が近づけさせない様にしていたから、ステラの事は大分気の弱い王女だと認識しているだろうからな」
「ですが、復学したら双子との接触もあり得るかもしれませんわ。その場合、私は偽るつもりはありませんがよろしいのでしょうか?」
「ステラは見た目と違って好戦的だな。誰に似たんだ?」
私がそう言うとお父様は口角を上げて嬉しそうな、誇らしいような顔でそう問いかけてきた。
「貴方にでしょう?」
「母上、ステラは父上、母上お二人に似ていますよ。間違いなく」
すかさずお母様とお兄様がそれぞれ突っ込む。
「あら、ヴィンスは私が好戦的だというのですか?」
「母上は静かに攻撃しますからね。父上と違う意味で好戦的ですよ」
「それは言えてるな」
「あなたまでそんな事を」
お父様がすかさずお兄様の言葉に頷くが、その言葉にお母様が引っかかったようだ。
「落ち着け! いい意味で言ってるんだ。頼もしい限りだよ」
お父様はあたふたとお母様を宥めている。
その光景があまりに平和で楽しくつい声を出して笑ってしまった。
それはお兄様とフレッドも同じでいつの間にかお父様とお母様も笑顔になっていた。
楽しい家族団欒もいつの間にか時間が経ち、私達は会場へと向かった。
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