200 学ぶべき事
セイデリアに来て早くも五日目、訓練を開始して今日で三日目だ。
フリート様の訓練は厳しくもあり、傍目から見ると無謀な様に見える事でもより的確で、教えてもらった事をものに出来た時、彼は自分の事の様に嬉しそうな顔をするので私とお兄様は真剣に彼の訓練に食らいついていた。
彼自身は個性豊で初めは中々その言動に慣れなかったけれど、それもこの訓練を通じ、また休憩中に話をしてみれば面白くて苦手だと思っていた率直な言動も今では気にならなくなった。
「この三日間、詰め込んだが二人共よくついてきたな。途中で挫折するんじゃないかとも思ったが感心したぞ」
振り返ればこの三日間、真剣に訓練に食らいついていたけれど、中身は中々えげつないものあった。
正直、伯父様やお祖父様の訓練よりもきつかったわ。
「最初はもう少し緩やかにしようと思っていたが、二人共筋が良いうえに負けず嫌いだからな。実は途中から難易度を上げたんだ」
――⋯⋯何となく、何となく可怪しいなって思ってはいたけど!
「それでも根性で上達していくから久しぶりに教える事が楽しくて夢中になり過ぎた。久々に充実した楽しい三日間だった」
――それって、フリート様は楽しんでいたって事!?
声に出す気力が無くて心の中で突っ込むが、ちらりと横を見ればお兄様もなんとも言えない顔で彼を見ている。
「それでもまだまだ伸びるだろうから、俺が教えた事を毎日続けるように。特にエレンは力が無いんだから努力を怠るなよ」
――助言は真面なのよね。
「よし、約束通り三日間の修業はこれで終わりだが、お前達立てるか?」
「何とか⋯⋯」
「私は⋯⋯もう少し、休みたいです」
「そうか」
私は未だ立てそうにない。
お兄様は流石に体力も私より全然あるのでもう立ち上がっている。
「エレン、大丈夫?」
「えぇ⋯⋯」
返事をするものの、足が震えている。
訓練で酷使し過ぎだ。
今日は湯浴みの後にしっかりとほぐさないと明日普通に立てないかもしれない。
そう思っていたら体がふわりと浮いた。
「えっ、フリート様⁉ 自分で歩きますので降ろして下さいませ!」
「フリート卿、エレンを下ろせ。連れて行くなら兄である私の役目だ!」
「今のお前には無理だ。エレンも大人しくしていろ」
容赦なく訓練場から騎士団の応接室まで運ばれてしまった。
それも多くの騎士達が見ている中、お姫様抱っこは流石に辛かったしいたたまれない。
まだ担がれた方がいい⋯⋯いえ、やっぱり担がれるのも嫌だわ。
応接室には訓練を終えた側近達が揃っていて、フリート様に抱えられた私を見てちょっとした騒ぎになってしまった。
「エレン様、何処かお怪我でも⁉」
「大丈夫よ。足に力が入らないだけだから」
思いの外優しくソファに降ろされ私はようやくほっとした。
「フリート様、ありがとうございます」
「いや、それよりもっと食ったほうが良いぞ。軽すぎる。もっと筋力と体重を増やせよ」
――⋯⋯え? それって太れって事?
周囲も呆気にとられ、一瞬しーんと静まり返った。
「フリート様、言いたいことは分かりますが、流石に率直すぎますわよ」
「そうか? その年で体重を気にしてるわけじゃないだろう? 王宮にいてたらそれこそ食事は豪盛だろうに何でそんなに軽いんだ? だから力がないんだ」
「エレンは年相応に食事はとっている。身にならないのならそういう体質だろうね」
「あー、体質なら致し方ないか⋯⋯」
フリート様は筋力を付けるようにと仰りたいんだろうけど、あの言い方はちょっと誤解を招くよね。
「まぁエレンなら筋力がなくてもその技術である程度は凌げるだろう。後は護衛の連中次第か」
彼はそう言うと私とお兄様に今日は寝る前によく筋肉をほぐすようにと念押しして応接室から出て行ってしまった。
お礼を言う暇もなく颯爽といなくなった彼に呆気にとられる。
「エリアス様、エレン様。ベルネット卿は恥ずかしがり屋なのですよ。お二人からお礼を言われるのが嫌で逃げただけですのでお気になさらなくても宜しいですわ。あちらも気にしてはおりませんので」
「恥ずかしがり屋って、似合わないな」
「やはり人は見かけによりませんわね。お礼を言いそびれてしまったのが心残りです」
彼がセイデリアにまだいるなら会う事もあるかと思ったけれど、ベティ様のお話では多分会う事が無いだろうとの事だった。
ベティ様でさえあまり会う事が無いというのだから、仕方がない。
あっという間に三日間の訓練が終わり、セイデリアの騎士団長と少し言葉を交わして領主邸へと帰宅した。
この三日間の訓練は厳しかったけれど、いい経験が出来て良かった。
辺境伯も流石に私達の状態を見兼ねたのか、明日の午前中は邸でゆっくりと過ごされますようにと明日の朝は久しぶりにゆっくりと過ごすことになった。
夕食後は湯に浸かりほっとする。
この時間がとっても心地いい。
ここにいる間、私のお世話を手伝ってくれているサーラが髪を洗ってくれている手つきが本当に心地よくて気を抜いたら眠ってしまいそうになる。
疲れているのでまだゆっくりと浸かっていたいが、浸かり過ぎてしまうとのぼせてしまうので程々にして浴室から部屋へ戻ってくると、そこには何故かティナが部屋で待っていた。
「ティナ、この様な時間にどうしたのです?」
「ベルネット卿も仰っておりましたが、エレン様にマッサージを施そうかと思いお伺いした次第です」
「それなら彼女がしてくれているから態々ティナがしなくても大丈夫よ」
私はそう言ってサーラを見る。
「本日はベリセリウス様がマッサージを行うとお伺いしております」
「ティナが?」
「はい。今夜は私がさせていただきますわ」
侯爵令嬢であるティナが何故マッサージを修得したのかしら。
「エレン様、是非私にお任せください」
そのやる気の眼差しで見られると否とは言えない。
これがそれ程関わりない者だったら有無を言わさずに否と言っているけどね。
「分かったわ。今日はお願いするわね」
「明日に響かないようにしっかりとお手入れさせていただきますわ」
ティナがやる気なので、サーラには今日はもう休むように伝える。
早速ティナに促されベッドサイドに座ると向かいにティナが座った。
「では、先ずは手を出してください」
私はティナに言われるがままに手を出すと、保湿クリームを自身の手に取り馴染ませ、私の手を取り塗った後、擦り込むようにマッサージが始まった。
正直サーラより断然気持ちいい。
ティナの手は冷たいけれど、それがまた良いのかもしれない。
掌が終わると次は腕を、そして片方が終わるともう片方の手から始まり腕をほぐしてくれる。
両腕が終わると次は足だ。
腕に施したように丁寧な手つきだけど、足の方が使い過ぎたのか痛い。
「やはり足の方が凝っていますわ」
「こういう事も侯爵家で習うの?」
「いえ、これは特に必須ではありませんが、王家の側近となれば皆自然と習っていますわね」
「今の話だと、ティナは私の側近に決まってから習ったの?」
「仰るとおりですわ」
あれから半年以上経っているとはいえ、学業に加えて私の側近としての仕事の傍ら学んでいたなんて、自分の時間はちゃんととっているのかしら。
私の事を優先しすぎてはないかと心配になる。
「ティナ」
「はい、ステラ様」
「何故そこまでするのか聞いてもいいかしら」
私がそう質問をすると何故か傷ついたような顔をした。
傷つけるような事は言ってない筈だけれど。
「ステラ様。その質問は傷つきますわ。私が以前にお話しした事をお忘れですか?」
以前話した事⋯⋯、ってあの時の、シベリウスへ行く前日に話した事ね。
勿論覚えている。
「覚えているわ」
「覚えていらっしゃるのにそのようにお聞きになるのですか?」
「まさかこのような事まで習得するとは思わないもの。別にティナが覚えなくても良いと思うの」
「私はどのような事でもステラ様のお役に立ちたいのです。その為ならどのような些細な事でも習得致しますわ」
ティナの目は本気だった。
前にノヴルーノがそんな事を話していた事も思い出した。
きっと生涯私に仕える事になると。
「ティナは、どうしてそこまで私の事を思ってくれるの? 勘違いしないで。嫌ではないの。ただ単純に疑問に思っただけで、貴女がベリセリウス家の者という事を除いたとしても、ディオ達とはあまりにも違うでしょう?」
「彼女達とはステラ様に対しての想いが根本的に違います。彼女達は将来の事を見据えてステラ様の側近を承諾したのもあるでしょう。ですが私は純粋にステラ様だけにお仕えするので、将来がどうとかは考えておりません。というか、生涯お仕えするつもりですわ」
きっぱりとそう言い切った。
王族の側近になるのを承諾する理由は本当に其々だと思うけれど、マティお従兄様とティナは私の事を第一と考えている。
それは分かっていたのだれど、マティお従兄様はシベリウスの次期辺境伯と決まっているから私に仕えるのは本当に期間限定というのは分かっていたからいいとして、順当にいけばお兄様が次期国王なのは間違いない。
そうなれば私は伯母様みたいに降嫁、または他国へ嫁ぐ事になる。
となると、自然と側近は自身の道に進むので、基本的に数年の間だけの事なのよね。
ティナはそれを生涯と言い切ったが、侯爵は知っているのかしら。
「ティナ⋯⋯」
「私が自分で決めた事ですわ。それともステラ様は私が生涯お仕えしてはご迷惑でしょうか?」
――捨てられた子犬の様な声音と表情で私を見上げないで欲しい!
迷惑ではない。
だけどまだ決まったことではないとはいえ、国外へ嫁ぐ可能性が大きいので、彼女の申し出はとても嬉しいけれど、侯爵に申し訳なく思う。
これはまだまだ先の話なので今すぐどうこうというわけではないからティナには迷惑でないとだけ伝えておく。
ティナにベッドへうつ伏せになるように言われ、私はベッドへと上がる。
彼女のマッサージとうつ伏せになった事もあり、段々と眠気が襲ってきた。
「ステラ様、そのまま我慢せずにお眠りくださいませ。それだけお疲れなのですよ」
「ぅん、ありが、と⋯⋯」
私は眠気に逆らわずそのまま眠りについた。
翌朝、目を覚ますと頭もすっきりとして、体も軽く感じた。
ティナのお陰で疲れがなく、足や腕も痛みがなくてすっと動かせる。
今日の午前中はゆっくりと過ごすという事で、私は側近の皆と過ごすことにした。
此処にマティお従兄様、ルイスとレグリスの三人がいないのは残念。
場所は景色のよく見えるサロンで、朝のお茶を楽しみながら話に花を咲かせる。
内容はここに来てからの事。
ロベルトとディオも三日間訓練を行っていたようだけれど、ティナは涼しい顔をしているが、ロベルトは少し疲れをみせている。
「ロベルト、体は大丈夫かしら?」
「はい、と言いたいところですが⋯⋯あそこまで体を動かした事がありませんので、流石に堪えています」
「普段体を動かす事があまりないからですわね」
ティナの突っ込みが鋭い。
昨夜の様子もだし、私がフリート様の訓練を受けていた時に何かあったのかしら。
ロベルトだけでなく、ディオの様子も少しいつもと違って落ち込んでいるように思う。
「ディオ、ロベルト。二人共元気がないようだけど、この三日間で何かあったのかしら?」
「ステラ様、それについては私からご説明させて頂きますわ」
ティナによれば、二人共訓練だけではなくベティ様から側近としての心構えに役割等を教えて頂いたそうなのだけれど、その中で幾つか質問されたり自分達の考えを答えたり、それを聞いたベティ様が二人に対して少しお説教をしたのだそうだ。
お説教をされる原因となった内容は、一言で言うならば考えの甘さ。
私の側近には従兄で今迄一緒に暮してきたマティお従兄様に小さい頃から交流のあるレグリスの二人に加えてヴィンスお兄様の側近を兄に持つティナがいるので、二人はどちらかと言うと三人の手助けをする位の気持ちで臨んでいる事に対して誠意が感じられない、一国の王女、それも王位継承権を持つ方の側近としての自覚が全く感じられないと叱られたそうだ。
けど、そういった心構えとかは侯爵から教わっているはずなんだけどね。
疑問に思って質問をすると、確かに侯爵から教えて貰ったという。
だけど、私が既に執務の一端を任されている事から、私との意思疎通をしっかりとし、私の考えをより正確に読み取り行動する事。
そして周囲の人間や自身の言動に注意する事等は徹底的に叩き込まれたようだけれど、ティナによれば、私の側で仕えていくと自然に考えや心も成長するだろうと思っていたに違いないとの事だった。
だけどお兄様の時と違い、私の側近となってまだ日が浅い事と私と接する時間が短く、外に出ていなかった分私が害されていないので自覚が芽生えにくいと考えられる。
私が害されたらそれはそれで大問題なのだけれど。
兎に角ティナの話ではそういう事らしい。
ディオとロベルトも反論が無い所を見ると図星なのだろう。
私が今迄公になっていなかった弊害が出ている感じかな。
それに関しては今更言っても仕方ないので口にはしないけれどね。
「本来このような事をステラ様のお耳に入れるべきではないのてすが、申し訳ございません」
「ティナが謝る様なことではないし今理由が分かって良かったわ。二人はベティ様から教えて頂いてどう思いましたか?」
「私は、側近の打診があった際に父から注意をされていました。ですがステラ様がシア様と知り、元々知っていた方が殿下という事もあり、最初はやはり緊張もありましたが段々と気持ちが慣れてしまい気安くなってしまったのと、マティアス様とティナ様があまりにも頼もしくて気後れというか、その上手く言葉にできないのですが、けど決してステラ様を軽く見ていたわけではありません!」
ディオは必死にそう気持ちを伝えてくる。
軽く見られているとは思ってはいない。
だけど、それではいけない。
「ロベルトはどう? 本音を話してほしいわ」
「私は、ステラ様が知っての通り、どちらかと言うと文系が得意ですので文官としてお支え出来ればと思っていました。決して魔法が不得意というわけではありませんが、適材適所だと、マティアス様、ディオ様にレグリスもいるのですから私が魔法を学ぶのにそこまで力を入れずともいいと、そう思っていたのです。ですが、セイデリア夫人にその考えは間違ってはいないけれど、ある程度学ばなければ殿下の足手まといになると言われました。王族は特に多くの者達に狙われやすい為、それはステラ様も例外ではないからと」
そこなのよね。
皆がいてる時に襲われたらマティお従兄様やティナは私の身の安全を最優先にするでしょうし、それは影の皆も同じこと。
だからある程度自分の身だけでも護れるほうが私も安心できる。
「ベティ様の仰ってることは正しいわ。皆は実際私が襲われている所に遭遇した事がないから想像がつかなくて危機感がないのは仕方がないことよ。それに、実戦経験がなければそう直ぐに動けるものでもないもの。だからこそ今の内に体力をつけて訓練をし、私というより自身の身を護れるようにしておいて欲しいわ」
「どうしてですか?」
「私の身を護る者は他にもいますし、私ではなく周囲の人達が狙われるとしたら真っ先に私の側近が襲われる可能性もあるの。よく考えてみて? 私の情報をよく知るのは私の側に控える者達よ。つまりは私の事が知りたければ直接狙うのではなく、側近であるディオ達から情報を引き出す為に近づいてくることだってありうるわ。それを踏まえてベティ様はお説教、というよりも少しは鍛えて自身の身の安全も図りなさい、という事も仰りたいのでしょう」
直接ベティ様とお話をしていないので何とも言えないけれど、多分もっと厳しい事を言われているはず。
私の言葉は甘いと言われるような内容だというのは自覚があるけれど飴と鞭で丁度良いのではないかしら。
二人も先程よりは少し表情が戻ったけれど、何処かまだすっきりしない様子。
「今のステラ様のお話を聞けば、ステラ様はご自身を護らずに私達自身を護るようにと聞こえるのですが」
「そう言ったわ」
「それは、私達は護衛として必要ないという事でしょうか?」
「そうではないわ」
私の言葉で少し混乱させてしまったみたい。
私が言いたい事は、私を護る為の影が存在する事で、彼等は私の身の安全を最優先で動く為に私が護られたとしても皆が危険な目に合うかもしれない。
だから自身の身を護れるようにしておいて欲しい事、私の側近という事で私の情報欲しさに皆が狙われるかもしれないので、万一の事を考えてもう少し力をつけておいて欲しいという事を簡潔に説明をすると二人共納得したようだった。
「真面目な話はここまでにしましょう。折角ですもの、楽しい時間過ごしましょう」
話が一段落したことで楽しい話に花を咲かせながらお昼までゆったりと過ごした。
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次話も楽しんでただけたら幸いです。
よろしくお願い致します。





