199 珍客
二日目は朝から騎士団の施設内を案内された後に訓練場でベティ様直々に訓練をしていただけるので、説明を受けた後に実際どれ程の実力なのかと対戦する事になった。
男性陣は辺境伯の元で訓練を受けるので、此処には私とティナ、そしてディオだけだ。
そのディオだが、今しがた目の前で崩れ落ちた。
何故そんな事になっているかというと、ディオの期待通り⋯⋯というわけでもないのだけれど、憧れのベティ様と対戦し、あっさりと負けて未だに立てない状態にいる。
ディオの希望で初めに対戦をしたのだけれど、なんと言っていいか⋯⋯。
この後はティナの順番なので準備を始めている。
「ディオは大丈夫かしら」
「あの程度はどうという事はありませんわ。あれで音を上げているようではエレン様の護衛は務まりません」
「ティナは厳しいわね」
「厳しいのではなく、当たり前の事です。それよりも⋯⋯あの、エレン様」
急にティナの様子がしおらしく変わったのでどうしたのかと彼女を見ると、少し不安というか、迷っている様子が見て取れる。
「ティナ?」
「いえ。セイデリア夫人は私を連れてきて欲しいと言った理由をご存じですか?」
「理由は直接聞いてはいないの。だけど、何となく理由は分かるわ」
「でしたら、私が学園で訓練をしている時と動きを途中で変えるかもしれませんが、その⋯⋯」
私がどう思うかを気にしているのね。
ティナにだけ聞こえる様に私は声を落とした。
「ティナ」
「はい、ステラ様」
「ティナがどのような訓練を侯爵から受けているかは知らないけれど、影達を見ていたら何となくわかるわ。だから、ティナが実際どのような動きをしたとしても貴女の事を軽蔑したりしないから安心しなさい」
私がそう伝えると、不安そうな表情は消え、やる気に満ちた表情が戻って来た。
ティナと話しをしている間に起き上がったディオはベティ様から色んな指摘を受けていた。
落ち込むことなく真剣に話を聞いているところを見ると、単なる憧れではなさそうね。
「⋯⋯ありがとうございました!」
ディオがベティ様にお礼を言って下がる。
次はティナの番ね。
「ティナ、ベティ様は容赦ないでしょうから無理はしないで」
「エレン様の前で無様な姿を晒すわけにはまいりません。それに今の私がどれほど通用するのか測るのに丁度良い機会ですわ」
私は無理をしない様にと言ったのだけれど、ティナってば全く私の話を聞いていないわね。
先程の不安が嘘みたい。
「ディオ、怪我は問題ないかしら?」
「はい、打ち身やかすり傷程度ですので、大丈夫ですわ」
「ベティ様に稽古をつけて頂いてどうだったかしら?」
「私はまだまだだと肌で感じました。今迄努力して同じ同年代の中では出来る方だと思っていましたが、全然足りていないと思い知らされました。それに、夫人から注意を受けましたわ」
注意って、今のディオの言い方だと訓練とは関係のない事のようね。
何を言われたのか聞いてみると、私の側近としての心構えだけでなく目標を立てる事、これはただ憧れだけで終わる事のない様にしなさいと、そして今の動きを見てどうしたらいいか的確に助言を頂いたそうだ。
――ベティ様、ご自身が憧れの対象であるのが分かっていてディオの視線も分かった上でそう言えるのって単純に凄いわ。
「あっ、エレン様。ティナ様との対戦が始まりますわ」
ディオの言葉で意識を目の前に向ける。
ベティ様は余裕を見せているけれど、ティナはベティ様を見据えて始まると同時に先に攻撃を仕掛けた。
だけどあっさりとそれを受けるベティ様。
それに対して焦る事も無く冷静に次の攻撃に転じている。
今は未だ交流会で観戦した時と同じような動きでベティ様も応戦している。
「ティナ様は凄いですね。どうやったらあんなに冷静に対応できるようになるのかしら」
ディオはティナの動きを見て凄い、とそう呟いた。
それは羨ましいと少し自身を卑下するような雰囲気が出ている。
ティナの場合はベリセリウス家という特殊な家柄のせいもあるので比べるのはどうかとも思うのだけれど、それはディオに話せる事ではないので言えないのだけれど。
「ティナと比べても仕方ないのではないかしら」
「どうしてです?」
「これはベティ様が仰った事と似ているけれど、人と比べて自身の足りない部分を向上させるために努力する事は良いかもしない。けれど比べ過ぎてもよくないと思うの。人は人、自分は自分よ」
「比べているつもりはないのですが⋯⋯」
ディオはそう言うけれど、比べているように思うのよ。
「自分に無い物、足りないところを羨ましがるよりは先ず、ベティ様に指摘されたところを向上させることが先ではないかしら。あれもこれもと手を出しては結局何も成長出来ないかもしれないわ。それに冷静さ、と言えば、経験で培えるでしょうから焦る事は無いと思うの」
ディオにはそう言うけれど、私も似た様なものよね。
「エレン様は本当に御年十歳なのでしょうか?」
「急にどうしたの?」
「いえ、少し⋯⋯。何でもありません」
何か言い掛けたけれど黙ってしまったのでそれ以上追及する事をせずに目の前の対戦に意識を戻す。
暫くして先に動きが変わったのはベティ様だった。
それに対しティナは若干焦りを見せたものの、直ぐ切り替え冷静に対処していくが、何処となく動きが変わった? というか、ベティ様に変わらされたと言った方が正しいかもしれない。
ティナの動きが変わってからというもの、彼女の実力が学園では出し切っていないのが見て取れる。
交流会の時とは全く違うからだ。
ベティ様が興味を持つのも頷ける。
――ティナってこんなに強かったのね。
私が純粋に驚いている横でディオは更に驚いていた。
誰が見ても驚くわよね。
それに、交流会では自身の実力を隠していたのだとこの対戦を見て確信した。
『ティナの動きって皆に似ているよね?』
『訓練の内容が我々と同等、もしくはそれ以上の事をされているはずですので、似ていると言えば似ているかもしれません』
皆がきついと言って口を紡ぐ訓練をティナも受けているって事?
『姫様、お嬢様は騎士達が倣う様な訓練ではなく、如何に相手の行動を封じ行動不能にするかを目的として訓練されます。ですので⋯⋯』
『だからティナは私がどう思うのか気になっていたのよね。けど、それは何となく分かっていたから私が不快に思ったり嫌悪する事は無いわ。勿論皆の事もよ』
だから普段はそれを隠して生活している。
見る人が見れば分かるものね。
目の前で繰り広げられてる戦いを見ながらそんな事を思っているとティナの剣が弾き飛ばされ勝負がついたようだ。
「ありがとうございました」
「やはり、貴女は面白いわね。貴女の兄も似た様なものでしょう」
そう言って丁度今セイデリア辺境伯とベリセリウス卿が対戦をしている方へ視線を向ける。
「兄は私よりも実力は上ですわ」
「私が言いたいのはそのような事ではないわ。分かっているでしょう?」
「セイデリア夫人には敵いません」
「いえ、そうでもないわ」
ベティ様とティナの会話を聞いていたのだけれど、最後は噛み合っているようで噛み合っていない様に思ったけれど、当の本人達の中では噛み合っているようでティナは悔しそうな表情を浮かべている。
ベティ様は自身の剣をティナの前に見せると一か所ひびが入っていて、惜しかったわね、と呟いた。
訓練中なので訓練用の剣と言えど、それにひびが入るなんて、ティナって力が強いのかしら。
勿論剣のお手入れもしているだろうけれど日々の訓練で弱っていたとか?
『それは違います』
心の中で思っていた事が皆に話しかけていたみたいで返事があった。
『ノルヴィニオ?』
『あの亀裂はお嬢様がわざと同じ場所に剣を当てていたからですよ。ですが相手の剣が折れるより先にお嬢様の剣を弾き飛ばすなんて流石ゼフィールの元王女殿下といったところですね』
やはりベティ様はただ者ではなかった。
だってね、息もそれ程乱れていないんだもの。
凄いとしか言いようがないわ。
次は私の番で緊張感を覚えた。
息を整えているとティナが此方に戻ってきてとても悔しそうにしていた。
「殆ど息を乱されないなんて、悔しいですわ」
もう本当に悔しいのか、珍しい態度のティナに先程までの緊張が解けてしまった。
「私からみればティナ様も凄く強くて、私なんてまだまだですわ」
「ディオは伸びしろが沢山あるわ。まだまだこれからよ」
ティナはそうディオを慰めるが言葉通りだけの意味ではなく、その裏の意味を含んでいたがディオは分かっていないようだ。
「ティナ、とても格好良かったわ。それに強くて、ティナが本気で対戦する姿を見る事が出来て嬉しいわ」
「エレン様にそう言って頂けて嬉しくもありますが、やはり悔しいですわね」
相当悔しいのか、再度そう言って一息吐くと元のティナに戻っていた。
「次はエレン様の番ですわね」
「えぇ、よろしくお願い致しますわ」
ベティ様に言われ、私はそちらへと向かう。
「エレン様! ご無理はなさらずに頑張ってくださいませ!」
「お怪我をなさいませんように」
二人の気遣いは嬉しいのだけれど、私だってそう簡単に負けるつもりはない。
今日は剣の訓練なので魔法は使わないのだけれど、あの二人の前で剣だけを使って戦うのは初めての事。
早朝の訓練を一緒に行っていたとはいえ、二人はきっと私があっさり負けると思っているのかもしれない。
そう思われても仕方ないのかもしれないけれど、少しは出来る所を見せたいわ。
だからと言って気持ち負けするつもりはないけれどね。
「エレン様が魔法を得意とするのは存じておりますが、今日は剣のみですよ」
「えぇ、剣は魔法よりも断然劣りますが、よろしくお願い致します」
「はい。では始めましょう」
ベティ様の言葉で早速始めるが、ベティ様と対峙して分かる事は伯父様達と醸し出す雰囲気が全然違い、当たり前な事だけれど中々一歩が踏み出せない。
ティナはこれを物ともせずに向かっていったのよね。
改めて側近になってくれたことに心強く思う。
私は相手を見据えて一呼吸すると、最初の一歩を踏み出した。
それに対してベティ様は一瞬驚いた表情をしたが、直ぐに楽しそうに口角を上げた。
私は筋力が弱いのだと指摘されていて、相手の力をうまく利用していなす事を先ず倣った。
それをここでも駆使して受け流した躱したりとベティ様の動きをよく見る。
そして身軽さを利用して攻撃にも転じるが、そう簡単にベティ様に届かない。
――本当にお強いわ。
ただそれだけの感想で私は訓練に集中する。
暫くそうして打ち合いが続いたが、私が息を乱し体力の限界に近づいた時、ベティ様の剣に私の剣が弾き飛ばされ眼前に剣を突き付けられた。
「はぁ、はぁ⋯⋯参り、ましたわ」
「エレン様はあまり剣がお得意ではないと思っていましたが、その巧みな技術と身のこなしは素晴らしいですわね。流石シベリウス辺境伯から教わってることだけあります」
「伯父様だけではなくてお祖父様にも倣っていましたから。ベティ様からそう言って頂けて今迄の訓練が身になっていると実感して嬉しいですわね」
私がここまで出来ると思っていなかったのか、ベティ様は先に褒めて下さった。
「エレン様に剣術をお教えしたのはそのお二方にだけてしょうか?」
ベティ様は少し考えた後に私にそのような質問をしてきた。
正確にはアステールとノヴルーノの二人にも習ってるのだけれど、それは言えない。
「ほぉ。その年齢でそこまでの技術が付いているとは中々見所がありそうだな」
ベティ様のお話を聞き、考えているとそこに見知らぬ男の人の声が割って入ってきた。
ベティ様は困ったような面倒な人が来たという様な表情でその男性を睨む。
私はその方に視線を向けると、そこにはとても背が高くて筋肉質のがっしりとした中年期位の、整った顔立ちをしているようにも見えるけれど、無精ひげを生やしているのでどことなく清潔感が無いように感じられる人がこちらに歩いてきた。
その瞳の色はベティ様と同じ赤色だ。
「急に話しに割って入るなんて失礼ですわね」
「そう言うなよ。で、そっちの娘は中々見所があるな。それにその動きは誰に教わった?」
ベティ様にぞんざいな態度で返す事にも驚いたけど、何故か私に興味津々だというように名も名乗らず挨拶すら省き私に質問をしてきた。
「私の伯父様やお祖父様からですわ」
「ふうん?」
そう言うとすっと私の瞳を覗き込んできたが、状況を見守っていたティナが真っ先に私とその男の間に割って入ってきた。
「何者です?」
「ベリセリウス嬢、落ち着いて。見た目は怪しいけれど、彼はこう見えても私のお客様なのよ」
ティナに落ち着くように言葉を掛けた後、ひやっとするような視線をその男性に向けた。
「今日は山へ行くのではなかったのですか?」
「まぁそう言ったな。だが客が来ると言っていただろう? ちょっと興味が湧いてな。それで此処へ来てみたんだが、想像以上に興味を惹かれた。その娘を暫く俺が見ても良いか?」
「その前にまず名乗りなさい! 全く、自由にもほどがあるでしょう」
「おぉ、怖い怖い。ユリウスによく愛想をつかされないな」
「彼は貴方の言うような心は狭くないわ。そのような事を仰るなら追い出しますわよ」
「お前に追い出されても痛くも痒くもないがな」
この二人の関係って何なのかしら。
ベティ様に対しての気安さもさることながら、どことなく雰囲気が似ている気がする。
「ベティ様、彼は何者なのです?」
「失礼いたしましたわ。彼の名はフリートヘイム・ベルネットと言います。生まれはヴァレニウスの公爵家ですが、彼の母親がゼフィール国先々代の妹でこれでもゼフィールの王家の血が入っており、皆が手を焼く変人です」
「おいこら! 変人扱いはよせよ」
「あら、本当の事でしょう?」
――その名前って⋯⋯!
「それでは貴方が剣聖と謳われている当人なのですね!」
変人かどうかは兎も角、二人が親しげに言い合っているのをよそに私が少し興奮してそう言うと、彼は心底嫌そうな表情をした。
「そんなこっぱずかしい呼び方は嬉しくないな。俺の事は気軽にフリートで構わない。で、お嬢さんはあれか、この国のお姫様か?」
「分かっているならその口調はどうにかならないのかしら」
「俺は誰に対してもこんなんだ。知ってるだろう? で、紹介をしてくれないのか?」
「この方は我が家の大切なお客様で今はエレン様です」
ベティ様は私の事を今の呼び名で紹介したが、それでも彼にはそれだけで伝わったようで、頷いていた。
それにしても此処でアステール達の剣の師匠に出会うなんて驚いたわ。
「それで、エレンはどれくらい滞在するんだ?」
いきなりの呼び捨てに流石にティナが不快な顔をしているが、私はティナに落ち着くよう宥める。
「後五日間、こちらでお世話になりますわ」
「その間に俺が鍛えてやろうか?」
まさかの提案に驚いてしまった。
嬉しい申し出ではあるけれど、私は此方に自由で過ごしているわけではないく、セイデリアの視察も含まれているので、魅力的なお誘いではあるけれど訓練ばかりに避ける時間は無いと思う。
「エレン様如何されますか? 彼は自由気ままな放浪主義ですので、この様な機会はそうある事ではありません。言動は無視しても剣の腕は確かですわ。エレン様が望まれるのであれば予定の調整を行います」
まさかベティ様がそう進めてくるとは思わずに驚いた。
「因みに彼は自分が気に入ったものにしか訓練を施しませんので、かなり珍しい事ですよ」
「おいおい、俺の事を勝手に解釈して話進めるなよ」
「あら、その通りでしょう?」
「否定はせんが、釈然としないな」
どうしようかしら。
ベティ様が仰る通り、そうある機会ではないと思うし、光栄な事だわ。
『姫様、私が教えるよりもご本人に直接訓練をつけて頂く方が姫様にとっても良いかと。我々としては護られることに慣れて頂きたいところではありますが、姫様にとってはよい機会です』
まさかアステールに後押しされるとは思わなかったが、私は折角ならば倣いたい。
けれど、王宮を離れセイデリアに来ているのにお兄様や側近達との交流も少なくなるのは望まない。
「エレン、折角だから訓練をつけて貰ったらいいよ」
こちらの様子が気になったのかいつの間にかお兄様達が此方に来ていた。
「お兄様」
「そっちは王子様か」
「此処ではエリアスと呼んで欲しいね」
「順応性の良い坊ちゃんだな。ふむ⋯⋯、面白いな兄妹纏めて面倒を見よう」
お兄様の何を気に入ったのかは分からないけれど、フリート様はそう提案してきた。
提案というか、決定事項に近い言葉だったけれど、お兄様は彼の言葉に少し驚いていた。
「確か気に入ったものしか訓練をつけないのではなかったのかな?」
「あぁ、だから二人訓練をつけると言っている。二人共それぞれに興味があるし、その目は面白いな」
「面白い?」
「お二方。彼は変わっておりますのであまり深く考えない方がよろしいですわ」
呆れたようにそう話すと、ベティ様は明日からの予定を少し変更いたします、と私達の訓練が決定した。
まだ肯定のお返事はしていないのだけれど、そういったところは彼に似ている気がする。
ゼフィール王家の血筋かしら。
ベティ様は何だかんだ言いながらもとても親しいようで訓練の事で話し合っている。
「お兄様、急な予定変更で大丈夫かしら」
「構わないよ。それにこのような機会は滅多にないし私も訓練をつけて貰えるならば光栄な事だ」
お兄様は何事もないかのように言うけれど、側近の皆の予定はどうなるのかしら。
そこが少し心配ではあるのだけれど、お兄様は彼等の心配は無用だと、側近ともなれば私達に合わすことも仕事の内だしこれくらいの事ならば全然問題は無いので、私とお兄様は早速彼から訓練を受ける事になった。
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