195 一学年の終わり
週末、何時ものように側近の皆が執務室に集まり、先ずはこの一週間で起こった出来事の共有を行う。
勿論この間のお粗末な事件の詳細も伝えるのだけれど、全員が呆れていたのと同時に、ティナとマティお兄様の二人は私の前に闇の者が現れた時に側で護る事が出来なかったことがとても悔しいようだった。
他の皆は実際に私が襲われた、といっても何もなかったのだけれど、危険な目に合う事を聞くと頭では分かっていても事が起こったという事に少なからず衝撃も受けているようだった。
レグリスはティナ達と同様に危機感を持っているようで神妙な顔つきで話を聞いていた。
ともあれ暫くは何事も無い事を願うわ。
「来週は試験だけれど、此処にいる皆は大丈夫そうね」
「全く問題ないですよ」
「私達よりステラ様は勉強をするお時間があったのですか?」
「執務の合間にしていたわ」
「試験が終わればもうすぐ長期休暇に入りますね」
「ルイスだけ申し訳ないわね」
休暇に入ってすぐに私達はセイデリアに行く予定になっているけれど、ルイスだけはお留守番なのだ。
平民で私の側近だからか侯爵はもう少しこの宮廷内の事、貴族達の対応、それだけでなく文官としての仕事をもう少し教え込みたいという事で暫くは侯爵の元で勉強する事になっている。
最初は自分だけ残る事に対して思う事があったようだけれど、ルイスは前向きに考え、今となっては残る事になって良かったと思っているみたい。
「問題ありませんわ。ティナにお土産を要求しましたから」
「まさかルイスからそのような事を言われるとは思わなかったけれどね」
「何をお願いされたの?」
「セイデリアの果物を使った美味しいお菓子をご所望なのですわ」
「レグリス君にお話を聞いて、食べられないのが悔しくて。ですからお願いをしたのです」
ルイスも甘い物が好きだったわね。
セイデリアは気候が良いので美味しい果物が沢山あるのでそれは私も楽しみのひとつなのよね。
レグリスはシベリウスに行くので暫くは会えないわね。
話を聞けば、私達がセイデリアへ行くのと同じ時期にシベリウスへ行き、一週間と思ったよりも短いけれどその分かなりきつい訓練を行うようだ。
レグリスはそれが楽しみなのか、早く休暇が来て欲しいと思っているようだ。
雑談はこれ位にしてそろそろ執務をしないとね。
集中して執務を行っていると時間はあっという間に過ぎて行った。
翌日は流石に試験前という事で皆にはお休みを言い渡した。
私も今日は朝から勉強をしたり息抜きをしたり、王宮で好きに過ごしている。
私の試験は皆から遅れる事二日後だから少し余裕がある為、急いで勉強する事も無い。
一応普段から勉強は少しでもしているので後は復習をするだけなのだけれどね。
「ステラ!」
お昼過ぎに王宮の庭園で読書をしていたら私を呼ぶ声が聞こえたので振り向けばこちらに向かってくるお兄様とフレッドの姿があった。
「姉上! 一緒にお話ししませんか?」
「フレッド、今日はお祖父様の所に行っていたのではなかったの?」
「もう終わりました!」
「今日は半日で終わったみたいだよ。昼食をお祖父様と共にしてこっちに戻って丁度私と会ったから一緒に来たんだ」
そう話している内にお茶の準備が整っていた。
「兄上はもうすぐ学園がお休みに入るのですよね?」
「そうだよ」
「けどまた僕を置いてセイデリアに行くんですよね? 姉上と⋯⋯」
フレッドは拗ねたように私達に頬を膨らませてそういった。
その顔がリスみたいでとても可愛くて微笑ましい。
笑うと余計に拗ねるから我慢するけれどね。
お兄様はフレッドの頬を突いている。
「兄上、僕で遊ばないでください!」
「ごめん、余りにも可愛かったから。フレッド、私達は遊びに行くわけじゃないんだよ」
「分かっています。けど、僕も早く兄上達と一緒に沢山学び、お手伝いしたいのです」
「フレッドがその為に勉強をとても頑張っているのは知っているよ。後は年齢が問題だからね。フレッドのお披露目が終わった後は沢山手伝ってもらうから、それまでは頑張ってお勉強をするんだよ」
「頑張るのは良いけれど、頑張り過ぎも良くないわ。沢山遊べるのも子供の特権なのだから、沢山息抜きは必要ですわ」
「そうだね。けど、それはステラには言われたくないと思うよ」
お兄様の言葉に私は言葉を詰まらせる。
心当たりが多すぎて何も言い返せない私を見てお兄様は笑っている。
フレッドは「姉上みたいに頑張ります!」と言っているけれど、お兄様は頑張り過ぎは体によくないと本気で止めていた。
多分、というか絶対私が原因だけれど。
「フレッド、お兄様の仰る通りよ。私も頑張り過ぎてお祖父様に本気で叱られたわ」
「姉上が叱られたのですか?」
「えぇ、そうよ。」
「私もよく叱られたよ。無茶をし過ぎて倒れた事もあった。流石にあの時の父上と母上は怖かったな」
お兄様も叱られていたのね。
フレッドはお父様達のそういった姿叱るという事が珍しいのかとても驚いていた。
それと疑問に思う事があったのよく分からないといった感じで質問をしてきた。
「兄上、姉上。何故頑張ったら叱られるのでしょう?」
「成長期に無理をし過ぎるのも良くないと言われたの。きちんと休むことも大事なのよ」
「ステラの言う通りだよ。それにどうせ成人したら休んでる暇もなく忙しくなるのは目に見えているからね。自由に出来るのは今の内だよ。だからと言って勉強や訓練を疎かにしていいという意味ではないからそこを間違えない様にね」
「はい、兄上!」
素直に頷くフレッドが可愛くて和む。
「僕何だか安心しました」
「安心?」
「だって、僕から見たら兄上と姉上は何でも出来て凄くて、僕はまだまだ何も出来ないからもっと頑張らなきゃって。けど、僕と一緒で兄上達も頑張って来たんだって知ることが出来て良かったです」
「最初から何でも出来るなんてあり得ないよ。安心して良い」
皆同じように悩んでるって知ると安心できる気持ちはよく分かるからフレッドが心に抱え込まず良かったわ。
安心してお腹が空いたのかお菓子をパクパクと食べ始めた。
またその姿に癒される。
「来月は兄上のお誕生日ですね」
「そういえば、そうだね」
「今年は姉上も一緒に兄上のお誕生日をお祝いできるので楽しみです!」
そっか、去年の今頃はまだシベリウスで魔物達と戦っていたわ。
まだあれから一年しか経っていないのに随分と前の事のように感じる。
「ステラ?」
「姉上、どうしたのですか?」
「あっ、ごめんなさい。一年前の事を少し思い出していたの」
私がそう言うと何についてなのかフレッドは分からないといった風にこてんと首を傾げた。
お兄様は何のことか分かっているのか、当時の事を思い出して苦い顔をしていた。
「ステラ、お願いだからもうあんな無茶な事はしないで」
「分かっておりますわ。あの時とは立場が違いますもの」
「分かっているならいい」
あの時はシベリウス家の令嬢としての判断だった。
後から物凄く心配をお掛けしていたと知って心苦しかったけれど、あの時はその判断で良かったのよ。
今は此方に戻って来たのであの時の様な判断は出来ない。
魔物よりも今は人間が相手で危険な目に合ったりはするけれど、これは不可抗力で私が進んで危険な目に遭いにいっているわけではないからね。
それは置いといて、来月のお兄様のお誕生日の贈り物は何にしようかしら。
贈り物を考えるのはとても楽しいのだけれどそれと同じ位悩んでしまう。
「私の顔に何かついてる?」
じっとお兄様を見ていると不思議に思ったお兄様に声を掛けられた。
考えていた事を言うわけにもいかないので、笑って誤魔化し話題を変える。
最近週末はずっと執務室へ行っていたのでこうしてゆっくり過ごすのは久しぶりだわ。
こうして兄弟で過ごせる時間があってとても嬉しい。
私も学園に復学すればこうしてゆっくりできる時間があるかどうか。
勉強に執務、そして公務もきっと今以上に入るでしょう。
先の事を考え過ぎるのもよくないので今はこの時間を大切に過ごそう。
週明けの風の曜日。
今私は宮廷の執務室で筆記試験を受けている。
目の前にはクランツ先生がいて私の試験を見ている状態だ。
私は黙々と回答を記入していく。
ひとつの科目が終われば休憩を挟むことも出来るが、私はそのまま続けて受けていく。
早く終わらせればそれだけ先生も早くに学園に戻れるからだ。
そうして朝から続けざまに受けていた試験はお昼過ぎに終らせることが出来た。
「筆記試験お疲れ様です」
「ありがとうございます。先生には明日でこちらまで来ていただくのも最後ですわね」
「はい。此処は何度きても全く慣れませんね」
先生はそう窮屈そうに話している先生も貴族なのだけれど、あまり貴族社会がお好きで無いみたい。
面倒臭いといった感じだ。
「では、また明日お伺いいたします」
「はい、よろしくお願いします」
そして言葉少なく早々に学園へ戻って行った。
私はずっと座りっぱなしだった体を伸ばす。
「お疲れさまでした。昼食のご用意が整っております」
「ありがとう」
アルネの言葉で一気にお腹が空いて来る。
昼食を頂いた後、少し休憩を挟んでから執務を行う。
学園の新規科目の件は順調に進んでおり、この分だと予定通り再来年度から取り入れる事が出来る。
そうそう、卒業パーティーで私に対して意見を言っていた教師に関しては、あれから時間が経ち、大分普段通りの精神状態を保てるようになったとか。
流石にまだ仕事復帰は容認できないけれど、治療が終われば彼と一度面会する事になっている。
問題の魔道具に関してはクルト夫人が夫に贈ったもので、夫人は進められて購入をしたと証言をした。
その進めた店員だが、そのような人物は店にはいないという。
最近は人を雇う事も無く既存の店員だけで運営しているというから、無差別に潜り込んで売りつけているのか、はたまた狙っての事か詳細までは突き止められなかったようだ。
闇の者が関与しているのは間違いがないので今後も周囲には注意する必要がある。
交流会の件で疑われているノルドヴァル公爵だが、ここ最近は大人しく彼に付く貴族達も大きな問題を起こす事無く過ごしているという。
これは私が王宮と宮廷の行き来のみでまだ外に出ていない為かもしれない。
まだ私の周囲は大人達が固めていて、必要最低限の人達としか交流もしていない。
執務の為に会うと言っても教育部かたまに宰相が訪ねてきたりする位だ。
宰相の場合は仕事ではなくて彼の息抜きの為に此処を訪れているというから彼の下で働く人たちは大変だと思う。
一度ダールグレン子爵が私の元を訪れて宰相を迎えてきたことがあった。
私の前だから二人共大人しそうに見えたけれど、エリオット卿に言わせたら宰相室でみっちりと小言を言われているはずです、と話していたので、二人の関係はお父様と側近達の関係と同じような感じなのでしょう。
私も自分の側近達ともっと砕けた関係になれればいいんだけど。
それはもう少し時間が必要なのかもしれない。
あ、だけどセイデリアに行けばもう少し皆と近づけるかもしれないわね。
楽しみだわ。
その前に明日の実技を突破して無事に主席のまま二学年に上がれるように頑張らないとね。
そして翌日、私は魔法師団の一角に来ていた。
先ず最初の実技は一学年で習った魔法の基礎を徹底的にみられる。
基礎が分かっていなければ二学年から学ぶ事に付いて行けないからだ。
それだけでなく危険なのは言うまでもない。
基礎はとても大事な事。
魔法の実技が終われば、執務室に戻り残りの試験を受け今日は昼食を挟んで試験が終了した。
後は週末に結果が分かるので、結果に関しては同クラスのレグリスかロベルトから知らされる事になっている。
学園には通っていないけれど、これで一学年も終わりかと思うとあっという間であってその間に色んな事が起こったなと振り返る。
一年の間に問題が起こり過ぎだと思うのよね。
シアの時は友人が沢山出来たと思った。
だけど、二学年からはエステルとして通う事になるから、シャーロット嬢は普段通りでしょうけれど、他の皆がどのように思っているか少し怖くもある。
怖い、というの少し違うけれど、こう感情が複雑なのよね。
それはきっとクラスの皆もそうだと思う。
私も緊張はするけれど、皆も同じよね。
早く学園生活に戻りたいわ。
学園も来週の水曜日で終了なのでそれから約一カ月半ほどの長期休暇となる。
その間、マティお従兄様とレグリスの二人は二週間を各領で過ごし、後半は此方に戻り私の側近として執務の補佐を行う。
その他の皆は休暇中殆ど私の側に残る選択をしている。
折角の休暇を自分達の時間も取るように伝えたのだけれど、きっぱりと要らないと言われてしまったのでそれ以上は何も言えない。
そして週末、何時ものように側近達が執務室に揃い、レグリスから私の成績を伝えられた。
無事に主席のまま二学年に上がれることに安心し、レグリスは次席、ロベルトも落とす事無く三位のまま。
マティお従兄様達も無事に成績を落とす事無く上がったので一安心。
そこまで心配はしていなかったけれど、やはり聞けば安心するわ。
学園の話は一旦終わりにして、今日は侯爵から今後の予定について話される。
私は事前に聞いていたので内容は知っているけれど、急ぎの件も無いので一緒に聞く。
「当初話していた通り学園が来週休暇に入る為、今日と明日で皆の教育も終わりとなる。今日明日は私から何かを言う事はないので各自自分で考えて行動するように。殿下を補佐しお護りする事も君達の自覚と責任が問われる。一人一人がその事を再度胸に刻み殿下が復学されればより一層周囲に気を配る事を忘れない様に。特に同クラスの二人が一番殿下の側近くにいる事が多い為、よく注意なさい」
「「「はい」」」
皆はエリオット卿の言葉を真剣な面持ちで聞いた。
今迄は宮廷でしか会わなかったけれど、復学すれば学園で顔を合わすことも主になり、こちらでは近衛が常に側にいるけれど、学園では側近の皆が私の表の護衛だからエリオット卿がその点を鋭く指摘する。
レグリスに至っては既に経験をしているので皆と表情が何処となく違って見える。
話が終わり執務に戻る。
前々からだけど、各自何も言われずとも補佐として熟してくれているのでエリオット卿も最終確認という感じで見ているだけだった。
そして今日が終わり翌日も問題なく夕方となり皆が一旦学園に戻る日、仕事が終わると皆がエリオット卿に対してお礼を伝えた。
彼は彼で生徒が無事に成長した事が嬉しかったようで、普段よりも穏やかでいて嬉しそうに微笑んでいた。
ティナにはそれが珍しく映ったのか一人驚いていたけれどね。
時間が立つのが早く、今日は学年最終日。
エリオット卿が私の補佐として付く最終日でもある。
今日は少し忙しく、気付くとあっという間に夕方だった。
「ステラ様、本日の業務は終わりですよ」
「もうそんな時間なのね」
「本日もお疲れ様でした」
いつも通りの言葉でいつも通りの柔らかい表情。
だけど、その中にも少し残念そうな感情が見える。
「エリオット卿。私がこちらに戻ってきてから今日まで、私と私の側近達の補佐をしていただきありがとう。とても助かりましたわ」
「とんでもございません。私も若者達の中で楽しめました。それにお小さい頃から見守ってきたステラ様がこうして立派にご成長し、短期間でしたがご一緒にお仕事が出来て光栄です。アルに自慢できますね」
どうして私の周囲の人達はこう、私の事で自慢したがるのか、未だに理解出来ない。
――⋯⋯まさかお父様にも自慢してるわけじゃないわよね?
「エリオット卿。まさかとは思いますが、伯父様だけでなくお父様にも自慢してるわけではないですよね?」
「陛下には纏めてステラ様の執務の様子をご報告しておりますが、敢えて自慢せずとも日々羨ましがっておりますよ」
一体どのような報告をしているのかしら。
その様子を見たいような見たくないような、知りたいような知りたくないような⋯⋯知らない方が良いかもしれない。
私がその様子を想像していると彼はふと真面目な表情に戻った。
「明日からはステラ様の側近達がステラ様を護り補佐を行います。今迄の様子を見ていれば問題はありませんが、何かありましたら遠慮なさらずに仰ってください。いつでもお力になります」
そう彼は付け加えた。
私が公に戻ったとはいえまだ未成年で公務を始めてまだ日が浅いのできっとお父様の指示ね。
だけどその言葉が私を少し安心させた。
「その時はお願いしますわ」
「お任せください。⋯⋯では失礼いたします」
侯爵はそう言って私の執務室を後にした。
「殿下、侯爵様が陛下の元へ戻られてお寂しくなりますね」
「寂しくなるというより、侯爵を頼りにしていたのだと改めて思ったわ」
侯爵がお父様の元へ戻ればお父様の負担が減り、侯爵も私の側に胃るよりも負担が減る事だし良い事なのだけれど、少し不安というか安心感が無くなったというか言葉に表すのが難しいけれど、そう思うという事は私が侯爵を頼っていたという事。
「私ももっと頑張らないといけないわ」
「殿下のご成長はこれからですよ。そして殿下の側近達もおります。微力ながら私もお手伝いさせて頂きます」
私の呟きを拾ったアルネが心強い言葉を掛けてくれた。
「アルネ、頼りにしているわ。これからもよろしくお願いするわ」
「お任せください」
これからは私達で考え行動していかなければならない。
少しだけ保護者の手から離れた事に少しの不安と責任感を強く抱くけれど、何も私一人ではないのでこれからは皆と一緒に成長していけたらと思う。
明日から皆と多くの時間を過ごしていくので、今は楽しみと期待が多くを占めている。
明日からまた新たな気持ちで前に進んで行こう、そう気持ちを新たにした。
ご覧頂きありがとうございます。
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よろしくお願い致します(ꈍνꈍ)