193 不審な手紙
「来週試験だというのに呼び出してすまないな」
私はお父様に呼ばれ執務室を訪れていた。
お父様の仰る通り来週試験があるけれど、勉強は空いた時間にでも出来るので私は大丈夫なのだけれど、お父様にしてみれば娘の勉強時間を奪ったと思っているみたいで申し訳なさそうな顔をしている。
「勉強の方はどうだ?」
「順調ですわ」
「そうか。それを聞いて安心した」
安心したという様な表情ではないし、それを聞く為に呼んだのではないのは分かるけれど、呼び出された理由が分からずお父様がお話されるまで取り敢えず待つ。
「ステラ、これを」
「お手紙ですか?」
「読んでみろ」
差出人や宛名が無く、どうしてこのような手紙が国王の元へ届いたのか不思議でならない。
国王宛ではなくとも普通届くはずもなく、だからこそこの手紙が普通でないのは安易に考えられる。
取り合えず促されたので私はその手紙に目を通した。
「ステラ、大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですけれど⋯⋯」
「けど、何だ?」
「律儀ですわね」
「⋯⋯ステラ、言う事はそれだけか?」
「え? えぇ、そうですわね」
私の言葉を聞いたお父様は溜息をついて項垂れてしまった。
それを見ていたロセアン卿は「流石陛下のご息女」と何故か感心していた。
「取り乱すようなことが無くて良いんたが、ちょっと期待外れだ」
「何を期待されていたのですか?」
「取り乱すことは無いにしろ、もう少し父を頼ってくれるかと思ったが淡々としてるのがな、王としてはそれでいいんだが、父としてはなぁ」
何だかちょっと残念そうなお父様。
それを呆れた表情で見る側近の皆さん。
感想としては怖いというより不可解。
そして浮かぶのは疑問だけ。
「では質問をしてもよろしいですか?」
「あぁ勿論だ」
「このお手紙は何時どのように届いたのでしょう?」
「今朝他の手紙類の中に混ざっていた。イリスが確認していないものだ」
それで侯爵が朝からお父様の元へ戻ったのね。
「兎に角これの真意は分からんが、一人で行動するなよ。普通でないのは明らかだ。警戒するに越したことはない。それは王宮でも同様だ。何処へ行くにしても必ず近衛を連れ歩くように」
「分かりましたわ」
「少しでも異変を感じたら直ぐに影を使いなさい。些細な事でもな。さっきも言ったように、これの真意がまだ分からん。調査中だが分かり次第ステラにも報告する」
話が終わったので私は執務室に戻ると、アルネの他にそこにはベリセリウス卿がいて自然に私の書類の整理を行っているという不思議な光景が広がっていた。
違和感がないのよね。
やっぱりベリセリウス卿が侯爵に似ているかるかしらね。
「お帰りなさいませ」
「ベリセリウス卿は何故此処に?」
「父の代わりにと陛下からの指示です」
「そうでしたのね」
「殿下は、あのお手紙を読まれたのですか?」
「陛下に見せて頂いたわ」
「そのわりにはとても落ち着いていらっしゃいますね」
「焦っても仕方がないのではなくて?」
今あのような手紙を送る意味が分からないのよね。
『王女は疫病神だ。死ね』
たったのこれだけ。
お父様には感想を言わなかったけれど、かなり稚拙で別にこれを読んで怖いと思わない。
それに今私を殺してどのような得があるのかしら。
闇の者ならば私を生け捕りにしたいはずだし、それだと国内の貴族の仕業かもしれない。
お父様達もそれは分かっているでしょうし、だから侯爵がお父様の元へ戻り調べているのでしょう。
次から次へと色んなことが起こるわね。
こんな事をして暇人なのかしら。
別に暇ということではないの分かっているが、こうね、自分の身に色んな事が起こるとちょっぴり現実逃避をしたくなるというか、誰だって平和に暮らしたいものよ。
現実逃避しようと時間は刻々と流れいつの間にか夕方になっていた。
「そろそろヴィンセント殿下がお戻りになられますね」
「そういえば、お兄様はもう知っていらっしゃるの?」
「迎えの馬車の中で報告が行われていますのでご存知でいらっしゃいますよ」
「まっすぐ此処にき⋯⋯」
私が言い終わらない内に”バンッ”と大きな音と共に扉が開いた。
「ステラ、ただいま!」
その行動とは裏腹にお兄様の声は何時も通りだった。
「おかえりなさいませ。お兄様、扉はそっと開けてください。驚きましたわ」
「ごめん、早く妹に会いたかったんだ。変わったことは無い?」
「ありませんわ。今日は侯爵が陛下の元に戻っていますので、ベリセリウス卿が代わりに側にいて頂いたので大丈夫です」
「そうか。ヴィル礼を言う」
「とんでもありません。お戻りになられたのならまずは陛下の元へ。呼ばれているはずですよ」
「分かっているよ。ステラ行ってくるから絶対ヴィルの側を離れるなよ」
「大丈夫です。行ってらっしゃいませ」
心配性ね。
といっても心配になりますよね。
反対の立場でも心配しますもの。
「殿下にも困りましたね。あの様に入ってきてはエステル殿下に何かあるのではと要らぬ憶測を生みかねません」
「行動と言動が合っていませんでしたけどね。それよりも、お兄様がお戻りになったのに側にいなくてよろしいのですか?」
「心配いりませんよ。エドフェルト卿がいますからね」
長年一緒にいるベリセリウス卿が言うのならば大丈夫だと思うけれど、まぁ影の皆もいるから大丈夫なのかな。
私がそう思っていたらベリセリウス卿が侯爵と似た笑みを浮かべていた。
「何を笑っているの?」
「いえ、ヴィーは頭脳戦が得意なのですよ」
「どういう事です?」
「彼は持久力はそれ程ありませんが、短期決戦なら強いですよ。ですのでヴィンス様の護衛も務まるのです。それを気にされていたのではありませんか?」
「そうなのだけれど⋯⋯」
やっぱり侯爵の子息だわ。
私が何も話していないのにそのそっくりな言動に笑いが込み上げる。
「どうされましたか?」
「いえ、侯爵にそっくりだと思って」
「あまり嬉しくはありませんね。私は父ほど鬼畜ではありませんよ」
「その言葉はティナと一緒だわ」
「私より妹の方が父に似ているでしょう」
「私から見たらどっちもどっちだと思うわ」
そう雑談をしているとお兄様が戻っていらっしゃった。
「迎えに来たよ」
「お兄様、執務室へ行かなくても宜しいのですか?」
「平気だよ。ヴィル悪いが明日もステラの側に」
「畏まりました」
という事はあの手紙の調査を最優先で動いているのね。
王宮に戻るといつもより警備の数が増えているのかと思ったけれど、いつも通りだった。
夕食時お父様はいらっしゃらなかったけれど、食べ終わりお茶を頂いている時にお父様が戻っていらっしゃった。
「お疲れのようですわね」
「いや、まだそれ程疲れはないが、考える事が多くてな」
「それで、ステラへの手紙の送り主は分かったのですか?」
「いや、まだ特定は出来ていないが見当はつけている」
「見当は付いていてもまだ断定できる段階ではないという事ですか」
「その通りだ。だからまだ誰とは言わない。ステラには一番不自由をさせるが、先程話した通りに暫く一人にならない様にな」
「はい、お父様」
「皆早く休むように」
「貴方もあまり無理はなさらないでくださいね」
お母様はそうお父様に声を掛けると、それを軽く笑顔で答えて宮廷に戻って行った。
私達はお母様におやすみの挨拶と十分に気を付けるよう注意を受け宮に戻って来た。
就寝の準備をして少し勉強をしようとするけれど、私は今日の事について振り返っていた。
一体何が目的であんな律儀な手紙を送って来たのかしら。
本当に不思議だわ。
だから怖いという感覚が無いのよね。
「アステール」
「お側に」
「あの手紙をどう思う?」
「そうですね、ただの悪戯にしては質が悪いです。ですが今姫様を狙う理由が分かりません」
「闇の者ならば態々このような手紙を送って来る事は無いでしょう? やはり国内の者かな」
「姫様、それはどうかと。確かに闇の者達ならば所構わず狙ってくるでしょうが、あの者達は何をしてくるか分かりません。油断はなさらない方がよろしいかと」
「それはそうね。皆は何か情報を持っているの?」
「今の我々は姫様の護衛が何よりも最優先です。何処の誰であろうと姫様をお護りする事に変わりはありません」
皆の第一優先は私の安全だから相手が誰でも同じ事よね。
怖くはないけれど、何だかすっきりとしない感じ。
一体誰なのかしら。
「姫様、お願いがございます」
「何かしら?」
「少しでも異変を感じたら直ぐにお知らせください」
私は彼のその言葉を聞いてきょとんとしてしまった。
「姫様?」
「あ⋯⋯うん、分かったわ」
「姫様」
「ごめんなさい、ちゃんと分かっているわ」
胡乱気な表情で見られてしまった。
本当にちゃんと分かっているのよ。
ただちょっとアステールの言葉に吃驚したというか何というか。
「何か仰りたい事がありましたらお話し下さい」
「大した話でもないのだけれど」
「気になるので教えてください」
アステールって影の中でもほんと遠慮がないわ。
付き合いの長さで言ったら一番お世話にはなっているのだけど、他の皆ももっと気安く接して欲しい。
特にルアノーヴァが中々慣れてくれないのよね。
「姫様、ご自分の世界に入らないで下さい」
呆れたように言われてしまったけれど、私は先程の質問に答えた。
そう大した答えでもないのだけれどね。
先程のアステールの言葉は皆がそう思っているかは分からないけれど、仕事に対して誇りがあるのは皆の仕事ぶりで分かる事。
それなのに私に少しでも異変があれば教えて欲しいっていう所が尊敬できる。
普通そんな簡単な事ではないと思うのよね。
中々自分の主に異変を知らせて欲しいって言わないと思うのよ。
言わないというか言えない、の方が正しいかな。
普通の主従関係なら叱られそうな言動だものね。
それを伝えると、今度はアステールが黙ってしまった。
「アステール?」
「姫様、我々は姫様の手足であり姫様の絶対的な盾であり剣です。姫様を確実にお護りする為に我々の変な自尊心等は必要ないのですよ。第一は姫様の身の安全です。姫様の予感は我々が察知するよりも早いですから。姫様頼りで申し訳なく思いますがそれでお護り出来るならばそれで良いのですよ」
表情を改めてそんな風に言われるのは恥ずかしい。
私の予感も全てが正しいということもないし、ただ漠然としていて、時には感じないこともあるから信用されすぎるのもどうかとは思うけれど、それを伝えればアステールもただ警戒する中で指標となるので何もなければそれに越したことはないからそこまで気にしなくてもいいと言う。
「それに、姫様には我々の事で心を痛めて欲しくありません」
「それは⋯⋯」
「姫様の事ですので我々は承知しております。ノヴルーノの件がありますから」
常に側にいるアステール達には私の事がよく分かっていて私の身の安全だけではなく私の心まで気を使ってくれる。
嬉しいけれど、何だか恥ずかしいというか申し訳ないというか。
「皆ありがとう」
「いえ。⋯⋯姫様、怖くはありませんか?」
「うん? んーそうね、皆がいるから怖くないわ。まぁ全くって事でもないけれど。今はどちらかと言うと不可解だとしか思わないかな」
「確かに」
「ただね、不満はいっぱいあるわ」
「不満と言うのは?」
「だって、今こんなことされたらまた何処にも行けなくなってしまうわよね? 折角もう少しでお外に出るのも解禁なのに! セイデリアに行くのも取り止めになるのは嫌よ」
私はつい不満をアステールにぶつけてしまった。
けど漸く制限もなく行動できるかと思ったのにそれもまた出来なくなってしまうと思ったら流石に不満のひとつも言いたくなるのは許してほしい。
お父様達にはこんな事言えないもの。
だから彼等に悪いと思いつつもつい甘えて愚痴を言ってしまう。
愚痴を言った後は申し訳無いという気持ちが襲ってくるのだけれど。
「いつも愚痴を言ってごめんね」
「いえ、それだけ姫様に信頼を頂いていると思えば嬉しい限りです」
「私の愚痴を聞いて嬉しいって、それ本当に言ってるの?」
「本心ですよ。お疑いなら私以外の者達にもお聞きして下さい」
そういうと、そこには最年長で最後に私の影になってくれたノルヴィニオいた。
あまり私の前には来ないのに珍しい、といっても人見知りのルアノーヴァ程ではないけどね。
「ノルヴィニオは私が不満とか言ってしまう事をどう思っているの?」
「微笑ましく思います」
――私の聞き間違い、かな?
「微笑ましい?」
「はい。不満を我々に零すことは気にされることはありませんよ。今からお話しする事は内密にお願いしたいのですが、陛下方も不満や愚痴を影に零されることもしばしばありますので。あの方々の不満に比べたら姫様の愚痴はとても可愛らしいものですよ」
お父様達も皆に愚痴を言うのね。
いつもは格好いいお父様しか見ないけれど、お父様達も愚痴を言いたい時もあるよね。
まぁ侯爵達側近の方々には遠慮なく言ってそうな気がするけど。
「それを聞いて安心したわ。ありがとう」
「いえ。お礼を言われるほどの事ではありません」
相変わらず影の皆は謙虚だわ。
私の意見を言っても聞き入れて貰えないのは今迄の事から分かってるからもう言わないけどね。
それはともかくとして、今回の件が早く片付いて欲しい。
どうにか調べられたらいいんだけどな。
少し引っかかる部分があるので気になるのよね。
何かいい方法ないかしら。
暫く考えてもこれといって何も浮かんでこない。
何時までも考えたいても仕方ないし、時間も勿体無いので一旦考えるのを止めて勉強を再開した。
ご覧頂きありがとうございます。
いいね、ブクマ、評価をありがとうございます!
とても嬉しいです♪
次回は20日に更新しますので、次話も楽しんでいただければと思います。
よろしくお願い致します。





