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ノックもそこそこで入ってきたのは一人の教師のようだった。
「失礼します。此方に侯爵様がいらっしゃるということは王女殿下もいらっしゃいますよね」
「いらっしゃいますが、王女殿下に何かご用かな?」
「来年から始まる新学科についてお話がしたいのですが⋯⋯」
「その件については王女殿下ではなく学園長であるカルネウス卿へお願いします」
行き成り入ってきて何かと思えば⋯⋯。
この人は本当に教師なのだろうか。
新教科の件はまだ学生に伝えるべきでは無い事。
だと言うのにこの学生のいる場で発言するなど有り得ない。
「クルト先生、王女殿下は卒業生を祝う為にいらっしゃっているのです。全く関係のない話については侯爵様の仰る通りに、後日改めて学園長に話をするべきだ」
「ハセリウス先生は何故私を止めるのですか? この件は王女殿下がご発案なさったとお伺いしています。ならば現場の意見は王女殿下にするべきでは? 折角宮廷から出て来られたのだし、この様な機会を活用すべきでしょう」
「殿下に対し不躾ですよ。そもそもその件について学生のいる場で話すべきでは無い。何故そのような考えに至ったのか⋯⋯」
「何故って! あぁ失礼しました」
急に声を荒げた教師ははっとして直ぐに謝罪したけれど、侯爵の笑顔は深くなっていく。
ハセリウス先生が途中で止めようとしたがそれも聞かず、自分の意見を話そうとする彼に対し、隣で聞いているヴィンスお兄様の深い笑顔に目が笑っていない表情が見えているはずなのにその教師は全く意に介していないようだ。
ハセリウス先生が名を呼んだので知ったけれど、私は初めて会うというのに名を名乗りもせず、どの教科を担当しているのかも知らない。
私が顔を出さないから名乗らないのかもしれないけれど、無礼な態度を取っているのはあちらなので私はもう暫く侯爵の後ろで様子を見る為に、動こうとしたティナ達にもそのままでいる様に目線で留める。
「クルト卿、王女殿下はこの件の発案者であり責任者でもありますが、独断で事を行っているわけではないのですよ。国の教育部を始め各学園長と幾度と会議を行い決まった事。クルト卿は王立学園の教師でその教師陣の管理責任者はカルネウス学園長であって殿下ではありません。故に殿下に直接意見を述べる事は勿論の事、貴方の今の態度は不敬に値します。先程ハセリウス卿が話したようにこの場でお話しするべき内容ではありません。まだ公表されていない内容を学生がいる場で話しすべき事ではない」
彼方が先に話をしてくると思っていたら、まさかの侯爵がバッサリと先に切ってしまうとは思わず、その珍しい事に少し呆気に取られてしまった。
ティナを見れば彼女は理由が分かっているのか直ぐに侯爵が静かに怒っているのだと声を出さずに教えてくれた。
口調や声音も何時も通りだったので怒っている事に驚き、お兄様に目をやれば、お兄様は⋯⋯侯爵と同じ気持ちみたいでやっぱり静かに怒っている。
早く終わらせて方が良さそうね。
侯爵が話したようにこの場で話すことではないのだから。
「侯爵、そこまでです」
私はすっと侯爵の後ろから出て彼の前に姿を現す。
彼は何故かビクッと肩を揺らし私を凝視している。
またそのような態度にお兄様は私の横から冷ややかな目で見ている。
それでも口を挟まじずにいてるれるのでちゃんと私に任せてくれるようで嬉しく思う。
「私にお話しがあるということですが、侯爵の言う通り、この場に相応しくない内容ですわ。祝の場に水を差してまで私に直接お話があるのでしたら、明日朝一に宮廷へいらっしゃってくださればお話しをお聞きしましょう。ですがその前に、私は貴方を存じ上げませんので、そろそろお名前を教えてくださいますか?」
「し、失礼しました。ヨーセフ・クルトと申します。」
私がそう彼に話すとはっとしてそこで初めて自分の態度が悪かったのを思い出したようで、慌てて私に頭を下げて名を名乗った。
彼は現クルト男爵の弟で受け持つのは教育学で選択学科の為、一学年の私は会ったことがなくても不思議ではなかった。
取り敢えず名が分かったので、再度明日宮廷似来るように伝えてこの場より退出して貰った。
「王立学園の教師があんなんだとは情けないね」
「全くですわね」
お兄様の言葉に私も同意見だ。
折角復学する前に生徒会の皆さんと交流できる機会を作って貰ったというのに水を差されてしまい、残念でならない。
「皆さん、この場を騒がせてしまいごめんなさいね」
「王女殿下が謝罪される事ではありません。申し訳ございません。同じ教師としてお恥ずかしい限りです。庇うわけではないのですが、普段はあのような態度をとる様な者ではないのです」
私が悪いわけではないのは分かっているけれど、私が行った施策での苦情なのでこの場にいる皆さんに一言騒がせてしまった謝罪をしたのだけれど、ハセリウス先生は同じ教師として情けないとそしてこのような事になってしまった事への謝罪、そして普段の様子と違う事を口にした。
『お願いがあるのだけど、あの教師を見張って欲しいの』
『何か気になることが?』
『何か、とまでは分からないのだけど少し気になるのよ。ただの勘なんだけど⋯⋯』
『畏まりました。何かあればますぐにご報告します』
『お願いね』
特に何時ものような嫌な感じはそこまでしなかったのだけれど、ハセリウス先生の言葉が気になってノルヴィニオにお願いをした。
何もなければそれでいい。
それよりも、今の件で雰囲気が台無しだわ。
「皆さんには、クルト卿が発言した内容を胸の内に留め置いて下さい」
私は彼等に口止めを行った。
本来は彼等が知るのはもっと先の話だ。
「お兄様、私はそろそろ陛下の元へ戻ります」
「分かった。ステラ、此処で会えて嬉しかったよ。帰りも気を付けて」
「お兄様もお帰りはお気を付けくださいね」
お兄様に挨拶をした後、私は生徒会の皆さんへ向き直る。
「皆さん、お祝いの場ですのにお騒がせしてごめんなさい。残りの時間を楽しんで下さいね」
「王女殿下がお謝りになる事などありません。殿下、本日はこの場に来て下さり感謝致します。また宮廷でお会い出来たらと思います」
エドフェルト卿が挨拶をし、それに倣って皆さんが頭を下げる中私は侯爵を伴って部屋を後にした。
ハセリウス先生は生徒達の所へ残り、私は侯爵と共にお父様がいる部屋へと向かう。
「折角皆さんとお話が出来ると思いましたのに⋯⋯」
私は思わず呟いてしまった。
「殿下が悪いわけではありませんよ。全てはあの者の責任です」
侯爵はきっぱりとそう言い放った。
今回は、そうでしょうね。
けど、交流会の出来事に加え階段から突き落とされ、お茶会にしても私を狙ってきているので、私が悪いわけではないのだけれど、それでも周囲に迷惑をかけている事に関しては⋯⋯やはり心が痛むわ。
「あちらはヴィンセント殿下がいらっしゃいますのでそれ程気になさる必要はありませんよ」
「そこは心配していないわ」
私が黙ったのであちらの心配をしていると思ったのか侯爵はそう声を掛けてきたが、お兄様がいらっしゃるのでそういう心配はしていない。
「私って面倒事を引き寄せてしまうのかしら」
そうぽつりと思わず溢してしまった。
溜息は流石にぐっと我慢したけれど。
「殿下がそう思い悩む必要はありません。そういえば昔陛下も同じ様に悩んでらっしゃいました。ヴィンセント殿下も同様ですよ。どちらかといえば、王家が故でしょうね」
本当にただの呟き程度だったのにまさか侯爵に聞こえていただなんて。
それにしてもその言い方だと、王族は皆面倒事を引き寄せるみたいな感じよね。
全く嬉しくないわ。
「地獄耳ね。それにそんな面倒事など引き寄せたくないわ」
私がそう返しながらちらと後ろを振り向けば、何時になく気を使うような、そんな表情をしていた。
心配されているのかしら。
疑問に思いつつも応接間に戻るとお父様とカルネウス卿は驚いていた。
それは驚くでしょうね、出てそれ程時間も経っていないのに戻って来たのだから。
「何があった?」
「一人の教師が部屋に入って来たと思いましたら、来年から実施する新教科の件で何か言いたい事があるみたいでしたわ。少し場の雰囲気が壊れてしまったので早々に戻って来たのです」
私が告げると学園長は頭を下げた。
「この学園の教師が大変申し訳ありません。殿下に対し、誰がそのような不作法を働いたのか教えてい頂いても宜しいでしょうか?」
「ヨーセフ・クルト卿ですわ」
「クルト卿が? まさか⋯⋯」
「あいつか」
実際の年齢は分からないけれど、お父様達も知っている様子で、ハセリウス先生同様に不思議そうにしていた。
「普段はどういった方なのですか?」
「とても真面目な教師の一人です。何事に対しても手を抜く事なく取り組みます。普段の彼からは考えられません」
「新学科の件ではどういう反応でしたか?」
「初めは難色を示していましたが、理由を説明すれば彼も納得し、どうすした良いか等、降り寧ろ率先して意見を述べていましたよ」
真面目が故かしら。
「それで、どうしたんだ?」
「あの場でお話を聞くわけにはいきませんので、明日宮廷へ来るように伝えてあります」
「では彼は午前中をお休みとします」
元々明日午前中は会場の後片付けをするので半休でも問題はないとの事だった。
私の話が終わり、少し今後の対応を話し合った後、私達は帰途に着く。
馬車に乗り王宮へ走り始めると早速先程の件について話が始まった。
「で、何があったんだ?」
「先程お話した通り以上の事は何もありませんわ」
「ふむ、エリオットはどう感じた?」
「クルト卿の雰囲気が変わっていた事に驚きました。と言ってももう何年も会っていないので変わっていても不思議ではありませんが、それにしてもこう余裕が無いというか、追い込まれているような、そのように感じましたね」
仕事面では負担が掛かる教師陣には何かしら配慮するように伝えているのだけれど、それでも負担が大きかったのかしら。
カルネウス卿がそういった気配りが出来無いような方ではないと思うのだけど。
「そういえば、クルト卿はエリオットと同じ歳でエリオットと違って勤勉で絵に描いたような真面目で柔軟性に欠ける人柄でしたね」
「何故私を引き合いに出すのですか?」
「殿下にご説明するのにはそれが分かりやすいかと思ってね。如何です?」
「侯爵の学生時代を知り得ませんので、引き合いに出さなくても分かりますわ」
貶しているのか褒めているのか微妙な説明よね。
お父様は上手い説明だなと褒めているけれど、引き合いに出された侯爵は微妙な顔をしていた。
こう言ってはいけないのだけれど、やっぱり見ていて面白いわ。
「話を戻すぞ。ステラは何か感じなかったのか? アルから報告を受けているが、いつも何かしら直感が働いているだろう?」
「そうですわね。嫌な予感までは感じませんでした。ただ、明日は宮廷に来ないと思います」
「それも勘か?」
「何となく、というくらいです。ただ、気になる事はあります」
「気になる事とは何だ?」
「気のせいかもしれないのですけど、あの魔石を持っているかもしれません。ですが、そこまでこう、嫌な気配もしませんでしたのでただの気のせいかもしれませんけど」
少しだけ気になったので彼等にクルト卿を見ておいて欲しいと頼んだのだ。
何もなければそれでいいし、何かあればそれはそれで対処しなければならない。
先ずは明日の行動次第ね。
「それにしても今年の学生は大人しかったが教師が問題を起こすとはな。想定外だ」
「確かに。ですが毎年何か起こる事は更新されましたね」
「⋯⋯楽しんでないか?」
「楽しんでますよ」
「お前は悪趣味だな」
「お褒め頂き恐縮です」
「全くこれっぽっちも褒めてないがな」
「陛下、悪趣味という言葉も彼には褒め言葉なのだとそろそろ覚えてください」
お父様と宰相の掛け合いに侯爵はバッサリと言い放つ。
私は思わずクスクスと笑うと大人三人はきょとんとして私に視線を向ける。
「どうしましたか?」
「いや、ステラが楽しそうで何よりだ」
「お父様達も楽しそうですわ」
「どこを見て楽しんでるように見えるんだか⋯⋯」
「この場にアル伯父様やセイデリア辺境伯がいればもっと面白そうですわね」
私がその状態を想像して笑っていると、お父様はうんざりと、宰相は楽しそうに、侯爵はいつものすまし顔で其々の反応を見せた。
そうこうしていると馬車は王宮の門を潜り敷地内に入っていた。
久しぶりの外出は少し問題も起きたけれど、こうして帰ってくると一日が概ね無事に終わって良かったと安堵した。
翌日、執務室へ行くと既に侯爵が昨日届いた書類の仕分けを終わらせていた。
クルト卿が来るであろう時間になるまで侯爵とどうするのかと対応を聞かれたので私の考えを伝えた。
これは昨夜お父様にも聞かれた事だったのだけれど、昨夜の事は確かに内容も態度も問題だけど、学園で起きた事なのでカルネウス卿にお任せしようと思っている。
それは今日此処に来ればの話で、来なければ少し話は違ってくる。
私の勘は昨日から変わらず似彼は来ないと思っている。
本当に此処に来ることが無ければ、対応は変えなければならない。
来なかった内容にもよるけれどね。
侯爵と話をする事暫く、始業の時間となり、本来だったらこの時間に来訪するはず。
だけど半時間が過ぎても来ることは無かった。
「ステラ様の仰った通り来ませんでしたね」
「そうですわね。お昼迄まだ時間はありますからもう少し様子を見ましょう」
私は黙々と書類に目を通していく。
そうして更に一時間半が経った頃、セリニから報告が来た。
「エリオット卿」
「如何されましたか?」
「彼が此方に向かっているそうです」
「おや? 時間は大幅に過ぎているというのに来る気になったのですか?」
「理由は知らないわ」
エリオット卿は先日の事もあり、時間を大幅に過ぎたというのに図々しくも私の元に向かっているという事実によく来る事が出来るなと不愉快と言いたげな表情をしていた。
それだけではないような気もするけれど、セリニからは半時間でこちらに着くという事なので、彼から直接話を聞けばいい。
そして報告があった丁度半時間後に彼は執務室に現れた。
ご覧頂きありがとうございます。
ブクマ、いいね、評価を頂きとても嬉しいです。
ありがとうございます。
次回は二月四日に更新予定ですので、次話も楽しんでいだけたら幸いです。
宜しくお願い致します。





