185 秘密の企み
二度目の会議当日。
今日は前回の顔触れにブルーノ医師も加わっている。
この間話し合った内容でエリ嬢が作成した資料を基に今日の会議が進められる。
これらはブルーノ医師の意見を聞きながら作成した内容なので学園側も分かりやすく納得しやすいと思う。
すんなりと決まった事は一年後に新学科として情操教育を行っていく事、学園に大聖堂にあるような“語り部屋”を設置する事が決まった。
此処からが本題で、新学科として取り入れるのは良いとして、その教育を誰が行うかが焦点となった。
「教育に関してはやはり専門家に行ってもらった方がいいのではないだろうか」
「確かに、素人がいくら学んだところで付け焼刃だと余計に学生達、まして教師陣に負担が掛かるのではないか?」
「クルーム学園長、ヴェサール学園長の言も最もだ。だが、学生達の普段を見ていない為、それだと本当に教育を施すのみとなるだろう。それに、もう一つ問題があるとすれば、専門家に教育を任せるならばまたそれだけ人員と人件費がかかり過ぎるのも問題になろうな」
各学園長の話している事はどれもその通りで一番の問題だ。
勿論専門家に任せる方が安心ではあるが、普段学生達と接している教師達の方が彼等の事がよく分かっている為授業中の何気ない行動や表情で気付ける部分もあるだろうとも思う。
そして人件費問題も然り、専門家を入れるならばそれだけ人手も必要で、これはまだまだ不足なのが現状の為、学園の授業の為にそこまでは割けないのは予めブルーノ医師に確認しているのでやはり先生方に負担が掛かるだろうけれどそのまま先生方に行っていただくのが総合的に良いと思う。
それらを専門家であるブルーノ医師から説明されると各学園長もその点には納得したようだが、やはり先生方の負担を考えると難しい所だろう。
その負担の為に担当する先生の給料を上げる事は勿論だけど、それだけで納得するかというとそうではない人もいるでしょう。
学生達の情緒的な問題は中々に繊細な問題で先生方自身も疲れる事だろうと。
学園に設置する“語り部屋”には人数を三名置き生徒だけではなく先生方にも使って頂けるようにするのはどうかとエリ嬢からの意見が上がった。
私の中では生徒だけでなく先生方も利用する事は考えに合ったのだけれど、皆さんは生徒限定だと考えていたようだった。
疲れるのは何も生徒だけではない。
先生方も日々仕事と生徒達の指導で疲れているはずだから全然利用する事は何ら問題はない。
寧ろ先生達が率先して利用する事で生徒達の間でも意識が変わればいいと思うし、何よりもそう言った事に対して差別が無くなって欲しい。
私がそう考えているとアルスカー専門学園のクルーム学園長がこの件は一度学園の先生方とも協議したいと。
前向きに進めてはいきたいが、実際に研修を受け、教育を行うのは学園の先生方だから彼等とも話し合いたいとの事だった。
それは他の二学園も同意見だった為に、アルセン長官は一度学園で会議を行い、それらを纏めて次の会議迄に纏めるようにと言い、次回は三週間後に開く事とした。
ただし、事は深刻なのでこの件は必ず進める為に、各学園には前向きに行っていけるように努力する事を各学園長に申し渡し、今日の会議は終了となった。
会議が終わり執務室へと戻って来た私は休憩を挟む。
会議中にずっと考えていたけれど、いい案が浮かばないのよね。
「ステラ様、先程から如何されましたか?」
「先生方の負担をいかに減らせるかを考えてはいるのだけれど、あまりいい案が浮かばないの」
「そのような事を考えていらっしゃったのですか?」
「そのような事って⋯⋯発案者は私だもの、きちんと考えないといけないわ」
「ステラ様が何もそこまでお考えになる必要はないかと。一番殿下の負担が大きいのですよ」
「そうかしら。そこまで負担には思ってはいないわ。学園長達の仰っている事は最もだもの」
難しいわね。
学生達を普段見ているからこそ担任である先生方にお願いしたいけれど、負担はそれだけ大きくなる。
負担を減らすにはどうすればいいか⋯⋯。
「あっ、エリオット卿何をするのですか?」
考えながら書類とにらめっこをしていると侯爵にその書類を取り上げられてしまった。
「休憩にいたしましょう」
「まだ大丈夫よ?」
「休憩、ですよ」
「でも⋯⋯」
「殿下、休憩です」
「⋯⋯そうね、今考えても良い案が出そうにないわ」
「少し庭園に行かれては如何です? 気分転換にもなりましょう」
侯爵の提案で私は宮廷の庭園へ行く事にして、近衛を連れて行くとそこには先客がいた。
何か大事なお話をされているなら邪魔をしない方がいいと思い踵を返せば私に気付いて声を掛けられた。
「ステラ、こちらへ来なさい」
「お話しをされていたのではないのですか?」
「終わったから大丈夫だ。気にせず来なさい」
「はい」
そこにいてたのはお父様と向かい側には宰相であるエドフェルト公爵がいらっしゃった。
お話が終わったなら良かったけれど、此処で王族専用の庭園での話し合いなんて何か込み入った話をしていたのではないのでしょうか。
「お邪魔をして申し訳ありません」
「王女殿下におかれましては新年の挨拶以来になりますね」
「新年以来じゃないだろう。私が気付いてないとでも思っているのか?」
「まさか。陛下には知られていると思っていましたよ。ベリセリウス侯爵が殿下の側にいらっしゃいますからね」
「ステラ、こやつに煩わされていないか?」
「いえ、公爵のお話はとても興味深く、勉強になるので楽しいですわ」
「流石は殿下。殿下とはお話が合うと思っておりました。またお時間の空いた時にお話をしたく思います」
公爵がそう言うとお父様が「何度も会うな!」とけん制をしているのをみて苦笑した。
こうして見ているとお父様の周囲の方々、特に国政に関わる方々とはとても良好な関係なので見ていて安心するというか国としてはとても良い事なので平和だと感じる。
「ステラ、疲れてないか?」
「特に疲れているようには感じませんわ」
「そうか? 無理をしているんじゃないか?」
「無理をしているつもりはありません」
「それならいいが⋯⋯」
私、疲れた顔してるのかしら。
お父様と言葉を交わしている間にすっとお茶とお菓子が準備されたので、私はそっとクッキーをいただく。
「殿下が今頭を悩ましている事といえば学園の事ですね。先程まで会議をされていたのではなかったでしょうか?」
「よくご存じですわね」
「殿下がなさろうとしている事にとても関心があります」
「ステラがやろうとしている事は難しくもあるが、必要な事だ。最近の若者達の行動は目に余るからな」
「確かに。段々と教育の質が落ちているように感じますね。嘆かわしい事です」
お父様達もそう思っていらっしゃるという事はやはり宮廷で働く年若い人達、だけではないけれど、目に付くという事よね。
やはり学生の内に教育をしていかなければ働きだすとまた仕事場内で問題があればそれこそ負の連鎖に繋がりかねないもの。
「殿下には申し訳なく思います」
「公爵にそう思われる様な事は何もないと思いますど?」
「いえ、学園を休学されているというのに今主に取り組んでいらっしゃることが学園の、それも学生達の情操教育についてというのが大人として申し訳なく思うのです」
何処かで聞いた言葉よね。
それはベリセリウス侯爵もそう私に言ったのだ。
「公爵が申し訳なく思う必要はありませんわ。学園を休学しているのに何もしなければそれこそ私は貴族達の格好の餌食となりますでしょう。そしてお父様達の足を引っ張るだけの存在になってしまいますわ」
私はそう嫌そうに公爵へ伝えた。
何もしなかったらそれこそ王家への批判や付け入る隙を与えるだけだもの。
私のせいでそのような事にはなって欲しくない。
「全く、殿下の気分転換にと庭園へ誘ったというのに何故そのようなお話しをしていらっしゃるのでしょうね? 雑談をするならもう少し違う話題を出して頂きたいです」
普通にお話をしていただけなのに、何故か不穏な様子のベリセリウス侯爵が此方へと来たと思えば、お父様とエドフェルト公爵に対して笑顔で声音も何時も通りなのに何故か薄ら寒くなるような雰囲気でそう話す侯爵に対しお二人はあまり動じず笑顔で躱しているのを見ると、やはりこの宮廷で色んな人達を相手取っている猛者なのだと実感する。
「エリオット、ステラが引いてるぞ」
「引いてはいませんが⋯⋯」
侯爵がハッとして恐る恐るこちらを窺い見たけれど特に何も思っていないから気にしないで欲しいと微笑むとホッとしたようでいつもの表情に戻った。
まぁ少し、背筋が冷っとしたけれどね。
それよりも、今此処にこの三人が居ることに対して思うことはある。
何か私に話があるのだろうと。
私がそう思ってお父様に視線を向けると、何か企んでいるであろう笑顔で話しかけてきた。
「ステラに提案があるんだが聞いてくれるか?」
「はい。お聞きしますわ」
「実はな⋯⋯」
お父様の話を聞くと公務の話で、その内容は他の者達には内緒にしておくこと、ヴィンスお兄様や私の側近達にも内密にとの事だった。
お兄様に内緒にするのは少し気が引けるけれど、お父様は「その方が面白いだろう?」と楽しそうにしているのを見ると、確かに楽しそうだと私もお兄様を驚かしたいというちょっとした気持ちが湧いてきてしまい、結局お父様の提案に乗った。
「⋯⋯ではそれでいいな?」
「はい。お父様の提案をお受けしますわ」
「ではそのように殿下のご予定も組みましょう」
「お願いしますね」
「当日が楽しみだな」
お兄様が知ったらどう思うかしら。
驚いて下さるかな。
楽しみになって来たわ。
「そうだ、その時の衣装はステラに任せる」
「分かりましたわ」
私とお父様の衣装を合わせるのだけれど、それに関しても「ヴィンスに自慢できるな」と仰っている。
お父様ってばお兄様にそんな自慢しなくてもいいのに。
きっと私のお誕生日に出られなくて拗ねていらっしゃるのだわ。
お母様から聞いた話、「ヴィンスがお父様に自慢していたのよ」っておっしゃっていたから。
これは終わってからまたお父様とお兄様の間で何もないと良いのだけれど。
そう思っていると学園から帰宅したお兄様が此方にいらっしゃった。
「お待たせしました」
「いや、丁度良かった。お帰り」
「只今戻りました」
「お兄様、おかえりなさいませ」
お兄様が落ち着いたところでエドフェルト公爵が話し始めた。
今迄の私的な話ではなく真面目なお話みたいね。
「皆様が揃ったところで片付けなければならない問題がございます」
「カシミール、その話は後でいい」
「ですが王女殿下に関わる事でもあります。以前からの事ではありますがこうして直接お話が出来るのですからご本人のご意見もお聞きしたいのです」
「私の事で何か?」
私に関わる事って一体何かしら。
何の事なのか分からず首を傾げるが公爵はそのまま話し続けた。
「はい。殿下が公に戻り一カ月が経ちましたが、既に我が国と繋がりを持とうと王女殿下に対し親しくしたいと各国から手紙が届いております」
「⋯⋯私此方に戻って間もありませんし、まだ他国の方とお会いした事がありませんのに手紙が届くのですか? 何よりも私の噂って良いものはありませんでしょうに何故かしら」
「真相はどうであれ静養していた王女が戻られた、という事はグランフェルトと縁続きになりたいと思う者達にとっては早い内から印象付けたいのですよ」
「迷惑な話だ」
「殿下にもどの国から来ているかをご承知願いたいのと、殿下は将来どうされたいのか先にお伺いしておきたいのです」
私は宰相から渡された手紙に目を通す。
友好国からもあればそうでない所からも来ている。
そして問題のラヴィラ公国からも然り。
流石にシャノワールやゼフィール、そしてヴァレニウスからは来ていない。
「殿下、我が国は殿下に政略結婚をして頂く程困窮しておりませんので深くお考え頂かなくても大丈夫ですよ。ですが今回届いている各国は遠慮いただきたいところです。その中でも特にラヴィラは何を考えているのかが分からないので、彼の国は除外していただきたく」
「宰相、私は国内は疎か他国の方々と交流をしておりませんので、そう釘を刺ささなくても大丈夫よ。それに、ラヴィラの、何を考えているか分からない人達と関わるつもりはないわ」
「殿下は既にラヴィラの者から煩わされておりましたね。余計な事を申しました」
ラヴィラ、と一括りにするつもりはないけれど、あそことは関わらない方がいい。
けど宰相がそう話してくるという事は私の事は知らないのね。
ベリセリウス侯爵はどうなのかしら。
「ステラの将来はゆっくり考えればいい。急ぐ必要はない。ステラが幸せになるなら国内外問わないが、まぁ国内の方が父親としては嬉しんだがな」
「確かに、ステラにはずっとこの国にいて一緒に仕事をしたいよね」
お父様はここでさり気無くちくりと一言。
そしてそれに乗るお兄様。
父親としての想いだから特に変に思うことなく宰相と侯爵も頷いている。
「それで、それらの返事はどのようにされるのですか?」
「そんなもの全て却下だ」
そうでしょうね。
私としても会った事も無い方々とは遠慮したい。
そでが通るのはこの国がそれなりに力を持っているからに他ならない。
弱小国ならそのような我儘は通らないでしょうけれど。
「この件はそのように。では次にここ最近王都中に不審な者が多く目撃されているのはご存じでしょうか?」
「知らないな」
「私も初耳ですわ」
「旅人を装った者もいれば商人に扮している者もいます。共通しているのは王女殿下に関して調べているようですね。今王都中の関心と言えば殿下の事ですから。王妃殿下と共に神殿で慈善活動もしていらっしゃいましたので、余計に話題の中心なのですよ。他国の者が殿下にとても関心を寄せているのでしょう。ただ王都中で噂を集めているだけならまだしも⋯⋯両殿下、特に王女殿下は身辺にお気を付けください」
「分かったわ。だけど、私は殆ど王宮と宮廷でしか行動しないわ。流石にその不審者と会う事は無いと思うけれど」
「殿下の仰ることは最もですが、密偵をこの宮廷内に紛れ込ませてくる場合もございます。決してお一人で行動されませんように」
「気を付けるわ」
やはり各国から密偵やら諜報員が紛れ込んできているのね。
仕方ない事とはいえお父様達のお仕事を増やしてしまっているのは気が引けるわ。
「では次に⋯⋯」
宰相はこの後も共有しておくべき内容を話していく。
侯爵には気分転換にとこの庭園に誘われたけれど、これが目的だったのだと今更ながら納得する。
確かに考えに行き詰まっていたのでこれはこれで気分転換になるけれどね。
最初に教えておいてほしかったわ。
話が終わるとお父様は執務室へと戻っていき、お兄様もお忙しいのか早々に戻ってしまい今この場にいるのは私と侯爵だけとなった。
「確認なのだけれど、私の事情は国内外共に同じなのよね?」
「お披露目の際にあの様に説明しておりますので国外にも同じように伝わっております」
「ラヴィラは⋯⋯一体どうなっているのかしら。闇の者はラヴィラの人間を利用しただけ? 私達に害をなしておいてあのような手紙を送って来るなんて警戒させるだけで何の益にもならないでしょうに。何を考えているか全く分からないわ」
「そうですね。彼の公国、中枢が闇の者と繋がっているのか、又は一部の者がそうなのか。まだ確実な事は分かっておりません。ヴァレニウス、ゼフィール両国も探っているようですが、中々尻尾を掴ませないようです。ステラ様が今するべき事はご自身の安全を第一に、現在手掛けている学園の事ですよ。ラヴィラの事は捨て置けば良いのです」
「それもそうね」
侯爵の言う通りね。
気にはなるけれど、私が考えたってどうにか出来る事でもないし、今しなければならないのは一年後の発足に向けての準備を万全にすることだから。
気持ちを切り替えて頑張らないとね。
「そろそろ戻りましょう」
「ステラ様の本日の執務はもう終わりですので、戻るのは執務室ではなくて王宮にですよ」
「⋯⋯分かったわ」
そのまま執務室へ戻り先程の続きを考えようと思ったのに却下をされてしまった。
考えが見透かされていてくすくすと笑われる。
辺りはすっかりと暗く灯がともっていた。
こうしてみると庭園がこうして光に照らされているととても幻想的だ。
その幻想的な様子を生み出しているのは精霊達がふわふわと楽しそうにしている事が一番の要因でしょうね。
これって精霊が見えない人達にはどのように映し出されているんだろうか。
ちょっとした疑問を思いながら私は庭園を後にした。
ご覧いただきありがとうございます。
ブクマ、評価、いいねに誤字報告をありがとうございます。
次回は二十四日に更新致しますので、次話も楽しみにしていただけたら嬉しいです。
よろしくお願い致します。





