183 勇気ある前進
フリュデン嬢の話を聞き終わり、私は頭が痛くなった。
何故ならば、思い込みの激しい令嬢が多い事に対し、やはり自分を自制できない者達が多い事への驚きと、我儘で自分勝手な行動を起こす者も多い事へ本当に教育を受けてきたのかと言いたくなるような内容だったからだ。
そしてその元凶足る人物はノルドヴァル嬢だ。
まぁ分かってはいたけれど、ただ彼女を取り巻く者達はノルドヴァル家に属する令嬢達なので二学年は外からは分からないけれど、内部では荒れに荒れているのだとか。
「王女殿下、これを⋯⋯」
そういって私に差し出してきたのは私を突き落す元凶となったメモだった。
「よく残しておきましたわね」
「何となく捨てる事が出来なかったのです」
「これは私が預かってもいいかしら?」
「勿論です」
そこに書かれていたのはシベリウス辺境伯令嬢を傷者にするようにとの指示書だった。
ただ、傷物というだけでやり方は記載されていない。
「アリシアを傷者にと書いてあるけれど、どのように傷つけるかといった指示は無かったのね。何故階段から突き落としたのかしら?」
「それは⋯⋯私にも何故そうしたのかは分かりません。ただアリシア様は魔法がお得意だったし、私の魔法なんて通用しません。傷をつける様にとの指示だったので私に出来る事と言えば多分階段から落とすのが一番早いと思ったからなのだと思います」
追い込まれている状況なら、それが一番手っ取り早いのかもしれないわね。
「質問をいいかしら?」
「はい、何でもお聞きになってください」
「イーサク・二ルソンとはどのような関係なのかしら?」
「私が困っていると話を聞いてくれて、始めの内は警戒していたのですが、段々と彼に話す事で少し落ち着いたり一人じゃないって思えて、だけど⋯⋯彼が誰とでも何でも話しているのを偶然見てしまて⋯⋯私と話した事も誰にも言わないでってお願いしていたのに」
「内密にとお願いした事まで全て話していた、という事ね?」
「はい。それからは何もかもが信じられなくて、人が怖くなって、そしてそのメモを彼から渡されて、その時に彼がこう言ったんです。自分を守る為には何でもやった方がいいよって」
――それってメモの内容を知っていた、という事かしら。
中身を知らなかったとしても、いくら自分を守る為だからといって何でもやっていい事にはならない。
余計に自分の首を絞めるだけよ。
侯爵とアンデル伯爵もその言葉を聞いて頭を押さえている。
「それで貴女は私を突き落したのね」
「はい。申し訳ありませんでした」
「そう何度も謝罪をする必要はないわ。後もうひとつ教えて欲しい事があるの。アンデル伯爵からも説明を受けているでしょうけれど、彼から粉を貰ったのは何時頃の事?」
「それは、まだ彼を信じて話をしている時に、飲めば落ち着くからといって渡されました」
「何月くらいかしら?」
「二学年に上がって二月位経った頃でしたので、八月だったかと思います」
「それからはずっとそれを貰っていたの?」
「そう、ですね。二週間に一度、そう多くない量でしたけど、頂いていました。十一月の半ばくらいまで、ですが」
「その頃に彼が貴女との話を色んな人に話をしているところを見た時期、という事ね?」
「はい、仰る通りです」
時系列で大体分かって来たわね。
アンデル伯爵もここまでの事は聞けていなかったのか、記録を付けている。
彼女も話していくうちに顔つきが最初の怯えた様な表情からは一変していた。
今迄言えなかった事をこうして面と向かて話す事で抑え込んでいた感情が一気に溢れ出たって感じね。
「そういえば、貴女に会う為、イーサクが此方に来ていましたね」
私がそう聞けばビクッと身体を震わせた。
「彼は貴女に何を話に来たのかしら?」
「辺境伯令嬢が王女殿下だと知って、自分があのような発言をしたものだから彼は彼自身も罰を受けると思い、言い訳がましい事を話していました。その、伯爵様も一緒に聞いていました」
「令嬢の言う通り、私も同席しております。話の内容としてはご報告に挙げた通りです」
「他に何かなかったかしら? 本当にそれだけで此処に来たのかしら」
「それに関して殿下にもう一枚お渡しするものがあります!」
彼女は「少し失礼します」と言って席を一度立ち、何かを持って戻って来ると私に差し出した。
受け取って中を確認すると、そこには脅迫文が書かれていた。
一番気になるのは粉の事、自分が令嬢に渡したことは決して話すなと。
――イーサクはその粉が何か分かっていて彼女に渡していた証拠なりうるわね。
決定的なものではないにしていも、知らなければこのような手紙は送らない。
「これは私が預かりますね」
「はい」
そのまま手紙を預かり、その他に話しておくべき事が無いかを令嬢に確認をする。
彼女は包み隠さずに色んな事を話してくれた。
話を聞き終えた頃には既に日が傾きつつあった。
「殿下、そろそろお時間です」
「もうそのような時間なのですね。フリュデン嬢、今日は沢山の事を話して下さってありがとう。とても勇気のいる事だったと思うけれど、貴女のお陰で多くの事が知れたので助かりましたわ」
私が彼女にお礼を伝え、今日はゆっくり休むように、この後も先ずは自身を労わる様伝え部屋を後にしようと扉へ向かう。
「王女殿下」
そう呼び止められて、振り向くと彼女は床に膝を付いていた。
「フリュデン嬢?」
「お呼び止めてしまい申し訳ございません。今日は此処まで来て下さりありがとうございました。そして殿下を階段から突き落としてしまい、大変申し訳ございませんでした」
彼女は心からの謝罪を口にした。
それは彼女の行動と口調からよく伝わってきたので私は何だか少しほっとした。
「フリュデン嬢。貴女の心からの謝罪を受け取ります。先ずはゆっくり休んで下さいね。今度は笑顔で会えることを願っています」
私は彼女にそう伝えると、彼女もやっと安堵したのかそっと涙を流していた。
部屋を後にしてお母様が待つお部屋に行くと、他の皆様は帰られた後のようで、そこにはお母様と大神官様だけだった。
慈善活動を途中で抜けてしまったので皆さんにもきちんと挨拶をしたかったのだけれど、思ったよりも遅くなってしまったみたい。
「お母様、お待たせしてしまい申し訳ありません。大神官様も本日はありがとうございました」
「いいのよ。貴女の顔を見る限り、とても有意義に過ごせた様ね?」
「はい。お母様のお陰ですわ。ありがとうございます」
「あら、私は何もしていないわ。手配したのは神殿よ」
「殿下のお役に立てたようでようございました。慈善活動に関しましては民達の殿下の評判も上々ですよ。午後から殿下がお出ましにならなかったので皆残念がっていたと報告を受けております。次回も是非ご参加頂けたら皆喜ぶ事でしょう」
私の事情とは言え慈善活動を途中で抜けたというのに大神官様は特に不快に思う事も無いようでお優しい表情でそう仰った。
私の行動を優しく見守ってくれるようなそのように包み込まれる様な感じがする。
「私でお役に立つならば次も参加したく思います」
「殿下方がいらっしゃるだけで皆活気づくというものですよ」
そうではないと思うけれど、少しでも元気づけられるなら嬉しく思う。
皆が笑顔で帰って行くのを見るとこちらまで嬉しくなるので逆に私も力を貰っている。
少し大神官様のお話を伺った後、私はお母様と共に王宮へ帰途に着いた。
帰りの馬車の中ではこの三日間の出来事、私の振る舞いや対応についてお母様から良かった所や直した方が良い所などを教えて頂いた。
翌日私は一日お休みなので朝から王宮内を散策していた。
散策と言っても庭園を歩いてガラス張りの東屋に向かっている。
王宮内の奥にあるそこが一番落ち着ける場所だと少し前に見つけたのだ。
冬だけれどその中はとても暖かく、こじんまりとした空間だけれどとってもきれいに手入れがされていて、お父様もたまに此処でゆっくり考え事や時にはゆっくりと一人で過ごす事があるのだとか。
確かに一人でゆっくり過ごすのには快適な場所だと思う。
流石に一人での行動はさせて貰えないので二人の近衛と今日はエメリが付き添ってくれている。
中へ入りソファに座るとエメリはお茶の準備をしてその場を後にする。
たまにはゆっくりと一人で過ごしたいから二時間後に来てもらうように伝えて彼女は戻って行った。
私は持参した本を読み始める。
ここ最近ゆっくりと読書の時間も取れなかったので久しぶりの事だ。
そうして読書に没頭しどれくらい時間が経った頃だろうか、いつもなら気付かないのだけれど、ふと何かに気付いて顔を上げるとそこには久しぶりにエストレヤが向かい側に座ってじっと私を見つめていた。
何時もながらに神出鬼没でちょっと怖いわ。
「⋯⋯何時からいたの?」
「結構最初からいたよ。何時気付くかなぁって思って声かけなかったんだ。だけど中々気付いてくれないから寂しくなっちゃってエステルが気付くようにちょっと存在感を主張してみたんだけど、気付いてもらえてよかったよ」
「久しぶりね。私が王宮に戻ってから中々来ないから忙しいのかと思っていたわ」
「僕達が忙しいなんてないよ! エステルが忙しそうだったからこっちに慣れるまで会いに来るの控えてたんだよ。けどずっと見守っていたからね。ヴァレンとレインも心配していたよ」
「お二人が?」
ヴァン様とは少し頻度は抑えてるとはいえお手紙のやり取りはしているから私が元気なのはご存じのはずなんだけど。
レイ様は、ベアトリス様からお聞きしていないのかしら。
「こっちには慣れた? 色んな事があったでしょ? 疲れてない? 元気?」
「元気よ。エストレヤも元気そうで安心したわ。アウローラ様もお元気かしら?」
「とってもね」
「今日はどうして私の元へ来たの?」
「理由が無いと会いに来たらダメ?」
「そんな事ないわ。昼間に来るなんて珍しいと思ったの」
「確かに! いつも夜だったからね。けど最近エステルってば寝るの早いでしょ? 邪魔するのは嫌だし」
精霊って悪戯好きだったりもするのにエストレヤってば所々で真面目よね。
王宮に戻ってからの方が監視の目ってわけではないけれど、モニカ達の圧が強いのよね。
だから何となく早く寝てしまうっていうか、それが身に付いてしまったというか。
その分朝はすっきりと目が覚めるので、朝からアステール達にお願いをして剣術を教えて貰っているのだけれど。
「だけどこっちに戻ってからエステルってば一段ときれいになったよね。それに一気に大人になったって感じ」
「それは言い過ぎじゃない? 王宮に戻ったっていっても大人になるわけじゃないわ。まぁシベリウスにいる頃よりもずっとお手入れには気を配ってはいるけれど」
「ヴァレンと会ったらきっとびっくりするね!」
そこでヴァン様の名を出さないで欲しいわ!
恥ずかしい。
そんな私を見てエストレヤはくすくすと笑っている。
「エストレヤってやっぱり意地悪だわ」
「なんで? エステルにはとっても優しいでしょう?」
「普段はね。けど時々意地悪よ」
「ヴァレンの事で?」
「そう!」
私がめいいっぱいそういと今度は声を上げて笑った。
エストレヤがそう声を上げて笑っているのにも関わらず、今頃だけど近衛達は気付いていないのかしら。
「心配しなくてもいいよ。外にいる彼らはエステルが僕と話しているって事に気付いているから」
「そうなの?」
「そうだよ。そう教えられているからだよ」
「私よりも詳しいのね」
「まぁエステルよりうんと長く存在しているからね、僕達は」
それを言われてしまっては反論は出来ないわ。
「今日は私に会う為に来ただけ?」
「うん、久し振りに話がしたかったからね。ヴァレンに自慢しようっと!」
「しなくていいわ!」
「えーなんで?」
「何でって⋯⋯」
ヴァン様に甘えない様にって頑張っているのにエストレヤとは楽しく話していたなんて言われてしまってはヴァン様に申し訳ないっていうか、嫌な気持ちになってしまうでしょうし。
私が嫌がっているのが分かったからか「エステルの嫌がる事はしないよ」と頭を撫でられた。
そしてそのまま何処かに行ってしまった。
相変わらずの神出鬼没で自由なエストレヤに思わず笑いが零れる。
読書はあまりできなかったけれど、エストレヤと久しぶりに話をしてなんだからすっきりした感じだ。
「エステル殿下」
「エメリ、もう二時間経ったの?」
「はい。気分転換は出来ましたでしょうか?」
「えぇ、美味しいお茶をありがとう」
「勿体ないお言葉でございます。そろそろ昼食のお時間ですので戻りましょう」
昼食後はお母様と共に次のお茶会の打ち合わせを行う。
次回は昨日行った慈善活動に参加した方々でのみ行うので大掛かりなものではなく、今後に活かす為私が主導で行う事になりお母様はそのお手伝いをしてくれるのだ。
招待状はお母様が用意して下さるけれどね。
まだ私は年齢が低いので王女といっても主催は出来ない。
大体話を詰め終わったので、お母様とゆっくりお話をすることにした。
「午前中は読書をしていたのね」
「はい。ですが、読書の時間よりもエストレヤ、精霊と話をしていましたわ」
「あらあら。それではゆっくり過ごせなかったのではなくて?」
「そのような事はありませんわ。確かに読書の時間は減ってしまいましたけど、楽しくお話していました」
「貴女がゆっくり出来たのならそれでいいわ。此方に戻ってきてから忙しくしているので少し心配だったのよ」
それ程忙しくはしていないと思うのだけれど、お母様はそう思っていない様だった。
心配そうにしているけれど、それは私の体調を心配しているのであって仕事の心配ではないのが伝わってくる。
夜はゆっくりと寝ているので疲れが溜まる事も無いし、なにより仕事中は側に監視の目が常にあるのだから無理をしていると分かったら直ぐに止められる。
それはお母様も分かっているようだからそれ以上の事は何も言わない。
「ステラ、休みたい時は遠慮せずにそう言いなさい。約束ですよ?」
「はい、お母様。お約束致しますわ」
「それで、精霊とはどんなお話をしていたのかしら?」
「大したお話はしておりませんわ。私の様子を見に来ただけのようです」
「精霊にとても好かれているのね。そういえば、ステラはあの殿下とお手紙を送り合っているのよね? いつもどんなやり取りをしているのかしら? 娘と恋のお話をしてみたいとずっと思っていたのよ! ステラは彼をどう想っているの? どこに惹かれたのかしら?」
お母様がキラキラした目を私に向けてヴァン様との事を聞いてきたのを見ると伯母様を思い出す。
恋愛話はいくつになってもとても楽しい話題のようで、お母様も話を聞きたくて仕方がないといった様子。
伯母様やお祖母様に話す時も恥ずかしかったけれど、お母様にお話するのはもっと恥ずかしくてこの場から逃げ出したくなる。
「お母様」
「なぁに?」
「⋯⋯そのお話はまた今度にしませんか?」
「あら、お義姉様やお義母様にはお話しをするのにお母様には教えてくれないのかしら? とても寂しいわ」
「だって⋯⋯恥ずかしいのです」
私が素直にそう言えばそれこそ微笑ましい目で見られてしまい、いたたまれないがそんな事で許してくれないのはお母様の表情を見れば分かる。
逃げ出したいけど逃げ出せない。
私は恥ずかしいながらもぽつぽつと話しをしたら、お母様は楽しそうにしながらも私の話に耳を傾け、私が話し終わるまで口を挟まなかった。
と言ってもそれ程多くも語れないので直ぐに話し合えたのだけれどね。
「今は、日常の当たり障りのない事のやり取り位ですわ」
「それは何故かしら?」
「私が王宮に戻っている事は周辺諸国にも知れ渡っているのは分かってはいますが、殿下は事情をご存じとはいえ話しをするのはまた別ですもの。お披露目を済ませたとはいえ未だ他国の方とお会いした事もありませんし、そう何でも話すわけではありませんわ」
私がそう伝えるとお母様は褒める様な笑顔で頷いた。
「ステラは恋の魔法に負けず偉いわね。中には人を好きになり過ぎて一線を越える人もいるわ。貴女は大丈夫そうね。尤もまだ自分の気持ちを自覚して間もないからそこまでいかないのかしらね」
そう揶揄うように言われ私は恥ずかしさでいっぱいになってしまった。
――お母様の意地悪!
そういう所は伯母様やお祖母様にそっくりで似た者同士だと思う。
だけどお母様はヴァン様との事を楽しそうに質問しつつ何かを探るような、お母様からはそのように感じられた。
――何かあるのかしら。
「お母様、何かあったのですか?」
「急にどうしたの?」
「いえ、お母様の様子が少し、何か不快に思われているのではと思ったのです」
「ステラは、人を良く見るのね。まさか貴女に言われるとは思わなかったわ」
お母様は隠す事も無くそう肯定した。
不快だけど隠すような事でもない、といった内容なのか、もしかしたらそちらが本題なのかじっと私を見詰めてきた。
「貴女に縁談が沢山来ているのよ」
「縁談ですか? 私が公に戻ったからですね」
「そうよ。全てお断りしているけれど。その中には長年しつこい彼の国の公子もいるのよ」
お母様が話しているのはラヴィラ公国の事だ。
本当にしつこい。
ずっとお断りしているはずなのにね。
しつこい男は嫌われるわよ。
「そのしつこさときたら! 早く貴女に婚約者が出来れば落ち着くのでしょうけれど。陛下はまだ貴女とヴァレニウスの王太子殿下との仲を認めていないもの。後二年、我慢しなくてはならないかと思うとうんざりしてしまうわ」
二年後と言えばお兄様が成人する年齢ね。
お兄様が王太子として選ばれるには決定でしょうから、公表してから私の婚約も決めるという事ね。
だから後二年。
厳密にいえば二年も無いのだけれど。
お母様の様子を見る限りではそれまでにもまだまだ波乱がありそうだわ。
婚約云々に関しては私の意見を聞いて下さるだろうし、ヴァン様との事もあるのでお母様達には申し訳ないけれど、これに関してはもう少し我慢していただきましょう。
私にはどうすることも出来ないので、お母様のお話を聞きつつ心の中で応援した。
ご覧頂きありがとうございます。
ブクマ、評価、いいねをありがとうございます。
とても嬉しく励みになります。
次回は一周空いて二十六日に更新致しますので、お待たせして申し訳ありませんが次話もよろしくお願い致します。