181 久々の家族団欒
会議から数日後、何故かブルーノ医師とアンデル伯爵が一緒に私を訪ね執務室へと来ていた。
今日は会う約束をしていないのだけれど、私も彼等と話をしなければと思っていたので急な事だったけれど中へお招きした。
「急な訪問にも関わらず許可を下さり感謝致します」
「いえ、私もお話したい事がありましたの」
「殿下がお元気そうで何よりです。その後お背中の具合はいかがですかな?」
「問題はありませんわ」
「それはようございました。ですが少しお顔色が白いですな」
「これは、仕方ありませんわ」
「健康で何よりですが、無理はいけませんぞ。殿下は少々貧血の気がありますからな」
「気を付けますわ」
侯爵にも朝から指摘されたけれど、やはり医師の目は誤魔化せない。
無理はしていないし病気ではないのだけれど、やはり顔色が悪ければ心配されてしまうようだ。
「それで、医師のお話とはどういった事でしょう?」
私が来訪の理由を聴くとブルーノ医師ではなく、アンデル伯爵が話し始めた。
「小耳に挟んだのですが、殿下はとても熱心に子供達の心の問題に取り組んでおられるようなので、我々もお力添えをしたく伺った次第です」
「まぁ。伯爵の耳に入るほど噂が流れているのですか?」
「噂、という程の事でもないのですが、スティーグから話を聞いて我々のお手伝いも必要かと思いましてな」
彼等が今日此処に来たのは学園で行おうとしている事への協力の申し入れだった。
この件に関して次の会議で詳細をもう少し詰めてから相談しようと思っていたのだけれど、少し申し訳なく思う。
本来ならば此方から話を持っていかなければならないというのに。
「ありがとうございます。まだ詳細は何も決まってはいないのですが、医師方の協力は心強く、嬉しく思いますわ」
「実は、私も歳ですからこの春で王宮筆頭医師という地位を返上しようと思っていましてな。既に陛下にもお伝えしているのですよ。その後余生を楽しもうと思っていたのですが、子供達と触れ合うのも一興かと思いまして。是非殿下の施策に参加させて頂こうかと思った次第なのじゃが、如何ですかな?」
「それは、こちらとしましてはとても心強く是非お願いしたいですわ。ですが、本当によろしいのですか?」
「王女殿下の頼みなら喜んでお引き受けいたしましょう」
ブルーノ医師はとてもやる気で、楽しそうにしていた。
という事は、彼の後はアンデル伯が引き継ぐ、という事よね?
「ブルーノ医師がお辞めになるのでしたら、その後はアンデル伯爵が引き継がれるのかしら?」
「左様です。いつでも引退出来る様に少しずつ引継ぎはしていましたので、特に大変な事はありませぬよ。これから殿下方に何かありましたらスティーグが診ますので、ご安心下され。腕は保証します」
「そうですのね。ではこれからアンデル医師と呼ばせて頂きますわ」
「王女殿下からそのように呼ばれますと、身が引き締まる思いですね。誠心誠意皆様方の体調管理をさせて頂きますので、こちらこそよろしくお願い致します」
彼が此方の医師としていらっしゃるなら、あちらはどうするのかしら。
私が疑問に思っている事が分かったのか、アンデル医師は答えて下さった。
毒素はもう残ってはいないらしく、今は神殿の慈善活動にも参加しているとの事だった。
これはルイス達からも聞いていたので知ってはいたのだけれど、その時よりも精力的にお手伝いをしているようで、大分笑顔も取り戻し、家族や医師以外の人と言葉を交わすことも多くなりかなり回復しているとの事。
ただ、学園の話になるとまだまだ表情が曇るので、まだまだ様子見が必要だという。
そして肝心のこれからだけど、アンデル医師の後を引継ぐ為、すでに対面している医師がいて、女性で今は彼女とも打ち解けているので問題はないとの判断だった。
今日の来訪の目的はそれもあったようだ。
ブルーノ医師と少し話し合った結果、次回の会議は一緒に参加してもらう事で了承を得たので、次はもっと深堀した話し合いが出来るかと思う。
やはり専門家がいらっしゃると円滑に進める事が出来るので、その件を教育部へ連絡をし、会議日程が決まれば医師にもお伝えするよう指示を出した。
週末になり、ルイス達が登城してから毎週行っている今週合った内容を把握して貰う為に纏めてある書類に目を通す。
今日ベリセリウス侯爵は陛下の所へ戻っているので私達だけの為に皆いつもの緊張はなく、落ち着いていた。
私は何時もの様にルイスから手紙を受け取り読むと、そこにはいつもの報告に加えて手紙の中に別の手紙が同封されていた。
その手紙はフリュデン男爵令嬢からのものだった。
ダールグレン子爵令嬢からは彼女の手紙を同封する事への謝罪が一言添えられていた。
手紙を読むと今の心境が綴られていた。
以前の様に生きている事が楽しいという事、色んな人と会話できることが嬉しく、両親との会話も弾むようになったと。
だけど学園の話となると、そこにいる生徒達が怖い、全員が怖いというわけではないけれど、そこに渦巻く色んな思いに対して恐怖心を抱くのだと。
今の状況で復学したとしても勉強に身が入らず、きっと人の顔色を見て生活をすることになるとも。
それだと勉強をしている意味もなく、今の状況では学園を辞めようかと思っていると認められていて彼女の苦しい胸の内が伝わってくる。
中々に重症だわ。
だけど、休学中の課題はきちんと行っているようで、勉強をしたくない、というわけではないのよね。
ただ、学生達が怖いというだけで。
手紙を読み終えて、私はどのように返事を返そうか悩む。
それを決めてしまうのは時期尚早で、折角頑張って学園にはいったのだからもう少し頑張ってみてもいいのではないかと、ただ、それは本人の意志次第で私が強要出来る事ではない。
「ステラ様、眉間に皺が寄っていますよ」
「ディオ、顔が近いわ」
「可愛いお顔が台無しです。何をお考えになられているのですか?」
「簡単に言えば対人恐怖症について、かしら」
「対人恐怖症、ですか?」
「そうよ。その件で皆の意見を聞きたいわ」
私は皆に人と人との対話で相手からどのように感じるか、または、目上の人、上級生又は相手方の家が格上であれば相手から受ける印象はどのようなものかを質問した。
ルイスはやはり平民という事もあってか、貴族が多く通う学園では引け目を感じてしまう事も多くあるようで、ただそんな自分に負けたくないという想いもあり、悟られない様に強気の姿勢と相手を思いやる気持ちを持って臨んでいると。
他の皆は貴族という事、そして皆強気な顔触れなので、あまり参考にはならなかったが、色んな意見を聞け新たな発見がありとても面白い。
ティナとマティお従兄様も喧嘩を売られたら買ってしまう性格だし、ディオも似たようなもので、レグリスに至ってはまだそういった事が無いので、もしそう言った事があれば同じく買うかもしれないとの事。
ロベルトは喧嘩を買う様な事はしないが、それなりにじわじわと言い返すかもしれないと。
皆血の気が多いというかなんというか⋯⋯。
頼もしいには変わりないのだけれどね。
だから思った事をそう皆に伝えた。
「あまり参考にはならないわ。分かった事といえば皆がとても頼もしいという事ね」
「お褒めに預かり恐縮です」
「だけど、私が学園に復学したら周囲には私の側近に誰が選ばれているか周知されるわ。そうなれば何かしら接触を図ろうとする者達もいるでしょう」
「そうですね。まぁそうなったとしても問題ありませんよ」
「マティお従兄様達は問題ないかも知れませんが、ルイスが心配よ」
「ご心配には及びませんわ。私もステラ様の側近としての矜持があります。不届き者に負けるつもりはありません」
ルイスはそう心強い言葉と表情で放った。
あの時と比べものにならない位強くなったわ。
私は嬉しくて微笑むと「その笑顔は反則です」とルイスは何故かそっぽを向いたけれど、その横顔は照れているようだった。
話は逸れたけれど、頭の中が少し整理されたので、私は令嬢宛に手紙を認めダールグレン嬢に渡すようにティナに手渡した。
翌日は執務もお休みで、珍しくお父様もお休みのようで家族でお茶会をすることになった。
こうしてゆっくりと揃って過ごすのは久しぶりな事でフレッドも気分が高揚していつも以上にはしゃいでいた。
かく言う私も久しぶりの事なので内心は嬉しくて舞い上がっている状態だ。
「こうして皆でゆっくりと過ごせてとても嬉しいですわ」
「そうね。ステラも忙しそうにしているもの。疲れが溜まっていたりしないかしら?」
「それ程忙しくはありませんわ。適度に休んでいますもの」
「それならいいのだけれど」
「ステラがよく頑張っているのは聞いている。エリオットも感心していたぞ」
「一体何をお聞きになりましたの?」
侯爵は一体どのような事をお父様に伝えているのかとても気になった。
「そんなに不安そうな顔をしなくても、真剣に学園の事に関して取り組んでいると聞いている。その内容に関してもな。難しい問題ではあるが、深刻となる前に対策を講じる事は良い事だ。それにブルーノ医師も加わるのだろう?」
「はい。医師にも手伝って頂く事になり、とても心強いですわ」
「まぁ、ではやはりブルーノ医師は一線を退くのね?」
「この春でな。これから我々の診察はアンデル伯爵が行う事になる」
「寂しくなりますわね。彼にはとてもお世話になりましたもの」
「前からずっと言われていたのを無理言って引き延ばしにしていたからな。まぁ此処を辞めてもステラに力を貸すようだが」
お父様はそう呆れたように仰った。
ブルーノ医師はじっとしているようなお人ではないらしい。
「ヴィンス、学園の様子はどうだ?」
「特に気にするような事はありませんね。落ち着いていますよ。今はどちらかというと卒業パーティーに向けての話題が多いです」
「そうか、もうそんな時期か」
「まだ少し先ではあるのですけどね。特に女性陣が騒いでいますよ。まだ相手が決まっていない男性からの誘いを待っている状態ですね」
「卒業生達のダンスがあるからな。お前の所の二人は相手がいるのか?」
「いえ、二人共いませんよ。どうするのか聞いたらヴィルは妹にアルヴィンは従妹を誘ったと話していましたね」
「揃いも揃って相手がいないのか」
エドフェルト卿に関しては何とも言えないけれど、ベリセリウス卿もお相手がいらっしゃらないなんて驚きだわ。
ティナから兄妹の事をあまり聞かないけれど、仲は良いのね。
「卒業パーティーでは下級生の出席はないのですよね?」
「そうだよ。卒業生の婚約者やパートナーに選ばれたら別だけどね。生徒会は円滑に進めるために手伝いをすることになっているんだ」
「そうですのね」
今回は休学中の為に私はお手伝い出来ない。
学生として、生徒会の一員として会長やクラエスさんを見送ることができなくて残念だわ。
短い間だったけれどお世話になったのに。
「卒業パーティーにはお父様がご来賓としてご出席されるのでしょう?」
「あぁ、将来を担う若者達を見にな。人間観察は中々面白いぞ」
お父様は本当に面白いのか楽しそうにしているが、決してそれだけではないはず。
それが分かっているからお母様もそれに対して何も仰らないし、お兄様も頷いていらっしゃる。
フレッドは何が面白いのか分からず首を傾げているけれど。
「フレッドも勉強を頑張っているようだな」
「そうなのよ。物覚えが良くて先生方も褒めていたわ」
「フレッドは剣より魔法が得意のようだと聞いたが⋯⋯」
「武器は、苦手です。魔法の方がとっても楽しいです! お祖父様も褒めてくださいましたが、剣の扱いも慣れておいた方がいいと言われてしまいました」
「出来ないよりは出来た方がいいからな。頑張りなさい」
「はい!」
とても素直に返事をするフレッドはとっても可愛いいけれど、お父様に激励されたのが嬉しいのか、その表情はまだ幼いながらも頼もしかった。
「ステラ、頑張るのは良いが、無理はしない様にな」
「何の事です?」
「本当にバレていないと思っているのか?」
「いえ、思ってはいませんが、やっぱりご存じでいらっしゃいましたのね」
「ステラは頑張り屋さんだからな。程々にしなさい」
「はい」
やっぱり早朝からアステール達に剣の訓練を受けている事がバレていた。
隠しているわけでもなかったし、お父様には知られていると思っていたけれど、やっぱりねといった感じだ。
お父様が言うように無理をしないよう、休みの日は訓練も休んでいるし、きちんと体調を考慮して行っている。
何より体調が悪いときは流石に彼等から止められてしまうから無理をしようがないのだけれど、お母様は心配そうな表情をしている。
「ステラ、何事にも頑張るのは良い事だわ。訓練を行う事を止めるつもりはないけれど、大きな怪我だけはしないでね」
「はい、お母様。十分に気を付けますわ」
回復魔法があるとはいえ、気を付けるに越したことはない。
これにはお父様だけでなく、お兄様とフレッドも頷いている。
「再来週、リュスは慈善活動の為に神殿へ行くのだったな」
「えぇ、そうですわ」
「ステラ、お前も行っておいで」
「私も、ですか?」
「嫌か?」
「嫌ではありませんけれど、本当によろしいのですか? まだ王宮や宮廷から出る事は出来ないと思っていましたのに」
「構わない。だが、必ずベリセリウス侯爵の側を離れるなよ。決して一人で行動する事の無いように」
「ありがとうございます!」
「ステラ、慈善活動が目的だぞ?」
「勿論承知しておりますわ」
お父様ははっきりとは仰らないけれど、その裏の目的を許可して下さったのだ。
だけどこんなあっさりと許可を下さるとは思わなかった。
もしかしたらお父様の抱えていらっしゃることが一段落したのかもしれない。
神殿に行けるのならばアンデル伯に連絡をとって詳細を侯爵を交えて決めないといけないわね。
ただ、きちんとお母様と共に慈善事業を行う事は必須だからその合間を縫ってにはなるのでお母様ともお話をしないといけない。
「ステラにとっては初めての事だし、後でゆっくりお話ししましょうね」
「はい、お母様。よろしくお願い致しますわ」
思いがけず外に出る機会を得たので、それも行先は大神殿。
外に出られる事への嬉しさもあるが、時間を有効に使い彼女との面会も果たしたい。
お父様が下さった機会を無駄には出来ないわ。
「ふふっ、ステラもすっかり頼もしくなったわね」
「あぁ。だが、少し寂しいな」
「確かにそうね。子供達が成長していく事はとても嬉しく誇らしいのだけれど、その分私達を頼ってくれなくなることが寂しく感じるわ」
「そうだな。フレッドはもう少しゆっくり成長してもいいぞ」
「嫌です! 僕もやはく兄上や姉上みたいに父上達のお役に立ちたいです!」
そうめいいっぱい話すフレッドはとても可愛い。
そう思うのは私だけでなかったみたいで、お父様を始めお母様、お兄様もフレッドを見てほっこりしている様はやはり家族だなと改めて思う。
フレッドからしてみたらそんな私達が不満なようだけど、可愛いものは可愛いのだから仕方ないのよ。
フレッドは子リスみたいにぷくっと膨れてぷいっとそっぽを向くのだけれど、可愛さしかなく、お父様は笑いを隠す事無く声を上げて笑い、お母様はくすくすと笑いながらもフレッドを宥めるのに声を掛けている。
こうして笑い合っている時間が平和でとても幸せな事。
また明日から頑張ろうと思えるし、頑張れる。
膨れていたフレッドが落ち着いたところでお茶会がお開きとなった。
ご覧頂きありがとうございます。
ブクマ、評価、いいねをありがとうございます!
とても嬉しいです。
次回は十一月五日に更新致しますので、楽しんでいただけたら幸いです。
次話もよろしくお願い致します。





