178 提案
エドフェルト公爵との面会も終わり、暫くは勉強に訓練、そして執務に専念をする。
そしてひとつの問題が解決したと報告があった。
昨年行った監査の件で上がった意見、不正が行われているという件だ。
年明け休日明け直ぐに抜き打ち調査に取り掛かったところ、報告通り不正が行われていたようだった。
その件の結果の報告書が上がってきたので読んでみると、まぁよくある横領だ。
そのような気はしていたけれど。
初めて監査の改革を行い、実行した事で今迄表に出にくかった鬱憤や知っていても言えなかった教師陣の想いが表に出てきた、という事だろうか。
監査で見抜けなかった点については改善しなければならないが、教師陣からの密告があったのは行幸。
横領を行っていたのはアルスカー専門学園の教師二人で、一人は最高学年主任、もう一人は総務責任者だ。
二人で結託して横領を行っていたという。
それもかなり手の込んだやり方だ。
だが学生達と一緒に働く教師陣から慕われていたようで、彼等を裏切った代償は大きい。
対応としては横領した金額の全額返金と教師免許の剥奪、主任の方は貴族なので監視しやすいが、総務責任者は平民出身という事もあり、働き先は国が指定した場所で働いてもらう事となる。
こちらも逃げられないよう対策としてだ。
「それにしても、よくこれだけの金額を横領したものね」
「私も金額を見て驚きましたよ。返済は、かなりの年数を要するでしょうね」
「そもそも何故横領なんてするのかしら?」
「犯罪を犯す者の理由等は自分勝手なものばかりですよ。特にきちんと仕事をしている者達はね。生活に困窮している者達が犯す犯罪は生活苦が理由に挙がることはままある事ですが⋯⋯」
「だからといってそれは真面目に働いている人達への侮辱に等しいわ。許されない行為です」
真面目に働いている人が侮られるのは許せないわ。
彼等が怒っても当然よ。
だから今迄横領した全額返金は当たり前のことだし、本気で苦労をしたほうがいい。
その金額というのが結構なお邸が購入できる程でそう簡単に終わらないだろうから、思い知ることでしょう。
一人は貴族だというが、貴族家の次男なのでこちらは実家から見放されたようだ。
ただ逃げられないよう監視は行う事を上から言われているので目の届く範囲に留まらせ、その監視の元仕事をさせている事になっている。
「他の学園はどうだったのかしら?」
「そちらは現在調査中です」
「自分が通っている学園が横領を行っているとは思いたくないのだけれど」
「ステラ様の仰るとおりですね。⋯⋯後はステラ様とヴィンセント殿下が仰っていたように教師陣の教育も行うべきでしょう」
「私とお兄様が? 何か言ったかしら?」
「お忘れですか? ステラ様が突き落された後、学園長室でヴィンセント殿下と話されていたことを⋯⋯」
何を話していたかしら。
その時の状況を思い返すと、そういえばお兄様と教育の話をしていたわね。
質が落ちているとお兄様が仰って、私が各家庭の教育や貴族間の派閥の問題もあるからと話していたわね。
ただ、教師陣の教育を行ったとしてもそれを生徒達にどう指導するか、結局は家の問題も大きいと思うのよね。
根本的に変えていくのはとても難しい事だと思う。
だけど何もしないよりはましだわ。
本当に難しいけれど。
「ステラ様?」
「⋯⋯よく考えたら、子供の私が大人の教育を考えるなんて可笑しな話ですわね」
「それを言ってしまっては話が進みませんよ。まぁそこを言われるといいとしをした大人の私からしては申し訳なく思ってしまうのですが」
「ですが、教師陣の教育も勿論ですが、各学園で共通教科で人と人の繫がりを、道徳的な教育を授業に取り入れてみては如何かしら? 今の授業内容にそう言った内容は無いでしょう? 当たり前の事なのですが、それを出来ていないのでしたら取り入れる事も視野に入れてもいいかもしれませんわね。ただ、それを指導する教師が必要になりますけれど」
「そうですね。当たり前の事を当たり前にすることはとても難しい事ですが、出来ていないのが現状ですからね」
「問題が山積みね」
「ステラ様にはそれらの案を纏めて頂ければと思います」
さらっと恐ろしいことを言ったわね。
私はただ提案、というかひとつの案として話しただけてあってやるとはまだ言ってない。
それなのににこやかな顔をして簡単に話す侯爵はそれが当たり前かのような態度だ。
「まだそれ程具体的には思い浮かばないわ」
「今はそれで構いませんよ。それらの案を纏め、一度会議を開いては如何でしょう? 教育部の長官とはお披露目の際に挨拶を済ませているでしょうが、仕事としてまだお顔を合わせてはいませんからね」
「顔合わせついでの小会議と言ったところかしら?」
「左様です」
それもありね。
一度直に彼等の意見も聞いてみたいし、顔を合わせて言葉を交わせば色んな意見も出るでしょう。
「良いわ。あちらにもそのように伝えてくれるかしら?」
「畏まりました」
さて、次は⋯⋯アンデル伯爵からね。
彼女の様子は徐々に薬が抜けて表情も少し明るさが戻ってきていると。
ただ、時折深く気分が落ちる事があるので本当に少しずつらしいけれど、それでも快方に向かっているのなら安心ね。
問題解決にはまだ時間はかかるでしょうけど。
人の心って難しいもの。
「殿下、少し休憩になさいませんか?」
「もうそんな時間?」
書類と睨めっこしていたらアルネからそう提案されたので、休憩する事にした。
今日のお菓子はマカロンだった。
色んなお菓子が増えて、この時間が楽しみだったりする。
私が此方で執務をするようになり、厨房では料理人達がお菓子作りに力を入れているとアルネが話していたわね。
今日もとっても美味しいわ!
お菓子を堪能していたら侯爵が戻って来たのだけれど、誰か一緒だった。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい。そちらの方は?」
「こちらは教育部で働いているダリアン卿です」
「ご休憩中に申し訳ございません。お初にお目にかかります、教育部で従事するダリアンと申します。王女殿下にお目にかかれ恐悦至極に存じます」
「休憩中でごめんなさいね。お二人ともお掛けになって」
「失礼いたします」
二人がソファに掛けたので、アルネがお茶を準備する。
ダリアン卿は恐縮しているようだったが、侯爵は私がお菓子を堪能している事に笑みを浮かべているがそんなの無視でお菓子を堪能する。
二人共一息ついたのを見て話しかけた。
「それで、ダリアン卿はどうしてこちらに?」
「はい。侯爵様より殿下から小会議の提案があったとお伺いしまして、その件で上司に変わりこちらへお伺いした次第です」
「何か思う事があるのかしら?」
「いえ! そういった訳ではなく、小会議につきましては上司共々賛成です。ただ一点問題がございまして⋯⋯」
「問題?」
「はい。その、お恥ずかしい話なのですが、今とても多忙で皆それどころではないのです」
今そんなに忙しい時期かしら?
侯爵に視線をやると、とてもいい笑顔で理由を教えてくれた。
「殿下が施行された監査の件で明るみに出た各学園内の問題への対応が多いだけですよ。今迄さぼっていたツケが回って来ただけですのでお気になさらず」
「侯爵様、我々は別にサボっていたわけではありません! ただ⋯⋯」
「ただ?」
「ただ、今迄やってきたことが如何に甘く、我々は学園を信じすぎていただけです」
「言い訳ですか?」
「言い訳などではありません! ですが⋯⋯」
弱い者いじめを目の前で見ている気分だわ。
はぁ。
話を聞くところによると、早い話、私が施行した事が彼等の負担になっているといったとこかしら。
だけど侯爵が言うように今迄甘んじていた事が問題になったわけだし、彼等を簡単に擁護も出来ない。
改善に改善を重ねていれば今回の様な事も起こらなかったかもしれない。
これは学園だけでなく、この監査に関しては他の部署でも適用するよう陛下からのお達しだから他の部署も忙しさを極めていると侯爵から聞いているので何も彼等だけが忙しいわけではない。
「侯爵の話している事も分かりますし、貴方方が忙しいという事も理解できますので直ぐにとは言いません」
「ありがとうございます」
「殿下はお優しすぎますね」
「そうかしら?」
「彼等のは自業自得というものです」
「それはそうね。初めて監査の仕方を聞いた時はあまりの杜撰さに驚いたもの」
私がそう話すとダリアン卿は顔色を無くして更に小さくなっていた。
だってこれは事実だもの。
私は残っていたマカロンをいただく。
うん、この程よい甘さとさくっとした触感が良いわね。
「今回会議の内容は侯爵から聞いていますね?」
「それは、はい。聞いております」
「学生達が勉学に励めるよう、より良い環境作りも大事だと思うの。その為には最初は大変だとしても私達が率先して動かなければならないと考えているのだけれど、貴方はどう思いますか?」
「それは、⋯⋯殿下の仰っている事は最もです」
「本当にそう思っていますか?」
「はい。殿下や侯爵様の前でこう言っては何ですが、私は平民ですので学生時代は苦労してきました。それは宮廷に入ってからも同じです。幸い良い上司に拾って頂きましたが、それでも学生時代に受けた差別は酷かったものです。それを変えたい気持ちはありますが⋯⋯」
「本当に変わるのかと疑問に思っているのですね」
「はい。仰る通りです」
人の心や意見、考え方はそう変わらないものね。
本当に難しい問題であることは私も承知しているし、彼の言いたいことも気持ちも分かる。
だからといって何もしないと結局何も変わらない。
直ぐに成果の出る事ではないし、学園だけでなく家庭環境も大事で、流石にそこまでは変えられないが、八年の間は殆どを寮で過ごすことになるので、そこでの環境を改善するのが一番だと思う。
「何もしなければ貴方と同じ目に合う人達が減ることは無いわ。最初から諦めてるのと同じですわね。何もしないで後悔するよりもいいのではないかしら? 書類が仕上がっていないので口頭でしか言えないけれど、私は何もしないでいるより少しでも見込みがあるなら変えたいと思うわ。学生の年齢が幼い内から階級差別等見ていて愉快ではありません。幼い内に改善しなければ、大人になれば手を付けられませんわ」
彼の態度を見ている限りでは何かしたいともどかしい気持ちなのが伝わってくる。
だけど、現状忙しくてこれ以上手が回らないといった感じでやる気があまり感じられず、私は少しきつく話せばダリアン卿は縮こまってしまった。
「いつ頃なら今のお仕事が落ち着くのかしら?」
「⋯⋯二週間程お時間を頂けたらと」
――二週間⋯⋯。
「貴方達の所は人手が足らないのかしら?」
「いえ! そのような事は無いのですが、その⋯⋯」
人はいるけど、何か問題でもあるのかしら。
「侯爵、教育部の現状はどうなっているの?」
「私から見ればただ効率が悪いだけです。教育部に従事する者達は片づけが出来ない者達が多いのですよ。それ故に効率が悪いのです」
「それって仕事量ではなく、ご自分達が悪いのでは?」
「そうとも言いますね。⋯⋯殿下、自ら行って片付けようなど思いませんように」
まだ何も言ってないのに!
確かに私が行ってお片付けしようかとは思ったけれど、まだ口にも出してない。
侯爵がそう言ったものだから、ダリアン卿は「そんな恐れ多い!」と顔を青くしている。
流石にそんな事しないから。
「お仕事をするにあたって仕事場の環境はとても大事ですわ。お仕事をする周辺が物で溢れ返っていたら探すのに時間を要するでしょう? 侯爵が言うようにとても効率が悪いわ。どれだけお部屋が汚いかは知りませんが、一日書類整理に費やして一度綺麗にしてからお仕事されるのがいいでしょう」
「私は殿下の意見に賛成ですね。あの中で仕事をする等考えられません」
本当に嫌なのか珍しく顔を顰めている。
私も物で溢れ返っているところでお仕事するのは嫌だわ。
「取り敢えず、私も書類を作成しますので、二週間を目途に今のお仕事を片付けてください。追って日程を連絡しますわ」
「ありがとうございます!」
「ですが、執務室はきちんと片付ける事をお勧めします」
「努力いたします」
「努力ではなく、実行してください。きちんとされているか、侯爵に⋯⋯いえ、私が直接確認しに参ります。二日後にね」
「そんなっ!」
「嫌なら整理整頓をしてくださいね」
「畏まりました⋯⋯」
そういうとダリアン卿は部屋を後にした。
アルネにお茶をお願いして二杯目をいただく。
「殿下、クッキーもありますがお召し上がりになりますか?」
「そうね、少し頂くわ」
「ステラ様は本当にお菓子がお好きですね」
「美味しいんだもの。それより、教育部の執務室ってそんなに散らかっているの?」
「ご覧になるとうんざりされますよ」
「そこまでなのね⋯⋯」
私が注意した事で少しは改善されると良いんだけれど。
一人でも綺麗好きがいればいいけれど、全員同じだとまた直ぐに物で溢れ返りそうよね。
あまり他所の仕事場の事まで首を突っ込むのは嫌がられるので程々にしておかないとね。
「あ!」
「如何されましたか?」
「いえ、ふと思い出したことがあって、侯⋯⋯エリオット卿に聞きたいことがあったの」
「何でしょう?」
私が思わず侯爵と呼びそうになった瞬間のあの表情からの嬉しそうな表情が仔犬みたい。
「この間、ノルドヴァル公爵の件で十分な証拠を掴めていないって話をしていたでしょう?」
「左様ですが⋯⋯少々お待ち下さい」
そう言うと侯爵は結界を張った。
それ程重要な話でもないのだけれど。
「申し訳ありません。続きをお願いします」
「私が聞きたいのは公爵のことではないのよ。証拠を掴めなくてもそういった現場を目にしているのよね?」
「はい。影達がそれらを目撃しております」
「だからね、その現場を記録として撮ることが出来ればいいのではないかしら?」
「⋯⋯といいますと?」
「魔道具でそういったものは作れないかしら? 私は魔道具の事に関してはよく分からないから提案をするくらいなのだけれど」
私がそう提案をすると侯爵は考え始めたのでその間はお茶を飲みながら待つ。
それほど待たずして何か考えついたのか楽しそうな様子を見せた。
「ステラ様、これはとても良い案ですね。この件に関して私に任せていただいても?」
「私では何もできませんから構わないわ。だけど仕上がったら私にも見せてくださいね」
「勿論です。提案者をエステル殿下のお名前で載せますので。仕上がりましたら陛下にもお見せしましょう」
思い出せてよかったわ。
これで少しでもお父様の役に立てたらいいのだけれど。
私がそう考えているのを侯爵はじっと見られていたのに気が付かなかった。
週末闇曜日には二週間ぶりくらいに側近達が全員揃う日。
朝から久しぶりに賑わいを見せている。
「レグリスは⋯⋯大分ベアトリス様のきつい訓練を受けたようね」
「それはもう未だかつてない地獄でしたね。学園で勉強しているのがいかに楽な事か⋯⋯」
相当大変だったみたいね。
その時のことを思い出したのか、あまり見たことのないぐったりとした表情をしている。
「ステラ様、こちらをダールグレン嬢から預かってまいりました」
「ありがとう」
ルイスから手紙を預かり早速目を通す。
医務官であるアンデル伯爵は物腰が柔らかいけれど、やはり従姉であるダールグレン嬢と話をする方が安心するのか彼からの内容とはまた一味違う。
今は取留めのない話でフリュデン嬢との会話を楽しみ彼女の心を軽くしているようだ。
ダールグレン嬢に対しては笑顔を見せることが多いようで彼女と話しているといつものフリュデン嬢なのだとか。
頃合いを見て当時の事を確認してみます、と。
彼女の様子にもよるけれど、早く解決もしたいのよね。
だけど無理は出来ないので、やはり時間は掛かるだろうけれど、ダールグレン嬢のお陰で彼女にしか分からない様子も知り得ることができたのでよしとしましょう。
フリュデン男爵と夫人の二人は令嬢の元へ足繁く通う日々で、ゆっくりと娘に寄り添うことで二人の様子も落ち着き、冷静に考えられるようになってきたという。
それ故に私に会った時の如何に冷静さを欠いた無礼な振る舞いをしたか、後悔をしているそうだ。
――それって、また謹慎明けに会わなければならないのかしら⋯⋯。
会うにしてもお父様達と一緒かもしれないわね。
流石にもう直接私に連絡が来ることはないでしょう。
私はダールグレン嬢に引き続きお願いするのにお手紙を認めルイスに渡す。
今日、侯爵はお休みなので皆は率先して動いているのを見ると此処にも大分慣れたのだと、最初の頃と表情も違い生き生きとしている。
マティお従兄様とティナの二人は最初から変わらないけれどね。
「ステラ様、如何されましたか?」
「何でもないわ」
じっと皆を見ていたからそれを不思議に思ったのかレグリスに問われたけれど、私は笑って誤魔化し書類を作成する為に集中した。
ご覧頂きありがとうございます。
ブクマ、いいね、評価をありがとうございます!
とても嬉しく励みになります。
次回は九月六日に更新致しますので、次話も楽しんで頂ければと思います。
よろしくお願い致します。