177 エドフェルト公爵と面会
私は侯爵の案内で魔法師団に来ている。
今日から侯爵が私の講師として魔法の訓練をしてくださるので、魔法師団の訓練場の一角を借りることとなっている。
その前に訓練場に着くと魔法師団長と副団長が私を出迎えに出てきていた。
一人は会うのが初めてなので侯爵が紹介してくださった。
「エステル殿下。こちらはご存知だと思いますが、魔法師団を束ねる師団長のユーアン・レイグラーフ。隣が副師団長のロヴネルです」
「エステル殿下、昨年のお披露目以来になりますね。あの時は簡単な挨拶しかできずに申し訳ありませんでした」
「あの時は多くの方々が私に挨拶に来てくださっていたので、仕方ありませんわ」
お披露目の時は私に挨拶をしに来る貴族達で溢れ返っていたので、殆どの貴族とは挨拶だけで終わっている。
レイグラーフ卿と会うのは本日で二度目。
「今日から週にニ度、ベリセリウス侯爵に魔法を習うとお伺いしておりますが、講師が彼で本当に大丈夫ですか?」
「レイグラーフ卿、それはどういう意味でしょうか?」
「お前は見た目と違って容赦がないから殿下が心配なだけだ」
あら? 二人は気安い関係なのかしら。
私が二人で言い合いを始めそうになるなるのを見ていると副師団長のロヴネルからの挨拶を受ける。
「エステル殿下。お初にお目にかかります。副師団長を拝命しておりますロヴネルと申します。お目にかかることができ、光栄に存じます」
「お噂は伺っておりますわ。魔法だけでなくレイグラーフ卿の右腕として支えていると聞き及んでおりますわ」
「お耳汚しを。そのような大層なことはしておりませんよ」
「謙遜するな。実際お前がいて助かってる」
そう話したのは当のレイグラーフ卿本人だった。
侯爵との話が終わってこちらに加わってきた。
「殿下、ロヴネルは噂通りとても優秀ですよ。実際平民で副師団長を拝命し、私の補佐として書類仕事を始め若手の育成や訓練も欠かさずに行っている彼は魔法師団の者達からの信頼も厚く、平民出身の者達には良い刺激となっております。まぁ副師団長に任命したのは私ですがね」
そうレイグラーフ卿は自慢気に話し、褒められたロヴネル卿は恐縮しているようだったけど、その表情は誇らしげだった。
彼は年齢が若いようで、二十前半で副師団長に抜擢された程の逸材だという。
話が一段落したので、早速訓練場の彼等の邪魔にならない場所に移り訓練を始める。
昨年私の魔力の抑制率を変えてからというもの、少し訓練はして慣れてきてはいるものの今の状態で魔法を使うことはやはりまだ不安はある。
自身の魔力とはいえ今の魔力量に身体が慣れていない、というのが一番かもしれない。
情けないことではあるけれど、侯爵が言っていたように増えたというのもあるし、今迄よりも開放している魔力量が大きいので少し違和感というものが拭えないのでまずは自分の魔力に慣れる、というか完全に制御出来るよう訓練を行う。
訓練自体はとても久しぶりの事なので私も気合が入る。
侯爵の説明はとても丁寧で分かりやすくて想像しやすい。
小一時間程は初歩的な魔力の流れを感じ取る訓練をし、その後魔力操作の基本を行う。
初歩的な訓練を行っていると、段々と慣れてくるもので自分の魔力に対して不安が無くなった。
不安が無くなったことで安定して魔力を使う事が出来る様になったところで少し休憩を挟み、次は実戦に入っていく。
的を使って行うのかと思ったら、侯爵対私らしい。
私は少し躊躇ってしまう。
離宮でも対戦の訓練はしていたけれど、それも久しぶりの事なので不安は拭えない。
勿論相手はこの国でも随一の魔法の使い手なので大丈夫なのだけど、ただ私が恐怖を覚えるのだ。
離宮でも最初は躊躇って中々出来なかったのだけど、その内に慣れてきたので、今回も慣れては来るだろうけれど。
「殿下、如何されましたか?」
「いえ、対戦がとても久しぶりなので少し⋯⋯」
「敵に対しては容赦のない方が、私が相手では怖いですか?」
「怖いわ。違う意味で」
「心配をしてくださっているのですか?」
「心配、とは少し違うわ。ただ、訓練といえど近しい人に魔法を向けるのが少し怖いだけです」
「そう思って下さって嬉しいですね。ですが、それでは訓練になりません。取り敢えず何でもいいので私に攻撃してください」
侯爵は私を気遣いつつも容赦のない一言。
確かに訓練にはならないものね。
だけど、久し振りの事で中々一歩が出ない。
「エステル殿下、ベリセリウスは殺しても死なないので容赦なく攻撃しても問題ありませんよ」
「団長の仰る通りです。あの方に対して本気で攻撃しても問題ないので、ご安心下さい」
と何故かまだ私の訓練を見学しているレイグラーフ卿とロヴネル卿。
――貴方達はお暇なのですか?
そう突っ込みたくなったけれど、騎士や魔法師達が暇なのは平和で良い事なのよね。
一息ついて呼吸を整える。
私がまず攻撃しないと始まらないし、訓練にもならない、何より侯爵は先程から微動だにしていない。
私が動くのを待っている状態だ。
私は意を決して侯爵に攻撃魔法を放つが、呆気なく弾かれた。
それはもうあっさりと。
「殿下、手を抜き過ぎですよ。訓練になりませんので真面目にしてください」
――不真面目にしているつもりなんてないわ!
その言葉で私の負けず嫌いというかやる気に火が付いた。
次は先程よりもより強く想造して攻撃をすると、今度は弾かれたというよりも相殺された。
何だか悔しい!
実力は勿論経験の差もあるとしても悔しいものは悔しい!
それもあんなに呆気なく。
「殿下は思ったよりも弱いですね」
その言葉にちょっぴりムッとしてしまい、私は気合を入れ直す。
――そう言うならこれはどう!
今迄は単発で攻撃していたけれど、今度は単純に複数で攻撃を行うが、ただ単に個数を増やすだけではなく、威力も割り増しだ。
だけど、それも簡単に防がれてしまう。
「私は殿下を買い被っていたようですね。やはりアルの贔屓目での評価に過ぎなかったのですね。残念です」
その一言にカチンッときた。
私の事は良いけれど、アル伯父様の目が節穴だなんて!
確かにアル伯父様には可愛がっていただいたけれど、だからと言って伯父様は嘘は言わないわ!
もう知らない!
私は勢いに任せて容赦のない攻撃を叩きこむと流石に侯爵は動きを見せた。
私の攻撃を防ぐために初めて動いた。
だけど、そう簡単にはいかないわ。
私だって伯父様を悪く言われて怒っているんだから!
怒りの攻撃はかなり効いたようで、侯爵は防いでいたけれど衣服が破れているのを見ると少しは届いたみたい。
「怒りに任せた攻撃は良くありませんが、悪くはありません。ですが、無駄が多すぎて勿体ないです」
「貴方が伯父様の事を悪く言うからよ!」
「殿下があまりにも力を出し切れなようでしたので、態と怒らせるような事を言ったまでですよ。初めから力を出していれば良かった話です」
侯爵のいう事は最もだから言い返せない。
確かに私が躊躇わずに攻撃していれば良かっただけなのだけど。
「少しは慣れましたか?」
「えぇ! 誰かさんのお陰で慣れましたわ」
侯爵のいい笑顔にちょっとむっとしてしまうけれど、侯爵のお陰なのも確かなので深呼吸をして心を落ち着かせる。
侯爵は私の無駄な部分を指摘し、私はそれを改善する為に努力する。
そうして午前中の訓練が終わった。
昼からは執務室で座学を行う。
これも侯爵が講師として教えてくださるのだけど、座学は学園で習う予習にプラスして私が知っておかなければならない現在の情勢等も追加しているのでかなり真剣に取り組んでいると、時間はあっという間に過ぎて辺りは薄暗くなってきていた。
「⋯⋯今日はここまでにしましょう」
「ありがとうございました」
「殿下は教え甲斐がありますので、私も楽しいですよ」
「侯爵は講師としてもやっていけるのではないかしら?」
「ステラ様、私は悲しいです」
――悲しい? あっ、名前⋯⋯もう! 面倒臭いわね。
「エリオット卿」
「はい、ステラ様。私は自分で言うのもあれですが、相手を選んでしまいますので講師には向きませんよ」
侯爵ならあり得るわ。
選り好みするような人に講師は向かないわよね。
「明日も同じように午前中は魔法の訓練、そしてお昼からは座学を行います」
「分かったわ。明日もお願いしますね」
「お任せください」
そして翌日も同じように訓練を行うが、流石に今日は師団長、副師団長の姿は無かった。
昨日は初日という事もあって見に来ていらしたのね。
午後からの座学も昨日と同じように行い一日が過ぎて行った。
そして火の曜日の本日はエドフェルト公爵との面会日。
今回はあちらの希望なので、彼が私と何をお話ししたいのか内容は知らない。
今日は侯爵も同席するそうだ。
午後からの予定なので午前中は執務をし、侯爵の一言で少し早いお昼を頂く。
何故なら「彼はきっと時間よりも早く来ますよ」と確信めいた言葉だったからだ。
そしてその言葉通り、公爵は時間よりも早くに執務室に現れた。
今日は側近達もいないので、応接室ではなくこちらにしたのだ。
「本日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。今日という日をとても楽しみにしておりました」
「⋯⋯時間よりも早すぎませんか?」
「申し訳ございません。感情が先走ってしまいました」
そう全く悪びれる事も無く謝った。
やはり彼等みたいに要職についている方々はやる事なす事が黒く見える。
言いたいことはあるけれど、取り合えずソファを進めた。
こうしてゆっくりとエドフェルト公爵に会うのは初めての事で、それも私に対して謝罪をする為ではない貴族の訪問を受けるのは初めての事で新鮮だ。
「殿下、息子から話を聞きましたが、シベリウスではとても有意義に過ごされたようですね」
「えぇ、とても楽しかったですわね。彼の体力の無さには驚きましたが」
「確か、雪合戦なる物をしたとか。ヴィンセント殿下に雪埋めにされたと話していましたよ。あれからそのような童心にかえった話を聞くのは初めての事で驚きました。エステル殿下に雪をぶつけられたのだと楽しそうに話していましたよ」
楽しんでいたのなら良かったわ。
私が大分連れまわしたり雪合戦も半ば無理やりだったらと少し心配していたから。
「そうそう、あのお酒はとても美味しいですね。あれはどうやったら手に入るのでしょう?」
「どうでしょう? あのお酒はヴァレニウスで造られているもので、いつも情報交換の為に来ているギルドの者達からの手土産なのです。伯父様はお酒を嗜まれないので態々取り寄せるようなこともありませんでしたし。公爵が懇意にしている商会にお聞きになったら如何かしら?」
「確認してみましたが、あれらはかなり高級な物のようで、今迄取引のない者が手に入れるのは難しいようなのです」
一見さんお断りみたいな感じかしらね。
お酒の事は詳しくないから私にも分からない。
「それほど欲しいなら一度シベリウス辺境伯にお聞きしてみたら如何かしら?」
「やはりそれしか方法は無いですよね」
残念そうにしているけれど、目は獲物を捕らえたような感じがした。
伯父様、エドフェルト公爵に狙われていますよ!
「それで公爵は何故私とお話がしたかったのですか?」
「それは殿下がお考えになった学園の施策を拝見したのがきっかけです。今迄無かったような施策を考え、実行し、今の学園の在り方の見直しまでお考えになられているという、まだ十歳という若さでどのようにしてお考えになられたのでしょう? ヴィンセント殿下も聡明でいらっしゃいますが、エステル殿下もその非ではありません。一体どうやって見出したのですか? 何かきっかけがあったのでしょうか? それとも書物か何かから得たものなのでしょうか? 一体どうやって考え付いたのですか?」
一気に饒舌となった公爵の勢いは驚くほどだった。
隣で侯爵が呆れているのが目に入る。
今もまだ話は続いていて止まる気配がない。
早い話、私がどうしてあの監査の改革を行ったのか、いかにして思いついたのかが知りたいという事よね。
“記憶”の話をするわけにはいかないからその部分は秘匿して話さなければならないわね。
だけど、公爵は侯爵と同じく油断ならない方だから下手な事は言えない。
あぁ、だから侯爵は同席したのね。
流石に年の功には勝てないもの。
公爵の話が一段落したので私は彼の疑問に答えていく。
慎重になり過ぎても怪しまれるので普通に答えていくのだけれど、公爵の突っ込みは鋭くて逆に私も勉強になるし、時々侯爵が補足してくれたりと何だかんだ言っても話は面白かった。
それに今後の改善にも繋がる話も聞けてとても有意義だ。
確かに皆が言うようにちょっと知識欲に関してはかなり執拗、欲深い、感じはあるが、彼も一国の宰相で国の運営に多く携わっているので私は特に皆が言う様な事は感じない。
今の所は、だけどね。
「⋯⋯成程、とても新鮮で勉強になりました」
「いいえ、私も公爵の意見は勉強になりましたわ」
話が一段落してアルネが無くなったお茶を淹れてくれたので、一息つく。
「話は変わりますが、殿下が魔法師団の訓練場で訓練を始めてからというもの、意味もなく魔法師団に顔を出す者が増えたとか、ご存知でしたか?」
「いいえ、知りませんわ。魔法師団に行っても魔法師達が訓練をしている、お仕事をしているだけでしょう? 何をしに行くのでしょう?」
「それは殿下が執務室外に出ることは滅多にありませんので、皆殿下を一目見たくて訓練場に足を運ぶのですよ」
いつもならここで否定するけれど、領で言われたこともある。
心境としては否定したいのは山々なんだけど。
「私は見世物ではないのですけど⋯⋯皆さん、お仕事に支障は無いのかしら?」
「支障があったら上司に叱られて終わりですね」
随分とあっさりしてるわね。
私は呆れた顔をしていたのかエドフェルト公爵、ベリセリウス侯爵お二人はくつくつと笑っている。
「まぁ一目でも殿下を拝見したら満足して仕事に取り組む事でしょから、ご心配する程の事でもありませんよ」
「心配、とはまた違うのですが」
「殿下がお気になさることがあるとすれば、見物客に紛れて殿下に害をなそうと考えている者達でしょう」
「明るく多くの人の目がある時に狙うかしら?」
「何事も常識に囚われてはなりませんよ。あらゆる事を想定する必要があります。エリオット卿が側にいるのでそうそう殿下に害が及ぶことはないかもしれませんが、用心に越したことはありません」
確かにそうね。
周囲に人がいない時を狙うと思い込んでいたら、人がいる時に狙われたら混乱するわ。
それに、周囲が対応出来る者達ばかりだとは限らない。
その混乱の隙を狙われると対処が難しく、敵の思う壺。
「それと、何も殿下に危害を加える事だけではありませんよ。執務やお茶会、パーティー等殿下の足を引っ張る様な真似をする者は何処にでもいます。裏でこそこそする者達は小物に過ぎませんけどね」
「公爵が言うと真実味が高いですわね」
「私の周囲にも小賢しい真似をする連中がおりますからね。まぁ、それなりに痛い目に合って頂いておりますが」
成程、公爵の足を引っ張る連中もいるという事ね。
「幸いこの国は男だけでなく女性が働く事に忌避はありませんが、中にはまだ女性が働く事に対してよく思っていない者達もおります。少数ですがね。今はベリセリウス侯爵という盾がありますが、それが無くなれば顕著に表れるでしょう。今後はそういった者達にもお気を付けください。特に殿下の側近には女性がいますからね」
「えぇ。ですけど、そのように差別する人達がまだいるのですね」
まだそんな事を思う人達がいるのね。
私はようやくお披露目が終わったばかりの王女だから軽く見られる事もあるという事。
「残念な思考の持ち主がまだまだいるという事です。能力があるなら男女共に遊ばせておくのは勿体無いですけどね。それが全く分かっていない頭の硬い愚かな思考の連中なのですよ」
それはもう残念だという全身から物語っている。
公爵の人を判別するのって、その能力を見ているだけなのかしら。
それが全てでもない気がするのだけど。
「殿下、そろそろヴィンセント殿下がお戻りになる時間です」
「あら、もうそんな時間なの?」
「おや、これは長居しすぎましたね」
「全くそうは思っていないでしょう?」
「まだまだお話したいと思いますが、流石にヴィンセント殿下にバレては今後エステル殿下に会えなくなりますからね。殿下、本日はお時間を頂きありがとうございました。またお話出来たらと思います」
「いいえ。私も有意義な時間を過ごせましたわ」
公爵はお兄様に見つかってはいけないと、帰りは早々に退室していった。
すっかり話し込んでしまっていたのね。
時間がこんなに過ぎていたなんて全く気づかなかったわ。
「殿下は思ったよりエドフェルト公爵と気が合いそうですね」
「お話はとても勉強になりましたわ。気が合う、というのはまた違うと思うのですが」
「いいえ、あそこまで公爵と話が弾む方はそういませんよ」
「そうかしら? エリオット卿も気が合うのではないかしら?」
「それはありませんね」
侯爵はそうあっさりと否定した。
「そういえば、ステラ様が否定をなさらなかったので驚きましたよ」
「何の事かしら?」
侯爵の言った事が何のことか分からず聞き返すと私を一目見たくて見学に来る者達の事についてだった。
「漸くご自覚されたのですか?」
「させられた、という方が正しいかも知れませんわね」
「シベリウスで何事かありましたか?」
「何もないわ。ただ、伯父様達とお話をしただけですわ」
ちょっと疑わしそうに私をじっと見てくる侯爵を無視して書類に目を通す。
追及されるかと思ったけれど、それ以上は何も言われずにほっとする。
何があったかなんて言えない。
侯爵の事だから気は抜けないけれど、暫くは気を張っておかないといけないわね。
ぽろっと零れない様に。
ご覧頂きありがとうございます。
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とても嬉しく励みになります。
次回は三十日に更新しますので、次話も楽しんで頂けたら嬉しいです。
よろしくお願い致します。





