176 お勉強も大事
側近達の休日が終わり、今日から学園が始まるまでの三日間は毎日登城する事になる。
学園が始まれば週末の闇曜日のみとなるので、会う機会が少ない。
私が学園に通うようになれば別だけれどね。
新年初の登城に彼らは時間よりも早く執務室に現れた。
「新年おめでとうございます」
「おめでとう。休日はゆっくり休めったかしら?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
今日は登城したのはマティお従兄様とレグリスを除いた四人だ。
皆と挨拶を交わした後、早速執務を始める。
私が確認した書類は彼等が各部署へと届けて貰ったり、こちらに回ってきた書類の仕分け等をお願いしながら一日が過ぎて行った。
翌日の午後はダールグレン子爵と会う事になっていて、今回私と同席するのはルイスとティナの二人。
子爵が時間より少し早く此方に着いたと私の元へ連絡が来たため、二人を伴って応接室へと移動する。
「時間より早かったですわね」
「殿下をお待たせするわけにはいきません」
先日侯爵に聞いていた通りね。
今の所は、だけど。
そしてダールグレン嬢は⋯⋯叱られたのか、かなり落ち込んでいる様子で、ずっと頭を下げている。
「本日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございます」
「いえ、貴方の要件は手紙にもあったようにこの間のパーティーの件ね?」
「左様です。王女殿下、この度は殿下のお誕生日を祝う席を娘が汚すような発言を致しました事、誠に申し訳ございませんでした。そして今年に入るまで知らずにいた事で謝罪が遅れてしまい、何とお詫び申し上げてよいか⋯⋯ヨハンナ」
「王女殿下、お誕生日を祝う席を私情で発言を致しました事、誠に申し訳ございませんでした」
そう彼女は謝罪の言葉の述べた。
これは大分叱られたのかしらね。
この間の勢いが全く感じられない。
「取り敢えず、お二人共掛けてくださいね」
私は二人に座るように促したが、謝罪を受け取る発言をしていない為か、二人共お顔の色が少し悪い。
「それで、ダールグレン嬢はあれだけ息巻いていらっしゃったのに、子爵にお話しなさるのが遅かったのですね」
「それは⋯⋯」
「別に責めているわけではないの。従妹が心配なら真っ先にお話しすべきなのにと不思議に思っただけですわ」
今の彼女の様子からはどう思っているか分からない。
あの時は彼女を心配での発言かと思ったのだけれど、違うのかしら?
「子爵は令嬢のお話を聞いて、どうなさるおつもり?」
「私としましては動くつもりはありません。元は学園内での出来事ですので、子供のいざこざに親が介入するようなことをするつもりはありませんが、娘には従妹の力になりたいのなら話を聞いてあげなさいと伝えてあります」
親が介入すると余計に拗れるものね。
それが良いと思うわ。
「身近な親しいものが話を聞いてあげるだけでも彼女にとっては心が軽くなる事でしょう」
「殿下は⋯⋯ご自分を害した者に対してもそのようにお心を砕いておられるのですか?」
「そうではないわ。ただ、学園は将来に向けて学ぶところであって誰かを陥れるような場所ではないわ。本来はね。それなのに今回の様な事が起こったとなると、改善すべき点はいくつもあるでしょう。それにその悪意に利用された彼女をただ見捨てる事をしないだけよ。いくら人を突き落したと言っても。勿論人を害したのだからそれ相応の処罰は学園から下っているので、それに関しては私からは何も言わないわ。そもそも当時あそこにいたのはシベリウス辺境伯令嬢であって王女ではないのです。私がシベリウス辺境伯令嬢として今迄過ごしてきたと公にしたとしても、その処罰が変わることはありません」
「不要な質問をしていまい、申し訳ございません」
「いいのよ。今の質問で貴方が、ダールグレン家がフリュデン家に対して何もしないという事が分かりましたから」
ダールグレン家は王家側の人間だという事がよく分かった。
だから王族である私に害をなしたフリュデン嬢に、いえフリュデン家に対して何も援助をしないと言ったようなものだ。
今あそこに必要な事は休養だからそれでいいと思うし、今後の対応次第でしょう。
あぁ、成程。
ダールグレン嬢が子爵に話すのが遅れたのはこれが原因ね。
子爵は王家側人間だからいくら従妹の事とはいえ表立って助けるようなことはしないという事が分かっていたから直ぐに話さなかったのね。
「宰相が王女殿下はとても聡明だと話していましたが、よく分かりました」
「一体宰相に何を聞いたのかしら?」
「宰相からは王女殿下は見た目にそぐわぬ聡明さでゆっくりと言葉を交わしたいと、ですので本日私が殿下にお会いすると知って少々拗ねていらっしゃいましたよ」
やっぱり。
会う日程を同時に通達してよかったわ。
そうでなかったら子爵が被害にあっていたでしょうね。
「殿下、我がダールグレン家は陛下に忠誠を誓っております。もし、娘が役に立つならば如何様にもお使い下さい」
「本人の意志次第ですわね。ただこれ以上の側近は必要ないわ」
「承知しております。ですが⋯⋯」
「それ以上言わなくても結構ですわ。それで、令嬢はどう思っているのかしら?」
「殿下のお役に立てるのなら、喜んで従います」
「建前は良いのよ。貴女の本音を聞きたいわ」
「私は⋯⋯」
彼女は言い淀む。
私としては従姉のダールグレン嬢が力を貸してくれるなら動きやすいけれど、だからと言って無理強いは出来ない。
だから建前ではなく本音を話して貰わないと信用はしない。
少し待つが中々話そうとしない。
何を葛藤しているのかしら。
⋯⋯これでは無理ね。
「子爵、この話は聞かなかったことにします」
「畏まりました」
「お、お待ちください!!」
令嬢は意を決した様に声を上げたが⋯⋯遅いわ。
「ヨハンナ! 急に声を上げるなど、殿下に対し失礼だろう。控えなさい」
「いいわ。一度だけ許します。何かしら?」
私が発言を許すと、彼女は私に対し頭を下げた。
「急に声を上げて申し訳ございません。王女殿下、お願い致します。私をお使いください。私はダールグレン家の一人として王家に尽くします。ですが、従妹であるエディを助けたいのも本音です。殿下のお役に立つ事で彼女を救う事が出来るなら喜んでどのような事でも致します。どうか、私をお使いください!」
言葉と真剣な瞳から彼女の必死さが伝わる。
必死過ぎて手が震えているわね。
「貴女の気持ちは分かりましたわ。いいでしょう。ですが条件があります」
「はい。どのような事でしょうか?」
「私が貴女を使っている事を周囲に悟らせない事。勿論それらしい発言も外ではいけませんよ。私が直接貴女と会う事はありません。宮廷に来ることもね。やり取りは全てクリスティナ嬢とルイス嬢を通じて行うのでそのつもりで。二人共良いわね?」
「「畏まりました」」
私がそういうと控えていた二人は直ぐに了承の返事をする。
ダールグレン嬢も異存はないみたいで深く頭を下げた。
「殿下、寛大なお心で対処下さりありがとうございます」
「そうでもないわよ。令嬢は直接私と会って話したいでしょうけれど、それをしないという事で彼女への罰です。流石にお誕生日の席であの発言は良くありません」
私がそういうと、ダールグレン嬢ははっとして再度謝罪の言葉を口にした。
まぁちゃんと謝罪の気持ちがあるのならそれでいいわ。
何も意地悪でそう発言しているわけでも、私自身それほど気にしてはいないのだから。
話が終わり、退室の挨拶を受けて二人は下がる。
誰かからの謝罪を受けるのって案外疲れるわ。
「お疲れですね」
「そう見えるかしら?」
「甘い物が食べたいとお顔に書いていますわ」
ティナにはバレバレみたい。
私は二人に座るように促すと、直ぐにソファへと掛ける。
「先程も言ったように、二人にはダールグレン嬢との懸け橋になって貰います。ただ、学園での発言は気を付けてね」
「承知しました」
ティナは分かっているので直ぐに頷くけれど、ルイスは私のこのような姿を見るのが初めてなのであの二人と同様に驚きが大きいようだった。
「ルイス?」
「は、はい!」
「驚き過ぎよ」
「申し訳ございません。ただあのようなお姿は初めてですので驚いてしまって」
「大丈夫よ。ディオとロベルトの二人も驚いていたから。だけどこれからも色んな事があって、私もきつい事を話したりしなければならない場合があるから、こういった事に慣れて欲しいわ」
「ルイス、ステラ様もお好きではないはずよ。だからこういった後は甘い物を欲するのよ」
「ティナ⋯⋯別にそういった理由だけで甘いものが食べたいわけではないわ」
「あら? 私はてっきりそうなのかと思いましたわ。前回もそうでしたし」
「その意地悪な顔。侯爵とそっくりよ」
「それは全く嬉しくありませんわ」
ティナは嫌がっているけれど、私から見たらそっくりなのよね。
その様子にくすくすと笑うと、ティナは本気で嫌なのか顔を顰めている。
さて、何時までも此処にいるわけにはいかないし、甘い物が欲しいので執務室へ戻ると、ディオとロベルトが一つの書類と睨めっこをしていた。
侯爵はいないのね。
「ステラ様、お疲れ様です。侯爵様は一度陛下に呼ばれてそちらへ行かれました」
「そう。ありがとう」
アルネは直ぐにお茶とクッキーを準備してくれる。
私は思わずすっと食べるのだけど、それを見たティナがくすくすと笑っていた。
「ティナ、笑い過ぎよ」
「申し訳ありません。ですがあまりにも可愛らしくて」
「⋯⋯あまり嬉しくないわ」
ティナに揶揄われつつ休憩を挟む。
勿論私だけでなく皆にも休憩をしてもらう。
ルイスも緊張していたのかほっとしている。
「ルイスも可愛いわね」
「えっ?」
「クッキー三枚目よ?」
「つい⋯⋯」
ティナの言葉にルイスは恥ずかしそうにしているけれど、その姿に癒やされる。
「緊張していたものね」
「それは、緊張するわよ。先程のように対面で話しする時はいつもあんな感じなの?」
「違うわ。ダールグレン子爵との面会はステラ様のお誕生日パーティーの謝罪の為で、ただの面会だったらそこまで緊張感はないわ。まぁ内容にはよるけれど」
まだ宮廷で働く貴族達と言葉を交わすと言ってもまだそれ程会うこともないのでまだまだ慣れるまではかかるでしょう。
私も挨拶くらいしか交わしたことが無い貴族の方が多いけれど。
「まだ宮廷内を歩くのも緊張します」
「それは私も同じですね。年齢が年齢なので、余計に目立ちます」
「確かに周囲は大人ばかりですものね」
「ですが、私よりも皆さんの方が宮廷を行き来しているので慣れているでしょう?」
「ステラ様は宮廷内を歩かれないのですか?」
「今はまだ宮廷と王宮を行ったり来たりするくらいよ。行くとしたら陛下の執務室かお兄様の所、そして庭園位ですわね」
主要の部署の場所は初めに一度案内をして貰っているので一応知っていてはいるけれど、一度きりなので辿り着けるかはちょっと怪しいかも知れない。
私が行く事はそうないだろうけれどね。
「どうしたら貴族の方々に慣れるのでしょうか」
「うちの両親とは普通に話が出来ているじゃない」
「それは、貴女のご両親だからよ」
「ステラ様やヴィンセント殿下ともお話しているでしょう? 身分で言えば此処に勤めている貴族はステラ様達より下だからそこまで身構える必要はないんじゃない?」
ディオ、そういう問題ではないと思うわ。
私やお兄様より身分は下かもしれないけれど、相手はうんと年上で長年宮廷に勤めてきた方々で、人生経験も全く違うのだから。
人其々だけど、それなりに裏では何を考えているか分からない方々も多いものね。
善人だけでなく、私腹を肥やそうと画策している者もいるでしょう。
見分けるのは難しいよね。
中には平民、学生だからと見下す者もいるでしょう。
宮廷を歩いているだけで色んな視線にさらされるから緊張するのは無理もない。
こればかりは気持ちを切り替えて慣れるしかない。
「戻りました」
私達が話をしていると侯爵が戻って来た。
そしてクッキーを食べている私を見てくすくすと笑う。
その姿はやっぱりよく似ている。
「やっぱりティナは侯爵似よね」
「嬉しいですね」
「嬉しくありません」
侯爵とティナは表情、言葉も全くの正反対だった。
それを聞いて今度は私が笑う番だ。
ティナは不服そうだけど、侯爵は笑顔。
うん、よく似ているわ。
ディオ達は流石に笑うのを堪えていたけれどね。
一通り笑ったので後少し、お仕事を再開した。
それから学園が始まる三日間は何事もなく過ぎ、学園が始まる前日、私はダールグレン嬢に手紙を認めた。
内容は最近のフリュデン嬢の様子を彼女から見てどのような感じか、アンデル伯からも報告は上がっては来ているが、治療に関しての事柄なので、従姉である彼女から見た様子を知りたくて、そして学園でのフリュデン嬢の周囲の事、女性目線なら他にも何か分かるかもしれないので、ダールグレン嬢にお願いをする為だ。
手紙を書き終えティナに託す。
「これを彼女に渡してね」
「畏まりました」
「明日から学園が始まるわね。次に会うのは週末ね」
「はい。ステラ様⋯⋯」
私が学園に通えない事を気にしているようね、四人共。
気にしなくてもいいのに。
「また学園のお話を聞かせてね。楽しみにしているわ」
「はい。では失礼いたします」
四人は挨拶をすると帰宅の途に着いた。
明日からは暫く一人ね。
一人ではないけれど。
やっぱり年の近い彼女達が居るのといないのとでは違う。
気にしないで欲しいと思ってはいるけれど⋯⋯
「お寂しいですか?」
「そうね、また暫く週末にしかティナ達と会えないのは寂しいわね」
「おや? 珍しく本音が出ましたね」
あっ、しまった⋯⋯つい声に出してしまったわ。
「忘れてください」
「それは無理ですね」
「少しは遠慮を思い出しては如何?」
「遠慮はどこかに行ってしまったので⋯⋯難しいですね」
本当に難しいといった風な表情で答えるが、若干口角が上がっているので面白がっているのが分かる。
一度本当にセシーリア夫人に言いつけようかしら。
私が本気で悩んでいると、何かを感じ取ったのか話題を変えてきた。
「ステラ様、明日からの予定ですが、風から闇曜日の四日間は執務を、無は休日、地と水の二日間はステラ様のお勉強の時間となります。学園を休学していると言っても一応学生ですからね」
「お勉強は此処で?」
「はい」
「自習をするなら王宮でもいいのではないかしら?」
「いえ、講師は私が勤めますので、こちらで行います」
「侯爵が?」
「⋯⋯」
どうして返事をしないのかしら?
不思議に思って侯爵を見上げると、何だか悲し気⋯⋯?
本気で分からずにいたらアルネがそっと近づいてきて「呼び方が気に入らないのですよ」と。
そういえば、そう言っていたわね。
「エリオット卿?」
「はい。私が講師を務めます」
私が名で呼ぶとさっきの悲しげな表情から一変してきちんと答えた。
──貴方は子供ですか?
そう言いたくなってしまう、が、それよりも講師を務める暇があるの?
自習でもいいのだけれど。
「どのような事を勉強するのかしら?」
「魔力の扱い方、座学全般ですよ」
「それを貴方一人で? 負担が掛かり過ぎないかしら?」
「負担はありません。魔力の扱いについてですが、こちらに関しては魔法師団の一角で行います」
「あら、魔法師団に行ってもいいのかしら?」
「はい。ヴィンセント殿下もそちらで訓練をされています。たまに離宮へ行っておりますが、殆どは此方で訓練を行っているのですよ。それに、全く執務室から他の場所へ足を運ばない、というのもよろしくありませんからね。それに、こちらで勉強をしていたら新しい情報も不測の事態にも直ぐに動けるでしょう?」
「それもそうね」
私があまりに姿を見せないので本当に執務をしているのか、宮廷に来ているのか色んな噂が飛び交っているのだとか。
女性だけでなく男性の方々も噂がお好きなようね。
それに、侯爵の話したようにこちらで勉強をしている方が良さそうね。
「それと、こちらは王妃殿下よりご説明がされると思いますが、王妃殿下主催のお茶会のご参加もありますのでそのつもりでいてください」
「分かりましたわ」
「早速明後日の朝にこちらにいらっしゃってください。決してお一人で魔法師団に行かれませんよう」
「えぇ、明後日からよろしくお願いしますね」
来週からの予定が決まり、今日も一日が無事に終わった。
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次回は二十三日に更新いたしますので、次話も楽しんていただけたら幸いです。
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