17 私の不安
邸に戻った私達はお兄様達とお茶をした温室に行くと、お茶会の準備が万全で、お養母様が待っていた。
「おかえりなさい 、お散歩はどうだったかしら?」
「ただいま、オリー」
「お養母様ただいま戻りました。とても新鮮で楽しかったです」
お養母様は私へ近づきそっと顔に触れた。
熱はないと思うのだけど。
「熱はなさそうだし、魔力も安定してるわね」
私の身体を診てくれたようだ。
「ありがとうございます、お養母様」
「さぁ、お茶にしましょう」
お養父様とお養母様、私の三人でお茶会。
私達が席に着くと、お養母様の侍女のエイラがお茶の用意をし、温室から下がった。
あれ? また秘密のお話しかな。
だけど、その前に⋯⋯。
「あの、お養父様」
「なんだい?」
「先程の事なのですが、余計なことをお話してしまいすみませんでした」
「「余計なこと?」」
そこでお二人がハモった。
本当に仲良しです。
「何かあったの? むさ苦しい連中に苛められでもしたの?」
若干お養母様の空気が冷えた。
「苛められてはいません、大丈夫です!」
私は慌てて否定した。
「アル、何があったの?」
「あぁ、もしかして団長室での事かな? クラースにシアの護衛を頼もうと思ったんだけど、渋られてしまってね。そこでシアが、一ヶ月間は邸内で体力回復に努めるから、その間を試用期間として従事し、一ヶ月後に決定したらどうかなという提案をしたんだよ。シア、それが余計な事と思ってるなら私は余計な事とは思っていないから安心しなさい」
「はい」
少し私が気にした事とは違うのだけれど⋯⋯。
お養母様は違う事が気になったらしい。
「何故クラースはシアの護衛が嫌なのかしら。そこらの五歳の貴族娘より全然手は掛らないし我が儘でもないし、こーんなに可愛いのにね!」
「お養母様、一目会ったばかりでそんな事まで分かりませんよ。それに、もしかしたら子供がお嫌いなのでは?」
可愛いは関係ないと思うのだけど⋯⋯。
子供嫌いとか、貴族が好きで無いとか?
「いや、子供が嫌いということは無いな。同じ団員の子供達と遊んでやってるくらいだし。ここでは階級関係なく実力主義だが、もしかしたらそこを引け目に感じているのかもしれないね、それかもっと違う理由かな」
「一ヶ月様子見たら何か分かるのではないでしょうか?」
「冷静だね、シアは。それよりさっきの余計な事とは、もしかして子供らしくない発言に対してだろうか? 私達は知っているから何とも思わないが、あの場であの二人が驚愕していた姿は中々見ものだったな」
全くもってその通りですが、お養父様は楽しんているようで笑っていた。
「すみません。つい口を出してしまって。自分で提案しておいて、この一ヶ月が少し不安です。子供らしく出来るのか」
私の言葉を聞いたお養父様とお養母様が笑いだした。
何故笑われるのでしょう⋯⋯?
お茶を飲みながら二人を見ていると、ようやく笑いが落ち着いたようだ。
「シアの不安というのが、誰かに襲われるとかそういった事ではなく、まさか子供らしく出来るかどうかなんて!」
「シアは大物になるわね」
「襲われることは怖いです!」
そういうとまた笑われてしまった。
解せない。
「まぁそこは、シアが言うように一ヶ月様子を見ればいいよ」
「分かりました」
「それに、変に子供らしくしようと思ってそう動くと逆に周りからは余計変に見えるだろうから、やりすぎず、そのままでいいよ」
「私は甘えすぎではありませんか?」
馴染まない思考と行動に、甘やかされているような⋯⋯、本当にこのままでもいいのかな。
“記憶”の事も二人はそのうち馴染むと言うけれど、本当に馴染むのかな。ただ、大丈夫だと甘やかされているだけのような気がしてならない。
「シアは全く甘えてないよ。私に何も報告が上がってきていないと思うかい? シアがベッドから出られない時、本を読みたがっていただろう? 事情を知らない二人がいたから子供向けの本しか渡さなかったが、本当はもっと別の物を読みたかったのではないかな? 此方の勉強をし早く馴染むようにと」
――バレている⋯⋯。
色んな事を知ったらもっと早く私が私になるのかな⋯⋯と、まだ私が私でないという不安定でとても違和感があり、安定しない事への不安がずっとあるので、これを払拭したいのが一番で⋯⋯だけど本当はもっと別の事が心に引っ掛かる。
まぁ、本が読みたかったのは、純粋に此方の事をもっと知りたい思ったのもあるのだけど。
不安定なこの状態は最優先に解決したいと思う。
「シア、何を悩んでいるんだい?」
お養父様は優しく聞いてくれた。
だけどこの引っ掛かりや不安な事は私の気持ちの問題だと思うから、そこまで甘えて全て話して解決なんて、それこそ甘えと思う。
「シア、私達は最初に話したと思うけど、頼られたいし甘えてほしい。シアはこういう事が苦手なのかな?」
「苦手、という意識はないのですけど⋯⋯お養父様の言った通り、此方の事を勉強したら早く馴染むかなと」
「悩んでるのはそれだけではないだろう?」
「シア、悩んでることや不安な事は話して良いのよ? それとも、私達では頼りないかしら」
「そんなこと無いです! お二人が頼りないなんて事はないです! ⋯⋯ただ、甘えて解決させるのは何か違うと思うのです」
私は不安に思っていることを言わず、甘えすぎは良くないという部分だけを伝えた。
「なるほどね。シア、甘える事と頼ることはまた別物だよ。確かに甘えすぎは良くない、勿論人に頼らず自分で調べて解決することもとても大事だ。それだけ自分自身への糧となるのだから。私達が言う“甘えてほしい”は親として子から親愛を持って懐いて欲しいと言うこと。これは私達がシアに求めてる事。シアの言う“甘えすぎる”は出来ることでも自分でやらない事の意味の方だね。もう一方の“頼る”は自分に出来ない事を人にお願いする事だよ」
「シアは甘えすぎてると気にしているけれど、全く甘えていないわよ。それに私達は教育に関してその辺の貴族よりよっぽど厳しくて有名だから、甘やかす事もしません。飴と鞭は使い分けますけどね。シアは馴染まないことを気にしているのでしょう? 実は私も調べてみたのだけれど、そこは生活をしていく中でふと何かのきっかけで魂が馴染んだり、寝ている時に夢を見て馴染んだという人もいるみたいよ。人其々みたいなの。シアもシア自身のその時があるから、今は不安でも待つのが良いと思うわ」
私はお二人の話を聞いて、言葉の意味を混同してしまっていたようだ。
それに、お養母様は調べてくれていたのね。
それがとても嬉しくて、思ったよりも焦りすぎていて、自分自身の事でいっぱいいっぱいになっていたようで、お養母様達の好意に気づいていなかった⋯⋯。
「お養父様、お養母様。ありがとうございます。私は自分の事でいっぱいで、馴染まない事が不安で、私は本当に“私”なのか、私は“此処”と“記憶”、どちらの私が本当なのかが分からなくて……。此処に本当にいても良いいのかも分からなくて⋯⋯心の奥底では“記憶”の私が“此処”の私を乗っ取ってしまったのでは、とか色々と考えてしまって。すみません、凄く曖昧な事ばかりで⋯⋯」
私は気付けば今思っている不安な事を口に出していた。
そう、私は本当に此処に生きている私がただ、記憶を戻しただけなのか、それとも私がエステルの意識を乗っ取ってしまったのか⋯⋯。
何もわからない。
気付けばお養父様とお養母様は両隣にいて抱き締められていた。
「シア、そういった不安はちゃんと口に出しなさい。溜め込むのは良くない。私自身記憶持ちではないからはっきりしたことを言う事は出来ない。だが貴女がエステル王女で、国王夫妻の娘で、今は私達のアリシアだと言う事は断言できる。自分では気付いていないだろうが、もしシアの不安通りエステル殿下を記憶の貴女が乗っ取ったというなら、私達が貴女を呼んだ時、動揺するだろう。階級制ではない記憶を持つなら特に。隠したとしても、私はちょっとした揺らぎぐらい見抜ける目は持っているよ」
お養父様は確信を持ってそう話をしてくれた。
「私は本当に私なのでしょうか。ここにいても良いのでしょうか⋯⋯」
「勿論よ、此処にいなさい。ステラ、貴女は此処にいて良いのよ。貴女は貴女よ。ただ、以前生きていた頃の記憶を持っているだけなの、ただ、それだけの事よ」
お養母様の言葉がすとんっと胸に落ち、断言したりお養父様の言葉に安心し、二人に取り縋って泣いた。
ここにいても良い、とその言葉に安心した。
いっぱい泣いたら凄くすっきりしたけれど、今度は泣いたことに恥ずかしくなってしまった。
「すみません。いっぱい泣いてしまって⋯⋯」
恥ずかしくてうつ向いてしまったけれど。
「いいのよ、今はまだ泣いてもいいの。だけど、私達の前だけよ?」
「はい、ありがとうございます」
お養母様は優しくそう言った。
他で泣かないようにしなくては⋯⋯。
というか、やっぱり強くならなくては!
泣いてばかりではダメよね、お養父様達を信じて前向きに頑張らなきゃ!
「さて、シアの不安を取り除く事ができたので、明日からの予定なんだけど、やはり先に体力を戻さない事には何も始まらない。明日から一日おきに少し運動をしようか。クラースにやることを渡しておくので、無理をしない程度に頑張りなさい」
「わかりました。ありがとうございます」
気持ちを切り替えて、明日からの楽しみが出来てとても嬉しい。
「午前中は私と一緒にお勉強や家庭教師から習うのですよ」
「はい、お養母様、よろしくお願いします」
私は明日から始まるお勉強と運動が楽しみで、笑顔で答えた。
お養父様達とのお茶会がお開きとなったので、お部屋に戻った私は、少し疲れたのと不安が無くなったので安心して眠ってしまった。
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