157 大事な家族
謁見後に側近達とお話しをして、其々の憂いが無くなったところで辺りも暗くなり始め、かなり時間が経っていたようだ。
未成年者もいる事から、今日はここまでとなった。
今は魔道具を着け変えて私に戻っている。
ルイス嬢も晴れ晴れとした表情なので良かったけれど、姿を戻したら、やはり少し遠慮が見えたので「本来は此方の姿ですので慣れてくださいね」と話すと「申し訳ありません」と恥ずかしそうに呟いた。
皆さんが部屋を退室したのを確認した後、ベリセリウス侯爵と言葉を交わす。
「では、殿下。五日後にお待ち申し上げております」
「えぇ、五日後からまたお願い致しますね。マティお従兄様、モニカ、参りましょう」
「「はい」」
私はマティお従兄様とモニカを連れ、部屋を後にし、転移陣のある部屋へと向かい、先ずは離宮へと転移する。
離宮に着くとまずはお祖父様にご挨拶するのが礼儀。
たたの通過点にするなんて礼儀を失する行為だ。
お祖父様がいらっしゃる書斎へ向かい、部屋に通される。
「戻って来たか」
「はい。シベリウス邸に戻りますので、ご挨拶に伺いました」
「ふむ。それで、謁見はどうだった?」
「近衛と侍女達は仕事柄もあり、特に何もありませんでしたが、学園の、私を知る側近達と謁見後に少しお話を致しました」
「そうか。皆ステラによく仕えてくれそうか?」
「そうですわね。お話しする前は少々不安を感じましたが、お話をした後は表情からも憂いが取れましたので大丈夫かと思います。ですがまだ初日ですから来週以降にならないと分かりませんわ」
「よく人を見ているようだな。いくらシアの時に親しかったとはいえ、人というのは何かのきっかけで裏切ることもある。疑え、とは言わないがよくよく注意しろ。マティにはステラの事を頼むぞ」
「はい、お祖父様。肝に銘じます」
お祖父様と少しお話をした後、マティお従兄様とモニカを伴ってシベリウス邸へと戻って来た。
勿論シアの姿として。
シベリウス邸に着くと既にいい時間となっていたので、ルーカスが「皆様食堂でお待ちです」と、私達は戻ってすぐに食堂へと足を向けた。
「帰って来たな」
「お帰り、二人共。待っていたのよ」
「お帰りなさい、マティ兄上、シア」
「お帰りなさい!」
お養父様達からの挨拶を上、私達も挨拶を返す。
本当に待っていたようで、私達が戻ってきたのを見計らい、お料理が並べられる。
先ずは夕食をいただく。
こうして皆揃ってのお食事は本当に久しぶりな事だと思う。
夕食後は何時ものように団欒の間に移動して皆でお話をするのたけれど、アレクが私の側から離れずにぴったりとくっついている。
どうしたのかしら?
「アレク、どうしたの?」
「何となく、姉上がどこかに行っちゃいそうで⋯⋯」
アレクに話をした、訳ではなさそうね。
何かを感じているのかしら。
ちらりとお養父様達を見ると、軽く頷いた。
「アレク、急にどうしたの?」
「姉上! 何処にも行きませんよね?」
「アレク、もし、私が何処かに行くことがあったとしても、それは必要な事だからよ。例え何処かに行ったとしてもアレクが弟である事には変わりないわ」
「やっぱり何処かに行っちゃうのですか?」
捨て犬みたいな顔で見上げてくるアレクはとても可愛らしかったけど、それを口にするのとぎゅっと抱きしめたくなるのをぐっと我慢する。
「そうね。アレクと一緒に過ごせるのは今日と明日だけよ」
「そんな! 嫌です! ずっと姉上と一緒に過ごしたいです!」
「アレク、お姉様を困らせてはダメよ」
「どうして母上達は平気なのですか!?」
「離れたとしても、シアと会えるわ。全く会えないってことは無いのよ」
「それでもです! 何故何処かに行ってしまうのですか?」
「アレク、落ち着きなさい。シアには本当の家族がいる。一時的にお預かりしていただけなんだ。シアは家族の元に戻るだけなんだよ。それに、アレクが学園に首席で試験突破すれば、生徒会でシアと一緒にいる事が出来るから、頑張りなさい」
お養父様ったら、どさくさに紛れて学園の入学試験を首席合格するよう促したわね。
アレクはと言うと、私に本当の家族がいる事に驚いたのか、目を見開いている。
「姉上は、父上と母上の子では無かったのですか?」
「違うわ。今お養父様が仰ったように、私には家族がいるの。こちらの都合でお養父様達に育てて頂いたのよ。だけど、今迄過ごした日々に嘘偽りないのだし、アレクが可愛い弟である事も変わりないわ。それとも、アレクは私が元の家族の元に戻ったら、もうお姉様とは思ってはくれないのかしら?」
「そんな事ないです! シア姉上が姉上だという事は変わりません。姉上が何処に行っても僕の姉上です!」
「アレクにそう言って貰えて嬉しいわ」
アレクは私に甘えるようにぎゅっと抱きついてきたので、私も抱きしめ返し、アレクの頭をそっと撫でた。
まだ真実は話せないけれど、私がこの家からいなくなる事を早くに伝えられて、良かったわ。
こうやって寂しく思ってくれることは嬉しいわね。
それと同時に、私も寂しくなり、ぎゅっと目を瞑る⋯⋯。
暫くアレクを撫でていると、ずんと重みが増した⋯⋯?
そっと覗き込むと、寝てる、わね?
えっ? この状況で寝るの⁉
「寝ちゃったみたいね」
「アレクは、何ていうか自由な気質なんだよ」
それ、かなり大きく包んで話してますよね?
子供だから寝るのはいいけど、あの流れで寝てしまうとは思わなかったわ。
面白さがこみ上げてきて、ついくすくすと笑ってしまい、寂しさなんて吹き飛んでしまった。
アレクを侍女に任せ、人払いをする。
「今日は滞りなく終えられましたか?」
「結果的には、無事に終わったと言えますわ」
「何か問題があったの?」
「いえ、問題という程でもないのですけれど⋯⋯」
私はルイス嬢の事をお話しすると、納得したように頷いた。
結果的には落ち着いたので私としては上々だと思う。
「彼女はとても正直だね。正直で繊細だから、宮廷では良く見てあげたほうがいいでしょう」
「初めの内は一人で行動させるようなことはしません。ベリセリウス嬢かヴィクセル嬢、二人のどちらかと行動をして頂くこうと考えていますわ」
「それが良いでしょうね」
「貴女はどうなの?」
「私ですか?」
特に私の事は何も言うことがないと思うのですが⋯⋯。
何かあったかしら?
ちょっと昨日今日の出来事で思い返していると、呆れたように溜息をつかれた。
「久しぶりにアンセ達と会ってどうだったの?」
「えっ、あ⋯⋯そうですね、言葉には言い表すのが難しい位、とても、とても嬉しいです」
「貴女のその嬉しそうな顔を見ればよく分かるわ」
「ステラ様が幸せそうで何よりです」
まだお父様達とゆっくりお会いは出来ていないけれど、お夕食を共に出来た事だけでもとても嬉しい。
今までもごく稀に離宮でご一緒する事もあったけれど、それが王宮でとなると一際嬉しさが違うので、心が温かくなる。
こちらが楽しくても、離れるのが寂しく感じても、やはり心の奥底ではずっと早く帰りたかったのだと思う。
どれも嘘のない感情で、色んな想いが心を渦巻く。
ただ、こうして元気でいられるのは、私を育てて下さった伯父様達のお陰でとても感謝している。
「伯父様、伯母様本当に、ありがとうございます」
「ふふっ、いいのよ」
「まだ貴女は私達の養女ですよ」
「はい。お養父様、お養母様」
「僕達もいるからね!」
「忘れていませんわ。マティお兄様、レオンお兄様」
穏やかに話していると、珍しくマティお兄様がくすくすと笑っていたので、何かと思いお兄様を見ると、「ごめん」と一言呟き、笑いを治めて私に視線を向けた。
「笑ってごめんね。思い出したらつい。シア」
「はい」
「まさかシアがあのように甘えてくるとは思わなかったんだよ」
「だって、マティお兄様に殿下と他人行儀に呼ばれるのはとても嫌だったんですもの」
公では殿下と呼ばれても気にならないと思う。
だけど、公でない場でまでそう呼ばれるのは、従兄なのに何だかとても遠いと感じてしまう。
「あらあら、シアったら。ちゃんと甘えられるようになったのね」
「まぁ、公の場できちんとしていれば問題ないよ。私達も時と場合で呼び方を変えているわけだしね」
「ですので、レオンお兄様も公でなかったら殿下と呼ばないでくださいね」
「分かったよ、シア」
受け入れて下さって良かった。
私の周りの人達はとても優しくて温かくて、とても恵まれている。
だから皆の事を大切にしたい。
伯父様達を始め、側近になる事を了承してくれた皆も含めて。
一週間後には公に戻るので、そうすれば、皆にも話した通り周囲が騒がしくなるのは目に見えている。
私自身に直接来ることも、私の周囲の人達に対しても、一番はルイス嬢の身の安全を考えなくてはならない。
その件でベリセリウス侯爵と話をしないといけないわね。
臨時で私の補佐を引き受けて下さったのだし、遠慮なく頼らせてもらうわ。
これからやることが山積みね。
だけど今は、お養父様達との残り少ない時間を心に刻みながら親子としての触れ合いを楽しんだ。
翌日、学園では入学試験が行われるため、私達は少し早い時間に学園の生徒会室に集まっていた。
ラグナル様から今日一日の流れの説明が行われた後、私と会長は受付で先生方の手伝いを行っている。
私と会長だけでなく、風紀部所属の方々も一緒だ。
受験者達はまず、此処で受付を済ませ、どの教室で行うのかを案内する。
今日は分かりやすい様に試験が行われる各教室には番号が割り振られているので迷うことはないと思う。
受付に来た受験者には番号を記載した用紙を渡し簡単に場所の説明を行う。
随所に案内板があるので迷うことは無いし、生徒会や風紀の人達もいるので安心して受験に臨めるようになっている。
受付開始前なので多くの受験者達が集まり始め、既に受付前に行列が出来ていて、緊張した面持ちの受験者達が多くみられる。
早くに来ているのは平民の人達が多かった。
そして時間となり、順番に受付を開始していく。
名前と受験者番号の確認をして記載している用紙を渡す、という流れで受付を進めていくのだけれど、受験日という事と、これだけ人が集まると何かしら悶着が起こるもので、列の後方が騒がしい。
ちらりとそちらに目を向けると、貴族同士のいがみ合い、のようだった。
みっともないわね。
そう思っていたら風紀部の人達が仲裁に入ったのが見えたので、直ぐに収まるでしょう。
「毎年あぁいうのがいるんだよね。模範とならなきゃいけない貴族があのように態度が悪いと困るよね」
「毎年いるのですか?」
「いるよ。大体落ちてるけどね」
そうよね。
あのように態度が悪いと、面接で落とされますよね。
情けない姿を見せびらかして恥ずかしくないのかしら。
「それに、学園の門を潜った瞬間から試験は始まっているので、あの態度は減点対象だよ」
「学園に足を踏み入れたときからが試験だと初めて知りましたわ」
「受験態度も試験の内だからね。先生方は目を光らせている」
確かに、受験態度が悪いという事は普段の素行も良くないでしょうね。
仲裁された受験者が受付のある此方へ来るのだけれど、その表情は叱られた後という事もあり、不貞腐れているようで、ぶつぶつと自分は悪くないという様な事を呟いている。
私は彼の受付を済ませ、用紙を渡すとそれを引っ手繰り、挨拶もなしに去っていった。
「大分態度が悪いね」
「驚きましたわ。それに何故か私、彼に睨まれました」
「多分年上だろうが、アリシア嬢が女の子だから軽く見られたのだろうね」
「今時男女差別は宜しくありませんわね」
「彼の家はリドマン子爵家の後妻の子だね。あまり良い噂は聞かないな」
リドマン子爵⋯⋯。
確かお養父様から、子爵自体は小物だが彼はノルドヴァル公寄りの人間だから気を付けなさい、と仰っていたわね。
子供の様子を見ていればその親がどういった者か、大体想像がつくわ。
彼以降は特に問題も起きず、受験者達の受付が終わり、私達は片づけのお手伝いする。
片づけが終わると、校舎内を会長と一緒に見回り、お昼は少し早い時間にいただく。
会長や風紀の人達と一緒に昼食を頂くなんて中々ない事で、上級生のお話はとても興味深くて面白かった。
その他にも学園内の問題児や要注意人物の話で、先生方の中には彼等に味方する方もいらっしゃるようで、私に気を付けた方がいいよと教えて下さった。
昼食後、私達は魔法披露の会場へと向かい、先生方のお手伝いをする事になっているので、会場の最終調整を行い、小休憩後、昼からの筆記試験、休憩が終わった受験者達を迎える。
私達の役割は、滞りなく試験が進められるよう、順番に並ぶよう点呼し誘導する事。
そして試験が終わった受験者達は順次明日の面接時間と会場を記した用紙を渡して今日の試験は終了となる。
試験が終わり、受験者を全員見送れば私達も今日は終わりとなるが、一度生徒会室に集まり本日の報告会と明日の集合時間を確認し帰途に着く。
今日は寮ではなくて邸へと帰るのでマティお兄様達と一緒だ。
馬車が待つ場所までは生徒会の皆さんと一緒に向かうので中々の人数だ。
「受付はどうだった?」
「そうですわね、去年の事を思い出しましたけど、去年の今頃は試験よりも領の事が気になっていたので、試験当日、どうだったか実はあまりよく思い出せないのです」
「私から見たらシアは緊張せずに落ち着いていたからね」
「確かに! 後で話を聞いたら教室に入って席に着いた後、外を眺めてたって聞いた時は余裕だなぁって思ったよ」
「外をですか?」
眺めてたかしら?
ちょっと当時の事を思い出すと、あっ、そういえば、眺めていたわ。
けど余裕と言うよりも周囲に流されない様にしていただけなのだけれどね。
「レオンお兄様、別に余裕で眺めていたわけではありませんわ」
「そうなの?」
「室内の緊張感が凄かったのですもの。自身の気を静める為に雪を眺めていたのですわ」
「そういえば、去年は雪が結構降っていたね。今年は、まだそこまで降らないね」
今日もちらりとはしているけれど、去年程ではない。
領は、もう結構な雪が降っているのかしら。
「何か気になる事でもあるの?」
「領は、きっともう雪が積もっている頃かなと⋯⋯」
「そうだね。きっと辺りは真っ白だよ」
私が領の事を話せばマティお兄様とレオンお兄様は私の想いに気付いたのか少ししんみりとそう答えた。
私のお披露目を行えば、きっと領にまで噂が届くでしょう。
皆きっと驚くよね。
年明けに戻った時にちゃんと挨拶したいわ。
伯父様にも相談しておかないといけないわね。
「シア、考え事しながら歩いていると危ないよ」
「ごめんなさい」
いつの間にか馬車の側に着いていたので、皆様に挨拶をして其々邸へと帰っていった。
邸に着くとお養母様が出迎えて下さって、何故か部屋まで付き添われて、現在部屋でお養母様とお茶を頂いている。
「どうされたのですか?」
「どうということは無いわ。貴女とこうして二人でお茶を楽しむなんてこの先中々出来ないでしょう? ゆっくりと楽しみたいのよ」
中々、というか二人と言うのはもう無いかも知れない。
お茶会を開くとしたら必ず誰かと一緒だろうから。
お養母様も寂しく感じていらっしゃるのか、いつもの表情ではない。
実質、この邸で過ごすのは今日で最後になる。
週末の光曜日、こちらに帰ってきたらそのまま離宮へ行くことになるだろうから。
「シアは私と二人は嫌だったかしら?」
「まさか! 嬉しいに決まってます。そのような意地悪な事を仰らないでくださいませ」
「ごめんなさい。貴女がシベリウスに来てくれて、一緒に過ごせてとても楽しかったわ。やっぱり女の子は良いわね」
「お養母様なら今からでも問題ないと思いますわ」
「流石にそれは難しいわ。次も男の子だったらとても大変よ? 勿論男の子でも嬉しいけれどね」
こればかりは授かりものだから分からないものね。
「もう一週間もないわね、貴女のお披露目まで」
「はい」
「お披露目が済めば今迄とはまた違う噂が飛び交うでしょう。今までもそういった噂をものともしなかった貴女の事だから大丈夫だとは思うけれど、宮廷では気を付けなさい。貴女に寄ってくる狼の群れは多いわ。王宮に戻れば貴女の判断と言葉で物事が動いていきます。迂闊な発言をしないように気を付けなさい。あれらは貴女の言動に対して貪欲に喰らい付いて来るでしょう。宮廷では強欲な貴族に、お茶会では噂好きな夫人や令嬢が⋯⋯、餌食にならないようにね。何かあれば私も貴女の助けになるから、遠慮しないで言いなさい」
「ご忠告、ありがとうございます。何があっても負けるつもりはありませんわ。それにお養母様の助けはとても心強いですわ」
「ふふっ。任せなさい! 貴女はアンセにもリュス様にも、とても強い所が似ているから大丈夫でしょう。⋯⋯さぁ! そろそろ行きましょう」
とても真面目なお話をしていたかと思ったらころっと表情を一変させて明るく、私を急かして部屋を後にする。
私は一体何があるのかと疑問に思いながらも、お養母様に手を取られているので大人しく付いて行くと、そこはいつもの食堂だった。
あっ、もうお夕食の時間だったのね。
私は特に疑問に思わず、お養母様の後に続いて食堂へ入ると、いつもと違う様相で、立食パーティーの様な雰囲気だった。
飾り付けがしてあって、お料理も何時もよりも豪華で、取り分けの小皿があり、今日はお祝い事などない筈なのだけれど、これは一体何事なのでしょう?
それに、何故ヴィンスお兄様がいらっしゃるの?
「待っていたよ。こちらにおいで」
「あの、お養父様? これはどういった事なのでしょうか?」
「驚いたかい?」
「とても驚きましたわ。何かお祝い事ですか?」
「お祝いと言ったらお祝いかもしれないけど、違うかもしれない」
それは一体どういう事でしょうか?
益々分からずに首を傾げる。
「今日はシアが此処で過ごす最後の日だからね。皆で楽しく過ごそうと思って企画したんだよ。そうしたら何処から嗅ぎつけたのか、ヴィンス様もいらっしゃってね」
「私も伯父上の甥なのですから参加しても問題ないでしょう?」
「一体どうやって陛下を説得してきたのですか?」
「説得はしていない。ただ、シベリウスの邸に行ってくると言っただけですよ」
お養父様は何とも言えないお顔をされていて、顔を抑えて大きなため息をおつきになり「後で叱られても知りませんよ」とヴィンスお兄様に仰った。
お養父様は気を取り直して、私に向き直り、お話をされた。
「シアがシベリウスに来て約四年と半年。貴女が療養される為にお預かりした時はただ元気に過ごし、お身体が早く回復されるようにと願っていましたが、シベリウスで数年お過ごしになると決まってからは養女として、本当の娘が出来たようで、私達も自身の子供と同じ様に愛情をもってお育てしていくうちに、可愛くて、とても大切で、娘がいたならばこのような気持ちになるのかと、新しい発見ばかりでした。うちの子は三人共男ですからね。男の子と女の子への想いはまた違うものです。あの件に関しては、娘を嫁に出すのはこのような気持ちなのかと、あの時はかなり衝撃を受けました。喪失感を早くも味わいました。とても寂しくなりましたよ。ですので、アンセの気持ちがよく分かりますので、シアにはその辺を少し考慮してあげて欲しいと思います」
それって、ヴァン様の事ですよね?
その件に関してはきちんとお父様とお話したので、大丈夫です⋯⋯多分。
その話でヴィンスお兄様のお顔がかなり険しくなったけれど、見なかった振りをしたい。
「貴女は私達の予想を遥か上を行く成長をされました。それは昨年の暮れから始まった大規模な魔物の襲来です。あの時ばかりは、離宮か、此処でお過ごしいただきたかったのですが、まさかご自身も参加すると仰るとは思わず、あの時は流石の私も焦りましたよ。イェルハルド様やアンセに報告した時の事を話していませんでしたが、お二人共それはもう珍しく顔を青くされていましたよ。ですが、当時のシアはシベリウスの養女であるので、先に冷静になったのはイェルハルド様で、危険な場所には配置せず、街の守護に徹底するようにと、これもいい経験となるだろうと。ただ護衛の側を離れないよう徹底してシアに言えと。アンセは最後まで反対していましたけど、この先の事を考えると、最終は了承しました」
そのようなやり取りがあったのですね。
初めて知った事にお祖父様達には謝罪はしているけれど、頭が上がらないわ。
「学園に入学してから、色んな噂を耳にし、同世代の者達と交流し、更にお強くなられましたね。アンセには悪いが、その成長を間近で見守ってきた私達は、シアが王宮へお戻りになるという事は、とても寂しいのですよ。勿論、貴女が本来の家族の元へ戻る事が一番で、貴女の幸せを願う者としてはとても喜ばしいのですが、そう想う事も嘘偽りない気持ちです。この先貴女を直接お助けするのは貴女の側近であり、護衛達です。ですが、私達が助けになる事があれば、遠慮なく仰ってください。私を始め、シベリウスの者達は貴女の味方で第二の家族です。いつでも頼ってくださいね」
「父上の仰る通りで遠慮はいらないからね」
「僕も同じ気持ちだよ」
私はお養父様、マティお兄様、レオンお兄様、アレク、そしてお養母様のお顔を順に見ると、そこには私を励ますように、安心するような心がぽかぽかと温まる、そんな優しい表情で見つめられていた。
――私は本当に優しい家族に囲まれて、幸せ者だわ。
泣きたくはなかったけれど、お父様のお言葉を聞いていたら自然と涙が零れた。
「お養父様、お養母様、マティお兄様、レオンお兄様、そしてアレク。今まで私を育てて下さって、本当の妹の様に可愛がってくださって、感謝の言葉もございません。特にお養父様とお養母様には沢山ご迷惑をかけてしまい、そんな私を温かく励まして下さって、本当の娘の様に接して下さり、寂しさに負けてしまう事なく過ごせた事に、言葉では言い表せない程の感謝と幸せでいっぱいです。マティお兄様、レオンお兄様には沢山遊んでいただき、また妹として可愛がってくださった事、とても嬉しかったです。この先は特にマティお兄様にご迷惑を掛けてしまうかもしれませんが、レオンお兄様も、よろしくお願い致します。アレクは小さい頃からとっても可愛くて、私の癒しでしたわ。この先も私の従弟には変わりないので、学園に入ったらまたお従姉様と呼んでくださいね」
私は涙を流しながら、お養父様達に感謝の言葉を伝えた。
お養父様の目には涙が溜まっており、あまり見ないその姿にまた涙が溢れた。
ヴィンスお兄様がそっと私の元に来て、私を抱きしめてくれる。
「伯父上、伯母上、マティ従兄上、レオン、そしてアレク。大切な妹を護り育てて下さり、感謝します。シアがこうやって心優しい子に育ったのは伯父上達のお陰です。深く感謝致します」
ヴィンスお兄様はそう感謝を口にした。
お兄様はこれを言う為にこちらにいらっしゃったのね。
本当に私は恵まれているわ。
「さぁ、湿っぽいのはここまでだ。皆で一緒に食事をいただこう」
そう気持ちを切り替える様に、私達は今までの思い出話を、楽しい話をしながら食事をいただき、楽しくもシベリウス家との最後の夜を過ごした。
ご覧頂きありがとうございます。
ブクマ、評価、いいねをありがとうございます。
とても嬉しいです!
次回は三十一日に更新いたしますので、楽しんていただけたら幸いです。
よろしくお願い致します。





