156 心優しい人
私は時間が近づいたので、謁見室へと向かう。
侯爵は先に向かい、お父様からのお言葉を伝えるので今頃は皆さんにお話しをされている頃でしょう。
私が仮の謁見室へ着くと、丁度伝え終わったのか、それ程待たずに侍従が部屋の扉を開く。
私に対して礼をする人達の前を通り、三段高くある椅子へ歩みを進める。
椅子に座り一呼吸置いた後、礼を尽くしている皆さんに視線を向ける。
「楽にしてくださいね」
そう声を掛けた後、揃って顔を上げた。
近衛の騎士達は流石に表情を変える事無く私に視線を向けているが、学園に通う、マティお従兄様とティナ以外の四人は少し表情が揺れている。
それがどのような感情でなのかは流石に分からないけれど、もしかしたら噂とは違うから、かもしれない。
「エステル殿下、此処にいる者達が本日よりお側に控える者達となります。一人ずつ挨拶をお許しいただけますか?」
「許します」
儀礼的な事だけど、一人一人顔を見て名をきちんと覚えることが出来るので、挨拶を受ける。
先ずは近衛からの挨拶が始まる。
「この度、王女殿下の近衛隊隊長を務めさせていただきます、アラン・バーリエルと申します。近衛隊を代表し、ご挨拶申し上げます。以下九名を紹介したく思いますが、よろしいでしょうか?」
「えぇ」
隊長以下九名の挨拶を受け、一人一人の名をしっかりと刻んでいく。
隊長と違い、こちらは隊長が他九名の名を紹介する。
その中にはオスカルとマルクの二人もいる。
「以上十名で本日より御身をお護り致します」
「よろしくお願い致しますね」
「「「はっ」」」
近衛の紹介が終わると、次は側近達の紹介に移る。
「次に側近の紹介となります。主に殿下の執務補佐、並びに学園に通われた際の護衛が主になります」
侯爵の言葉の後、こちらは階級関係なく年齢順で自己紹介が進められる。
先ずはルイス嬢から⋯⋯。
緊張の面持ちのルイス嬢が少し心配で、内心発表会で披露する子を見守る親の気持ちになってしまう。
ルイス嬢は緊張から少し震えが見えるけれど、表情はちゃんと笑みを浮かべられているので、ティナやベリセリウス夫人、何より学園で学んだことがきちんと活かされている。
「お初にお目にかかります。ルイスと申します。よろしくお願い致します」
少し声が震えているようだけれど、それでも侯爵に話を聞いていた以上の出来だ。
ルイス嬢の次はマティお従兄様だった。
お従兄様、そしてティナに関しては言うまでも無く私の事を知っているので、何事もなく挨拶が終わる。
そしてヴィクセル嬢、セイデリア卿、クロムヘイム卿と続く。
側近の紹介が終わると侍女の紹介だ。
こちらは筆頭侍女のモニカが代表で挨拶をし、後は名前の紹介のみで終わった。
「以上が殿下にお仕えする者達となります。そして陛下の命により、私が暫くの間、殿下の補佐に就く事となりましたので、改めてよろしく願い致します」
侯爵が改めて挨拶をするのと同じく、改めて礼を取られる。
これで全員の紹介が終わったので、次は私が彼らに対して声を掛ける。
「皆さん、改めてよろしくお願い致しますね。私が公に戻りましたら周囲が騒がしくなるでしょう。特に近衛の方々には負担を掛ける事になると思いますが、お願いします。そして私の側近となった皆さんには急な事にも関わらず、引き受けて下さり感謝致します。暫くは戸惑う事もあるでしょう。ベリセリウス侯爵の元でよく学んでください。それが皆さんの将来の糧にもなるでしょう。最後に私を支えてくださる侍女の皆さんもお願いしますね」
私は、近衛隊、側近、侍女の皆さんの顔を見ながらそう言葉を掛ける。
その次に侯爵が私の事を話すのだけれど、私は少し緊張しているようで思わず力が入る。
「今、殿下よりお言葉を賜りました、再来週の地の曜日、社交界の始まりにエステル王女殿下のお披露目があります。その場で詳細は説明されますが、先ずは殿下にお仕えする事となった皆にこの場でお伝えします。この中でも殿下に関して色んな噂を耳にしているだろうと思う。噂の中に真実があり、殿下は離宮でお過ごしにもなりましたが、大半を王姉殿下が嫁がれたシベリウス辺境領でお過ごしになられ、学園に通っている者達が良く知るアリシア・シベリウス辺境伯令嬢はエステル殿下の仮のお姿です。後一週間、厳密には五日間はアリシア様として学園に通われますが、それ以降、お披露目がある地の曜日から学園は休学となります。その五日間の間、今まで通りアリシア様として接するように側近の六人はよく注意をしなさい。そしてこの件については今暫く皆の内に秘めておくように」
侯爵が私の事を告げたら、流石に事情を知らない四人は驚きに目を見開いていた。
レグリスは驚いたものの、すっと元に戻ったのを見ると、何か納得するように頷いていた。
彼の場合は、セイデリア辺境伯やベアトリス様のお二人から何か感じ取っていたのかもしれない。
「側近の皆さんには混乱をさせて申し訳なく思いますが、今ベリセリウス侯爵からもあった様に、学園では今まで通り接してくださいね」
「畏まりました」
マティお従兄様が代表して答える。
驚いていた三人はまだ戸惑っているようだった。
後で少しお話した方がいいかも知れないわね。
「この後の殿下のご予定ですが、明日から学園がありますので、本日にはまたシベリウス邸に戻られます。近衛の者達は来週末、殿下がお戻りになられてから本格的に就くことになります。殿下がお戻りになられて不便がないよう、侍女達は励むように。側近達に関してはこの後に詳細を説明するのでそのつもりでいなさい」
侯爵は今日の予定を簡単に説明し皆其々理解したところで今日の謁見は終了となり、私は皆の礼をする中、先に退室をする。
退室した後は一度部屋まで戻る。
私の近衛は謁見に臨んでいたので、ここに来るときも臨時で付いていた、お母様の侍女と共に部屋まで戻ると、そこにはヴィンスお兄様とフレッドが待っていた。
「お帰り、ステラ。あぁ、とてもよく似合っているよ。私の妹は可愛すぎるね」
「ありがとうございます、お兄様」
「謁見はどうだった? 皆ステラのその姿に見惚れたんじゃない?」
「お兄様、皆さんは普通でしたよ。別の意味でルイス嬢達は驚いていらっしゃいましたけれど」
「そこは仕方ないね。こちらの都合と言えどステラの身の安全には変えられないから」
「ですが、少しお話をしておいた方がいいかも知れません。明日からの事もありますしね」
「そうだね。マティとクリスティナ嬢は必要ないが、他は言葉を交わしておいた方が彼らの為でもあるね」
「もう! ヴィンス兄上! ステラ姉上を独り占めしないでください。僕だって姉上とお話しがたいのです!」
私とヴィンスお兄様が話をしていると、見兼ねたフレッドが話に割り込んできた。
その拗ねた顔も可愛くて、思わず私はぎゅっと抱きしめたら、あっさりと機嫌が直ったので一安心。
「フレッド、ごめんなさい」
「姉上は悪くありません。兄上がいつも独り占めするから!」
「フレッド、別に独り占めはしていない。必要な事を話していただけだよ。それよりも、ステラの今日の装いはとても綺麗だよね。そう思わないか?」
「はい! 今日も姉上はとってもお綺麗です! いつもお綺麗ですけど、今日いつもより華やかです! キラキラしてます」
「ありがとう。フレッドも可愛いわよ」
私はフレッドが可愛くて頭を撫でると嬉しそうに顔を綻ばせた。
少しお茶を頂きながら他愛無い話をしていたけれど、そろそろ着替えてあちらに行かないと時間が遅くなってしまう。
「姉上、またあちらに戻るのですね⋯⋯」
「後一週間も無くこちらに戻るわ。そうしたらこうしてまたお話しをしましょう」
「約束ですよ!」
「ステラが戻ってきたら三人で触れ合う時間を増やそうか」
「いいですね! いっぱい兄上と姉上と一緒にいたいです!」
「フレッドは可愛いね」
「本当に。フレッドが可愛くて思わずぎゅっと抱きしめてくなりますわね」
「僕から見たら兄上は格好良くて、姉上はとっても可愛いですよ!」
「おや、フレッドから褒められるなんて珍しいね」
「だって、兄上はいつもいつも姉上の自慢ばかりしてるから! 僕はいつも我慢してるのに⋯⋯」
そう表情からもからも我慢しているのがとても分かる寂しそうな表情をしていた。
それにしても⋯⋯。
「フレッドは一人称が“僕”の方が合っているわ」
「あ! 僕って言っていましたか?」
失敗したというように口元を押さえるスレッドがまた可愛らしい。
「今日はずっとそうね」
「フレッド、そんなに気張ることは無い。自然のままでいいんだよ」
「けど! 私だけ兄上と姉上と違います⋯⋯」
それが王家の色を持っていない事だと察する。
フレッドはそれを気にしているようだ。
「フレッドはお母様と同じは嫌かしら?」
「そんな事ありません! だけど⋯⋯」
「周囲を気にする必要はないわ。何か言う人がいてたら私達に言いなさい」
「ステラの言う通りだよ。私達の大切な弟に何か言うやつは私達が懲らしめてあげるよ」
フレッドの周囲で良からぬ事をいう人がいるなんて由々しき事態だわ。
私はお兄様と目線で確認し合う。
お兄様も私と同じ気持ちだから、フレッドの周囲の人物を注視しなくてはならないわね。
「お兄様、フレッド。私はそろそろ着替えますわね」
「あぁ、結構時間が経っているね。そのままあちらに戻るんだったね」
「はい。皆さんとお会いした後、シベリウスの邸へ戻りますので、お父様達によろしくお伝えくださいませ」
「分かった」
「姉上、お戻りになるのをお待ちしてます! 早く帰ってきてくださいね」
「えぇ。また来週にね」
お兄様とフレッドを見送った後、着替える為に部屋へ行くと、モニカとエメリが此方に戻ってきていた。
「お疲れさまでした。お召替えを致しましょう」
「お願いするわ」
既に着替えの準備がされていて、アクセサリーを外して着替えを済ませてから、モニカ達に指示をする。
モニカはいつも通り私に付き、エメリにはこちらの事を任せる。
本当は筆頭侍女であるモニカにこちらを任せたいのだけれど、一度学園の寮に戻るのでモニカでないといけないから離宮で私の事を知ってくれているエメリに此方の事を任せることにした。
私はモニカを伴って、マティお従兄様達がいる仮の執務室へと向かおうと私室を出ると、そこには近衛隊隊長である、アラン・バーリエルと副隊長であるクヌート・マイエルの二人が揃っていた。
「殿下、本日は我々が担当させていただきます」
「よろしくお願いしますわね⋯⋯」
「如何されましたか?」
「バーリエル卿は⋯⋯以前、私がまだ此処で過ごしていた時にいらっしゃったかしら?」
そう、謁見の時に彼を見て何だか見覚えのある様な気がしていた。
見覚えがあると言ったら、王宮でしかないと思う。
「覚えておいででしたか⋯⋯」
「やはり! 見覚えがありましたから」
「あの時はお護りする事が出来ず、申し訳ございませんでした」
「あれは、近衛の貴方のせいではないでしょう。襲われたわけではありません。あの時私も異変に気付きながら不確かな事で何も言わなかったので、私の責任でもあるわ」
「殿下、私の聞き間違いでしょうか。今異変を分かっていて、と仰っしゃりませんでしたか?」
「聞き間違いではないわ。そう言ったのよ」
私がそう肯定すると、バーリエル卿が少し険しい顔をしたのを見て、私は彼が話そうとするのを手で制止、先に口を開いた。
「バーリエル卿、この件に関しては五年前に色んな所からお叱りを受けたので、貴方が言わんとしている事は分かります」
「分かっていらっしゃるならば、何も言いませんが⋯⋯」
「安心してください。あの時と違ってきちんと理解していますので、何かあれば必ず伝えます」
「必ずお願い致します」
納得したのか表情はほっとしたものに変わり、笑みを浮かべていた。
「どうしましたか?」
「いえ、殿下がこうしてお健やかにお育ちになり安堵いたしました」
「お祖父様達皆様のお陰ですわ。卿も心配をありがとう」
話が一段落したところで丁度部屋の前に着いた。
部屋の前にいた近衛の一人が部屋を開け、私は中へと入ると、誰が来たのかと此方へ視線が集中し、私だと知れば迎える為に席を立とうとした皆へそのままでと手で制す。
「殿下、本日はこちらにいらっしゃるご予定ではありませんでしたよね?」
「えぇ、来る予定にはしていませんでしたわ。ですが、先の謁見でこちらに来た方が良いと思いましたの」
侯爵は皆に続きをと指示を出して、私の元へ来てそう疑問を口にしたが、私の言葉を聞いて納得したようだった。
先程までは落ち着いて侯爵の話を聞いていたようだけれど、私が来たことでまた緊張感が高まったように見える、と⋯⋯。
私、まだ何もしていないのだけれどね。
話を聞いてちょっと苦笑してしまったわ。
「侯爵、きりの良い所で皆とお話ししてもいいかしら」
「勿論です。そろそろ今しがた教えたことが終わるでしょう⋯⋯あぁ、終わりましたね」
侯爵が皆の様子を見た後、休憩だと促し、私は皆が座るソファへと近づき声を掛ける前にさっと立ち上がろうとしたのを手で制した。
「少しお話しをしませんか?」
私がそう声を掛けると皆さっと手を止め、ティナがそれに答え、先程まで侯爵が座っていた席に私が座わり、私の後ろに侯爵が立つ。
「光栄ですわ。殿下、先程はお疲れさまでした。とても素敵なお衣装でしたわ」
「ありがとう。お母様が仕立てて下さっていましたの」
「王妃殿下はドレスの流行を生みだしている方でいらっしゃいますもの。皆王妃様のデザインを楽しみにしていますし、何よりもエステル殿下の魅力を引き出していましたわ」
「ティナ、それは褒め過ぎです。それよりも貴女にお礼を言わないといけませんわ。先に伝えていたけれど、頼んでいた件を快く引き受けて下さってありがとう」
「いえ、私も気になっていまし、殿下から直ぐに教えてくださって良かったですわ」
私はティナにルイス嬢の件でお礼を伝えるが名前は出さない。
私が特別目を掛けている、という事が無いようにと彼女がその事に関して萎縮しないよう気を配る。
この面々だとその心配は無いでしょうけど、何処で漏れるか分からないからね。
「マティお従兄様」
「はい、殿下」
「申し訳ないのですけど、この後私と一緒に離宮経由でシベリウス邸に戻って頂いてもよろしいかしら」
「畏まりました」
「後もうひとつ⋯⋯」
「はい」
「此処では殿下と呼ばないでください。お従兄様にそう呼ばれるのは嫌ですわ」
「慣れていただかないといけませんよ」
「この場はいいでしょう? 公ではそれでよろしいけれど⋯⋯」
「仕方がないですね。ステラ様」
「ありがとうございます。マティお従兄様」
お従兄様は仕方なさそうに、だけど笑みを浮かべて了承してくださった。
やはり今までの事もあるし、お従兄様にはいつも通りに接して欲しいと思ってしまう。
内々の場では特にね。
公の場までは流石に求めないけれど。
それはしてはいけない事だから。
「セイデリア卿はあまり表情が変わりませんでしたね」
「普通に驚きましたよ。ただ納得した部分はあります」
「それは?」
「父がシア、いえアリシア様に対してかなり気を使っていたところですね。アルノルド様がアリシア様を可愛がっていたのであの方に注意されるのは分かるのですが、父からアリシア嬢に手を出すなよ、と煩いくらい話していましたからね」
何それ!
セイデリア辺境伯ってやっぱりちょっと面白いかも。
思わず笑ってしまったわ。
その様子が目に浮かぶ。
それはベリセリウス侯爵も同じのようで、珍しく苦笑していた。
「笑い事じゃないですよ。言われたこっちはしつこくて鬱陶しかったんですから」
「それは、ごめんなさいね」
「殿下が謝られることではありません。殿下、確認があるのですがよろしいでしょうか?」
「えぇ」
「殿下が王宮に戻られた事、父はご存じなのでしょうか?」
「その件に関しては私は知りませんわ。侯爵はご存じかしら?」
「セイデリア辺境伯には伝えていませんが、本日陛下に呼ばれて登城していますので、もしかしたら伝えられているかも知れません」
セイデリア辺境伯も呼ばれているとなると、あの件かしら。
ちらりと侯爵を見ると視線で返事が返ってくる。
やはり⋯⋯。
何か進展があったのかしら。
後で聞いてみましょう。
今は彼等との交流が大事よ。
さて、次は⋯⋯。
「クロムヘイム卿」
「はい」
「大分緊張しているようですね」
「緊張しない方がおかしいと思います。レグリ、セイデリア卿はアリシア様と親しかったのでそうでもないかと思いますが、何故私が側近に選ばれたのでしょうか?」
「その理由が気になりますのね」
「はい。同クラスという以外に接点がありませんので」
思ったよりも緊張しているようだ。
マティお従兄様とティナは置いといて、残りの人選は私と交流があるのは勿論、実力と性格、生活態度、家は申し分ないが、個人はまた別の話なのでそれらを調べた上で打診している。
それらを少し省いて伝えると、納得したようだ。
「教えて頂きありがとうございます」
「納得いただけたのなら良かったですわ」
「学園は冬の休暇明けから通われるのですか?」
「いえ、この後一学年の終わりまでは休学する事が決定していますわ」
「殿下のお披露目後、騒がしくなるから、でしょうか?」
「そうね、それが一番の理由かしら。学園には迷惑をかけてしまうので落ち着くまで、と言うのは難しいけれど、それだったらきりのいい二学年から復学する事で話が纏まっているのです」
理由はそれだけではないのだけれどね。
今そこまで話すと、彼等にとって負担になるだろうからまだ話はしない。
「ヴィクセル嬢は落ち着いていらっしゃいますね」
「今の殿下のお話をお伺いしている内に落ち着きましたわ」
「それなら良かったですわ」
「ただひとつお伺いしたいことがあるのですが」
「何かしら?」
「外見は、魔道具で変えられていたのだと推測いたしますが、声は⋯⋯、声も魔道具で変えていたのですか?」
「それは違いますわ。私は魔力を半分以下に抑えていたのですが、その影響で声が変わっていただけです」
「ちょっと待ってください! 魔力を抑えていたのですか!?」
そこでセイデリア卿が驚いたようで思わずと言った風に声を上げた。
「えぇ、そうよ」
「確か、魔力を半分以上抑えてしまうと人体に影響すると母上に聞いたことがありますが⋯⋯殿下の場合は声に影響が出ていた、という事ですか」
「その通りですわ」
ベアトリス様はよくご存じのようで、セイデリア卿は直ぐにヴィクセル嬢に答えた形だ。
ただ、彼は私が魔力を抑えていたことに関して「俺、勝てないかも⋯⋯」とぶつぶつ呟いていた。
そういえば、私に成績で勝つとか言っていたわね。
私の魔力は多いかも知れないけれど、その他に関しては私も努力しないといけないので、勝てないと思うのはちょっと早い気がするが指摘するのは止めておきましょう。
最後は、ルイス嬢ね。
「ルイス嬢」
「は、はい!」
「そんなに緊張なさらないで」
「申し訳、ありません⋯⋯」
「いつものルイス嬢ではありませんね。貴女の中で蟠っているのは何かしら?」
彼女の緊張の理由を知らなければ、この調子では中々慣れなさそうだわ。
それにいつもの面影が無い。
「遠慮せずに話して下さって大丈夫ですわ」
「はい⋯⋯あの、まさか私に殿下の側近にとお話しを頂けるとは思わず、私は将来文官を目指しているのですが⋯⋯その、お話を伺った時、殿下の側近として働けばそこに近づけるのではないかと思いお受けいたしました。ですが、先程の謁見の際に⋯⋯シア、アリシア様がエステル殿下だとお伺いした時に、私は学園で親しくしている年下のお友達を利用するような真似をしていると⋯⋯その考えにとても申し訳なく、そのような考えでお受けしてしまった事が嫌で⋯⋯恥ずかしくて。私が殿下のお側に仕えるには相応しくないと思います。⋯⋯ですので、殿下、私は⋯⋯」
「今の時点で辞退は不可能ですよ」
最後まで言わせず、私は彼女の考えを否定した。
私が否定したことで、ぱっと顔を上げて漸く私に視線が向いたので真正面からその視線を受ける。
「ルイス嬢、私から言えることは貴女が私を利用しようと別に構いません。文官は貴女の夢であり目標なのでしょう? そこに近づこうとする為に、自身の勉強の為に人を利用する事を咎めるような事はしませんわ。悪い理由ではありませんもの。勿論それで誰かを傷つけたりするようであれば私も黙ってはいません。それに、貴女がそう申し訳なさそうにする必要はありませんわ。事この件に関しては、王家の考えで私はアリシアとして生きてきたのであって、どちらかと言うと貴女方を騙していたのは此方ですので、そのように思う必要はないのですよ。とても悩ませてしまってごめんなさい」
「あっ! そんな⋯⋯殿下、謝らないでください」
この姿で話をしても納得出来ないかしら⋯⋯。
だったら、これしかないわね。
「モニカ」
「はい、殿下」
私はモニカを呼び、魔道具を預かろうとすると、ベリセリウス侯爵が「私が⋯⋯」と姿をアリシアと戻す魔道具と、声も戻すために魔力制御の魔道具を着け変えてアリシアの姿に戻る。
侯爵も意図が分かっているので、特に何も指摘しない。
「ルイスお姉様」
「シア⋯⋯、そのごめんなさい」
やはり、この姿、いつものアリシアの方が落ち着いて話ができるようね。
幾分緊張が取れたようで、疑問に思わず私をシアと呼ぶルイス嬢に、私はちょっと複雑な思いがあるけれど。
「お姉様、何に対しての謝罪でしょうか? 私は何も謝罪される様な事はされていませんわ」
「私は、自分の為に貴女を利用しようとしたのよ」
「私は利用されていると思ってません。それでお姉様の目指す所に近づけるなら、喜んで応援しますわ。お姉様は相手が貴族でも諫める事が出来ますし、此処ではそれが目を付けられる可能性もありますが、王女の側近として働いていればそれも表立って目を付けられる事も無いと思いますよ。ルイスお姉様にとっては良い事尽くしですわ。そして王女にとっては心優しくて目標に向かって頑張るルイス嬢に対して応援したい気持ちです。何よりも王族に戻るという事は中々気の休まる時間が少ないという事、そこに側近として知った人がいてくれるのはそれだけで気が休まるものです。お互いにとっても良い事尽くしなのですよ。どうですか?」
私はアリシアの時と同じ様にルイス嬢へ話しをする。
その方が彼女にとっては楽だと思ったからだ。
そしてそれは正しかった。
私と話したことでスッキリとしたのか表情が先程まで憂いたものとは違い、いつもの彼女に戻ったようだ。
「シア⋯⋯、いえ。エステル殿下。もう大丈夫です。お手数をお掛けして申し訳ございません。改めて、よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願いしますわね」
良かった。
明るい表情に、いつものお顔に、更に決意ある表情になっている⋯⋯。
ルイス嬢はとても繊細なのね。
少し、宮廷と言う魔窟で大丈夫か心配になるけれど、彼女ならきっと大丈夫。
何かあれば私達が助けになればいいのだから。
ご覧頂きありがとうございます。
ブクマ、評価、いいね、誤字報告をありがとうございます。
とても嬉しいです!
次回は二十六日に更新致しますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願い致します。





