143 お養母様達の理想
少し待って会場外へ出たので、出入り口付近の人もそれ程多くなく少し歩くとマティお兄様、ティナお姉様、そしてマルクス様が話をしながらこちらに歩いてきていた。
「三人ともお疲れ様」
「ありがとうございます。今日も皆様揃って観戦していらっしゃったのですね」
「えぇ。ティナは去年より一つ落としたわね。少し弛んでるのではなくて?」
「力が入り過ぎてしまいましたわ⋯⋯」
「マティ君に最初から試合を握られていたね。それは分かっていたのかな?」
「最後になってようやくその点に気付きましたわ。完全に私の負けです。⋯⋯悔しいですわ」
お姉様はとても悔しそうにそう呟いたのを聞き取った侯爵は「これからも精進しなさい」と言葉を掛けていた。
「マルクス、お前も途中から試合を握られていたぞ」
「分かっています。それにまさか最後の場面であのように弾かれるとは思いませんでした」
「貴方は少し先の想像が足りませんよ。実践では剣だけが武器ではないわ。魔法は勿論、武術を使って反撃するものもいるわ。そういった時に、そう来るとは思わなかった、では貴方はすぐに殺られてしまうでしょうね」
「肝に銘じます」
ベアトリス様は容赦なくこの場でマルクスに指導していて、セイデリア辺境伯はやれやれといった風に見守っていた。
そしてマティお兄様は、優勝したにも関わらず、お養父様に悪い所を指摘されていた。
こんな所で目立つのに指導しなくてもいいのでは? と思わなくもないけれど、悪かった点や良かった点、また改善点を伝えるのは本人にとっても試合直後という事もあり自分の中に落としやすく、直ぐに次に生かせるのでいい事だとは思う。
私には、何もなかったけれど⋯⋯。
何か言って欲しいと思うのは欲張りかしら。
誰も何も言ってくれないのは少し寂しいものがある。
「どうしたの?」
「ルイスお姉様。何でもありませんわ」
「そう? 何か言いたそうだったけれど」
「いえ、本当に何でもないのです」
「まぁ、貴女がそういうならいいのだけど。それにしても皆様本当に仲がいいのですね」
「そうですわね」
「何他人事の様に言っているの。シアも大切にされているでしょう?」
色んな意味で大切にされているわね、確かに。
思わず他人事の様に言ってしまったので、ルイスお姉様には不思議に思われたけれど、きっと私が養女なのでお養父様達に遠慮していると思われたのかもしれない。
お養父様達は言いたいことを言い終えたのか、私の方へいらっしゃった。
どうしたのかと不思議に思い、お養父様を見上げる。
「どうしたんだい?」
「何がでしょう?」
「いや、何か言いたげだったからね」
「お養父様、いつも言っておりますが心を読まないでくださいませ」
「可愛い娘の事だからね、読まなくても分かるよ。話してみなさい」
お養父様にそう言われてしまい、先日の私の魔法披露の件で、良くなかったところや改善した方がいいところなどを聞いてみたのですけれども⋯⋯。
「そうだね⋯⋯一言で言うならやり過ぎだよ」
「えっ?」
「シアが一位になるのは分かっていたから私としては程々で良かったんだけど、まさかあそこまでの規模の披露を行うとは思わなかった。勿論シアが頑張って考えて披露した事は誇らしいが、あの厄介な連中に付き纏われることを考えたら、力を抑えても良かったなとは思う」
お養父様からはやりすぎだとの評価。
確かに私もやりすぎたかなと思ったけれど、私もそう思っていたからお養父様にも言われてしまった。
呆れられたかしら⋯⋯。
「だが、シアがあそこまでの繊細な魔力操作を行ったことは本当に素晴らしいよ。火と水を使って温度調節を上手く出来なければあのような幻想的な披露には至らなかっただろう。魔力操作の観点だけ見れば、全学年でみても上位に食い込むだろうね。シアはそれだけ凄い事をしたんだよ」
「お養父様、流石にそれは言い過ぎではないでしょうか?」
「アリシア嬢、アルの評価は養女に対しての過剰評価ではないですよ。私の目から見ても同じ評価です。そして少々やり過ぎだと思うところも同意ですね」
侯爵まで⋯⋯。
お養父様や侯爵が嘘の評価をするとは思っていないけど、何だか評価が高すぎて少しどうしていいか分からない。
褒められたら素直に嬉しいのだけれど、何だかむずむずする。
ただ、そんな私をルイスお姉様が微笑ましそうな表情で見ていたのには全く気付かなかった。
話が一段落したところで私達は今日の報告会の為に生徒会室へ、お養父様達は王都の邸にと帰って行った。
私はお兄様の人気を甘く見ていた。
生徒会室へと皆で向かっていると、それはもう色んな令嬢達が待ち伏せをしていて、お兄様に話しかけるのだけど、見た事も無い様な冷徹ぶりで、冷気が漂っているのではないかと思うくらい冷え切った空気を醸し出していた。
そんな空気に怯えて近づけない人もいれば、近づいてくる強者もいた。
そして何故か私に敵視する人達もいて、少々うんざりしてしまったが、お兄様が私をそのような目で見る令嬢に対してはより一層視線で殺せるのではないかと思うくらいの冷え切った目で令嬢を見て、それも口角が上がっているのがより一層怖く、流石の令嬢達もまずいと思ったのかそそくさ逃げて行った。
「相変わらずの人気ぶりよね、マティ様は⋯⋯」
「あの中の何人かはティナ嬢に好意を寄せている令嬢達がいるでしょう」
「言い方に気を付けて! 私にはそっちの趣味はありませんわ」
確かに、今の言い方だとそっちの意味にとれるわ。
ルイスお姉様と共に苦笑しながらお兄様達の話を聞いていた。
ようやく生徒会室に着くと何だかほっとしてしまった。
あの令嬢達の待ち伏せ攻撃と熱量が凄くて私まで疲れてしまった。
一番お兄様が疲れたと思うのだけど、そんな事は微塵にも見せず、生徒会室に入ってようやくいつもの表情に戻っていた。
けど、会長がマティお兄様の表情を見て「大変だったなぁ」と揶揄い口調にお兄様の肩を叩いていたのを、お兄様はちょっと鬱陶しそうに会長の手を払っていた。
私達が一番最後だったようで、既に他の方々は揃っていた。
「まずは、マティアス君とフィリップ君は優勝、クリスティナ嬢は三位おめでとう」
「「ありがとうございます」」
「レーア君は今日の討論会での活躍が凄かったね」
「会長、見に来られていたのですか?」
「見ていたよ。流石ホレヴァ家の人間は着眼点が違うね。そして説明の仕方が上手い」
「ありがとうございます」
ホレヴァ家は元々商人の家系で三代前にその手腕と話術で国に貢献したことで男爵位を叙爵し、最初こそ他の貴族達からのやっかみや嫌がらせを受けたようが、現男爵も優秀でもうホレヴァ家をとやかく言う貴族はいない位に地位と信頼を確立している。
そんなホレヴァ家の嫡子という事もあり、幼い頃から話術にこの国の特産品や各国の知識等をそれはもう厳しく叩き込まれたたという話をしていたのを思い出した。
レーア様はとても自信に満ち溢れていて、会長の誉めても驕ることもない。
今日の種目が終わり、見回りと報告会をすますと、明日の為に私達も早々に寮へと戻る。
その帰り道、ルイスお姉様にティナお姉様、ディオお姉様そしてウィルマさんと一緒で、今日の試合の事を話しているのまでは良かったのだけれど、ルイスお姉様が今日競技場での出来事、つまりあの令嬢の事を話したのだ。
だけど、まだ一年と言えど生徒会に所属しているわけだし、何よりあのような迷惑は見過ごせないもの。
ティナお姉様は複雑な表情で話を聞き、ウィルマさんは感心したように話を聞いていた。
「シア、暫く一人で行動してはダメよ」
「交流会中は一人になる事は無いと思いますわ」
「まぁ、そうね。けど予想外の事が起こらないとは限らないわ。あの令嬢が貴女にやられっぱなしで引き下がるとも思えない」
「確かにそうよね」
「あの方、どうにかならないのでしょうか」
それは難しいと思うわ。
祖父が祖父で親が親なので矯正は難しいでしょう。
人の注意を素直に聞く事も無いのだし⋯⋯。
交流会中は必ず生徒会の人達と一緒だし、見学するときはお養父様達と一緒で一人になることは無いとは思うのだけれどね。
だけど、ティナお姉様は何を心配しているのか、私に対して過保護な様子を見せていた。
うん、これはちょっと注意が必要かしら。
お兄様達なら分かるけれど、流石にティナお姉様までこのように過保護ぶりは拙いと思うのよ。
どうするか考えていたらいつの間にか寮まで帰ってきており、部真っすぐ部屋に戻ってきた。
「シア様、お疲れ様です」
「ありがとう」
「今日の試合はいかがでしたか?」
「マティお兄様が優勝なさったわ」
「流石ですわね」
「とてもお強くて格好良かったわ」
「マティアス様の試合が観戦出来て良かったですわね」
「だけど来年は我儘は止めておくわ」
「あら、何かあったのですか?」
何かって、あれだけ令嬢に絡まれたらお兄様がうんざりするのも分かるもの。
流石に申し訳なくて、来年はお兄様がお好きな事をなさって欲しい。
まぁ、何に参加しても今日みたいになりそうな気もするけれど。
モニカに今日の令嬢達の行動を教えると、あからさまにドン引きしていた。
普通はそうなるわよね?
私も実際そのように心な中で思ってしまったし、何より睨まれたしね。
私の周囲の方々がそのようにがつがつしている方はいないので、あのような令嬢達を見ると、本当はそれも貴族令嬢の在り方の一つなのかなと思ってしまう。
色んな打算もあるだろうけれど、ただ、シベリウス家に嫁ぐとなると強い女性、技術だけでなく、心根の強い方でないと難しいでしょうが、そのような方に出会えるか⋯⋯。
お兄様の事を心配しつつ、だけどお兄様の事だからきっと素敵な方と出会えるはず。
あっ、ティナお姉様とマティお兄様ってお似合いじゃないかしら。
こんなこと思っていたらお二人に叱られるかしら。
「シア様、何をお考えになられているのですか? お顔がおかしなことになっていますよ」
「えっ!? そんな顔に出てたの?」
「えぇ、しっかりと。一体何を画策しているのでしょうか?」
「画策だなんて、ただ、マティお兄様はどのような方とお付き合いなさるのかな、と考えていただけよ」
「因みにシア様のお考えではどなたを思い浮かべたのかお伺いしても?」
「⋯⋯クリスティナ嬢かな。あっ、ただ私がそう思っただけだからね!」
最後にそう思わず言うと、モニカは笑って「分かっております」とそう言った、と思ったら思いがけない所から否定された。
『姫様、それはあり得ません』
『何故? 勿論ただの私が思っただけの事だからどうなって欲しいとかは無いけど』
『長のご息女は、多分姫様にずっとお仕えすると思います』
『流石にそれは無いでしょう。ティナだってずっと私の側にいるわけにはいかないわよ』
『そこはいずれ分かるかと思います。ただ此れだけは伝えておきますが、ベリセリウス家の方々はご自分の主と決めた方への忠誠は姫様が思うよりも重いですよ。そこは我々に通ずるものがあります』
そんなに?
嫌とかではないのだけど、ベリセリウス家の人達って⋯⋯あっ、侯爵の事を思い浮かべたらちょっと納得出来てしまうかも。
お父様の側近で、だけどきっとお父様の命令で私の事も忙しい中、申し訳ないくらいよく助けてくれるし。
うん、今はあまり深く考えないでおきましょう。
翌日の交流会三日目は、ヴィンスお兄様は剣技へ、レオンお兄様は魔法技に出場される。
私はヴィンスお兄様の試合は観に行けないので、お養父様と共にレオンお兄様の試合を今日は朝から見に行くことが出来た。
生徒会と言えど、一年は自由行動が多くもらえるので、お言葉に甘えてお兄様の試合を観に行くことにしたのだ。
朝生徒会で一日の始まりの挨拶と皆の予定を確認し終えると、午前中学園正面ホールで待機するマティお兄様、ティナお姉様と共に、私はお養父様達と合流する為に一緒に向かった。
「今日はレオンの試合を観るのだったね」
「はい、お兄様」
「きっとレオンは張り切っているだろうね」
「昨日のマティお兄様もとってもお強くて格好良かったので、今日のレオンお兄様の活躍も楽しみですわ」
「昨日は本当に悔しかったですわ。最初からマティアス様に試合を握られていたのですもの」
「シアが観に来ていたからね。格好いいところを見せたかったんだ」
「私はティナお姉様の戦う姿を初めて見ましたが、お兄様に負けてしまったとはいえ、戦う姿は素敵でしたわ。私も見習いたいです」
ティナお姉様が負けたことを悔しがっていたけれど、お姉様も強くて素敵だったのは本当だもの。
私も頑張ってお姉様みたく強くなりたいし、来年は剣技に出ようかしら。
「シア? 来年は剣技に出るつもりかい?」
「声に出ていましたか?」
「出ていたね。普通に聞こえていたよ。私としては危ないから出るなら今回と同じか、違う種目に出て欲しいけどね」
「交流会まで過保護にならずともいいと思いますけれど⋯⋯」
「シアが出たい種目に出るのを止めるつもりはないけど、やはり兄としては過保護になるものだよ。怪我をしてほしくないからね」
兄としても護衛としても、そう思っていそう。
ティナお姉様はそこに関しては過保護ではないみたいで、私の実力を見てみたいと話していた。
ホールに着いてからはお養父様達を待ちながら生徒会のお仕事を手伝う事暫く、お養父様とセイデリア辺境伯様達が一緒にいらっしゃった。
「おはよう」
「おはようございます」
「おはようございます、お養父様、お養母様」
「さて、では行こうか」
「はい。マティお兄様、ティナお姉様、行ってきますね」
「楽しんでおいで」
「気をつけてね」
私はお養父様達と競技場に向かい観覧席に着くと、始まるまで雑談をする。
私はお養母様とベアトリス様に挟まれ、私の後ろにはお養父様とセイデリア辺境伯が座している。
隣にベアトリス様、と言うのがこの間の事もあり、少し緊張があるのだけれど、結局その後の話で私の事を話したのか話していないのか、何も聞かされていないので話を振られたとしても私としてでしか対応できない。
今はお養母様とベティ様が話に花を咲かせていて、私はお二人の話を聞いているだけなのだけれど、場所、変わった方がいいのではないかと思わなくもない。
それとなくお養母様の方にお伺いするのだけれど、素気無く却下されてしまった。
居心地が悪いわ⋯⋯。
そんな私を見兼ねたのかお養父様から嬉しい提案がなされた。
「シア、私の隣に来るかい?」
「「ダメよ!」」
お二人の息ぴったりな言葉でこれも却下されてしまった。
お養父様の方を見れば申し訳なさそう表情で私を見ていたけれど、このお二人が揃っては難しいと思うわ。
諦めが肝心よね。
だけど私を後ろに捕られたらと思ったのか、私にも話を振ってくるのだけれど、内容が内容なだけに、困る。
「シアはレオンとアストをどう思う? あの二人お似合いじゃないかしら?」
「お養母様、レオンお兄様にそれをいうと嫌がりますよ」
「ここにはレオンがいてないのだからいいのよ! うちの子は誰も浮いた話が無いのだもの。面白くないわ」
「マティお兄様もまだ難しいと思いますわ。昨日の様子を見ていれば、私でもうんざり致します」
「あら、何があったの?」
先日の試合後の出来事をお養母様達に話をすれば、他人事に「あの子も人気が高いのね」と呟いていた。
「変な子に引っかからなかったらいいわ」
「お兄様の事ですから大丈夫だと思いますわ」
「分からないわよ。恋をすれば変わるもの! まぁその前に私が相手の方を調べますけど。変な子が来たら困るものね」
「オリー様の仰る通り。一番は芯のしっかりした、人を思いやれれる娘が良いわね。もうひとつ希望を言うなら戦える強い子が良いけれど」
「そうね。私達が守る土地柄で言えばそうなるわね」
お養母様とベアトリス様は将来のお嫁さんの話で盛り上がっていたけれど、私がその話に入れるはずもなく、先程はお養父様からの提案だったけれど、私から後ろに移動してもいいか、提案をすると「シアはお養母様よりお養父様の方がいいのね!」と悲しそうに言われてしまい、結局その場に留まる事にした。
お養母様のその引き留め方には敵わないわ。
だけど何故このお二人は私をここに引き留めているのでしょうか⋯⋯。
特に話を振られる事も無いのに。
そう思っていたけれど、結局試合の始まりの時間となったので、お養母様達も話を一旦止めてアレーナへと視線を向けた。
ご覧頂きありがとうございます。
ブクマ、評価、いいねをありがとうございます。
とても嬉しくて励みになります。
次回は三十一日に更新いたしますので、楽しんでいただければ嬉しいです。
よろしくお願い致します。





