137 クリスティナ嬢とお茶会
私達は今、いつも使っている訓練場とは違い、こじんまりとはしているけれど、少し開けた場所に来ている。
此処で魔力を封じている魔道具を外して私の今の魔力量を測り、魔道具の調整を行うので、念のため外に私の魔力が全て漏れないよう、そして私が魔力暴走を引き起こしてしまった場合を考えて周囲に結界を張るのに此処が一番適していて、よく利用している。
いつものように侯爵は周囲に結界を張り、結界内にはお祖父様とクリスティナ嬢も一緒だった。
準備が整ったら侯爵は私の魔力封じの魔道具を外す。
魔道具を外されると徐々に魔力が身体中を巡るのだが、私はそのなんとも言えない感覚に未だに慣れない。
堰き止めていた魔力が身体中を巡るのだから、表現するとすれば少し酔った感覚、激しい海原を船で航ているような感じだ。
この感覚は魔力暴走の手前なのでとても危険な状態ではある。
堰き止めていた魔力を解放すると、侯爵は私の魔力を感じとり、それはもう驚いていたようだけど、私は自分の魔力を制御するのに精いっぱいだ。
何時もに増して気持ち悪い⋯⋯。
自分の魔力なのに気を抜いたら魔力に飲まれて倒れてしまいそうになる。
周りを見る余裕がなく、耐えていると、ふっと身体が楽になり、だけど私は自分で立っている事が出来ず身体が傾いたが、侯爵が受け止めてくれた。
「殿下、ご気分はいかがですか?」
「⋯⋯気持ち悪いわ。以前と違い、制御するのが難しいです」
「それだけ殿下の魔力が増えているという事です。早急に魔道具を作成し直しますが、たまに魔力を解放し慣れる必要がありますね」
「私も、そう思うわ」
これは急に戻すのは危険だと思う。
今でこの調子では⋯⋯、自分の魔力なのに不安を感じるなんて情けないけれど。
だからこそ今からこの魔力に慣れる為の訓練をする必要がある。
それにしても、気落ち悪い⋯⋯。
侯爵に凭れ掛かったままで動けない。
「ステラ、大丈夫か?」
「申し訳ありません。もう少し、待ってください⋯⋯」
お祖父様に声を掛けられたが今動くと確実に倒れると思う。
はぁ⋯⋯気持ち悪い⋯⋯。
私は目を閉じて落ち着かせる。
一度息を大きく吐いて目を開け、大分落ち着いてきたので侯爵から離れる。
「殿下、動いても大丈夫ですか?」
「もう、大丈夫です」
「ステラ、まだ顔色が悪いぞ」
「心配ありませんわ」
心配そうにするお祖父様と侯爵に微笑んで答える。
クリスティナ嬢は私の魔力の多さに驚きを隠せないようだった。
侯爵の手を借り、私がゆつくり立ち上がると二人共安堵したようだった。
「やはり急激に魔力が増加しておりますので、今の魔道具では役不足ですね。来週までに新たな物を用意しておきますので、いつも以上に魔力操作にはお気を付けください。出来ればこちらでの訓練は魔力操作を重点的にされたほうが宜しいかと」
「分かりましたわ。魔道具の件はよろしくお願いしますね」
そう言うと侯爵は戻るようで、お祖父様と少し話をしていた。
その間にクリスティナ嬢が私の傍まできて、心配そうに声を掛けてきた。
「殿下、お身体は本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫です。それよりこの後何かご予定はありますか?」
「いえ、何もありません」
「では私と少しお話しをしませんか?」
「私もお話をさせて頂きたいと思っておりました」
私がクリスティナ嬢と話をしていると、お祖父様と話し終えた侯爵が此方に近づいてきていたので、この後二人でお話したいことを伝えると、お祖父様は「それがいい」と了承の返事を、侯爵はクリスティナ嬢に一言囁き、私に挨拶をしてこの場を後にした。
私達は離宮にあるサロンに場所を移したが、急な事にもかかわらず、モニカとエメリは直ぐにお茶の準備を抜かりなく整えてくれた手腕は流石だと思う。
先程魔力を解放したので、身体に負担が掛かっていたため、甘めの紅茶が身に染みる。
「急なお誘いでしたのに受けていただいて嬉しいですわ」
「いえ、私もお話をしたいと思っておりましたので、こちらこそありがとうございます」
「ここには私達だけですので、いつも通り話してくださって構いませんよ」
「流石にそういうわけには参りませんわ」
思ったよりクリスティナ嬢って硬い感じなのかしら。
此処には私と二人なので、いつも通りの方が話しやすいかとも思ったのだけれど、やはり一線を引いているようだ。
そこが少し寂しいと感じるが、それも致し方無い事だとも思う。
私は自身の感情を表に出さず、彼女に問う。
「改めてお聞きしますが、本当によろしいのですか?」
「はい。先程前王陛下にお話しした通り、殿下にお仕えしたいというのは本心です。殿下は、私ではご不満でしょうか?」
「誤解なさらないで。とても嬉しいの」
私がそう伝えると、クリスティナ嬢も表情を柔らかくして微笑んだ。
その表情はいつも学園で見る本当の笑顔だとわかる。
ただ⋯⋯。
「嬉しいのとは反面、心配でもあるの」
「心配、ですか?」
「侯爵に私の事をどのようにお聞きしているの?」
「本日こちらに招かれた理由については、私を王女殿下に紹介したい、とだけ。後は自分で決めなさい、としか言われておりませんので、殿下については父からは何も聞かされてはおりません。ベリセリウス家のお役目は小さい頃より学んでおりますが、王家の方々に関しては成人し、父である侯爵の許可がおりて漸くより深くお話を聞く事が出来るのですが、私はご存じの通り、まだ成人を迎えておりませんので父からは聞く資格が無いのです」
という事は、私の事はそれ程知らないのね。
彼女が私に仕えるとも限らなかったし、言えるわけもない。
「それだと今日私に会って驚いたでしょう? 何故直ぐに私が私だとお分かりになったの? そして何故何も聞いていないにも関わらず、私に仕えようと思ったのですか?」
「やはり声が同じでしたので、後はふとした表情がアリシア様でした。今の、元のお姿では雰囲気が全く違うので少し自信はなかったのですけど、養女という立場にも関わらず、ヴィンセント殿下に可愛がられているという点が確信に至りました。そして何故殿下にお仕えしようと思ったか、それは普段のアリシア様を見ているからですわ」
私に会い、声を聞き、何よりもお兄様に接していると気づかれますよね。
私はその事を聞くと思わず苦笑してしまった。
「学園でお兄様に接していると、やはり分かりやすいでしょうね」
「そうですが、ただ、エステル殿下に実際お会いしてみない事には、そう確信するのは難しいと思いますわ」
それなら、ヴィンスお兄様が必要以上に学園で私に会わなければバレることは無いかしらね。
けど、これ以上接するのを控えたら、お兄様だけでなく私も寂しく思う。
会うと言っても徒会室だけだし、普段お兄様にお会いすることがないし、クリスティナ嬢も半信半疑のような感じだったから取り敢えずはそのままにしておきしょう。
それよりも⋯⋯。
「クリスティナ嬢。普段の私を見ているから、とは?」
「殿下は、アリシア様の時に特に演技はしていらっしゃらないでしょう? 振る舞いや話し方等は変えていらっしゃるようですが、それ以外はありのままだと感じました。どこか間違っているでしょうか?」
「間違ってはいませんわ」
「だからです。私はアリシア様とお会いしてまだ半年足らずですが、とても可愛らしくて何事も真剣に取組む姿に、何より一番は周囲への気遣いと誰にでも平等に接している姿にとても好感が持て、裏表のないアリシア様が好きなのです」
何だか過大評価されているような、恥ずかしいような、自分で聞いておいて墓穴を掘った感じがするのですが⋯⋯!
けど、クリスティナ嬢は真剣で嘘偽りを言ってないように思う。
「殿下、私からもいくつか質問をしてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、勿論です」
「殿下の側近としてお仕えさせていただくに辺り、殿下の事を知りたく思います」
クリスティナ嬢の真剣な言葉に先程のこともあって、私は思わず笑ってしまった。
「殿下?」
「ごめんなさい。クリスティナ嬢の言う事は最もなのですが、先程のことも含め、何だか告白を受けているような感じがして」
私がそう伝えると、クリスティナ嬢は虚を突かれたような表情の中に少しの不満と照れたような表情が見え隠れしていた。
そしてちょっと照れを隠すように、私にお願い事をしてきた。
「先にお願いがあるのですが⋯⋯」
「何かしら?」
「本来私からお願い申し上げるのは失礼に当たるのですが、私の事はどぞティナとお呼び頂ければ嬉しく思います」
「分かりましたわ。ティナ。では、私の事はステラと呼んでくださいね」
ここでようやくティナは何時も学園で見せる笑みを見せた。
私も少しほっと心に温かみが戻ったような感じがする。
シアの時のように接することは出来ないけれど、シアの時のような気安さが少し戻った事に心地よく思う。
「早速ですがステラ様、今後の為に答えられる範囲で構いませんのでお聞きしますが⋯⋯」
そう話始め、まず聞かれたのは未だに王宮に戻らない事だった。
この件に関しては、私が狙われている、という事とそこにノルドヴァル公が絡んでいる、という事だけを伝えておいた。
だから公爵の孫であるあの令嬢と相対するのは好ましく無いのだが、すでに接触してきている点と、女子寮には私の事情を知る者がいない為、今回ティナに白羽の矢が立ったという事を伝えた。
次に聞かれたのが、マティお従兄様達がシアの時のあそこまでの過保護ぶりについて⋯⋯。
これについてはどうしようかと思ったけれど、闇の者達の件もあるし、伝えておいたほうがいいかしらね。
現状、こちらもアリシアの時に狙われるかも知らないので、この間の件も伝えると、私が危険な目に合っていた事も知らずにご自分がのうのうと過ごしていた事に対し落ち込んでいるようだった。
全く落ち込む必要が無い事、その時点では私の事を知らないのだから気にする必要がないことを伝えた。
今大きく気を付けなければいけないのはこの二点。
「一応確認ですが、ステラ様の事を学園でご存知なのは誰でしょう?」
「ヴィンスお兄様にマティお従兄様、そしてレオンお従兄様とティナを入れて四人だけよ」
「ヴィンセント殿下の側近を努めているエドフェルト様はご存知でないのでしょうか?」
「知らない筈よ。もし知っていたら私にあの様な質問はしないでしょう」
「あの様な質問⋯⋯? っ! 確かに、そうですわね。申し訳ありません」
何の事かすぐに分かったようね。
あれは学園に入って直ぐの事だったから今はどうか知らないけれど、エドフェルト卿に教える必要性を感じないので知らされてはいないでしょう。
先生方も知らないでしょうし⋯⋯。
学園長はもしかしたら、ご存知かもしれないけれど⋯⋯。
「他に質問はあるかしら?」
「はい、学園で気を付ける点はありますでしょうか?」
「学園では私に対しては今まで通り接する事。必要以上に気に掛けなくてもいいわ」
「それだと今までと同じなのでは?」
「全く違うわ。私にとってはね」
私の事を知っているのは身内だけだったけれど、皆男性で、やはり同性で信用が出来て、私の事を知る人が側にいるのはやはり心の持ちようが違う。
ずっと親しい人を騙していることには罪悪感が生まれるから⋯⋯。
勿論それだけではない。
今の私は辺境伯令嬢と言う立場でまだ学園では一年生なので、上級生の侯爵家以上の方がいるとやはり楽なのは楽なのだ。
辺境伯という爵位は侯爵に近い権限を持っているけれど、そうは思わない者も多いので、ティナが側にいるのはとても大きな存在なのだ。
私では限界があるので、心強い。
「とても冷静でいらっしゃいますね」
「そう? 先程お祖父様に窘められたばかりなのですけど」
私はそう苦笑した。
無意識とはいえカップを割ってしまったのだから冷静とは言えないでょう。
しかもその事に気付いていなかったのだから。
「いいえ、あの件は別でしょう。ステラ様のお気持ちは分かります。怒って当然ですわ」
「ありがとう」
「ですが、ノルドヴァル公の孫であるあの双子には注意すべきかと。特に、お話を聞く限りではステラ様というよりアリシア様があの令嬢に目をつけられてるように思います」
「そうでしょうね。あの令嬢から見ると、シベリウス家の養女でヴィンスお兄様の従妹で血の繫がりが無い私は邪魔な存在でしょう」
「面白い話をしているね。誰が邪魔な存在だって?」
そこへ第三者の声が響いた。
声のした方を見るとヴィンスお兄様が部屋に入って来られた。
にこやかな表情をされているけれど、とても不愉快だという様子で私の方へと向かってきていた。
――何故何も言わずに入ってくるの!?
というか、今日はここに来る予定なんて聞いてません!
ティナの方を見ると、さっと立ち上がりカーテシーで迎える。
「お兄様、今日はこちらに来られるなんて聞いておりませんわ。それに何も言わずに入ってくるなんて⋯⋯」
「ステラ、私に話していないことあるだろう?」
「何かありましたでしょうか?」
「ステラ? 何かあったら必ず話すように伝えたよね? 私との約束を忘れたの?」
「それは⋯⋯内容が内容でしたので、お兄様よりお父様に話すべきだと思い、お父様にご報告致しました」
「そうだね、その父上から今朝話を聞いたよ。全く! あの頭の軽い馬鹿女!」
「お兄様、事実であってもお言葉が悪すぎますわ」
「ごめんね。私にとってはステラを軽く見る奴や頭の悪すぎる自分勝手でおめでたい勘違い女は嫌いなんだ」
それに関しては同意しますが⋯⋯。
私とお兄様が話している最中にお兄様の席の準備が整えるモニカ達は凄いと思う。
そのお陰でようやく落ち着き、怒っていたお兄様もお茶を楽しむ。
「ところで何故ここにクリスティナ嬢がいるんだ?」
「そこはお父様にお聞きしていませんの?」
「聞いてない」
「ティナは私の側近を引き受けてくれたのですわ」
「そうか。学園でステラの同性の信頼できる者が一人は欲しいと思っていたんだ。ベリセリウス家の者なら安心だな。良かった。ステラを頼むよ」
「お任せください」
お兄様も気にされていたようで、安心したようにほっとされていた。
それでお兄様が何故こちらに来たかというと、久しぶりにこちらの騎士達に訓練をつけて貰う為なのだとか。
何故王宮で行わないか、それは、私が此処にいるからだという理由だった。
本当は私も今日此処に来たのも訓練をつけて貰う為に来たのだけれど、ティナとの事もあって昼から訓練をすることとなっている。
よくよく考えると、お兄様と一緒に訓練をするのは初めての事だわ。
私達はこのまま三人で昼食を頂く事になり、学園での話を詰めていく。
お兄様からはお父様だけでなく必ず私にも言うようにと念に念を押されてしまった。
ティナには直接寮で話すことも出来るのでこちらも何かあれば直ぐに話して下さいと、お願いをされ、私としても一番頼りにするのはティナになるだろうと思うからそこは頼りにさせて貰う。
ただ、それを聞いたお兄様は悔しそうにしていたがそれも仕方ないと渋々大人しくしていた。
学園でお兄様を頼るわけにはいきませんものね。
格好の餌食になるのが目に見えているので、それが分かっているからお兄様もあっさりと引き下がった。
昼食を食べ終えたらティナは私達に挨拶をして帰っていき、私とお兄様は昼からの訓練の為に食後の休憩を挟んで訓練場へと赴いた。
訓練場には既にマティお従兄様達が昼からの訓練を開始していたが、中々厳しく扱かれていていたが、先週よりもまた格段に強くなっているような気がする。
何だろう⋯⋯お従兄様達の伸びしろが凄すぎて、もう何て言っていいか分からないわ。
「来たか」
「お祖父様、お待たせいたしました」
「今日はヴィンスもだな。お前はあちらでマティ達と共に、ステラは魔力操作のおさらいだ」
「「はい!」」
私達は分かれて訓練に励んだ。
私はというと、無意識で魔力が動く程増しているので、意識的に魔力操作が出来るように今までの復習と、増えすぎた魔力を自身で抑える訓練に集中した。
いつも魔道具で魔力を一定を押せているのだけれど、そこから漏れ出た魔力はなんだか自身の魔力というよりも魔道具で魔力を加算しているというか、他人の魔力のような感じで、中々上手に操作する事が出来ない。
自分の魔力なのにきちんと操作できないとは情けない事。
落ち込みそうになるけれど、きちんと操作できるようにならないと、もし何かあってからでは遅い。
とにかく、これがこなせない様では魔道具を完全に取り外した時の操作も儘ならないだろう。
私はマルクの助言を元に魔力操作を行うこと暫く、何となくコツを掴めてきて、自身で操作することが出来るようになってきた。
出来るようにはなったけれど、これがきちんと身に付くまでは続けて行う事数時間。
やっと意識的に操作ができるようになり、少し休憩を挟んだ。
そしてここでようやくお兄様達の訓練の状況を見れたのだけど、あら? お祖父様も参戦している⋯⋯?
そういえば、お祖父様が剣を持っている姿を初めて見る。
もう何年も離宮で訓練をしているけれど、お祖父様が剣を持ち訓練をしている姿など見たことが無い。
いつもこちら側で指示を出しているだけなのだけど、そういえばお祖父様ってどれくらい強いのかしら。
「殿下、イェルハルド様はかなりお強いのですよ」
「そうなの?」
「はい。護衛騎士が要らない位にはお強くていらっしゃいます。そしてその強さは今も健在です」
初めて知ったわ。
だから此処が安全なのね。
お祖父様を始め此処の騎士達はお祖父様の近衛を務めていた逸材がそのまま王位を退いても付き従っている人ばかりだからだ。
お祖父様が強いという事実を初めて知り、私はまだまだお祖父様の事を知らないみたい。
休憩の間、お祖父様が剣を振るう姿を見つめていると、マリクから「そろそろ再開しましょう」と声を掛けられてしまったので、まだ見ていたかったけれど、自身の訓練を疎かにするわけにはいかないので訓練に集中した。
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次回は十日に更新しますので、よろしくお願い致します。