133 双子の片割れ
お父様との話し合い後の夜、私は離宮に泊まることになったので、部屋で今後の事について考えていた。
伯祖父様の事を私は初めて知った。
勿論貴族の名前は覚えてはいるが、会ったこともないし、伯祖父様のお名前に王家の名が無く、公に経歴を抹消されていると普通に調べただけでは分からない。
そうなれば禁書庫か若しくは王宮の図書館か⋯⋯。
だけど話が大きいから、この事ってきっとその年代の方々の間では有名よね。
『ね、今朝のお父様の話だけどもしかして皆知ってたりするの?』
『はい。存じ上げております』
『それって、私には秘密にしていたとか?』
『そうですね、秘密、というのは語弊があるかもしれませんが、姫様の影になる直前にこの件に関しては、我々からは話さないように、陛下に口止めはされていました今回陛下がお話になられたのでもう無効ですね』
なるほど⋯⋯。
これは自ら調べても分からなかった事だろう。
お父様がお話にならなかったら影達も話さなかっただろうし。
そもそもそ事実には辿り着けないだろう。
私は王家の家系図や貴族達の名前は勉強したけれど、王家の、お祖父様が次男なのに王になった事を特に詳しく調べることをしなかった。
そこで調べていたら、もっと早くに分かっていたかもしれないけど、前述通りそんな簡単ではない。
王位を剥奪された事、王家の名前を名乗ることが出来なくなった事を考えると、それほどまでの出来事だという事、王家の失墜にも成りかねない醜聞だ。
その事実を秘匿するのは、それも王家への心証を考えるとかなり悪手だろう事も分かるので、先程聞いた通り、お父様が皆に口止めをし、私には知られないようにしていたという事だろう。
まぁ過ぎたことを考え言っても仕方ないのだけどね。
『皆はノルドヴァル公爵がどのような人物か知っているの?』
『私が存じています』
影の中でも年長のノルヴィニオが答えた。
『あの者は、歳を重ねるにつれて蛇のような執念深さが目立ち、また、臆病であるだろうと思われます』
『臆病?』
『はい。周囲に人を固めて本人は表立っては動きを見せません。行動すときも必ず幾人も周囲を囲っています』
『確認なんだけど、ノルドヴァル公は王家の瞳を持っているのよね? 継承権があったのだし、影はついているの?』
『いえ、ついておりません。これは聞いた話になりますが、問題を起こし、継承権を剥奪された時点であの者に従っていた影は皆離されています。ちなみに、契約を交わした影を離すことができるのは王だけですので当時の王、姫様から見れば曾祖父様ですね。今のあの者は完全に王家から切り離されておりますので、姫様が仮にあの者とお会いになったとしても陛下が仰っていた通り、敬う必要も伯祖父としてお呼びになる必要もございません。そして王家の瞳の事ですが、継承権を剥奪、影を引き離したことにより、あの者の瞳は王家の色を失っております』
『なるほど⋯⋯、分かったわ。影がいなくなって久しく、臆病ならば護衛と評した暗殺者くらい雇ってそうよね』
『切って捨ててもいいような者達を雇っているのは確かです。⋯⋯姫様、まさか動こうとしているわけではありませんよね?』
『まさか! あちらが何か仕掛けてこない限り、今は動くつもりはないわ。私には圧倒的に情報が少ないもの。何よりも今は辺境伯令嬢なのだから心配しないで』
疑われているのかしら⋯⋯。
今は動くつもりはない。
本当に情報が少ない上に、公爵の孫が学園の二年に在籍中。
どのような人物か見ておきたい、っていうのはあるけれど、二年には生徒会のお二人以外知り合いがいないのでうろうろするわけにも行かない。
都合よくばったり会うって事ないかな⋯⋯そんな記憶で言う漫画のような事そう起こらないわよね。
『二学年に在籍している双子はどのような者達なのか知っている?』
『はい。男女の双子なのですが、成績はそこそこですね。Sクラスでも下です。弟の方は飄々とした性格で掴みどころがなく、何を考えているか分からないような者で、姉はあの者に良く似ていますね。ヴィンセント殿下を狙っていますが、勿論殿下は全く相手にはしておりません』
お父様が言うようにお兄様の隣を狙っているのね。
会ったことは無いので初めから嫌悪するのはどうかと思うのだけれど⋯⋯何だか嫌だわ。
一度顔を見ておきたいけれど、この様子では皆も、それにきっとお兄様もいい顔しないわね。
けど、交流会があるので二年なら会うこともあるでしょう。
『ちなみに、公爵の絵姿とかあるのかしら?』
『ございますが⋯⋯何をなさるおつもりですか?』
『何も。ただ、どういった方なのか、知っておきたいだけよ。ここの図書館には?』
『いえ、無いかと思われます。前陛下におかれましてはかなり、嫌いという言葉では済まされない位に嫌悪されておられますから』
きっとお父様にお伺いしただけではない、お祖父様との間にも色々とあるのね。
そしてお父様も同じように⋯⋯。
『ここにないとしたら、王宮ね?』
『姫様、まだ王宮の図書館へは行けませんよ。明日お届けさせていただきます。本日はもう遅いですから』
『そうね。お願いするわ』
『畏まりました』
翌日、お祖父様達、お兄様達と朝食を共にした後は邸に戻り学園に戻るまでゆっくりと休み、学園に戻ると、女子寮の前に人集りができていてとても騒がしい。
言い合いをしている様な声が聞こえる。
寮の入口でなんて、皆の邪魔になるでしょうに⋯⋯。
見れば上の学年の方々で相手は⋯⋯。
――えっ! ティナお姉様⁉
その後ろにいてるのは、貴族ではなさそうね。
見たところによると、お姉様が後ろの方を庇われたのね。
お姉様と相対しているのは誰かしら。
『姫様、今言い合いしている片方、茶色に近いオレンジ色の髪色の者がノルドヴァル公爵の孫、リースベット・ノルドヴァルです』
あの者がノルドヴァル公爵の⋯⋯。
確かに、言葉の端々から品の良さは伝わってこないわね。
公爵の孫と言えど所詮孫なのだ。
それに比べてティナお姉様は侯爵の娘である。
それも国王の側近であり、重鎮の一人だ。
それなのに、お姉様に対してあの言葉遣いといい態度といい⋯⋯いただけないわね。
話の内容から推測すると、お姉様に庇われている方があの令嬢の行く手を妨げたらしい。
そしてそれを見ていたティナお姉様が、特に妨げた事実もなく、令嬢が後から来て前の令嬢に追い付いただけで前の方が妨げたと言うならば、自ら避けたらいいだけの事。
それなのに態とぶつかって進行を妨げたと言いがかりをつけて⋯⋯、とまぁこういった理由で言い合いと言えないかもしれないような言い争いになっているようだ。
言い争っている、というのは語弊があるかもしれない。
ただ、お姉様が注意をしているだけの話。
それを彼女が事を大きくして注目を浴びている、といった訳だ。
傍迷惑もいいところね。
年上からの注意をきちんと聞かないなんて⋯⋯。
「⋯⋯ノルドヴァル嬢、いい加減になさい。これ以上自身の非を認めず、平民だとか、人を貶める言動は聞き捨てなりません。まだ何か仰るようでしたら生徒会の一員として、貴女に対し処罰を与えます」
「なっ!」
「宜しいですね?」
「っ! これ以上相手をしていられませんわ!」
捨て台詞にもなってもいない言葉を言い捨て、寮内に姿を消した⋯⋯。
ティナお姉様は庇った方に優しく声をかけていたので、私は近づいてお姉様に声を掛けた。
「ティナお姉様、ごきげんよう」
「あら、シア。ごきげんよう。もしかして見ていたのかしら?」
「はい。⋯⋯声を掛けれずに申し訳ありません」
「いいのよ。声を掛けずに正解よ。あれに目をつけられたら面倒だからね」
「そうなのですね。ところでそちらの方は大丈夫でしょうか?」
「あっ、はい! 大丈夫です⋯⋯」
「確か、アスタさん、でしたわね。⋯⋯あら、あの子と同じ二年ですのね」
「はい、同じSクラスです」
それは、明日からの学園生活大丈夫かしら⋯⋯。
少し心配だわ。
そこはティナお姉様も心配なさっているようで、この件を二年を受け持つ先生方に話をしておくと、そしてアスタさんには決して一人で行動しないように念を押していた。
そして部屋に送っていく前に私に「今日は一緒に夕食を頂きましょう」と一言言い、アスタさんと共に寮へと入って行った。
そして夕食の時間、私はティナお姉様と一緒に夕食を頂くのだけれど、何の話しかと思えば先程の事だった。
私にノルドヴァル令嬢の事を詳しく話してくださった。
曰く、彼女ともう一人、双子の弟であるシーグフリッド・ノルドヴァルの二人は二年の間でも少々というかかなりの腫物扱いなのだとか。
ノルドヴァル公爵家は特殊な成り立ちの為、普通に貴族からは遠巻きにされていて、クラスでもあの二人のご機嫌取りで平和を保っているらしい。
ちょっと面倒くさいのだとか。
そういえば、生徒会の二年のお二方もきちんとお話を聞いたことは無いけれど、クラスに面倒な二人がいると言っていたわね。
それがあの二人だった、というわけね。
それに、二年の首席はリアムさんで平民だから、それも相まって全く言う事を聞かないらしく、やりたい放題なのだとか。
次席はケヴィン・エクレフ伯爵令息だが、公爵家より下の階級な為にやはりこちらの話にも耳を向けないらしい。
双子の姉の方はヴィンスお兄様を狙っているらしく、シベリウス家の養女である私がヴィンスお兄様と仲良くしていると、私を標的にする確率が高いと、ティナお姉様は危惧しているという。
まだ目はつけられていないけど、気をつけなさい、という事だった。
お姉様にもそういわれるという事は、お兄様と生徒会室以外でお話しする機会があれば、本当に気を付けなければ厄介な事になりそうだけど⋯⋯。
逆にそれを逆手にとって彼らの本当の狙いが分かれば。
『姫様、何をお考えですか?』
『何も?』
鋭い⋯⋯。
あれ以来影達が容赦なくなったように感じる。
違うわね、私が遠慮していただけなのかも。
危険な真似はしないけれど、何となくなんだけど、そのうち接触しそうな気もする。
ただの勘だけどね。
部屋に戻り、就寝の準備をした後、ノルヴィニオが現れた。
「姫様、こちらがノルドヴァル公爵の姿絵と詳細になります」
「ありがとう」
ノルヴィニオに渡された書類に目を通す。
公爵は、やはり兄弟だけあって、どことなくお祖父様に似ている⋯⋯。
けれど、似ているのは輪郭だったり鼻筋であって、表情や目つきが全く違う。
これは⋯⋯表情からも危険な方だとわかる。
危険な思想の持ち主というか、何か絶対悪い事をしている顔。
それが顔から滲み出ている。
この人に育てられた双子。
今日の彼女の言動や行動からは、やはりあまりいい感情は抱けない。
直接言葉を交わしていないのでこれだけで判断をしてはいけないのは分かっているけれど、周囲の、二年生の現状を聞くと⋯⋯何とも言えない。
この書類に記載されているのはお父様にお伺いした内容よりも簡素な事しか記載されていなかった。
後は、公爵を叙爵してからの事が少し記載してあるくらい。
そして公爵家の家系図。
公爵には息子が一人だけで、その方は引き籠もりで精神を病んでいる為に表に出てこれない事、公爵夫人と息子の奥方は共に亡くなられている事、そして公爵の孫が例の双子。
公爵の息子も、そして孫の双子共に王家の色は持っていない。
今公に知られていることだとこれぐらいで、書類もきっちり読み終わったので、ノルヴィニオに返す。
今日の出来事で直接令嬢の方は知るとこが出来たし、今後気を付けつつ、彼女の動向にも注視すればいいかしらね。
私からは何も出来ないことだし⋯⋯。
何かしようものならあらゆる方面から止が入るのは目に見えている。
今は学園の勉強と交流会の事を優先に頑張りましょう。
翌日、朝からトーナメント表が公表され、剣技や魔法技に出場する方達はまじまじと対策の為か表に釘付けになる人が多かった。
私が出場する魔法技は、まだ対戦形式ではないので特に気にすることなく教室に向かうと中ではすでに剣技に出るレグリス達が盛り上がっていた。
「おはようございます、皆様」
「あっ! おはよう! シア、トーナメント表は見た?」
「ちらっとは見ましたが、何かあったの?」
「ちらっとだったら分からないかなぁ」
まぁまじまじと見たわけではないので分からないけれど、何か気になる事でもあったのかしら。
不思議に思って首をかしげていると、イデオン様が教えてくださった。
「レグリスは一回戦で二年の中では一番に実力があるというAクラスのアランという先輩が相手で、彼は平民だけど親が名の通った冒険者で、彼自身も二年ではずば抜けた実力の持ち主だという。それでレグリスがやる気に満ち満ちてるんだ」
「なるほど」
うん、これはトーナメント表を見ていたとしても、分からないわ。
だけど、レグリスやイデオン様の様子を見ていると、本当に凄いのか、興奮しているのがよくわかる。
放課後に練習をしに行っているのであれば、直で実力を見ているだろうから余計に興奮するのかな。
とても生き生きとして楽しそうに見える。
一、二年の剣技と魔法技は被らないだろうから観に行こうかしら。
「そういえば、イデオン様の相手はどなたなのですか?」
「私の相手は二年のノルドヴァル卿」
えっ⁉
こんな短期間に例の双子の事を聞くことになるとは⋯⋯。
彼は剣技に出場するのね。
「お強いの?」
「どうだろう? あまり良い噂は聞かないからなぁ。実力もあるのかないのか⋯⋯」
良い噂はないのね。
実力も分からずで、交流会当日のお楽しみという事ね。
「そういえば、ノルドヴァル卿の片割れは魔法技に参加するらしいからシアも負けずに頑張れよ!」
そうなの?
それは間近で見れるので、丁度いいわ。
レグリスの応援もあるけれど、お養父様達も来られるとおっしゃっていたし、勿論負けるつもりはないわ。
そういえば、放課後の練習にも顔を出しているのかしら⋯⋯。
だけど、あの様に気位が高かったら放課後に練習なんて来ないかしらね。
今日は生徒会があるから行けないけれど、明日放課後に確認してみよう。
そして翌日の放課後、シャロン様達と共に訓練場へと向かい、本日担当の先生に挨拶をしてから練習を開始する。
私は練習しながらも周囲に目を配るが⋯⋯今のところ姿が確認できない。
姿が見えればいつもどのような振る舞いなのか確認できるかと思ったのだけれど、いなければいないで私は練習に集中する。
ふとエリーカさんに目をやると、この間よりも凄く上達していて驚いて思わず声をかけてしまった。
「エリーカさん凄いですわね!」
「えっ?」
「数日で目を見張るくらい上達していますわ」
「本当ですか⁉ 嬉しいです! シア様のお陰です」
嬉しそうにしているエリーカさんの笑顔はとても輝いていてこちらまで嬉しくなる。
そうして放課後も練習を重ねて周囲の方々も真面目に取り組んでいたけれど、今週はノルドヴァル令嬢を見かけることは無かった。
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