130 やるべき事
翌日の朝、私はマティお兄様達と一緒に朝食を取った後、学園に戻るまで部屋で出来ることをする。
まずはお父様にお手紙を書き、お会いしてお話ししたい事がある旨を綴ったが、そこに関してはもしかしたらお兄様から報告を受けているかもしれない。
だけど、お兄様からだけでなく私からきちんとお父様にお伝えしないと意味がない。
お父様にもご予定はあるかと思うけれど、早々にきちんとお話をお聞きしたいから。
そして、ヴァン様にもお手紙を書く。
お父様達が一体何を気にされているのか、こちらも早いうちに確認しておく必要がある。
ただ、次の機会にでもと逃げているだけではだめだから自身から言わなければならない。
私はそれぞれにお手紙を認め、お父様へはセリニに託し届けてもらい、ヴァン様へのお手紙箱に入れて送る。
それが終わると一息つくと同時にモニカがお茶を入れてくれた。
「シア様、何かあったのですか?」
「何故?」
「いえ、何だか何時もと雰囲気が違いますので、何かあったのかと⋯⋯」
「何もないわ⋯⋯と言ってもずっと一緒にいるモニカはそう思わないよね」
「そうですね。昨日までは無い強さというか、鋭さが増している気がします」
「別に怒っているわけではないの⋯⋯ううん、ちょっと違うわね。私は、私自身に怒っているの」
モニカに気付かれたなら、きっとお兄様達も不思議に思っているかもしれない。
学園に帰るまでにいつも通りにしないと⋯⋯。
そういえば、影の皆は私がシベリウスで過ごしている理由って知っているのかしら。
知らないって事はないわよね⋯⋯。
聞きたい、けれど彼らに聞くのは話が違う。
散歩でもして気分を紛らわそうかしら。
「モニカ、少し庭を散策してきてもいいかしら」
「少しお待ち下さいませ。マティアス様に声を掛けてまいります」
程なくしてマティお兄様が私の部屋へやってきた。
「シア、庭を散策するなら私も付き合うよ」
「お庭を散策するだけなのですけれど」
「私と一緒は嫌かな?」
「まさか、マティお兄様との一緒にいて嫌なことありません」
レオンお兄様とは領でよく一緒にお庭を散策していたけれど、マティお兄様とは初めてかも。
私がシベリウスで暮らし始めた時にはもう学園に入る年だったから。
「お兄様、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「どうしたの? 改まって」
「お兄様から見た私の印象ってどのようなものですか? 客観的に見た本音をお聞きしたいのです」
私が真剣に問うと、お兄様はそれに答えてくださった。
「そうだね⋯⋯領に来たときはとても弱々しくて今にも折れてしまいそうな、だけど必死に馴染もうとして努力している姿が印象的で、精霊界へ行った後は段々と自信が出てきて毎日自然と勉強し、ただ頑張り過ぎかなと思っていたけれど、本が大好きなシアには勉強しているときが一番心安らかなのならいいのかなと。そこから昨日までは今の状況に馴染んで、だけど何かをずっと我慢しているようにも見えていたから、少し心配だったんだ。だけど⋯⋯今朝会って驚いたよ。雰囲気ががらっと変わっていて、蛹が蝶になるような、今までのシアではないと、そう感じた。何があったかは聞かないよ。私はシアの従兄だけど、本来立場が全く違うからね。だけど、シアが妹だという事は変わらない。だからシアがするべき事を応援するよ。出来るならシアが婚姻するまで側で支えたいというのが私の本音だけど、シベリウスの事があるから卒業後はシアの側にはいられない。だけど、卒業までは何があったとしても側にいて支えるから、シアは後悔しないように前へ進みなさい」
お兄様は私の目を見て一切視線を逸らさずに答えてくださった。
後悔しないように⋯⋯。
少し行動するのが遅かったかもしれない。
だけど、お兄様が言うように後悔しないように、行動をする。
「お兄様、真剣に答えていただきありがとうございます」
「シアの求める答えになったかは分からないけれど、シアは守られるだけの子じゃないからね。どちらかという突っ走ってしまうところが玉に瑕かな。けど、シアは上に立つ素質があるよ」
「私、上に立つつもりはありませんわよ」
「おや? シアは将来上に立つことになるでしょう? 何処かのどなたかに嫁いだら⋯⋯ね?」
「もう! お兄様の意地悪!」
お兄様に揶揄われたけれど、気分転換にはなったかな。
そろそろお部屋に戻ろうと、お兄様にお礼を言って部屋まで送ってもらった。
お昼まではまだ少し時間があるのでゆっくりしていると、時間がかかるだろうと思っていたけれど、お父様から返事が届いた。
次の闇の曜日、ヴィンスお兄様との茶会は延期にして、お父様と茶会をすることとなった。
今回はお父様と私の二人で⋯⋯。
そしてもう一通はお兄様から。
泣く泣くお茶会は延期にするけど「父上に言いたいことがあるなら遠慮せずに言いなさい」と書かれていた。
お父様とお兄様にお礼の手紙を書き、届けてもらう。
そしてもう一つ、ヴァン様からのお手紙が届いているかの確認をすると、早くも返事が来ていた。
こちらも中を確認すると、今日の夜また精霊界で会えるかという内容だった。
無理をしていらっしゃらないかとても心配になったけれど、お言葉に甘えることにした。
今後の予定が決まり、お父様に会うまでに聞きたい事を整理しておかないと。
そして、今夜、ヴァン様にきちんとお話を聞かないといけない。
そして時間が経ち、学園に戻り夜を迎える。
前もって影の皆とモニカには今夜も精霊界に行くことを伝えているので此処の事を任せていける。
まぁこんな夜にしかも寮にいるので誰かが訪ねてくることなんてないのだけれどね。
そして時間になりエストレヤが迎えに来てくれた。
「シアー! 昨日ぶりだね。迎えに来たよ」
「昨日に続いてありがとう」
「シアの為ならいいよ。じゃあ行こっか!」
そういうと直ぐに景色は精霊界へと移る。
いつも思うのだけれど、ここはとても不思議な場所だ。
世俗とは離れていつも現実味がない。
それほどまでにここの空気はあちらとは違うのだ。
エストレヤについていくと、そこにはヴァン様だけがいた。
いつものアウローラ様達と一緒にいる場所ではなくまた別の場所だった。
「エステル、ヴァレンに遠慮せずに言いたい事言っていいんだからね」
「ありがとう。エストレヤ」
「助けが必要なら言ってね。僕もアウローラ様もエステルの味方だからね!」
そういうとエストレヤの姿が消えた。
そしてここにはヴァン様と私の二人だけで他の精霊たちの姿も見えない。
緊張するけれど、今日はきちんとお話を聞くために来たのだから、遠慮しないわ。
「ヴァン様、急なお願いにもかかわらず、お時間を頂きありがとうございます」
「エスターからの初めてのお願い事だ。それに、昨日はゆっくりと話す間もなかったし、ヴィンセント王子が目を光らせていたからな」
「お兄様が申し訳ありません」
「いや、彼が私を警戒するのも無理はない。⋯⋯それで、エスターの聞きたい事とは、私が本来先に話をしなければならなかった事だな」
ヴァン様は私が聞きたいことをわかっているようだった。
「何かは分かりません。ただ、お父様もお祖父様もヴァン様に聞けと、本来は真っ先に私に話しをしなければいけないことだと、そう話していました。私には何のことなのかその時は分からなかったのですけど、よく考えれば直ぐに分かる事を、私は失念していました。ヴァン様とは根本的に寿命が違いますのも。お父様達が危惧しているのはその件に関してでしょう。違いますか?」
「そうだ。寿命に関しての事だ」
「えっ! あの、ヴァン様! 何をしていらっしゃるのですか⁉」
ヴァン様は立ち上がったと思ったら、私の前に膝をついて私を見つめ、そして「このまま聞いてほしい」と。
ヴァン様が真剣な眼差しで私に話し始めたので、大人しく従った。
ヴァン様のお話では竜族は個体差はあるけれど王族ともなれば大体寿命は千五百年から二千年程。
平均寿命で言えば千年から千五百年程でなのだそう。
普通に竜族同士の番なら寿命の問題も特に問題はない。
当たり前の事なのだけれど。
一番寿命が短いのは人間で、竜族は寿命の差が大きい種族が相手の場合は相手の寿命に合わせるか、自分の寿命に合わせる事ができる。
勿論そうしない選択もあるが、番が死ぬと生きるという気概が喪失感によって大幅に失われるために殆どがどちらかの選択をするそうだ。
竜族の寿命に合わせたら、成長という部分でとても遅くなるので、外見も殆ど変わらなくなる。
そしてこれは竜族が編み出した方法らしく、口外出来ない機密なので今私に教えることは出来ないけれど、そういった方法がある、という事は知る人は知っているという。
だからお祖父様やお父様がそれを知っていてもそれほど不思議ではないらしい。
だからこそ、私を心配しているのだと、ヴァン様は仰った。
何故私に先に言わなかったのか⋯⋯それはその事を知って拒絶されたくはなかったと、私に好意を持って貰う為にとてもずるいやり方をしたとのだと謝罪した。
私のお父様やお祖父様が怒るのは無理が無い。
怒るのを分かった上で何故そうしたか、それはヴァン様も少し焦っていたという。
寿命が長いとはいえ、流石に番が全く見つけられず、このままでは見つからないのではないかと危惧していたそうだ。
全体的にヴァン様の年齢からしたら見つけていてもおかしくないというのに全く出会わずにいて、ようやく私という番と出会え他喜びを簡単には手放す事はできないので、私が人間という事もありまずは好意を持って貰うことに専念したらしい。
いくら私よりも遥かに長く生きていたとしても生きていれば間違うこともあるし、ずるくなることもあると思う。
だから私はそれに関しては何も思わない。
ただ⋯⋯。
「ヴァン様。⋯⋯私はどうなるのですか?」
「私の元に嫁いでくれば、私と同じ寿命を生きて欲しい。私が柵のない自由の身ならエスターの寿命に合わせ逆にグランフェルトに婿入することも出来たが、私はヴァレニウスの次期を任されている。それを投げ出すことは出来ない。だからと言って、エスターを先に見送ることも出来はしない。⋯⋯その理由は最初に話した通りだ」
「今のお話ですと、もし、ヴァン様の元へ嫁げば、私は、お父様達は親だから先に見送る事になるけれど、だけど、お兄様やフレッドをも見送る事になる⋯⋯もしかしたらお兄様たちの子供まで、という事ですか? それも私は外見が若いままで⋯⋯」
「そういう事になる」
だから、だからお祖父様もお父様も伯父様も私がヴァン様を想うことをよく思っていなかったのね⋯⋯。
納得したわ。
納得はした、したけれど⋯⋯心がとても痛い。
ヴァン様の年齢を知らないからどのくらいの時を生きるのかが分からない。
だけど、皆が年を取ってそれ相応の見た目にもなっても私はそのままだなんて考えただけでも取り残されるような、そして言葉では言い表せないくらいの淋しさに襲われる。
考えたくない⋯⋯だけど、とても苦しいくらいの淋しさに襲われるのに、それでもヴァン様の傍にいたいと、そう心の奥底から想っているのを自覚する。
離れたくないと⋯⋯。
どうしていいの分からない位に、色んな感情が渦巻いていて心が痛くてたまらない。
心が痛くて痛くて自身をぎゅっと抱きしめると、ヴァン様はそんな私をもっと大きな身体で私を抱きしめた。
「エスター、泣かせてすまな。私にエスターの全てを、身も心も守らせてほしい。辛い選択をさせるのは分かっているが、すまないが離してやれない。だから、エスターが望むことは出来るだけ叶える。だから、だからどうか私を嫌わないでほしい」
もっと、もっと早くに気づいていれば⋯⋯もっと早く、恥ずかしいとか迷惑をかけるとかそんな風に思って遠慮しすぎずにもっとよく話をしていれば⋯⋯。
私は、行動が遅すぎた。
後悔しないように、とお兄様が仰っていたけれど、今とても後悔をしている。
だけど、これ以上後悔をしたくないからきちんと考えないといけない。
「ヴァン様、私は⋯⋯ヴァン様を嫌いにはなれません。ですが、答えは少し待ってほしいのです」
「エスター、それは⋯⋯」
「違います! ヴァン様のお側を離れるとかそういう事ではなく、今の私はとても中途半端なので、色んな事をはっきりさせたいのです」
「昨日のレインの言葉を気にしているのか?」
「いえ、そうですね、気にしていないと言えば噓になりますが、それだけではありません。私はお父様達に甘え過ぎていたのです」
「それは違うだろう? エスターは聡明だし、学園に入ったとはいえ年齢で言えばまだ子供だ。アンセルム王の思惑はどうか知らないが、私の目から見ても甘え過ぎはないと思うぞ。まぁ何故王宮に戻さないのかはレインと同じく疑問には思っているが」
そう、やはりヴァン様もそこが気になるようで、不思議そうにしていた。
考えなければならない事が沢山。
この、ヴァン様の腕の中にいてると甘えてしまいそうになる。
今みたいに、この腕の中にいると心が落ち着いてきてしまう。
だから、暫くはこの腕の中から離れてきちんと考えようと思う。
「ヴァン様、今日はきちんとお話ししてくださって、ありがとうございました」
「いや、礼儀に反して先に伝えなかった私が悪いのだから礼は不要だ。エスター、本当にすまない」
「いえ、ヴァン様のお気持ちも分からなくないので。ですが、暫く、私が王宮に戻るまではヴァン様に甘えるのは止めようと思います」
「エスターがそう決めたのなら、それに従おう。だが、手紙くらいは許してくれないか?」
「勿論ですわ」
「ありがとう。だが、あまり無理はするなよ。危険な事には首を突っ込むようなことはしないと約束してほしい」
「ヴァン様、出来うる限りお約束します」
「エスター⋯⋯はぁ、分かった。怪我をしないならそれでいい」
ヴァン様は心配そうに、だけどちょっと困った子を見るようなそんな表情で私を見てそう言った。
「そうだ。お願いがあるのだが」
「私に出来る事でしたら」
「エスターが今身に着けているものをひとつ欲しいのだが⋯⋯」
私の身に着けているもの⋯⋯。
今お渡しできるものって、ピアスしかないけれど、これでもいいのかしら。
私は片方のアリシアの時の瞳の色と同じ色である小粒のペリドットが付いたピアスを外し、ヴァン様へと差し出す。
「今お渡しできるものがこれしかないのですが⋯⋯」
「構わない。これはアーシェの色でもあるのだから」
そんな風に言われるとは思わず、何だか恥ずかしくなる。
ヴァン様は私のピアスに口づけをしてをご自分の片耳に付け、それはもうすごく良い微笑みを見せた。
何てことを!
心臓が痛い⋯⋯ドキドキしすぎて⋯⋯。
「あの、私もお願いが⋯⋯」
「どうした?」
「もう一度、その⋯⋯」
「エスター?」
「あっ、いえ、何でもないです!」
恥ずかしい!
思い留まってよかった。
一体私は何を口に出そうとしていたのかしら!
止まってよかった。
だけどヴァン様は止まってはくれなかった。
「途中で止めるとは、エスターは意外に意地悪だな」
「すみません! ですが、今のは忘れてくださいませ!」
「無理だ。お前が話さないのであれば、お願いしようとしていた事をするがいいか?」
「えっ?」
私がお願いしようとした事が分かったの⁉
そう驚いていると、ふわっとヴァン様の腕の中に包み込まれていた。
先程の力強さではなく、優しく包み込まれている感じだ。
この安心感を胸に留め「ありがとうございます」とヴァン様にお礼を伝えた。
離れがたくはあるけれど、あまり遅くなるといけないからと、アウローラ様に挨拶をして、エストレヤに寮まで送ってもらった。
「シア、大丈夫?」
「えっ?」
「ヴァレンに苛められたでしょ。涙の跡があるよ」
「苛められてないわ。ただ、何も知らなさ過ぎたから⋯⋯」
「皆シアが大事だからねー。けど、シアを泣かせたからやっぱりちょっと怒ってこようかな」
「絶対ダメよ! そんなことしたら嫌いになるわ!」
「それは嫌だ! もう、分かったよ。じゃあちょーっと言葉攻めにしてくるよ」
「言葉攻めって⋯⋯」
まぁ、手を出さないのならいい、のかな⋯⋯。
冷静になったらやっぱり先に教えておいてほしかったし。
それぐらいなら許されるかな?
「シア、ゆっくり休んで。またね」
「おやすみなさい。エストレヤ。ありがとう」
相変わらずの自由さけど、その自由なエストレヤと一緒にいると少し気分が軽くなる。
⋯⋯あっ! 泣いた事、皆にバレたよね?
さっにエストレヤがそう口に出したし⋯⋯お父様にバレる?
報告するのかな⋯⋯それはやめてほしいけど、私のお願いなんて聞いてくれないよね。
お願いだけしてみようかな。
『アステール?』
『はい、姫様』
『お父様の影はいらっしゃる?』
『おりますが、何かありましたか?』
『⋯⋯さっきのエストレヤが言ったこと、聞いてたよね?』
『はい』
『それもお父様に報告されてしまうのかしら?』
『全て報告されるかと思います。⋯⋯口止めは無理かと』
やっぱり!
泣いた事までは報告して欲しくない。
だけど私の影ではないか口止めは無理⋯⋯諦めよう。
『姫様、あの者に何かされたのですか?』
『何もないわ。ただ、感情が抑えられなかっただけなのよ。ただそれだけよ』
ヴァン様が隠していた事を知れたので、考えて答えを出さないといけない。
そしてお父様ともお話して、私の置かれている現状を、お父様のお考えを確認し、私自身でも考えて、今後どうすべきなのかを⋯⋯。
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