119 予感的中
「「シア⁉」」
何故急に消えたんだ!?
それにこれは何だ⋯⋯この印は魔法? いや、呪術の類か⋯⋯。
効力を失って何の力も感じない。
これは、転移か?
それだけじゃないな、とても複雑なものだ。
シアは何処へ飛ばされたんだ?
いや、今此処で迷ってる暇も考えに時間を費やしている場合ではない!
一刻を争う!
「レオンはこの事を直ぐに父上に報告を! 私は離宮へ行ってくる。ルーカスはこの馬車を封じ、誰にも触れさせないように! そして箝口令を!」
「はい!」
「畏まりました!」
私は直ぐに邸にある転移陣から離宮へと転移する。
シアに何事かあればすぐに知らせる事になっているからだ。
離宮に転移するとこの部屋を管理、守護している騎士が現れたので、急を要する事だと伝えると直ぐ様前国王陛下の元へ案内される。
お祖父様は執務室にいらっしゃるようで、そちらに案内されると、私が来た事で何か不測の事態が起きたことを察したのか、侍従に何かを指示した後、ソファへ促される。
「何があった?」
「シアが、エステル殿下が目の前で姿が消えました。馬車に何か呪術の様な文様が刻まれており、殿下がそれに触れたと思われます。申し訳ありません。側にいながら護る事ができませんでした」
目の前にいながら何もできなかった事が悔しい。
ステラ様は何かが起こるという予感を感じていたというのに!
「謝罪は後だ。それよりもその呪術は書けるか?」
「はい」
お祖父様は冷静に話されるので、幾分落ち着いた。
私はお祖父様に紙を差し出されたので、その用紙に先程見た呪術を書いていると、執務室には元騎士団長のランヴァルドをはじめ数人の騎士、そして魔法師が集まった。
「イェルハルド様、何事かあったのですか?」
「王女が何者かに拐かされた。マティよ、書けたか?」
「はい、こちらです」
私が描いたものをお祖父様は受け取り、少し見た後、魔法師と思われる方へそれを渡した。
「それが何か分かるか?」
「拝見いたします⋯⋯」
私が書いた文様を見た魔法師はいくつか質問をしてきた。
「これは何処に刻まれていたのですか?」
「馬車の外側です。丁度殿下のお手が触れるくらいの高さでした」
「呪術の核があるはずですが、覚えてらっしゃいますか?」
「⋯⋯確か、在りました。とても小さいものでしたが。私が見たときには既に光も色も失った後なので、申し訳ありません」
「いえ、術が発動したときの詳細を教えていただいても?」
「はい。私と弟が馬車を降り、殿下が降りようとされた時、急に意識を失ったような前に崩れ落ちそうになましたのなで咄嗟に抱き止めようと前へ出ましたがすっと殿下の姿が消えました。消える前、殿下が手を掛けた所が薄っすら光りを放ちましたのでそちらを見るとその模様が刻まれており、一瞬の内に消えました」
話し終えると、難しい顔をされた魔本当に師は少し考え、再度描かれた模様を見る。
「イェルハルド様、今の所殿下にお怪我等はないと思われます」
「何故そのようなことが分かる?」
「これは特定の者を強制的に引き寄せる、言わば強制転移が組み込まれています。そしてそれを発動まで隠蔽されていたようですね。誰かを傷つけるような呪術ではありません。狙いが“女”となっているので、殿下だと分かった上での犯行、と言う訳でもなさそうですが⋯⋯此方を混乱させる手段かもしれません」
「どちらにしても犯人を捕まえれば分かる事だ。追跡はできるか?」
「これを刻まれた馬車を実際見ないことには何とも⋯⋯」
「では、マルクとオスカルの二人はマティと共にシベリウス邸へ急げ」
「その必要はありません」
そこへ聞いたことのある声が響いた。
ノックと同時に入ってきたのは父であるアルノルド・シベリウス。
いつもの優しげな表情は隠れ、鋭い眼差しだった。
「この度は殿下をお護りすることが出来ず申し訳ありません」
「アルノルド、今は謝罪より救出が先だ。先程の言はどういうことだ?」
「こちらに来る前に邸に寄り、私が直接追跡して参りました」
「で、ステラは何処だ?」
「王女殿下はラヴィラとの国境を跨ぐ様に聳える山林の辺り、そこまでは追跡できましたが、詳しい場所までは特定には至りませんでした。山林一帯に何かしらの結界が張られているようです」
「辺りに阻害されてるとはいえ、少々お粗末な気もするな。罠ではないのか?」
「私もそれは懸念いたしましたが、呪術の陣にはそのような仕掛けは無さそうです」
ラヴィラの国境のある山、あの辺りはごろつきや盗賊だけでなく野獣が多く生息する地域として知られている。
ある意味魔獣よりも質が悪い。
グランフェルト側は抑えているが、ラヴィラ側はかなり野放し状態だという。
そんな所にステラ様がいるなんて!
早く助けに行かなければ⋯⋯。
「犯人はラヴィラの者か、闇の組織か⋯⋯どちらにしても容赦するつもりはないがな。今回王家は表立って動けん。あくまで攫われたのはシベリウス辺境伯令嬢たからな。アルノルド、お前が主体となれ。離宮から騎士と魔法師を出すがシベリウス家の者として動かせ。⋯⋯アルノルド、必ず無事にステラを救い出せ、頼むぞ」
「はっ、必ず殿下をお連れ致します」
父上はそう言うとこれからの動きをざっと打ち合わせをした後、私に「戻るぞ」と言われシベリウス邸へと帰ってきた。
邸に戻り父上の執務室に向いながらルーカスへ細かく指示を出し、それを受け取ってルーカスは準備に向かう。
そうこうしていると、父上の執務室に着き中へ入ると、そこにはレオンがいた。
「父上、兄上⋯⋯」
「時間が無いから良く聞きなさい。お前達を殿下の捜索には連れて行かない」
「何故ですか⁉ 私達も⋯⋯」
「駄目だ。今日中には助け出すが、時間が掛かった場合シベリウス家の子供が全員学園を休むとなると要らぬ憶測を生みかねない。シアは体調を崩した事で暫く休む、そう学園に伝えるようルーカスには指示を出してある。お前達は明日寮に戻れ。分かっていると思うが、くれぐれもシアに何事か起きたことは悟らせるなよ。その様な愚か者に育てた覚えは無い。⋯⋯二人共、悔しいだろうが今お前達にできることはない。心配だろうが私に任せなさい。いいね?」
「⋯⋯はい」
「父上、申し訳ありません」
「お前達が警戒を怠ったとは思っていない。が、敵がどのように仕掛けてくるか、いい経験となっただろう? これを糧にシアが戻ったらよりいっそう邸から出る時は周囲に気を配りなさい」
「「はい」」
父上は私達に話しながら捜索の準備を整え外に向かう。
私達は見送る為に付いていく。
外には既に離宮の騎士達とシベリウスの騎士達が準備を整え、集まっていた。
シベリウスの騎士達はシアの事を知らないが、養女とはいえ現国王とは叔父、姪の関係、離宮の騎士が捜索に加わる事で説明が成されていた。
「揃っているな」
「はっ!」
「早々にシアを連れ戻す。敵はラヴィラならそう問題はないが闇の組織が絡んでる場合も考えられる。決して油断だけはするな。では行くぞ」
「「「はっ!」」」
そういうと魔力を増幅させる魔道具を使いラヴィラとの国境付近へと転移していった。
私達はそれを見送る事しか出来なかった。
「兄上、僕は⋯⋯」
「レオン、私も同じ気持ちだ。無力だな⋯⋯」
「二度とこんな事が無いよう、強くなりたい、いえ強くならなければ」
「あぁ、今まで以上にな」
***
――⋯⋯ここは?
辺りは真っ暗で何も見えない。
現実なのか夢なのか⋯⋯。
私、確か親睦会に参加して、邸に帰ってきたはず⋯⋯。
馬車を降りて⋯⋯違う!
馬車を降りようとしたらぞわりと気持ち悪い感覚があって、目の前が真っ暗になって⋯⋯。
――姫様!
誰か、呼んでいる。
この声は⋯⋯。
『姫様! 目を覚ましてください』
セリニの声だわ!
私は気を失っていたのか、目をゆっくり開けるとそこは石造りの建物のようで、とても冷たい。
ゆっくりと身体を起こし周囲に目を向けると、私だけでなく他にも成人に届かない位の子達が数人いた。
『セリニ⋯⋯』
『お目覚めのようで安堵いたしました』
『ここは⋯⋯私は攫われたのね』
『強制転移で連れて来られたようです。申し訳御座いません。防ぐことが出来ず。咄嗟でしたので側にいた私とノヴルーノの二人のみがお側におります。ノヴルーノは周囲の状況把握に努めております』
『そう。お兄様達は巻き込まれずに済んだのね?』
『はい』
良かった。
いや、状況は不味いのだけれど、お兄様達まで巻き込まれずにすだのは良かったわ。
それに、私は一人じゃないもの。
ノヴルーノとセリニがいる。
お兄様達もきっと直ぐにお祖父様達に知らせてるでしょうから既に動いているはず。
『私はどれ位気を失っていたの?』
『半刻程です』
『ここにいる子達は私と同じく攫われてきたのね⋯⋯』
『そのようです。姫様がここに入れられてから暫くして一人増えました』
何が目的なのかしら⋯⋯。
私はこの部屋と言っていいかわからないけれど、周囲を観察するとなんだか牢獄の様な気もする。
私の他には十人の子供達がいて、皆膝を抱えて震えていたり泣いていたりぐっと耐えている子もいた。
身なりからしても平民、裕福層の子もいるわね。
貴族の子は⋯⋯一人いた。
年齢はまだ幼いわ。
アレクと同じ位かしら。
成人未満でまだ十代前の年齢の子供ばかりで階級関係なし⋯⋯。
お金目的では無いとしたら、やはり関わっているのは闇の組織かしら。
狙いは私達の魔力?
私は確認する為に他の子たちの魔力を見ようと自身の魔力操作を行ったのだけど⋯⋯魔力が動かせない。
どうしてなのか分からない。
特に身体に魔力封じがされてるわけでもなさそうなのだけど⋯⋯。
『セリニ、魔力が動かせないわ。どういう事?』
『それが、この辺りには魔力封じがされているようで、我々も魔力を使うことはできません』
厄介ね。
取り敢えずノヴルーノが戻って来るのを待つしかなさそうね。
外は段々と日が落ちてきて、石畳のこの部屋は温度が下がり寒くなってきた。
日が落ちると当たり前のことだが暗くなってくる。
ここには明かりというものが無いので必然的に此処も暗くなる。
そうすると他の子供達がいると言っても心細くなるもので皆親に助けを求める言葉が呟かれていた。
『姫様、遅くなり申し訳ありません』
『ノヴルーノ、どうだった?』
『はい、現在地はラヴィラ国です。ですが、グランフエルトとの国境を跨ぐ山林に位置しますので、グランフエルトは直ぐそこでございます。ですが、この辺一体に魔力封じがされており、声が微かに聞こえるかと思いますが、外は野獣が多く生息しております』
『国内ならまだしも、ラヴィラなのね。⋯⋯私達を攫ったのもラヴィラの者? それとも闇の組織かしら?』
『そこまでは⋯⋯ただ、ラヴィラの者達であるのは確かです。奴等の話では、闇の組織と繋がっている可能性は高いかと。ただ話の内容からの推測ですので、証拠には至りません』
まぁそう簡単にはいかないわよね。
それよりも何故攫われたか、この状況をどうするかを考えなければ⋯⋯。
アリシアとして攫われたのなら王家は動かない、となると助けに来るのはシベリウスの者達よね。
アル伯父様が動かれるのかしら⋯⋯いえ、必ず伯父様自ら動かれるわ。
私が攫われたとあってはこれはこれで問題だものね。
それに私が私だと言う事もあるし。
伯父様には負担をかけて申し訳ない限りだ。
シベリウス邸内でこんな事になるなんて⋯⋯。
それに不安を感じていたにも関わらず、防ぐことが出来なかったなんて情けない。
だけど、ただ落ち込んでいる場合では無い。
『ノヴルーノ、敵の目的は何か分かっているの?』
『一番の目的は魔力かと、ただ、話を聞いていると洗脳して手足として使う事も視野に入れているようです。現在見る限りでは、この建物内に確認出来るだけで五人。厄介なのは外の野獣ですが、奴等の駒であるようです』
『本当に厄介ね』
この場に私だけだったら動きやすいのだけれど、他の子達もいるので迂闊なことはできないし、だからといって助けを待っていたら遅いかも知れない。
『姫様、魔力が使えない以上、今は迂闊に動くのは得策ではありません』
『そうね⋯⋯』
『後、これだけは心に留め置いてください。我々は姫様の身の安全が第一です。他の子供達と姫様が危機に瀕した時は迷わす姫様を助けますのでそのおつもりで』
『⋯⋯分かっているわ』
私の事が分かっているから先に釘を差されてしまった。
ノヴルーノ達はそれが仕事だし、間違ってはいないから、もしそうなっても責める事はできない。
だけど、そうならない様に考えて行動しなければ⋯⋯見捨てる事なんてできない。
とにかく今は相手の出方次第、かしらね。
ノヴルーノ達がいてくれて良かったわ。
一人だと心が折れてしまいそうだもの⋯⋯。
それから時間が経ち、辺りはすっかり闇に覆われている。
小さな窓から月明かりは照らされているけれど、外は獣の鳴き声が響いていて、寒さが増しより一層心細くなる。
そんな時、鍵を外す音が聞こえ扉が開く。
気配が全く感じられなかった⋯⋯。
姿を現したのは黒尽くめの男が三人、物色する様に私達を見回す。
その気持ち悪いくらいにねっとりとした視線に気分が悪くなり、自身の中で警鐘がなる。
連れて行かれると良くないことが起こるとそう強く感じた。
私達を見回した後、私と同じ位の男の子二人と少し年下であろう女の子に魔法で拘束した。
もっと厄介だわ!
魔力を封じているのは私達に対してだけで、自分達をその魔力封じから除外している⋯⋯。
拘束された三人は恐怖で泣き叫びながらそのまま外へ連れて行かれる!
――駄目! 連れて行かれたら⋯⋯!!
『姫様! 今は堪えてください!』
セリニの声で動こうとした私はぐっと堪える。
扉が閉まった後、残った子供達も恐怖で泣き続ける。
だめ⋯⋯連れて行かれたら、あの子達は⋯⋯。
無力で情けなくて悔しい⋯⋯。
三人が連れて行かれてまた時間が刻々と過ぎる。
暗闇ではどれ位時が過ぎたか分からない、陰鬱たる空気が部屋を支配する。
そんな時、遠くで甲高い絶叫が響いた!
一瞬でこの部屋の子達も恐怖で泣き叫ぶ。
『セリニ!』
『直ぐにノヴルーノが戻ってきます。そうすれば現状がより分かります』
『分かっているわ』
『姫様、お辛いと思いますが冷静な判断が必要です』
『そうね⋯⋯分かってる、分かっているわ』
それから少ししてノヴルーノが戻って来た。
詳細を聞くと奴らの目的はやはり魔力のようで子供達から魔力だけを引き出し、魔石に込めているそうだ。
やはり目的は魔力の強奪。
魔力を盗られた子供達は命に別条はない、という事だけれど、このまま目覚めない可能性もある。
こめられた魔石を取り戻して彼らに返す、事はできるのだろうか。
『姫様、後もうひとつお伝えする事が⋯⋯』
『何かしら?』
『やはり、闇の組織が関わっているようです。敵の人数が三人増え八人になりました』
『八人⋯⋯』
『魔力封じの核も発見致しましたが、常に二人見張りがおります』
『その核を破壊することは可能かしら?』
『そう簡単にはいかないでしょうが⋯⋯奴等に隙が出来れば可能です』
そうよね、こんな事を平然と行うような奴らだもの、色々と簡単にはいかないわよね⋯⋯。
だけど、どうにかしない事には、それに伯父様達がいらっしゃった時も魔法が使えないと流石にキツイと思うし、何より現状、私達も魔法が使えないとなると、自力で抜け出すことも容易じゃない。
それに、この子達のこともあるし、何とかして壊さなければ⋯⋯。
そこへまた鍵の開く音が響いた。
今度は誰が連れて行かれるのか、皆戦々恐々としている。
先程と同じく三人が入ってくる。
今度は誰が⋯⋯。
私は他の子達と同じように怯えるふりをしながら奴等の動きを観察する。
すると私の方に一人歩いて来て腕を掴まれ、そのまま強引に立たされ、拘束された。
奴等に触れられた事がとても気持ち悪い。
嫌悪感と負の気配に吐き気がする。
『姫様!』
『だめ、このまま奴等の所まで行きましょう。どうにかして隙きを作るから魔法封じを破壊して』
『畏まりました。ですが姫様が危険にさらされたらそちらを優先いたします』
『ノヴルーノ、セリニ。魔法は封じられていても魔道具は使えるみたいよ。いざとなったら私も戦うわ』
そう、魔法は使えなくても魔道具は使えた。
空間収納に常に双剣や他にも入れているのでいざとなれば自分の身は自分で守る。
魔法だけじゃなくて剣もお養父様やアステール達に鍛えて貰っているので全くの役立たずでは無いはず。
それにここで出来ることをやっておかないとどちらにしても厳しい、そして何よりも生きて皆のところへ戻る。
その為には怖くても冷静に考えて行動しなければ、怖がってる暇はない。
相手はそんなもの待ってはくれないのだから。
私と後二人の子供と共に連れて行かれたのは広間の様な開けた場所で気味の悪い呪術の文様が描かれた床があり、その近くにはノヴルーノの話していた通り、魔力封じの核が同じ場所にあった。
そこには核を守るように二人立っていて、不気味なほど微動だにしない。
この場所は更に気持ち悪い。
『姫様、無茶だけはしないでください』
『分かっているわ』
ノヴルーノの注意も頭に入れ、気付かれないよう深呼吸する。
この場を打開する為に、私はそっと気合を入れた。
ご覧頂きありがとうございます。
ブクマや評価もとても嬉しいです。
次話もよろしくお願い致します。
次回は12月7日更新予定です。





