115 情報交換
私達がアウローラ様達のところへ戻ると、直ぐに私達に気付いて声を掛けてきた。
「あら、案外早く戻ってきたわね」
「アウローラ様、エストレヤ、レイ様。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「あらあら、貴女が謝る必要なんてないわ。今回の件は全面的にヴァレンが悪いのよ」
「そうだよ! エステルが謝る必要はないね」
「姫、ヴァレンに何かされたら言うといい。対処してやろう」
ヴァン様だけが悪いわけではないけれど、アウローラ様とエストレヤは純粋に心配してくれてるのがわかる、けれど、レイ様は絶対に楽しんでいらっしゃるわ!
ヴァン様も胡乱げな目で見ているもの。
「さて、二人をからかうのはここまでだ。少し真面目な話をしよう。話というか本題だ。二人も座れ」
やっぱりレイ様にからかわれていたのね⋯⋯。
だけど、それも一瞬で空気が変わった。
真面目な話、と言うよりは深刻な話かしら。
アウローラ様達もいつものふわっとした感じではなく、静かに怒っているような雰囲気だ。
「姫には悪いが私達の話にも付き合ってほしい。これは姫にも関係のあることだ」
「分かりましたわ」
レイ様がお話になったのは闇の組織が活発に動いているという内容だった。
この問題はその年時々により活動が活発だったり大人しくなったりとよく分からない動きを見せているが、最近は特に世界的に見ても被害が拡大しているという。
そしてゼフィール国でもレイ様の一番下のお子様が狙われたとの事。
まだ五歳とお小さくて、だけど内包する魔力は兄弟の中でもずば抜けて高いのだとか。
狙われた理由はそこだ。
今奴等はやはり魔力を狙っているのか、ゼフィール国だけでなく、魔力の高さで言えば、エルフ族も魔力が高いので、狙われているようだった。
そしてそれはヴァレニウスにグランフェルトも例外ではない。
レイ様の調べでは、他の国では何人かが既に拐かされたという情報もあるようだ。
そんな事が公になればその国の威信にも関わるので、その事が公に外に漏れることはないだろう。
けれど、実際世界でそのように事件が起きているならば、本当に気を付けなければならない。
あの組織に力を与えるわけにはいかないからだ。
それだけではない。
大切な命を、家族をそう安々と拐われる訳には行かない。
「奴等はどのような手段を用いてきたんだ?」
「侍女の一人に姿を変えて堂々と入り込んでいた。それも禁呪を使い、侍女の記憶と命を奪って完全に成りすましていた。だが、魔力の質は一人一人異なるものだ。そこを見れば偽物なのかは分かるのだが⋯⋯流石に侍女の魔力まではいちいち覚えていない、がこれからはそうも言ってられんな」
「なるほどな。今回は誰が気づいて未然に防いだんだ? 禁呪を用いて入り込んだとなると、手練だろう」
「丁度リヴィがセロンと一緒にいてな、リヴィが気付いて捕まえたんだ。あれは敏いからな」
「リヴィエール王女がそばにいるなら安心だろうが、彼女も魔力が高いだろう? 大丈夫なのか?」
「あれなら心配はいん。もうすぐ婚姻するからな。あれが娘を守るだろう」
「あれとは、噂のユニヴェール公爵か」
ユニヴェール公爵。
ゼフィール国国王、レイフォール陛下の懐刀で、国軍元帥。
ゼフィール国でも最年少で元帥に昇り詰めた実力者だと言われている。
「そうだ。奴がいるからリヴィに何かあれば黙ってはいないだろう。あの子自身にも十二分に気を付けろと再三話してある。それよりも、姫は国内では大事ないか?」
「今の所は特に襲われる事なく過ごしておりますわ。それに普段はこの姿ではありませんもの。それに、魔力を抑える魔道具を着けております」
「姫よ、姿を変えているからと過信するのは良くない。魔力を抑えていたとしてもだ。魔道具には不正を見破るものも存在するし、呪術を使える者もいるから気をつけなさい。後は、アンセルム国王なら分かっていると思うが、ラヴィラがきな臭い。前々からそうだったが、最近は特にそれが顕著に表れている。もしかしたら、あの組織がラヴィラに浸透しているやもしれん。まだ憶測の域だがな。そういった見方もできる位に怪しいのは確かだ。一応国王の耳にも入れておいて欲しい」
「私から陛下にお話しするのですか?」
「何か不都合が?」
「いえ、そのような事はありませんが⋯⋯こちらでレイ様にお会いした事をお伝えする事にもなりますが、よろしいのですか?」
「私は構わないよ。どちらかと言うと姫が追及されるだろうな」
そこが問題なのよ。
絶対に色々と聞かれるわ。
だけど、この件を説明するにはレイ様とお会いしたことを話さないわけにはいかない。
説明がつかないもの。
叱られるのは仕方ありませんね。
「そこは、諦めますわ。国内の者達に被害が及ぶのはよろしくありませんもの。私が追及されるくらいなら大したことはありません」
「ふっ、やはり姫は聡明だな。今からでも遅くはないから私の息子の嫁にどうだ?」
「おい! エスターはやらんぞ!」
「レイ様、お話はとても嬉しいですが、私にはヴァン様がおりますので、お断りいたしますわ」
「っ‼」
「⋯⋯そうか。姫が我が友、ヴァレンを選んでくれて嬉しい、少々難有りだがよくしてやってくれ」
「はい」
私がそうお返事をするとレイ様は何故かとても嬉しそうに微笑んで、ヴァン様を誂うような素振りでちらりと見ていた。
そのヴァン様はどうしたのか、顔を抑えて俯いていた。
不思議に思っていると「気にしなくていい」とレイ様に笑いながら言われて直ぐに「話が脱線したが元に戻す」と一言言った。
「先程の魔力の高いものが狙われるという話は前々から知っているだろうが、最近は野心家や心に闇を抱えている者達を利用して暗躍しているからそちらも気を付けるように」
「困ったものよね。精霊達もとても心安らかではないのよ。皆不安に思っているわ。少しずつだけど淀んできているって⋯⋯」
「うーん、そうなんだよね。グランフェルトで言うと、王都が少しずつ淀みが見え始めてるよ。まぁあぁいう所って色んな思惑が埋めくところだから淀みやすいといえば淀みやすいんだけどさ。だけど、今回は人為的なものだから質が悪いよ」
確かに、地方と違い王都には色んなモノが集まる。
それは物だけではなく人も集まるので、その分色んな人の色んな考え思惑渦巻き、エストレヤの言ったようになるだろう。
「グランフェルトだけでなく、他の国々でも言えることだ。それは我が国でも同じこと⋯⋯決して楽観、軽視は出来無い。これらを放置すればいずれ取り返しのつかないことになるだろう」
「問題は、王侯貴族、平民関係なく利用されている。そして利用された者は利用されていることにほぼ気付かない事が厄介なところだな。気付いたとしても決して認める者は少ないだろう。大体が自尊心が高く、頑固で人に弱みを見せるのが出来ない者達が多い。そしてそのままにしておくと心が壊れ闇に、瘴気に飲まれて魔物と化す。まだ爆発的に増えているわけでは無いので、信じないものは多いだろうな」
「私達にその、皆様が仰る淀みとかは分かるのでしょうか?」
それが分かれば私達も警戒しやすいのではと思うのだけれど、一様に難しそうな顔をしている。
「うーん⋯⋯人には難しいかも。あっ、けどエステルなら精霊達がわかるから、彼等を見てるといいよ。学園にもいてるでしょう?」
「えぇ、学園でもよく見かけるわ」
「仮に学園で淀みが酷くなったら精霊達はいなくなるよ。エステルには教えてくれるかもしれないね」
「なるほど⋯⋯」
だけど、精霊達がいなくなったら、それって既に遅いのでは?
淀みが酷くなったらいなくなるわけだし⋯⋯。
他に何か分かる方法があればいいのだけれど。
「質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「勿論よ」
「ありがとうございます。その淀みとは、瘴気とはまた別物でしょうか?」
「淀みと瘴気は全くの別物と言うわけでもないわ。淀みは想い、思惑が、憎しみが、それら負の感情が溢れ淀みとなり、それが大きくなると瘴気となるの。淀んでる内にそれらを晴らすことが出来ればまだ大丈夫なのだけれど、瘴気を散らすようになれば戻れなくなるわ」
「簡単な事ではないかもしれないけれど、まだ今なら対策をすれば間に合う、という事ですね」
「そうね。貴女の言うとおり簡単なことではないと思うけれど⋯⋯」
「私が五歳の頃の話なのですが、エストレヤが危険を教えてくれた時の事なのだけれど、あの時は既に瘴気を放っていたけれど、それまでは淀んでいたということ?」
「そうだよ。あの子供は心がとても荒んていて、既に淀みきっていたから魔物と化すのも早かったんだよ」
「待って! エストレヤには分かっていたの?」
「知ってたよ。あのままだとそうなるだろうってね」
「どうして前もって教えてくれなかったの?」
「別にあの子供がどうなろうと関係ないからね。ただ、エステルに被害が及ぶのは見過ごせないから警告したんだよ」
あぁそうだ、精霊って気紛れだったわ。
エストレヤや周囲にいる小さな精霊達が可愛くてとても良くしてくれるからすっかり忘れていた。
あの時は、私自身瘴気だから気付けたけど、普段一緒に訓練しているときは全く分からなかったもの。
ちょっと嫌な気分になるくるいで⋯⋯。
嫌な気分、になればもしかしたら淀んでいると思えばいいのかしら。
⋯⋯いえ、違うわね。
元々の性格で他人を嫌な気分にさせる人もいるわ。
早合点は良くないわね。
ただ、もしそうだとしてもアウローラ様の言う通り、確かに簡単なことではない。
人の思いって感情が入る分とても難しい。
その思いが強いほど、他人の言葉なんてそう中々受け入れられないでしょう。
だけど、対策を講じなければ取り返しがつかなくなる。
問題が山積みね。
「現状としては悪化させないことだ。勿論鎮静化出来れば一番良いが⋯⋯姫が一番気に掛けないといけないのは、ラヴィラだ。あそこには気をつけろ」
「そこまで、ですか?」
「あぁ。あの公国の大公が病で臥せっているのは知っているか?」
「はい。確か五年ほど前からですよね?」
「そうだ。そして一番上の公子は姫と同じ年齢だったはずだ。多分姫を婚約者として打診してくるだろうな。そして、公弟はそれを阻止するために動くだろう」
「公子と公弟は争っているのですか? 確か公弟は公爵として大公を陰ながら支えているとお伺いしましたが⋯⋯」
「大公と公弟は仲が良いが、大公妃と公弟はすこぶる仲が悪い。大公妃は獣人を嫌っているからな。半分獣人の血が流ている公弟を良く思っていない。内心は分からないが、公子達は優秀な公弟を慕っている言う話だが、さて、公弟の方はどうだろうな。優秀さが仇となって闇の者たちに心を囚われていなければいいが⋯⋯」
それは闇の者達にいいように利用されそうな事柄ね。
大公妃もそのような差別を行うなんて、考えられないわ。
国母が差別なんて他の者達にもそれらを助長させる考えよね。
そのような事を行うなんて、上のやることではないわ。
それに負けずに公弟が芯の強い方ならいいのだけれど。
だけど、レイ様のお話はきっとただの憶測では無いはず。
何かしらを掴んでいるから私達に警告をしているのでしょうし。
「今のお話はお父様達にお話してもよろしいのでしょうか?」
「勿論だ。伝えて欲しい。次に姫を呼ぶときは、ヴィンセント王子も呼ぶとする。彼ならアウローラも異存はないだろう?」
「えぇ、幼い頃に一度会ったけれど、彼ならいいわよ」
また呼ばれるのは決定なのね。
そして、お話も一段落かしら⋯⋯って!
真剣なお話を聞いたからすっかりながいしてしまったわ!
時間‼
「あ、あの、エストレヤ。今は何時くらいかしら?」
「今? 今あっちは深夜過ぎって感じかな」
「あぁすまない、まだ幼い姫はそろそろ戻らないとな。姫と話をしていると大人と話しているようだからすっかり時間を忘れていた」
「いえ! こちらこそ色んな情報を教えて頂き、ありがたい事です」
「今度は兄王子と共に来なさい」
「はい。兄にもそのようにお伝えしておきます」
次回はお兄様と共に来る事が決定した。
だけど暫くはまたヴァン様とは会えないのかな⋯⋯。
ヴァン様に向き直ると、ドキッとした。
「エスター、また会えるのを楽しみにしている」
そう甘い顔で言われ、抱き締められた。
さっきまで真剣なお話をしていたにも変わらず、こんな事されては私も嬉しさと羞恥で顔が赤くなってしまう。
そして、離れがたく思う。
「周囲には本当に気をつけろ。襲われるような事があれば手加減無しに対処していい」
「はい。よく注意しておきますわ」
「何かあれば手紙ですぐに知らせてほしい。あまり無理をしないように」
「はい。あの、ヴァン様もお気を付けて⋯⋯」
「あぁ、ありがとう」
ヴァン様と言葉をかわしていると、咳払いが聞こえてはっと我に返ると、アウローラ様はとても微笑ましく、エストレヤはにやにやと、レイ様は面白がっているような様子でこちらを見ていた。
恥ずかしすぎる!
「あっ、あの⋯⋯」
「ふっ、ようやく想いが実った途端、距離が近くなったな。ヴァレンの浮かれぶりを見るのは楽しいな」
「レイン、私で遊ぶな」
「遊んでるつもりはないぞ。ただ、やっとお前が番を見つけてやっと両想いになったのを見ると、嬉しくてな」
レイ様とヴァン様はとても親しいようで、ヴァン様を本気で心配していたのだと伺える。
「心配をかけたな⋯⋯」
「一生相手が現れないのかとやきもきしたが、相手がエステル王女なら安心だな」
「何故私なら安心なのですか?」
「姫は信じられるからだ。私の親友であるヴァレンの番としては喜ばしい。それに、人を惹き付ける魅力もある。アンセルム国王が大事にするのも分かるな」
そんな理由で私を大事にしているの?
もっと違う理由だと思うのだけれど⋯⋯。
「エステル、そろそろ送っていくよ」
「ありがとう、エストレヤ。アウローラ様、レイ様、ヴァン様、今夜は貴重な情報をありがとうございました」
「いや、十分に気をつけなさい」
「愛しい娘、また気軽にいらっしゃいね」
「エスター、無理はするな。何かあったら直ぐに連絡するように」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ行こうか!」
皆様に挨拶をして、エストレヤに離宮まで送ってもらう。
今夜は寄り道せずに直ぐに部屋へと着いたのだけれど、部屋には影の四人が勢揃いしていた。
あぁ、これは怒られるかも⋯⋯。
「遅くなってごめんなさい。今戻ったわ」
「「「お帰りなさいませ」」」
「エストレヤ、ここまでありがとう」
「いいよ! 可愛いエステルが見れたからね。今日は頑張ったから早く寝るんだよ」
エストレヤはそう言うと「おやすみ」といつも通り私の額にキスをして帰っていった。
さて、怒られるかな⋯⋯。
「姫様、あまり遅くなりますとあちらへ行くのをお止めせざるを得ませんよ」
「ごめんなさい。だけど、精霊女王様やレイフォール陛下より色んな情報をお伺いしていたの。それについてお父様にお伝えしなければならないわ。お父様にいつ会えるか、流石に今夜は遅いから明日の朝一で出来れば早いうちに会いたいと伝えてほしいの」
「それは承知いたしましたが⋯⋯」
「レイフォール陛下というとゼフィール国の⋯⋯」
「そうよ」
それを聞いた皆は驚いていた。
「お待ち下さい! 姫様はヴァレニウスのヴァレンティーン王太子殿下とお会いされていたのではないのですか⁉」
「お会いしたけれど、レインフォール陛下もいらっしゃったのよ」
「⋯⋯姫様はゼフィール国の陛下とはどういうお関係なのですか?」
「関係⋯⋯と言われても、私にも分からないわ。とても気にかけて頂いてるとは思うけれど。直接ご本人にお聞きするわけにもいかないし」
影の皆は何故か呆気にとられていた。
まぁ、普通あり得ないわよね。
他国の国王と夜中に会ってるなんて⋯⋯。
「姫様はほんとに人誑しですね。その件は陛下方はご存知なのですか?」
「アステール、それって褒めてないよね? まぁそこは置いといて、精霊界でお会いしているのは知らないわ。話していないもの。だけど今日陛下からお伺いした事はお父様達にお話しておかないといけないから、レイフォール陛下の事も話さなければならないわね」
「皆様もきっと驚かれますよ」
「怒られるかしら⋯⋯」
「深夜遅くまで精霊界に赴いていた事に関してはお叱りを受けるかもしれませんが⋯⋯ゼフィール国王との件は何とも申せません」
「⋯⋯内容が内容だから、考えても仕方ないわね」
お父様達にもお叱りを受けたとしても、今回は話を聞いておいて良かったわ。
何か起こったとき、少しでも情報が有るのと無いのとでは全く違うものね。
はぁ、流石に今日は疲れたわ⋯⋯。
そろそろ休まなきゃ⋯⋯って、モニカは流石にもう休んでるものね。
「セリニ、着替を手伝ってもらってもいいかしら?」
「はい。お手伝いさせて頂きます」
私が着替えると分かると男性陣はさっと姿を消した。
私はセリニに手伝って貰い着替えを済ませ、寝室に向かい、セリニにお礼を言って、他の影達にもお休みの挨拶をして眠りについた。
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