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目覚めた世界が私の生きる場所  作者: 月陽
第2章 学園生活の始まり
114/273

114 手のかかる二人

 

 その日の昼過ぎ、私は心が落ち着かないながらも、フレッドと二人でお茶を楽しんでいた。

 私はこの間お茶会で出したケーキをもう少し食べやすいように調整して作ってもらい、それを出してもらうと、とても喜んで食べていた。

 その姿を見るとこちらまで嬉しくなる。

 フレッドからはお父様達の様子や、お兄様とどのような話をしているのかを教えてもらったけれど、大体私の話をしているらしい。

 お兄様は本当に私の事を沢山フレッドに話しているらしく、フレッドは私のことをよく知っていた。

 だから、逆に私はフレッドの事を色々と聞いたら嬉しそうに好きな物や食べ物から事細かに教えてもらい、フレッドの新しい発見などもありとても嬉しかった。

 将来はお兄様を手助けする為に沢山勉強をしていると、私はとても凄いと、お兄様も喜ぶと褒めると、それはもう嬉しそうに笑っていた。

 フレッドは王家の色を持っていない為、王位継承権は持っていないながらも、きちんとお父様達に愛情をもらって過ごしているので、擦れる事もなく成長していてとても安心する。

 楽しいお茶会はあっという間で、フレッドのお迎えがやってきた。



「二人で楽しめたかな?」

「ヴィンスお兄様! フレッドのお迎えがお兄様だとは思いませんでしたわ」

「ステラ、今日も可愛いね。今度はお兄様と二人でお茶会をしないかい?」

「兄上! ずるいですよ!」

「お兄様、そう意地悪をおっしゃらないで。二人と言わずに(わたくし)はお兄様とフレッドと三人でお茶会をしたいですわ」

「そうだな。兄弟三人でお茶会をした事なかったから、では今度計画を立てようか」

「楽しみですわ」

「私も楽しみにしているよ」

「私も!」



 今度三人でお茶会をすることを約束して、お兄様とフレッドは王宮へと戻っていった。

 私は部屋に戻り、とても緊張しながらも返事が来ているかを確認をする。

 会いたいという気持ちはあるけれど、どのように接していいか分からないので、出来れば無理だという返事がほしい⋯⋯というのが本音。

 箱を開けると、一通の手紙が入っていた。

 開けるのが怖い⋯⋯。

 暫くはじっと手紙を見ていたけれど、私は意を決して封を開け、手紙を読む⋯⋯。

 内容は、了承の返事と会えるのを楽しみにしているという内容だった。

 どうしよう⋯⋯先程よりも緊張してきた。

 こんな、今から心が落ち着かなくて、じっと出来なくてどうしていいかわからない。

 あっ、先に皆に伝えとかなきゃ。



『皆いるかしら』

『お側に⋯⋯』

『今夜精霊界に行くことになったので、心配しないでね』

『畏まりました』



 これで、影たちのことは大丈夫ね。

 後は夕食の時間よね。

 お祖父様にバレないようにしないといけないもの。

 大丈夫、落ち着いていつも通りにしていればバレることはない。

 私はその問題の夕食時間、いつも通りに振る舞い、学園の話をして乗り越えた。

 特にお祖父様に怪しまれることもなく、乗り切ることができて安堵する。

 だけど部屋に戻ってからが問題だった。

 いつも以上にモニカに磨かれて、昼間のような装いではないけれど、だからといって、夜会に出るようなきらびやかでも無く、大人しいながらも品のある装いにされた⋯⋯。

 そして装飾は控えめながらも、殿下に頂いた物を付けられた。

 という事は、もちろん殿下の色が入っている装飾品だ。



「モニカ、何故殿下に頂いたものをつけたの?」

「勿論、御本人様にお会いになるので、殿下のお色をお付けしたほうがよろしいでしょう? きっとお喜びになられますわ」

「今日は別にこんなに付ける必要ないと思うわ。付けるなら他のものにして」

「それは無理ですわ。アクセリナ様からの指示です」



 もう! お祖母様ったらどうしてそんな指示をお出しになるの!

 それでなくても緊張感が高まってエストレヤを呼ぶのも躊躇ってしまうのに!



「ステラ様、そんなに緊張されなくても大丈夫ですわ」

「けど⋯⋯」

「お気持ちを自覚されたステラ様はとても可愛らしいですわ。きっと殿下もすぐにステラ様のお気持ちにお気づきになられるでしょう」

(わたくし)、そんなにおかしい? 顔に出ているの?」

「おかしくはありませんわ。お顔に出ているわけではありませんが、雰囲気が違いますもの。本当に可愛らしいですし、そしてとてもお綺麗ですわ。だから自信を持ってくださいませ」



 あんまり当てにならないわ。

 あぁ緊張する。

 自信はないけれど、モニカの言葉を胸に私はエストレヤを呼んだ。



「エステル、迎えに来たよ!」

「ありがとう、エストレヤ」

「緊張してるね? 大丈夫だよ! ヴァレンが何かしたら、僕がぶっ飛ばしてあげるから安心してね!」



 ――今とても物騒な言葉が聞こえたんだけど!



「待って! ぶっ飛ばさなくていいから!」

「僕はエステルの味方だよ」

「うん、それは嬉しいんだけどね、けどね⋯⋯」

「行くよー!」



 待って待って! まだ心の準備が整ってないわ!

 エストレヤってば行動が早すぎなのよ!

 気付いたらすでに精霊界に、目の前にはアウローラ様とレイ様がいらっしゃった。



「アウローラ様、レイ様、ごきげんよう。急にお邪魔をしてしまい申し訳ありません」

「待っていたわ! もう! またそんな堅苦しい挨拶をして⋯⋯いつになったらその角が取れるのかしらね」

「姫、今日の装いはいいな。姫の美しさをよく引き出している。それに⋯⋯ヴァレンの色に染まっているな。ようやく自覚したのか?」



 そうレイ様は仰って朗らかに笑っていた。

 あんまり恥ずかしい事を口に出さないでほしいです!

 私が何も言えずに俯いていると、レイ様達は娘を見るようなそんな温かい見守るような目を私に向けていたのに気付かず、どうやって冷静さを保とうかと私は悪戦苦闘していた。



「愛しい娘、こちらに来て座りなさいな」

「はい、アウローラ様」



 私はアウローラ様の近くに座り、暫く四人で話に花を咲かせる。

 お二人は私をからかう事はせず、世間話に興じている。

 だけどまだ殿下はいらっしゃらない。

 当たり前よね。

 急に今日手紙を読んで今日にとお返事をしたのだもの⋯⋯。

 きっとお忙しいのよ。

 それでも、まだいらっしゃらないことに不安が募る。

 お手紙ではあの様に謝罪と私を想っていると書いてあったけれど⋯⋯。

 やはりそれが嘘で、本当は違うのでは無いか、という考えが過る。

 やはり、他に思う方がいらっしゃるのではと、嫌な方に考えが向かってしまう。

 ⋯⋯あまり遅いと帰ろう。

 皆が心配しているもの。

 それから暫く、話に花を咲かせていたが、やはり殿下はいらっしゃらない。

 心が折れそうなほどに不安に襲われる⋯⋯。

 泣きたい衝動に駆られる。

 ダメね、やはり帰ろう。

 それから暫く経っても殿下はいらっしゃらない。

 これ以上待っても来ないわね。

 話が途切れたところで私はお二人に声をかけた。



「アウローラ様、レイ様。あまり遅くなると皆が心配しますので、そろそろ帰りますわ」

「エステル、もう少しお待ちなさいな」

「姫、心配せずとも大丈夫だ」



 何が大丈夫なの?

 こんなにも不安で心が潰れそうなのに⋯⋯。

 ここで泣くわけにはいかないのに⋯⋯。

 早く帰りたいわ!



「エストレヤ、お願い。(わたくし)を離宮に戻してくれる?」

「⋯⋯僕はエステルの味方だよ。帰りたいなら送るよ」

「ありがとう」



 私はエストレヤにお礼を言って、エストレヤの手を取ろうとしたその時⋯⋯。



「すまない! 遅くなった」



 数年ぶりに殿下の声が聞こえた。

 たったそれだけで心がドキッと高鳴る。



「遅いぞ」

「悪い」

「私に謝ってどうするんだ。謝るなら姫に謝れ」

「そうよ。私の大事な娘を待たせるなんてどういう了見かしらね」

「エステル、どうする? 離宮に帰る?」

「待て! エストレヤ」

「待たないよ。僕はエステルの味方だからね。ヴァレンの言うことなんて聞かないよ」



 皆がそれぞれ殿下と言葉を交わしているのを私は冷静に聞く事が出来なかった。

 声を聞くだけでおかしな位心臓が煩くなっている。

 顔を上げることができない。

 だけど、そんな私をよそに殿下は私に近付いてきていた。

 その足音が、気配が私をおかしくさせる。

 思わずエストレヤの服をぎゅっとつかむ。



「エスター、長く待たせてすまない。まだ帰らないでほしい⋯⋯」



 数年ぶりに名を呼ばれ、胸の高鳴りが増す。

 挨拶をしなければと思うのに、上手く言葉が出てこない⋯⋯だけどそんな失礼をするわけにもいかず、私は何とか声を絞り出した。



「ご無沙汰をしております。ヴァレンティーン殿下」



 なんとか挨拶を返す。

 だけどそれだけ⋯⋯。

 他になんと言っていいかわからない。

 殿下が、私の側で足を止める。


 苦しい⋯⋯。


 私が顔を上げれずにいると、手が伸びてきて私の頬に触れそうになり、ビクッとして私は思わずその手をパシッと払ってしまった⋯⋯。

 私ははっとして顔を上げた。

 そこには数年前と変わらない殿下がいたが、とても傷付いたような、見たことの無い顔をしていた。


 そんな顔しないで!



「っ! 申し訳ありません! 驚いてつい手を払ってしまい⋯⋯あの⋯⋯」

「⋯⋯いや、私が許しも無く触れようとしたから、エスターが謝る必要はない。すまない」



 数年前は、許しも無く触れていたのに⋯⋯。

 今はそう言って謝罪した。

 とても遠い⋯⋯。

 数年前の出来事が嘘みたいな遠さで、あの頃が夢の様に思う。

 どうしたらいいのか分からない⋯⋯。



「四年前より更に美しくなったな。元気そうで安心した」



 殿下はそう、私に仰った。



「⋯⋯殿下も、お変わりないようで安心いたしました」



 当たり障りない事を返す。

 殿下は寂しそうな表情をしていた⋯⋯。



「私の事を、ヴァン、と愛称で呼んではくれないのか?」



 そう、寂しそうに言われたけれど⋯⋯。

 何となく、以前みたく愛称で呼べる気がしない。

 本当は以前のように接したいが、やはりあの手紙が引っかかって、“記憶”の出来事が蘇り、前へ進めない。

 私が言い淀んでいると、見兼ねたレイ様が声を掛けてきた。



「お前達を見ているともどかしいな! こっちへ来て一度座って落ち着け」

「そうねぇ。エステルは私の所へいらっしゃい」



 そう言われて、私はエストレヤに手を引かれ、アウローラ様の隣りに座ったら、労るように頭をそっと撫でる。

 殿下も、レイ様の隣に腰を下ろした。



「はぁ。情けない姿のヴァレンを見るとは思わなかったぞ」

「煩い⋯⋯」

「姫よりどれだけ歳上だと思ってるんだ? 大人の余裕は何処に行った? 本当にこういう事に不器用だな」

「⋯⋯情けないのも余裕が無いのも自覚している。あまり言ってくれるな」

「なら、僕が気合を入れてあげようか?」

「お前からは遠慮する!」

「姫よ、ヴァレンが情けないから姫も良かったら一度殴ると良いぞ。私が許す」



 レイ様は悪いのはヴァレンだからと殴っても問題ないと言う。


 

「⋯⋯レイ様、(わたくし)には出来ませんわ」



 私がレイ様に返事をするのを聞いた殿下は驚いた顔をした後、傷付いたような怒っているような表情へ変えた。


 

「待て、レイン! どう言うことだ⁉ なぜエスターはお前をそのような愛称で呼んでいるんだ!」



 急に殿下が声を荒らげたので、思わずビクリと身体が震える。



「ヴァレン! そのように声を荒げるなら帰りなさい。私の可愛い娘が驚いているでしょう」

「悪い⋯⋯エスターに怒ったわけではない。何故レインをそのような愛称で呼んでいるのか気になったのだ。いつの間にそんなに親しくなったのか⋯⋯」

「早い話がヴァレンは嫉妬しているんだ。姫がヴァレンを愛称で呼ばずに、私のことを愛称で呼んだからな」



 嫉妬⋯⋯?

 殿下が?

 何故嫉妬なんてするの?



「ヴァレン、素直に姫に話したらどうだ? 我慢し過ぎだろう? 姫も、素直にヴァレンと話すがいい」



 話す、と言っても何を話したらいいの?

 私が逡巡していると、痺れを切らしたレイ様は焦れったそうに顔を顰めた。



「はぁ⋯⋯全くお前達は。姫、手っ取り早く済まそう」



 レイ様はそういうと、手招きでこちらに来るように促した。

 私は何がなんだか分からず、レイ様の近くへ寄ると、レイ様も立ち上がったと思ったら、引き寄せられて抱き締められた⋯⋯。


 えっ⋯⋯?

 何でレイ様に抱きしめられているの⁉

 どうしていいのか分からず、混乱してもがいていると、物凄い殺気が当たりに満ちた!


 今度は何が起こっているの⁉


 辺り一帯が重い空気に晒され、怖くて思わずレイ様にしがみついた。

 だが、更に重さが増した!

 何なの⁉

 怖い⋯⋯!!



「落ち着けよ、ヴァレン。姫が怖がっているだろう?」

「レイン!! エスターを今すぐに離せ!」

「嫌だと言ったら?」

「殺す! 私のエスターに気安く触れるな‼」



 えっ⋯⋯?

 レイ様が私に触れているから怒っているの?

 それに、私のエスターって⋯⋯。

 驚いて顔を上げるとこの状況を楽しんでいるようなレイ様と目があった。



「分かったか? 番が見つかると番以外の者に目が行くことはない。今のヴァレンを見てみろ。あれは本気で私を殺しにかかる目だ。姫を離さなければ、本気で私に刃を向けるだろうな」

「どうしてそんな危険なことをなさるのですか⁉」

「姫がヴァレンを、疑っているからだ。他に女がいると思っているだろう? それが間違っていると今この現状を見ればわかるだろう。流石に疑われているあいつが憐れに思ってな」

「ですが⋯⋯」

「姫」



 レイ様に呼ばれて顔をあげると、頬に手が添えられたと思ったら顔が近づいてきた⋯⋯。


 

 ――え? なっ何⁉ やっ、顔が、近い‼ 


 

 更に混乱しぎゅっと目を瞑ると⋯⋯ガチィッと目の奥で火花が散ったような感じがしてそっと顔を上げると、殿下がレイ様に剣を振り下ろしていて、レイ様は剣でそれを受け止めていた。



「お前の本気の一撃は重いな!」

「エスターから即座に離れろ! さもなくば殺す!」



 本気だ!

 だめよ、こんな事‼



「ヴァン様! 落ち着いてくださいませ‼」



 私は無意識にレイ様とヴァン様が離れた瞬間にヴァン様の懐に飛び込んだ。

 まだ重い殺気は無くなってはいないけれど、ヴァン様は私を片手で抱き締めた。



「エスター⋯⋯私以外の男の元に行かないでほしい! 本気で可怪しくなる! 心が引き裂かれそうだ⋯⋯」



 ヴァン様も私と同じ想いを抱いているの?

 信じて、いいの?



「ヴァン様、私も同じです⋯⋯あのお手紙は辛くて、悲しかったです。他に想う方が出来たのではないかと⋯⋯」



 私はそう自然にそう口から出ていた。



「あれは⋯⋯! 本当にすまない。何の言い訳にもならないが、エスターへの気持ちを落ち着かせるために、手紙の内容も少し抑えたのだ。それがエスターを傷付けると事になろうとは思いもよらなかった。エスターが私をそのように想っているとは思わなかったのだ⋯⋯。私の唯一はお前だけだ。他の者などどうでもいい」



 私が自分の気持ちを自覚できていなかったせいでかなヴァン様を苦しませていたなんて⋯⋯。



「⋯⋯申し訳ありません」

「エスター、私にそのような堅苦しい話し方はしなくていい。それに謝罪も不要だ謝らなければならないのは私の方だ」

「ヴァン様⋯⋯」

「ようやく、私を愛称で呼んでくれたな」



 ヴァン様の憂いない笑顔が眩しくて、何だか恥ずかしくて目を逸らした⋯⋯。



「はぁ⋯⋯。ようやく二人共落ち着いたことには喜ばしいが、私達がいることを忘れるなよ。全く、手の掛かる二人だな」



 レイ様のお声でハッとして、私はヴァン様から離れようとしたのだけれど、軽々阻止された。



「悪かった⋯⋯」

「全くだ。まぁけしかけたのは私だが、お前の本気は流石に肝を冷やしたぞ」

「本当にすまない⋯⋯。理性が吹き飛んでしまった」

「まぁそれが番を得た者の宿命だな。たった一人を生涯愛するというのは美徳だが、その嫉妬心は厄介だな。婚姻すればそれもましになると聞くが⋯⋯はぁもうお前達、さっさと結婚しろ!」



 無茶を仰らないで!

 私まだ九歳です!



「私もそうしたいが、流石にエスターはまだ幼いうえ、王宮には戻っていないだろう? 婚約もまだ出来ないからな⋯⋯」

「ふむ、まぁそれもそうか⋯⋯あぁ、そうだ。ちょっと二人でその辺を散歩して来い」

「何を唐突に⋯⋯」

「姫はあまり遅くなるのは良くないだろう? ようやく姫も気持ちを自覚したんだ、もうちょっと二人で話し合っておけ」

「そうだな。エスター、少し歩こうか」

「はい⋯⋯」



 唐突なレイ様の提案でヴァン様にエスコートされながら散歩をすることになった。


 暫く無言で歩いていると、少し開けた場所に出た。

 精霊界はどこもかしこもが神秘的で心が安らぐ。

 私はヴァン様に促されて、並んで座る。

 二人っきりになるとまた緊張感が増し、だけどヴァン様のそばにいることの嬉しさと以前のように接したいという想いが心の中に渦めく。



「エスター」

「は、はい!」



 急に名を呼ばれて声が上ずり、内心ドキドキだ。

 私のとても緊張しているのが面白いのか、ヴァン様は一瞬口元を緩めたが、直ぐに表情を改めて謝罪を口にした。



「先程は怖がらせて悪かった。それに格好悪いところを見せてしまったな⋯⋯情けなくて幻滅したろう?」

「そんな事はありませんわ」

「手紙のことも、本当にすまない。貴女の祖母君は怒らせると怖いな。手紙を頂いたときは肝が冷えた⋯⋯」



 お祖母様はヴァン様に一体何を話したのでしょうか?

 ヴァン様のお顔色がよろしくないわ。



「だが、そのお陰でこうしてエスターに会えたから感謝しかない。⋯⋯それに、エスターの気持ちも知れた今、私は⋯⋯自惚れてもいいのだろう?」



 そう言うと、私を見つめてくるヴァン様と目が合う。

 その甘く真剣な表情を見返すのが恥ずかしくて顔を背けようとしたけれど、ヴァン様の手によって阻まれた。



「許しも無く触れてすまない。だが、エスターの口から気持ちが聞きたい。聞かせて欲しい」



 そう懇願するように言葉を求めてきた。

 ちゃんと言葉で伝えなければならないのは分かるけれど、中々言葉が出てこない。

 言葉にして伝えたら後戻りできないような、言葉にするのは難しい。

 それに、言葉にすればどうにかなってしまいそうで怖くもある。

 だけど、もっとヴァン様に近付きたいと想う気持ちも強くて⋯⋯。

 反らしていた視線をヴァン様に向けると、それはとても嬉しそうに顔を綻ばせた。



「ヴァン様⋯⋯(わたくし)は⋯⋯」



 私が口を開くと、どことなく緊張した面持ちとなり、私から視線をそらさず、話すのを待つ。



(わたくし)は、ヴァン様が、好き、です⋯⋯その、自覚するのに時間がかかってしまいましたが⋯⋯」



 少し言い淀んでしまったけれど、私の言葉をとても嬉しそうに、だけどとても優しい目で私の言葉を待ってくれる。

 隠し事をしたくない⋯⋯。



「ですが、不安もあるのです⋯⋯」

「どのような不安だ?」

「私は“記憶持ち”なのです。伯母様に指摘された事なのですが⋯⋯」



 私は、私の記憶のことを全てお話した。

 あのような事は二度と体験したく無い。

 今、ヴァン様に同じ事をされると、記憶の時みたいに生きていけるか自信がない。

 それ程までに私はヴァン様の事を想っている。

 記憶の事はすんなり話せたけれど、自身の気持ちの事となると、恥ずかしくて躊躇われる。

 だけどきちんと話さなくては、伝わらない⋯⋯。

 記憶の事を話し終えると、ヴァン様は「私の手で殺してやりたい⋯⋯」そう物騒な事を呟いた。

 もう会うこともないから殺す殺さない以前の問題なのだけれど、それでも怒ってくださってるのが分かって嬉しく思う。

 そして慰めるように頭を優しく撫でてくださった。



「エスター、一度悲しませた私が言うのも信用が薄いかもしれない。だが、私の想いは決して揺るがない。今仮にエスターがこの世から消えれば、私も後を追う」

「そんな事⋯⋯」

「エスターが私に生きろといったところで無意味だ。愛しい半身がいなければ、私も生きられない。私だけでなく、これは番を得たものならば皆そうなのだ。それ程までに、とても、自分よりも大事な存在なのだ。だから決してエスター以外の女とどうこうなることはない。気持ち悪いからな。生理的に無理だ」



 ヴァン様は本当に嫌なのか、嫌悪感を隠すことなくそう言った。

 そしてそのお言葉はとても重くて、頑張って生きなければと言う気持ちになる。

 逆にヴァン様がいなくなれば⋯⋯私は生きていけるのだろうか。

 今はまだ分からない。

 だけど想うことは、出来るだけそばにいたい、離れたくない、以前のように触れてほしい⋯⋯とそう強く想う。

 以前はそんな事なかったのだけれど、どうしてそこまで強く思うようになったのだろう?

 私は不思議な感覚に陥っていた。



「どうした?」

「あっ、申し訳ありません」

「そんなに固くならなくてもいい。何か言いたいことがあるのだろう?」

「言いたい事、と言うより分からないのです」

「何がだ?」

「その、以前は自分の気持ちが分からなかったという事もありますが、今程、ヴァン様から離れがたく思うことはなかったのです。だけど⋯⋯今は、その、そばにいたいという気持ちが強くて、他にも言葉では言い表せない強い想いが湧き上がって、戸惑っています。気持ちを自覚しただけでこんな風になるものなのでしょうか⋯⋯」

「その強い感情、とは?」

「それは⋯⋯その、離れたくないのです」

「それだけか?」



 ヴァン様は意地悪です!

 そんな風に嬉しそうに聞いてこないでほしい。

 そのお顔を見たら⋯⋯。



「以前の様に、触れてほしくて、⋯⋯抱き締めて欲しいのです。ヴァン様の腕の中が安心できるのです。⋯⋯あっ、はしたなくて申し訳ありません!」



 言う必要なんてなかったのに⋯⋯!

 あんなお顔されたから話してしまった。

 恥ずかしすぎて私は咄嗟に顔を背けたけれど、気付いたらヴァン様の力強い腕の中に捕まっていた。

 そしてそのまま抱き締められた。

 心臓が痛いくらいに高鳴っていて鳴り止まない。

 恥ずかしくてどうにかなってしまいそう⋯⋯。

 だけど、それ以上に嬉しくて幸せな気持ちが広がる。

 まだまだ、ヴァン様から見たら幼いし、傍から見ると親と子と言われても仕方ないくらいの差はあるけれど、何も気にならない。



「エスターはやはり分かるのだな」

「何をでしょうか?」

「無意識下で、私を番だと認識しているんだ。以前に話しただろう? 人族でも魔力が高ければ分かる者もいると。それに⋯⋯エスターの場合はそれだけではないな」

「どういう意味でしょうか?」

「分からなければいい」



 何それ!

 逆に気になります!

 そんな私の気持ちが分かったのか、私の耳元に顔を寄せ何事かを呟いた⋯⋯んだけど、気になるんじゃなかったわ!

 気にしなければよかった!!

 羞恥で穴があったら入りたい!!

 自分で掘って入ろうかしら!

 その位恥ずかしさで悶える私を、それはもういい笑顔で見ているヴァン様を恨みたい!



「可愛いな」

「な、唐突すぎますわ!」

「そうやって恥ずかしがっている姿も良いな。⋯⋯エスター、ありがとう」

「ヴァン様? 急にどうなさったのですか?」

「私を選んでくれてとても嬉しい。幸せだ」



 その本当に幸せそうな、いつもの凛々しいお姿ではなく、穏やかなお顔を見ると、私も同じ様な心持ちになる。



(わたくし)もです。ヴァン様に選んでいただいて、とても嬉しいです」



 そう、すんなりと気持ちを伝えれた。

 暫く見つめ合っていたけれど、ヴァン様は「そろそろレイン達のもとに戻らねば」と、二人だけの時間を名残惜しそうにそう呟いた。

 私はヴァン様のエスコートでレイ様たちの元へと向かう。



「エスター、そう頻繁には無理だが、またこうやって会いたいが良いか?」

「はい。(わたくし)もお会いしたいです」

「また会えると思うと、頑張れるな」

(わたくし)もヴァン様と同じ気持ちですわ」



 そう約束を交わし、私達はアウローラ様達の元まで穏やかな気持ちで戻ってきた。


ご覧頂きありがとうございます。

ブクマや評価をくださり、とても嬉しいです。

次話も楽しんでいただければと思いますので、

よろしくお願い致します。

次回は火曜日に更新致します。

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