107 理解し難い気持ち
翌日、私は朝から離宮へと転移陣で移動すると、そこにはエメリと騎士のオスカルと魔法師のマルクが待っていた。
オスカルとマルクは私が五歳の頃に王都のシベリウス邸で呪術を受け、離宮で生活をしている時に付いていたお祖父様の手の者だ。
私は三人から挨拶を受け、そのまま三人を伴って部屋へと赴く。
いつもと変わらず支度を整えてもらい、姿を変える魔道具は勿論外す。
支度が整うと、部屋の外で待っていた二人を招き入れていいかエメリから確認をされたので許可を出すと、二人は部屋の中へと入ってきた。
そして、エメリと騎士二人は私の前で礼をした。
「エステル殿下。学園の休暇中、離宮でお過ごしになる間は私達が殿下のお世話と護衛をさせて頂きますので、改めてよろしくお願い致します」
いつとは違う雰囲気でエメリは代表してそう挨拶をした。
もう始まっているのね。
私もきちんと対応しなければならない。
「えぇ、よろしくお願いしますね」
私は三人に許可をだした。
今日から離宮での生活が始まる。
けれど、今までのような甘えは許されない。
王族としての振る舞いを忘れてはいけない。
「殿下、本日の予定ですが、午前中はイェルハルド様からの授業を、お昼からはアクセリナ様の淑女教育を受けると事となっておりますので、今からイェルハルド様がお待ちのお部屋までご案内させて頂きます」
「分かりました。お待たせするのは良くないわ。案内をお願いしますね」
「畏まりました」
私はエメリの案内と二人の護衛を伴ってお祖父様が待つ部屋へと赴く。
部屋に着くと、旅らの前にはお祖父様の侍従が待っていて、私が到着したことを部屋の中に声をかけると「入れ」と応えがあったので侍従か扉を開き、私は中へと入る。
ここはお祖父様の書斎兼執務室といった感じの内装だった。
「おはようございます、お祖父様。今日から八日間お世話になります」
「おはよう。よく来たな。まずは座りなさい」
「はい、失礼いたします」
私はお祖父様に促され、ソファに座るとお祖父様も向かい側に腰を下ろす。
「早速だが、これから学園の休暇中は面倒だが、シベリウスの邸から馬車で領に戻り、転移陣でここに移動して来てもらう。何故かわかるか?」
「私がシベリウス領にお兄様達と共に領へと戻ったと見せる為ですね。仮に馬車に私が同乗していなければ不審に思われかねませんから」
「そうだ。ステラには面倒をかけるが休暇中はそのつもりで」
「分かりましたわ」
お祖父様は面倒だと仰ったが、私は道中を楽しんでいるので全然面倒だとは思わない。
寧ろ今しかこんなに楽しめないだろうから大いに楽しむつもりだ。
「理由は聞かないのか?」
「理由、ですか?」
私が内心楽しんでいると、お祖父様に理由を聞かれ私は気持ちを切り替えた。
「あぁ、前もって伝える事もできたが、急に学園の折角の休暇を離宮で過ごす事になったとアルノルドに言われただろう? 何故そうなったのか聞かないのか?」
「アル伯父様からは、王宮での暮らす感覚を取り戻す為だと伺いましたが⋯⋯」
「それもある。が、そろそろ公務やいつでも執務の手伝いが出来る様にしておこうとアンセの指示だ。今迄帝王学の授業を行っているからそれほど難しい事はなかろう。なによりステラの能力を遊ばせておくのは勿体無いと言うのが本音だがな。ここで出来ることもあるからこの八日間はその説明と実際にステラの理解力と判断力を試そうと思っている」
「お祖父様の授業は分かりましたわ。では、お祖母様の淑女教育は⋯⋯」
「文字通りだ。まぁそれだけでは無い。ステラが恙無く過ごしている事を上位貴族も全く知らないというのはそろそろ不味い。アクシィとリュスの二人が信頼を置き、信用できる御夫人方とのお茶会にステラを参加させる事にしたから、その話だな」
「目的は分かりましたけれど⋯⋯」
「ステラの懸念は問題ない。お茶会を開くにしても、この離宮でだ。王宮や貴族の屋敷に赴くことは無い。まだその時ではない」
「分かりましたわ」
「他に質問はあるか?」
「ありませんわ」
「では、今日から三日間は帝王学の復習から実際に行う公務の内容を説明する。残り五日間は実際書類を見せ、ステラがどう判断するのかを見るのでそのつもりでいなさい」
「はい、お祖父様。よろしくお願い致します」
お祖父様の説明を受けた後、早速授業が始まる。
今まで習った帝王学の復習、そしてお祖父様の問いに答えるのだけれど、鋭い質問に私は答えるのに必死だ。
必死だけれど、楽しく感じる。
やっぱり学園の授業がまだそう難しくないので、更にそう感じるのかもしれない。
そう感じながらも勿論真剣に考え、答えを導き出していく。
お祖父様の質問は隙きを与えてくれないのだ。
余計なことを考えている暇はない。
集中して受けていると、時間はあっという間に過ぎ、気付けばお昼の時間帯になっていた。
「⋯⋯今日はここまでにしよう」
「はい。ありがとうございました」
「少し時間が過ぎたな。アクシィも待ってるから食堂へ行こうか」
お祖父様の言葉に時計に目をやると、お昼も大分過ぎていた⋯⋯。
お祖母様をとてもお待たせしてしまっているのでは、と心配していると、お祖父様は「遅れる事は事前に伝えてある」と仰ったので、遅れる事が事前にご存知なら大丈夫ね。
お祖父様のエスコートで食堂につくと、お祖母様かいらっしゃった。
「待たせたな」
「お二人共お疲れ様。大分集中していたのですね」
「あぁ、ステラの答えを聞くのが楽しくてな。つい時間を忘れてもっと長引くところだった」
「まぁ! 貴方を楽しませるなんて、ステラはとても優秀ね」
「ですが、お祖父様の質問が鋭くて、私は答えるのに必死でしたわ」
「そうは見えなかったぞ」
お祖父様はそう仰りますが、目が完全に楽しんでますわ⋯⋯。
結構ひどい。
「話しはこの辺りで先に食べようか」
「そうね、食後にゆっくり話を聞きたいわ」
お祖父様の言葉で食事が始まる。
ちなみに食事中も私の所作を見ているようで、話をしながらお祖母様が私の動きを確認しているようだ。
食事が終わり、団欒の間に移って食後のお茶を楽しむ。
そして先程の話の続きで、お祖父様の質問に私がどう答えたか、お祖母様に話をしているのを聞きつつ、私はお茶を頂く。
お祖母様は楽しそうに聞いているけれど、私は先程の授業を頭の中で整理しながら、お二人の話を聞いていた。
「ステラの答えを聞いてると、将来ヴィンスの補佐でも簡単に務まるだろうな」
「あらあら。だけどステラはどこかの王太子に狙われているでしょうに。ヴィンスの補佐は難しいのではなくて?」
「嫌な事を思い出させるな⋯⋯」
狙われている?
何処かの王太子に⋯⋯。
何処か⋯⋯それって⋯⋯。
「ステラは何を考えている? まさか⋯⋯」
「お祖父様? 何を怒っていらっしゃるのですか?」
「ステラは今誰のことを考えていた!?」
誰って⋯⋯。
何処かの王太子って言うから、もしかしたら⋯⋯としか考えていないのですけど。
お祖父様の目がかなり怖い⋯⋯。
「答えられないのか?」
「そのような事はありませんが⋯⋯もしかして、ヴァレニウスの⋯⋯」
「まだあの王太子のことを想っているのか!?」
「いえ、お祖母様のお言葉で、もしかしたらと思っただけですので、私が何か思うことはありませんわ」
「本当か!? 奴から婚約の打診が来ても断っていいんだな!」
どうしてそこまで話が進んでいるのでしょう?
あれからお会いしていないから殿下がどう思っているかは分からない。
お手紙は相変わらずやり取りをしていて、私のお誕生日には贈り物まで頂いているし、殿下の色の物がだんだん増えてきてもいる。
学園に首席で入学できたことも伝えたら、合格祝いまで頂いてしまって⋯⋯。
だけど、学園に入学してからのお手紙は、ちょっと義務で送ってきてるような、内容がいつも同じなのよね。
あぁ、もしかしてずっとそうやり取りしているから引っ込みがつかなくなったとか?
殿下は番に対してとても大切な相手だと言ってはいたけれど、私には分からないから⋯⋯。
「ステラ! どうなんだ!?」
「どうと言われましても⋯⋯殿下にはあれからお会いしていないので何とも言えませんわ」
「けど、お手紙のやり取りはしているのでしょう? オリーが言うには贈り物も沢山頂いていると報告を受けているわよ」
「そうですけれど⋯⋯」
私には本当に番とか分からないもの⋯⋯。
最近のお手紙の内容も前程そういった事は書かれていないから、殿下の気持ちも分からない。
そう考えると何だかもやもやするわ。
子供だし、飽きたのかもしれないし、他に想う方が現れてのかも⋯⋯。
「そもそもお祖父様、婚約の打診など来ないかもしれませんわ」
「⋯⋯何かあったのか?」
「何もありませんわ」
お祖父様は何故かさっきよりももっと怖くなったのだけれど!
何で!?
婚約の打診、来ないほうが良いのではなかったの?
「はいはい、そこまでよ」
「止めるな!」
「止めますよ。ステラが困っているでしょう。これは女同士の話が必要よ。男の貴方は引っ込んでいてくださいな」
「なっ!」
お祖母様、ありがとうございます!
けどこれ絶対後で聞いてきますよね!?
「さぁ、少し早いけれど、私の授業に移りましょう」
「はい」
お祖母様はそう言うと、私を伴って部屋を移動する。
お祖父様はまだ怒っていらっしゃって、部屋の中に一人置いていく形となってしまった。
大丈夫かな。
お祖母様の淑女教育は、今日は庭園で行うようで、既にセットされていた。
お祖母様に促されて座ると、お祖母様の侍女がお茶を淹れてくれる。
「私の教育を始める前に、先程の続きだけれど。手紙の交換はしているのでしょう? 実際はどうなの?」
「はい。お手紙のやり取りはまだ一応続いておりますわ。けれど最近は以前のような文面ではなくなりました。普通のご機嫌伺いのお手紙ですわ」
「ふふっ、ステラはそれが不満なのね」
「え、えぇ!? そんなっ! 不満ではありませんわ。番というのは私には分かりませんし、殿下がどう思ってらっしゃるかなんて、私には分かりませんもの⋯⋯」
「そんなに動揺しちゃって! 可愛いわねぇ」
「動揺なんてしておりませんわ。事実を言ったまでです」
「ひとつ、私から言えることは、竜族の番に対しての想いは相当よ。よく王太子が貴女に会いにこず、我慢をしている事に対して驚いているのよ」
「竜族の番に対しての想いは、絶対では無いのでしょう? 私が子供で飽きたのではないのでしょうか? それか他に想う女性が出来たのかもしれませんわ」
「それは絶対に無いわ」
「お言葉ですか、この世に“絶対大丈夫”なんてあり得ませんわ。竜族の番への想いなんて、それこそ分かりませんもの。私から見ると不確かなものだと思いますわ」
そうよ。
この世に絶対なんてないのよ。
だから裏切りもあるし、そうならないように裏から動くのでしょう。
それに、人の心は移ろうものよ。
殿下だって純粋な男性でしょう。
それなのに私みたいな子供ではつまらないでしょう。
飽きて当然よ。
「貴女は頑なね。表情と言ってることが逆ですよ」
「そのような事はありませんわ」
「⋯⋯まぁ、この件に関してはあちらの殿下の行動次第です。けどステラ、これだけは覚えておきなさい。相手を信じることも大事よ。男性はね、分かりづらいところがあるのよ。勿論碌な男も中にはいるわ。だけど、私の目から見ても、ヴァレニウスの王太子はそのような男ではありません。碌な男だったらまず私が早々に手を打っています。だから相手から待つのではなく、貴女からも言葉を贈ったらどうかしら?」
「あの、お祖母様。お言葉ですが、その言い方ですとまるで私が殿下の事を想っている様ではありませんか? 別に何とも思っていませんわ」
「全く⋯⋯貴女は先ず、自分の気持ちを知る事から始めないと駄目ね。困った子だわ。勉強はあんなに出来るのにどうして自身の恋愛事となるとポンコツなのかしらね。一体誰に似たのかしら」
ポンコツって⋯⋯。
お祖母様なかなか酷いです。
けど、恋愛なんてちょっと面倒臭いと思ってしまう。
殿下の事も⋯⋯何がしたいのかわからない。
前はあんなに甘ったるかったのに、今は定型文のようなお手紙なのだから、わざわざ送ってくる必要は無いと思う。
時間の無駄だわ。
はぁ。何だか心がざわざわとして落ち着かない。
私が考えに耽っているのを、お祖母様は何か言いたげに私を見ていたようだけど、全くそれに気付かなかった。
「さぁ、話はここまでよ。そろそろ授業に入りますよ」
「はい、よろしくお願い致します」
私は気持ちを切り替えて、お祖母様の授業に専念した。
昼間の食事の所作はやはり見られていたようだけど、所作が綺麗だと褒められた。
お茶をしている時も一つひとつの手の動きや、表情や会話など、良い所ともう少し直したほうがいいところなど、細かな注意が入るが、それもほんの少しで、直したほうがより綺麗で美しく見えると、お祖母様からの指摘を頭と体に叩き込む。
お祖母様との会話は問題ないので、この休暇中に既に一件お茶会を入れているので参加するようにとの事。
主催はお祖母様で、参加者お祖母様のいつも参加する御夫人方。
名前を聞けば、私もご存知の方々ばかりだ。
そしてお母様とお母様と懇意にしている宰相の奥様にベリセリウス侯爵夫人のセシーリア様も参加されるようだ。
「お祖母様、セシーリア様も参加されるなて、私としてお会いしたことが幾度もありますので、声で知られてしまうのではないでしょうか?」
「問題ないわ。ベリセリウスの特性は勿論よく知っているので大丈夫ですよ。お茶会終了後、皆が帰った後に彼女に伝えるので、貴女もそのつもりでいなさい」
「分かりましたわ」
お祖母様の授業が終わり部屋へ戻ると私は注意されたことを用紙に書き出していく。
同じ失敗をしないように、お祖母様やお母様に恥をかかせることの無いように。
勿論、お祖父様の授業の復習と予習もしておかないと、きっと明日はもっと難しくなるわ。
夕食までの時間を予習と復習に当て、夕食後は図書室から持ってきた本を読んで、知識を蓄える。
読み終わる頃には夜も大分更けていた。
そろそろ寝ないと、また影たちに叱られるわね。
そう思ってベッドへ行こうとしたのだけれど、殿下からお手紙が届いているのに気が付いたけれど、昼間のお祖母様達との話が過り、もやもやと心がざわめいた。
手紙を読んでもきっと内容はいつもと同じよね。
なら見なくていいのでは? という感情と、きちんと手紙は読んで返すべきだという感情が鬩ぎ合う。
暫く葛藤したけれど、きっと読んでも読まなくてもどっちにしてもざわめくなら、読んでおこうと箱を開ける。
はぁ⋯⋯。
何故手紙を読むだけでこんなに疲れないといけないのかしら。
動きが緩慢になりながらも手紙を開けて読む⋯⋯。
はぁ⋯⋯
二度目のため息、を許してほしい。
やはりお決まりの文章ね。
なら私も返すのは当たり障りのない文面にしましょう。
いつもはきちんと返すのだけれど、それも嫌になってしまったわ。
私はさらっと手紙を書いて早々に返送した。
本当に、決められた文書を送ってくるぐらいなら書かなかったらいいのに⋯⋯。
だめよ、寝ましょう。
この件に頭を悩ますなんて時間の無駄だわ。
忘れよう。
私はベッドに入り、目を閉じる⋯⋯。
⋯⋯だめ、全然寝れないわ。
もう! お祖母様の意地悪!
あのような話をするからよ⋯⋯。
外の空気でも吸ったら少しは落ち着くかしら。
私はベッドから出てテラスへと出る。
夏が終わり、秋の少し冷たい空気が心を落ち着かせる。
夜空も夏の空から変わり、少しずつ澄んだ空が見えるようになってきた。
星空がきれい⋯⋯。
エストレヤは何をしているのかしら。
アウローラ様はお元気かな。
ふと、星空を見ていると二人の事が気になった。
私が初めて精霊界に行ったのは春半ばの夜だったわね。
お会いしたいな。
アウローラ様とエストレヤの近くって何だかとても安心するのよね。
何故かしら⋯⋯。
「寝れないの?」
「っ!」
――びっくりした⋯⋯。
「エステル?」
「こんばんは、エストレヤ」
「どうしたの? 寂しそうな顔をしているよ。誰かになにかされた? 話してくれたら僕、そいつを不幸にしてくるよ?」
「誰にも何もされていないから、そんな事しなくていいわ! 物騒よ!」
「そう? 遠慮なく話してね。ね、それより何考えてたの?」
「貴方やアウローラ様はお元気かなって考えていたのよ」
「会いにいく? アウローラ様喜ぶよ!」
「行きたいけれど、いつ帰ってこれる? 今ここでお祖父様たちの授業を受けているのよ。だから朝迄には帰りたいわ」
「わかった! 朝までにはちゃんと帰すよ。約束する」
「なら、お願いしていい?」
「勿論!」
私は慌てる影達に少し出てくる事を伝え、エストレヤに連れられて久しぶりの精霊界へ連れて行ってもらった。
ご覧頂きありがとうございます。
次話も楽しんで頂けたら嬉しいです。
次回は木曜日に更新しますので、よろしくお願い致します。





