105 恋愛話
異例の試験が終わってからの学園生活は落ち着いた。
私も毎日何事も無く勉強に勤しんでいる。
以前よりもクラスに馴染み、色んな人と話すようになったのでとても楽しく過ごしていて、昼食もクラスの友達と食べたり、たまにお兄様達とご一緒する時もあり、お兄様達のご友人方と挨拶する機会も増えて交流の幅が広がっていった。
あれから二週間程経った休息日、ティナお姉様からお茶会のお誘いを受けて、ベリセリウス侯爵家にお兄様達と一緒に来ていた。
他の方々は、ルイスお姉様にディオお姉様、レグリスも一緒だ。
お母様達のお茶会にルイスお姉様が入っての子供達版といった感じだ。
久しぶりに会うセシーリア様へご挨拶をして、ティナお姉様の案内の元、サロンに向かう。
サロンにはティナお姉様の妹で私とレグリスの同クラスのシャーロット様がいたが、何故かあまり良い印象がない。
ティナお姉様に比べて感情が希薄というか、何もしてないと思うのだけれど、嫌われている感じがしなくもない。
ただ、私がそう感じているだけかもしれないけれど。
一度ティナお姉様に聞いてみたことがあるのだけれど「あの子はあれが素だからシアが気に病む必要はないわ」と返された。
シャーロット嬢のお姉様がそう仰るならそうなのだろうけれど⋯⋯。
取り敢えずはきちんと挨拶はしないとね。
「シャーロット様、ごきげんよう。クリスティナ様にお招き頂きお邪魔しております」
「ごきげんよう。アリシア様」
今日も今日とていつもと同じように感情薄めの挨拶は返してくれた。
ティナお姉様も何も言わないのでこれが本当に素なのでしょう。
暫くすると全員が揃ったので、お茶会が始まる。
学園にいる時とは違い邸で行われるお茶会はやはり少し空気感が違う。
だけど、ここに集まっている人達はいつもの顔ぶれなので雰囲気は穏やかで楽しい。
今日の話の種は入学して三ヶ月が経とうとしている私達の学園生活についてだ。
あのような事があったけれど、どう思っているのか聞かれる。
「シャロンは置いておいて、シアとレグリスは学園生活はどうかしら? 勉強は問題なさそうよね?」
「勉強に関してはまだそこまで難しい事はありませんので大丈夫ですわ。ただ、座学が多いので早く中期になって欲しいと思います」
「シアと同意見。座学ばかりでつまらないですね」
「レグリスはともかくシアまでそんな事を言うなんてね」
「シアの場合は授業内容が分かっている事ばかりででつまらないんじゃない?」
「レオンお兄様ったら⋯⋯そんな事ありませんわ。新しく知る事もあります」
「レグリスはただ身体を動かしたいだけだよね」
「ディオ様俺に酷くないですか? そう言うディオ様だってまさかずっと首席だと聞いたときは驚きましたけどね!」
「私だって勉強は好きではないけれど、やる時はやりますわ!」
レグリスとディオお姉様って何気に気が合う二人なような気がするわ。
喧嘩するほど仲がいいというあれかな?
私がそう思っていたら、まさしく思っていた事をルイスお姉様が声に出していた。
「ディオ様とレグリス様は本当に仲がいいのね。お似合いよ」
「「なっ!?」」
「確かにそうだね。小さい頃からずっと飽きずに繰り返してるよね」
「ルイス様、レオン様! そんなのではありませんわ!」
「そうです! ディオ様なんてお断りです!」
「それは私の台詞よ!」
そういう二人は息ぴったりに言葉の応酬をし始めた。
本当に仲がいいし、お似合いの二人だと思うのだけれどね。
ここから恋愛話に広がっていった。
「あそこの二人は置いといて、ルイスは誰か良い人はいるのかしら?」
「私ですか? いませんわ。私の目下の目標は文官になる事ですもの。恋愛はそれからでもいいわ。そういうティナはどうなのかしら? やはり婚約者がいたりするの?」
「いないわよ。うちはお父様の審査が厳しいのよ」
確かに、侯爵の審査は厳しそう。
「シアはどうなの?」
「私ですか?」
「駄目よ。シアのお養父様はシアを溺愛しておりますもの。そこら辺の男ではシアの相手には相応しくないわ」
「私達もそうそう許さないからね」
別に好きな人はいないので、いいのですけれどね。
マティお兄様の目が本気で怖い⋯⋯。
ルイスお姉様は「大変そうね」と苦笑していた。
「そういうマティアス様はどうなの? とてもモテるでしょう?」
「鬱陶しいだけだよ」
そうばっさりと切り捨てた。
確かに、お昼をご一緒していても、お兄様の周囲にはご令嬢達が固めているものね。
あんな事されたら流石に引くし、嫌気が差します⋯⋯。
「レオナルド様は?」
「僕も別にいないよ。今はヴィンセント殿下に付いてやる事が多いし、学ぶこともあるからね」
「シャーロット様もティナと同じなのかしら?」
「私はそのような者はおりません」
「これだけ揃っているのに全員いないのね⋯⋯」
「つまらないわね」
本当に揃っていて浮ついた話一つもないのは⋯⋯まぁ隠しているという事もあるでしょうけれど、お姉様方は本当につまらなさそうにしている。
「理想はどうかしら!」
まだ恋愛話は続くみたい。
今度は皆の理想を聞くことにしたようだ。
「今度はレグリスからね!」
「俺はがさつじゃなくて優しく思いやりがあって、だけど芯のしっかりした人がいいですね」
「ディオでぴったりじゃない!」
「「ぴったりじゃないです!」」
いえ、お二人共息ぴったりですよ。
そしてまた皆にからかわれていた。
「シャーロットはどう?」
「特にありません」
「もう! シャロンは本当につまらないわね」
ティナお姉様がそう言うと、ルイスは苦笑して私に問いかけてきた。
「シアは?」
「理想と言われましても⋯⋯」
順番に聞かれるとは思ったけれど、理想と言われても難しいわ。
理想⋯⋯うーん⋯⋯。
「そうですね⋯⋯お優しくて、他人を思いやれる心を持ち、色んな意味で強い方⋯⋯一途な方が良いですわ」
「ふふっ、シアは理想が高そうね」
「確かに強くなくてはシベリウス辺境伯様に叩きのめされてしまいますわね」
確かに、お養父様ならやりかねない。
それより、別に理想は高くないと思うわ。
何か視線を感じてその方向を向けば、マティお兄様達が複雑そうな表情でこちらを見ていた。
何かしら?
首を傾げてみれば、やれやれといったふうに首を振っていた。
私、何かやらかしたかしら?
⋯⋯何もしていない気がするのだけれど。
私が考えに耽っている間にも、ティナお姉様は順番に聞いていった。
恋愛話に花を咲かせていると、侍女がティナお姉様に耳打ちすると、お姉様から侯爵が帰宅したみたいでこちらに挨拶をしに向かっていると伝えられた。
私として会うのは何度かあるけれど、侯爵邸に私が来たのは初めてだから侯爵はどう思っているのかしら。
侍女が伝えに来てそう待たずに侯爵が来られた。
「おかえりなさいませ。お父様」
「ただいま。ティナ、シャロン。皆いらっしゃい。いつも娘達と仲良くしてくれてありがとう」
いつも以上に柔和な笑顔で気軽に挨拶をする侯爵の表情は多分外で見せる顔なのだろう。
王宮で見る雰囲気とはまた違う。
「お邪魔しております、侯爵様。こちらこそクリスティナ様方には良くしていただいております」
ルイスお姉様が代表で挨拶をする。
宮廷の文官を目指しているだけあって、所作も綺麗だ。
侯爵も頷いている。
挨拶をしに来ただけで「ゆっくりしていきなさい」と一言残すと部屋を後にした。
その後、私達は理想の相手の話で盛り上がり、だけどいい時間となったのでお開きとなった。
学園に入ってから初めてのお茶会はとても楽しい一時となった。
シベリウスの邸に帰ってからは夕食まで部屋でゆっくりする事にしたのだけれど⋯⋯。
『姫様、少しよろしいでしょうか』
『えぇ、何かあったの?』
『長から言伝を預かったおります』
『侯爵から?』
『はい。明日の朝、離宮までお越し下さい。との事です』
『分かったわ』
何かあったのかしら⋯⋯。
何かあればお兄様から手紙が来そうなのだけど。
まぁ、明日行ってみればわかるわね。
夕食時に明日朝から離宮に行くことをお兄様達に伝えて、今日は少し早めに休む事にした。
翌日、朝から離宮へ向かい、仕度を済ませてお祖父様がいらっしゃるお部屋へ行くと、そこにはお父様がいらっしゃった。
「おはようございます。お祖父様、お父様」
「おはよう。すまないな、急に朝から呼び出して」
「いえ、何かあったのですか?」
「まずは座れ」
「はい」
私はお父様の向かい側に座ると、さっそく話を切り出した。
「ステラも気にしているだろうと思ってな。あの愚かな噂の件だ」
「噂の出処が分かったのですか?」
「あぁ、元ヒュランデル公爵夫人デシレアだ。ステラが気にしていた通り精神を操られていた。だが、元々野心家だったのもありそこに付け入れられたといった感じだな。王家を陥れ周囲の不信を煽り、ステラを狙ったのだろうが、あの馬鹿女だけで事を起したとは考えられんしステラを狙う意味がないからな。背後に誰か付いているだろうが⋯⋯そこまでは分からなかった。自白させようとしたが、記憶が混濁していてあれに入れ知恵した奴は暴けなかったのだ。厄介な事だ」
「あれの娘の方はどうだったのだ?」
「あぁ、あれですか⋯⋯あそこまで頭の悪すぎる女も子供もまともな話ができなくて疲れます」
お父様に同意見ですが、お父様を疲れさせるなんて何を言ったのかしら。
またくだらない事を話したに違いないわ。
「あれには洗脳とかそういった関係の呪術は施されていなかったが⋯⋯あれが素とはな。ヴィンスもうんざりしていたぞ」
「彼女はお兄様に何か仰ったのですか?」
「あぁ、ヴィンス本人にではないが、取調べ中にな。自分こそが将来殿下の隣に立つのが相応しいから婚約者にしなさいと宣ってたらしいぞ」
「は?」
何処が⋯⋯?
あれが素で言っていたのなら、全く貴族としての心構えも発言も行動も出来ていない者が、どの口でお兄様の隣が相応しいとか言っているのかしら⋯⋯。
とても相応しいとは言えない。
貴族としても落第なのに!
それなのにお兄様の隣が相応しいなど⋯⋯!
「ステラよ落ち着け。魔力が揺らめいてるぞ」
「あっ、申し訳ありません⋯⋯」
「全く、ステラもヴィンスの事となると冷静ではなくなるな。気持ちは分かるが、魔力を揺らめかせるのは良くないぞ」
「はい、お祖父様。気を付けますわ」
はぁ⋯⋯お祖父様に注意されて落ち着きを取り戻す。
そういえば、二人は実家に戻されたと聞いたけれど、今の話を聞いた限り、実家の伯爵家でもあの二人は腫れ物では?
もし、伯爵家も同じような人達なら⋯⋯。
考えてもダメね、全部仮説だもの。
私が考えてる事ならお父様達も調べているでしょうし。
そう考えていたら視線を感じたので目線を上げると、お祖父様とお父様にじっと見つめられていた。
「何を考えていた?」
「いえ、大した事では⋯⋯」
「言ってみなさい」
有無を言わせぬ口調に私は口を開く。
「お二人は実家に戻されたとお聞きしましたが、今お父様からお伺いした内容ですと、処罰は重いですよね? それとは別に、サンドラ嬢はあの通りですからきっと母親に洗脳、とまではいないかもしれませんが、勉強に関しても同じ事を言われ続けてしまうとそれが当たり前になり、自分は何でも出来ると、お兄様のことに関しても母親から殿下に相応しいのは貴女よと言われ続けられるとそれが彼女の中で当たり前の事となり、あの様な発言に至ったのではと思います。ある意味では洗脳に近いかもしれませんね。後は母親が元々野心家ならば、実家であるリネー伯爵家も怪しいのではないかと、実家にいるのなら逃亡の恐れや更に何か企むのではと思ったのですけど、それならお父様達が既にお調べでしょう?」
「ふむ、アンセの話を聞いてそれだけ考える事が出来るとは。ステラは良い所を突くな」
「ステラの言う通りだ。既に伯爵家は調べているが、伯爵は潔白だった。だが、夫人の方が質が悪くてな、叩けば埃が出過ぎて、流石に伯爵自身非がないとは言えず、伯爵は王宮で取り調べ、その夫人と娘は孫と仲良く投獄中だ。処罰が決まったら知らせよう」
「そこまで教えていただけるのですか?」
「あぁ、ステラの考えを聞いてからそこは考えようた思ってはいたが⋯⋯ステラの成長には驚かされる。父としてはとても嬉しいよ」
「誰が教育してると思ってるんだ」
「勿論、父上には感謝しておりますよ」
いつもお父様とお祖父様は何かと言い争っていらっしゃるけれど、今日のお父様は素直にお礼を述べていた。
成長を褒めてもらえて私も嬉しい。
もっと頑張ろうと意欲が出るわ。
「それにしても、ステラの考え方には恐れ入る。九歳だと忘れてしまいそうだな」
「全くだな。学園の勉強だけでは物足りないのではないか?」
「そのような事は⋯⋯無いとは言えませんが、まだ入学して三ヶ月程ですよ? これからではないでしょうか」
「まぁ、そうだがな」
正直なところを言えば、物足りないといえば物足りない。
私にとっては復習をしているといった感じの授業内容で、早く実技に入って欲しいなと思わなくもないのだけれど⋯⋯。
こればかりは学園の決まった授業内容だから復習として、手は抜かずにきちんと勉強はするし、新たな発見もあるかもしれない。
「さて、話す事は話したからそろそろ王宮に戻る。ステラ、おいで」
呼ばれたのでお父様の所へ行くと、抱きしめられた。
お父様が王宮に戻られる前に、こうやって父娘の触れ合いがあるのはとても嬉しい。
先程お父様達には実年齢を忘れるとか言ってらしたけど、年齢らしいと、もしかしたらそれよりも幼い所があるとしたら、こうやってお父様に抱きしめられる事がとても嬉しいと感じる事かもしれない。
もっと抱きしめてほしいと、頭を撫でてほしいと思うところかもしれない。
だけど、ずっと離れて暮らしているので、こういった触れ合いがとても嬉しくて、つい甘えてしまう。
本当は直さなくてはいけないのかもしれないけれど⋯⋯。
まだ、甘えられる今は甘えてもいいよね。
ご覧頂きありがとうございます。
ブクマも嬉しいです。
次話も楽しんで頂けたらと思いますので、
よろしくお願い致します。
次回は土曜日に更新します。





