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自粛20日目 別離

『勇者様……すみません。ずっと言えなかったことがあって』


 王女がそんなことを言い出したのは、自粛20日目の昼過ぎ頃のことだった。


「どうしたの神妙な顔して」


 王女はいつものほわほわした雰囲気ではなく、どことなく思いつめた表情をしている。


『勇者様には今日、元の世界に戻っていただかなければいけません』

「えっ……!?」


 あまりに唐突な王女の言葉に一瞬意味を理解できなかった。

 えーっと、つまりもう帰れ、ってこと?

 いや、確かにそう長くはいられないと思っていたけど、ここまで早いとは……。


『転移呪文にもタイミングがあると言いましたけど、こちらとあちらの状況がちょうど重なりました。今だったら、元の世界に転移できます。逆に、今を逃すと、次に転移できるようになるのは、少なくとも数か月後……場合によっては数年後になる可能性もあります』

「あー…………そっか」

『本当は少し前からわかっていたんですが、ずっと、言い出せなくて……申し訳ありません』


 まだ、心の準備ができていないといえば、そうなのだが、元々こちらに来た時も唐突だったのだ。

 帰りも唐突だろうが、しょうがない。


「わかった。準備するね」

『…………はい』


 部屋着として着ていたネグリジェを脱ぎ、ここに転移されてきたときに着ていたスーツに着替える。

 タブレットや漫画等、あとから王女に持ってきたもらったものも鞄に詰める。

 全部は入りきらないので、一部の漫画は王女にあげるつもりで、そのまま机の上に置いておいた。


「これでよし、っと」

『勇者様、この漫画は』


 王女が言った漫画は、残して行こうと決めた市販のコミックじゃない。

 王女が原作を考え、私が形にした漫画だ。


「王女が持ってて。思い出にしてもらえると嬉しいな」

『う、うぅ……勇者様ぁ……わかりましたぁ……!!』


 王女は我慢しきれなくなったのか、涙をにじませている。

 ああ、もう、そんな顔見たら、こっちまで泣きたくなるじゃないか。


『ううぅ、うぅ……最初から…うぅ……最後まで、こちらの……都合で振り回して……ぅ…本当に、すみません……』

「謝らないでよ。割と私も楽しかったからさ」


 実際、社会人になってからで、一番、楽しい時間だった。

 部屋こそ出られなかったけども、このたった一つの部屋の中で、たくさんの新しい経験ができた。

 退屈さを感じたこともあったけど、とても穏やかで、自分の気持ちに素直になれる時間だった。

 ほんの3週間、長めのバカンスはもうおしまいだ。

 最後に魔女さんとも、もう一度お話ししたかったけど、魔女さんにはこちらからは念話を飛ばせないし仕方ないか。


「早く、病気の方もおさまるとよいね」

『うぅ……そちらも、順調に罹患者が減ってきているので、きっとじきに』

「そっか。よかった」


 さて。


「じゃあさ、王女。お願い」

『……ぐすん…………わかり、ました』


 涙を流しながらも、王女は呪文を唱える。

 ゆっくり、ゆっくりとした呪文だ。

 少しでも王女の声を耳に焼き付けておきたくて、私は目を閉じた。

 しばらくの後、王女の声が途切れる。

 どうやら準備完了のようだ。

 目を開けると、私の目の前には光るを放つ魔法陣が浮かび上がっていた。


『勇者様、この扉をくぐれば、もう元の世界です』

「ははっ、やっぱ転移って便利だね。一瞬だもん」

『元の世界に戻れば、勇者様は勇者としての力を失います。そして、こちらの世界と通信することもおそらくは……』

「わかってる」


 それきりお互い黙り込む。

 数秒の沈黙の後、私は改めて、王女に向き直った。


「じゃあね。王女。ろくに勇者らしいことはできなかったけど」

『ははっ、確かにそうですね……。でも、これ以上ないくらい、私にとっては勇者様でした』


 お互いに優しく微笑みあう。


『ちゃんと自炊、続けて下さいね。それから、お腹出して寝ちゃダメですよ。それから……』

「わかってるって」


 最後まで保護者のような妹のような。


『最後に、これだけは受け取って下さい』


 そう言って、私の手元に転送されてきたのは、映像水晶だった。

 

「これって、あの?」

『はい、先日勇者様とおしゃれをした時のものです。本当はこちらの世界のものをむやみに持たせるのはいけないのですが、どうしてもこれだけは勇者様に持っていていただきたくて』

「そっか……ありがとう」


 握りこぶし大のそれを私は大切に鞄へとしまった。

 さて、そろそろ本当にお別れだ。


「それじゃあね。魔女さんにも宜しく」

『ええ、必ず伝えておきます』


 こくりと王女は頷いた。


「バイバイ、王女」

『お気をつけて。私の勇者様』


 王女の泣き出しそうな笑顔を網膜に焼き付け、私は光る魔法陣へと飛び込んだ。

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