写真加工の何が悪い!
「ほんと、詐欺だよな」
昼休み、食事を終え手慰みにバスケットボールを回しながら別のクラスであるはずの早川湊がぼやくように言っている。
うっとおしいなぁ、そんなこと言ってないでさっさとバスケでもしに行けばいいのに。
日下部加菜絵は、離れた場所にいる湊をジロリとにらみつけた。そんな加菜絵の周りにはたくさんの女子が集まり、異様な盛り上がりを見せている。
「ありがとう加菜絵。この前加工してくれた写真めっちゃ可愛かったー。SNSにアップしたらめっちゃバズって、まじ驚いたから」
「え~ズルい! 次は私もやって」
請われるまま加菜絵がスマホを目まぐるしい速度で操作するのを、息を呑んで見守る取り巻きの女子たち。「できた」と言って加菜絵がスマホを机の上に置くと、「おー」と大きな歓声が上がった。
皆が覗き込むようにして見ると、そこには原形を留めないほど美しくなった姿が映っている。
そう、加菜絵は写真アプリの達人なのである。
「理沙はクール系が似合うから、コントラスト上げてパッキリさせて……彩度も青み強くしたほうがいいかな。
逆に佳代子は、ほんわかさせた方が絶対可愛いから、コントラスト下げて彩度上げてポップにするか……あ、この写真なら色温度上げてレトロっぽくするのもあり寄りのありじゃない?」
加菜絵のアドバイスをふんふんと頷きながら聞いている女子の目は、尊敬の念でキラキラと輝いている。
「えーこれやばい、めっちゃ可愛い! めっちゃ映える~。
私がやったら、いかにもアプリ使いましたってなっちゃうし」
「こんなの秒で可愛くなるから」
加菜絵はニカっと笑う。その言葉に周りからは一層大きな歓声が上がり、中にはふざけて拝みだす者までいた。教祖かよと突っ込みたくなるような状況だ。
加菜絵は特に容姿が優れているという訳ではない。よく言っても中の上、どこにでもいる普通の女子高生だ。
だがそんな彼女のもとには、クラスや学年の垣根さえ超えて写真の加工を頼みに来る女子が毎日のように溢れかえる。
何故ならSNSのフォロワー数が戦闘力ともいえるこの時代、いかに可愛い写真を載せられるかということは彼女たちにとって死活問題。
だからどんな顔でも美少女にできる加菜絵が重宝されるのは、ある意味必然なのだ。
一方、その様子を周りの男子たちは鼻白んだ顔で見ていた。
「あんなの会えばすぐバレんだろ」
「化粧だって濃すぎ。元の顔もわかんねぇよ」
「素の顔が一番可愛いよな」
そんな声がぼそぼそと聞こえてくるが、正面切って言い出す勇敢な男はいない。そうすればすぐに猛烈な反撃が来ることを彼らは知っているのだ。
「だけどあのときはマジで笑った」
湊もそんな情けない男の一人だ。加菜絵と同じクラスの友人、本郷連とキャーキャーと騒ぐ女子たちを尻目にこそこそと話し出した。
「俺、初めて会ったとき『え、どちら様ですか?』って聞いちゃったもんな」
湊はそう言って連とぎゃははと笑いあう。二人にとって、その話はもはや鉄板ネタだ。
時をさかのぼること半年前、彼女が欲しくて欲しくてたまらないお年頃の湊に、加菜絵を紹介したのが蓮だった。
加菜絵と会えると聞いたとき、湊はそれはもう喜んだ。
だって、加工盛り盛りの写真を見せられていたのだから。
ハトが豆鉄砲食らったように口をぽかんとしている湊を見て、蓮はケタケタと笑っていたし、加菜絵は慣れっこのように乾いた笑みを浮かべていた。騙されたと気が抜けた湊だったが、加菜絵は話してみるとサバサバとした性格のいい奴だったので、それからは3人で遊びに行くようにもなったのだった。
いまにして思えば我ながらあの態度はなかったなと思いつつ、まぁ気にしてないみたいだからいっか。なんて甘い考えのまま湊は謝らずネタにしている。
「ホント、最近の技術ってスゴイよな。
写真データさえあれば、目の大きさや顔の輪郭も変えられるし、そこにある余計なものを消すことだってできるんだろ」
湊のスマホの中にも、友だちとふざけて撮った犬の耳や舌が顔に合成された写真がある。
「最近じゃタップ一つでAIがいい感じの写真に加工してくれるらしいぜ」
新しもの好きの蓮は、そう言ってApple Storeから様々なアプリを見せてきた。犬耳アプリを使いだしたのも蓮が最初だったりする。
「あんなんと一緒にすんなし。もーまじでない、全っ然違うから」
いつの間にかすぐ傍にぶすっとした顔の加菜絵が立っていた。今日の受付は終わったのか、取り巻きの女子たちは完成した写真を手に、各々友だちと盛り上がっている。
「最近の写真アプリもよくなってきてるけど、あんなの全然可愛くない。加工なめんな」
そう言ってずいと押し付けるように見せるスマホの画像フォルダには、たくさんの加工済み写真データがある。加工されすぎて、もしかしてあいつか、と頭を捻るような写真ばかりだ。
蓮はそれを見て「すげぇ」と言いながら楽しそうにスクロールしている。
見ているとわかるが、雰囲気がまるで違う写真が並んでいる。加菜絵のすごいところは人によって加工の仕方を変えるところだ。
素で可愛い子は、一眼レフカメラで撮ったようにシャキッとさせてそれを際立たせている。湊が正直微妙だなと思っていた女子の写真も、色味を強くさせてほんわか可愛く見せているためそれを見た湊は不覚にもちょっとドキッとしてしまった。
「いやほんと、よくやるよ」
湊は呆れたように言った。
「なぁ、前から思っていたけど、なんでそこまで頑張んの? 加菜絵はSNSやっているわけでもないんだろ」
「まぁ、そうなんだけどね。でも盛ってると楽しいじゃん」
笑顔で話す加菜絵とさっぱりわからんと首を傾げる湊。対極的な二人の様子を見て、ニヤニヤと笑いながら蓮が言った。
「加菜絵は小学校のとき、最初は絵ばっか描いてたけど、小4くらいか? 写真いじるのにハマりだしたんだよな」
小学校から高校まで付き合いのある蓮は物知り顔で言った。
「ちょ、ハズいからそんな昔のこと言わないでよ」
顔を赤らめ、加菜絵は蓮の肩を叩いた。
「そんな前からやってんのか、すげぇな。なんかきっかけとかあんの?」
加菜絵が恥ずかしそうにしながらチラッと見ると、湊が真面目な顔して見つめている。それを見てどうしたものかとしばらく悩んでいたかと思うと、おもむろに手帳から2枚の写真を取り出した。
「……これ。写真アプリ使い始めたきっかけ。宝物だから汚さないでよ」
机の上に置かれた写真は、一見すると同じ人物の花嫁姿を写したものだ。だがそこには決定的な違いがあった。
「え、何これカラー写真?」
そう、1枚は白黒なのに対し、もう1枚には色が付いているのだ。
「いや、でもなんか変だな。恰好が随分古いし、背景とか一部色がない」
蓮はまじまじと2枚の写真を見比べながら言った。
「これは彩色写真っていって、まだカラー写真がない明治くらいの頃に、白黒写真に後から色を塗ったものなの。
小4くらいに田舎のおばあちゃんとこ行ったら見つけて、無理言ってもらってきたんだから」
蓮からぱっと写真を取り上げると、自慢げにピラピラと写真を見せつける加菜絵。
「でもなんでこれが写真アプリに繋がんだ?」
不思議そうに首を傾げる湊。するとふっふっふと加菜絵は笑いだした。
「蓮がさっき言ってたみたいに、彩色写真は全部色を塗っているわけじゃない。
それは全部塗ると手間がかかるし、実物を知らないまま色を付けることもあったからってのもあるかもしれない。
だけど私は、そもそも写真全部に色を塗る必要がないからだと思うの」
さっぱりわからんと首を傾げる湊と肩をすくめる蓮を、出来の悪い生徒を見るような目で見る加菜絵はくすりと笑うと言った。
「この写真、一番どこに目がいく?」
二人は顔を見合わせると、せーので指を指した。どちらもピタリと花嫁の口紅を差している。よくできましたとばかりに加菜絵はぱっと顔をほころばせる。
「そうなの、やっぱり赤が目を引きやすいのもあるんだけど、この写真はとくに口紅が可愛く見えるように、場違いなくらい強い赤を使ってるの。でもでも、白無垢を強調するために、あえてほかに薄く色を付けて白を際立たせるのもありありだと思うの」
まくしたてるように話してから、二人がぽかんとした顔で置いてかれているのに気がついた加菜絵は、こほんと咳ばらいをした。
「これは写真アプリも同じだと思うんだ。
目立たせたいところもあれば、目立たせたくないところもある。だからよく見せたいところに目が行くように加工して、目立たせたくないニキビやちょっと太っちゃった頬なんて隠しちゃえばいいの。
だからうまい人が加工すれば、普通のカラー写真よりもエモい写真になるってわけ」
はーとため息をついて、感心したように湊は言った。
「なるほどな、加工した写真はある意味一つの作品なんだな。だから加菜絵は写真アプリが好きなんだな」
しゃべりすぎてきもかったかなと不安だった加菜絵は、湊から思わず嬉しくなるような言葉を言われ耳まで真っ赤にしながら顔を背けた。
湊はその横顔に、かつて写真で見た加菜絵を見た気がして思わずドキッとした。
加菜絵は照れているのを誤魔化すように湊からバスケットボールを奪い取った。そして「あ、返せよ」と湊が言うのを無視してボールを脇に抱えると、腰に手をやり言い放つのだった。
「写真詐欺だなんて騒ぐ男はまじ萎えるから。
たとえ写真の姿は嘘でも、可愛くなればテンション上がるし、そうなりたいってダイエットや化粧も頑張れる。
顔なんて親からもらったただの飾りっしょ。女はなりたい自分に近づくために頑張るから可愛いんだから。
でもすっぴんが可愛いとか言うバカな男は普通の写真じゃその子のよさに気がつかないから、私がアプリ使ってわかりやすくしてあげてんの。
写真アプリは世界を救うんだ。
男だってそうでしょ。バスケうまい男子がモテるのは、一生懸命頑張っているのが、見てるだけでも伝わってくるから格好いいんだ」
加菜絵がパスしたボールがぼすんと音を立てて湊の手元に戻った。
「だから、来週の試合も頑張っていいとこ見せてよね」
加菜絵はそう言うとぷいと顔を背け自分の席へと戻っていった。その後ろ姿をボーっとした顔で見つめる湊を見て、蓮はやれやれと肩をすくめた。
蓮は知っている。加菜絵が湊に送る写真をあーでもない、こーでもないと何十枚もの写真から精査していたのを。
じつは蓮が湊に加菜絵を紹介したのは、加菜絵から頼まれたからなのだ。
もう付き合っちまえばいいのに。
そんなことを思いながら蓮はいまだに加菜絵の後姿に見惚れている湊の背中を強く叩いた。
「試合、加菜絵も観に来るらしいから頑張らなきゃな」
「そんなの関係ねえし」とゆでだこみたいに顔を赤くしながら言いつくろう湊を見て、蓮は「はいはい」と笑うのだった。
女子高生ってどんな話口調なのかわからず大変でした。
よろしければ感想や評価お願いいたします。