愚兄、勝負を挑まれる
飲み回です。
「初めて飲む味だな」
「この町の米で造った酒に山で取れた果実を漬けて香りや味を付けるらしい」
「果実の甘みがついて飲みやすいな」
2人は肩を並べながらグラスを傾ける。テーブル席では常連のお客さんが楽しそうに騒ぎ盛り上がっている。
「活気のあるいい町だな」
「ああ、にぎやかで楽しい」
そんな盛り上がりとは対照的に静かに談笑する2人に酔っ払った男が声をかけてくる。
「おいおい、若い者が随分静かに飲んでるな。というか若すぎないか大丈夫か」
「大丈夫ですよ。彼はもう25なんですから」
「25!?見えないね。旅の人かい」
「私の知り合いで用があってきてもらったんです」
「んお、フゼラテさんの知り合いか。それじゃあ、結構いける口かい」
「見た目はこうですけど飲める方だと思いますよ。いい酒ですし飲みすぎちゃうかもしれませんね」
「そうか、そうか。気に入ってくれたかうれしいぜ」
肩をバンバン叩きながら男は高らかに笑った。
クトゥーは肩を叩かれながら疑問を投げかけるようにフゼスリに目をやる。
目線に気づいたフゼスリは罰が悪そうに苦笑いをしながら軽く首を下げる。
まあ、仕事柄仕方のないことかと納得し、一つ息を吐いた。
「よし、兄さん飲みくらべしてみないか」
話しかけていた男はにやりと笑い交渉するようにクトゥーに話す。
「それは、勝負の方で捕らえて良いのか」
「ああ、量の飲みくらべだ。もちろん勝負だから、賭けも発生する」
「ああ、おっさんが何杯飲んでるかは知らないが止めた方がいい、その様子だと俺が勝つぞ」
「はっはっは。やるのは俺じゃない、俺は弱い方だからな」
「は?じゃあ誰が」
首を傾げていると肩に腕を回され、何かやわらかいものが腕に当たる。
「私だよ」
さっきまでテーブル席で中心となって騒いでいた女性がクトゥーの肩に腕を回していた。
「私は、ゼティビ。この町専属の冒険者さ」
「専属?」
「この町が気に入ってね。ここに移り住んで依頼をこなしているのさ」
「へーそういうのもあるのか。もう何が冒険なのかわからないな」
「そうだな。ほぼ用心棒みたいになってきてるな」
笑いながら上機嫌に話す。冒険者だけあり体は綺麗に引き締まっており、容姿も美人の方で整っている。
「それで、やるかい」
「賭けの内容を先に聞きたい」
「あんたが負けたら今日の席を持ってもらう」
「成程、かなりつきそうだな」
クトゥーはテーブル席を見渡し、空いたビンを見ながら口にする。
店全体が2人に注目している。
「で、俺が勝ったらどこまでやってくれるの?」
「私を一晩好きにしていい」
「大きく出るね。周りがそんなにざわついてないところを見ると毎回言ってるんだね」
「ああ、それくらい自信がある」
「了解。ちなみに戦歴は」
「無敗。私はまだ新品だよ」
「いいよ。ノった、やろう。席はその真ん中の席で良いんだな」
「ああ」
酒場は大盛り上がりを見せ全員が2人の勝負を楽しそうに囲む。
「そういえばお前はやったのか」
クトゥーはフゼスリを見て問いただす。
朗らかな笑みを見せながらフゼスリは答える。
「別の人に喧嘩売られちゃってね。まあ、その日は飲み代がタダになった上に懐が温かくなったんだ。ラッキーだったよ」
「ふーん、ゼティビさんは仕掛けないのか」
「いい飲みっぷりだったからね、私も是非飲み合わせ願いたいんだが、断るんだよ」
「あはは、申し訳ないですけど勝てない喧嘩はしない主義なんです」
2人はそうして真ん中の席へと座る。
「最終確認だ。あんた本当に良いんだな。始まってしまったら賭けは成立になるぜ」
「ああ、大丈夫だ。俺は勝てる有益な喧嘩しかしないからね」
「「「おー」」」
クトゥーの勝気な発言に会場が更にヒートアップする。
「大きく出るね。気に入ったよ、あんた名前は」
「そういえば名乗ってなかった、これは失礼。俺はクトゥル。25歳だ」
「へータメかい。ますます負けられないね」
「そういえば勝負の前に一つ聞き忘れていた」
「なんだい」
「今日どのくらい飲んでるんだ。俺らより先に始めていただろ」
「まだ、果実酒を3本しか飲んでないよ。だから大丈夫まだ差し支えないよ」
「そうか」
2人の目の前に同じ酒を同じ本数綺麗に並べていく。慣れているのか男達は前と後ろに配備し、二人の本数がしっかりわかるように準備をしている。
準備が終わったところではじめに声をかけた男が仕切り始める。
「それじゃあ、準備も出来たのでそろそろ始め……」
「クトゥル。」
視界の声を遮り、フゼスリの声に全員が反応する。フゼスリはクトゥーへと2本の瓶を放り投げる。
「サンキュ」
クトゥーは両手で1本ずつ受け取り、すぐに2本を一気に煽り空瓶をフゼスリに投げ返す。
「さあ、これで対等だな。始めようぜ」
呆気に取られていた会場がクトゥーの声で再び熱狂のステージへと変わる。
「あいつマジか。ゼティビさんとあくまで対等に張り合う気かよ」
「すげぇ自信だな。あいつが大きく感じる」
「フゼラテさんもわかりきったように注文していたな」
「もしかしたら、伝説が見れるかもしれねぇ」
最初はただ酒が飲めることで盛り上がっていたが、今じゃ凄い試合が見れることの期待での盛り上がりへと変わっていた。
ゼティビも顔つきが変わり酒豪としての顔になっている。
「こんなに胸が高まる気持ちは初めてだ」
「大丈夫か興奮してると酒が回りやすくなるぞ」
「随分と余裕だね。支払が怖くないのか」
「ああ、ちっとも怖くないさ。だって払うのはフゼラテだからな」
「……え!?ちょ、聞いてないんだけど」
立ち上がり、クトゥーに慌てて迫り寄るフゼスリ。
「払いたくないんなら良いぞ。ここの支払して帰るだけだ。仕事の方は……運が悪かったな」
「え、ちょ、ずるいずるいずるい。仕事を人質に取らないで下さいよ」
「安心しろ。もしそれで報酬減らしたらもう二度とお前と関わらないから」
「何にも安心できないですけど。ああ、もう、言いたいことはわかりましたよ。」
「そうだ。お前に選択肢は無い」
「わざわざ言葉にしない」
不機嫌そうにフゼスリは自分の席に戻っていく。
「なんだか、あんたらのコントのおかげで少しリラックスできたよ」
「お、フゼラテ。支払の可能性が上がったな」
「うるさい」
「まあ、そう怒るな。俺が勝てばいいだけの話だ」
「そうは行かないよ。私も体がかかってるんだからね。そう簡単には負けられないよ」
改めて横目でお互いにらみ合う。
仕切りを止められた男が一つ咳払いをして改めて仕切りを再開する。
「両者覚悟が決まったところで次こそは始めるぞ。俺の合図と同時に賭けが成立し、勝負が始まる。先につぶれたり、席を立ったほうが負けだ。トイレは5本につき1回。ストック制じゃないから仮に7本飲んだところでトイレに行っても次のトイレは3本ではなく5本飲んでからだ。2人とも理解できたか」
「ああ」
「もちろんよ」
「それじゃ、正々堂々始め」
合図と共に2人は瓶に手をつけ飲み比べが始まった。
次くらいまでは早めに出せると思います。




