愚兄とザサルエ
この孤児院の話ももうすぐ終わりますね。あと2、3話で終わると思います。
暗い地下の牢獄。毎日決まった時間に灯りがつき囚人達は起こされ、毎日決まった時間の労働が課せられる。食事も必要最低限のようなもので娯楽や嗜好品といったものはほとんど与えられていない。唯一の楽しみといったら各階に毎日支給される新聞程度のものだ。
階層は深くなればなるほど、重い罪を持った人間と分類されている。階層は地下1階まであり、地上1階を含めて全5階層に分けられている。
地下3階のとある一室。
(まだ、起床時間では無いはずだ。何かあったのだろうか。)
起床時刻よりも早く目を覚まし瞑想をしていた男が人の気配と灯りの存在に気づく。
知人など居ない自分に関係は無いだろうとそのまま気にせずに瞑想を再開した。
しかし、男の思考とは逆にやってきた人々は自分の牢の前で止まった。
「よう、相変わらず早起きだな。特別面会だ、無視するなよザサルエ。」
「某にチャキュー殿のほかに知り合いなど。」
目を開け反論しようとする言葉が止まった。
楽しそうに笑い、久しぶりに友人とあったようなうれしそうな顔でその男は立っていた。小さいながらも大きな存在感を放つその男の存在にザサルエは目を大きく広げた。
「き、貴殿は。」
「久しぶり、元気そうじゃないか。」
「何用か。捕まった某を笑いに来たのか。」
「違う違う。お前を釈放しに来たんだ。」
「某にはまだ罪がある。罪を償えずこの場を出る気は毛頭無いお引取り願おう。」
クトゥーは声を出して笑った。
「ははは。チャキューの言ったとおりだな。それに変わらずまっすぐだな。」
「某は変わらぬよ。」
「だと思った。だからこそここから出す価値がある。」
「某は出ぬ。」
「いや、お前には絶対にここから出てもらうよ。」
笑うことをやめ、まっすぐとまじめな顔でザサルエの事を見る。
その様子にザサルエもまっすぐにクトゥーの事を見た。
「草原の真ん中に立つ孤児院。」
「ッ!?」
ガシャンと音を立てて鉄格子に両手で食らい付き、睨む目でクトゥーを威圧する。
「言葉を選べよ。」
「俺の所為であの孤児院がつぶれそうだ。」
両手に力が入り、甲高い金属のぶつかる音が聞こえる。
所長は警棒に手を伸ばし臨戦態勢を取る。
ゆっくりと顔を上げ直しクトゥーを見る。
「その話しぶりではまだ大丈夫なんだな。」
「正解。」
「ここに来たという事は某の力が必要と。」
「まあ、正解かな。」
「……まあ、と言うことは某でなくともいいが、一番楽そうだったから孤児院を人質に某を使いに来た。」
「おお、正解正解。」
ザサルエの表情が暗くなり俯き、懺悔をするような声で話し始める。
「しかし、某には罪がある。あの孤児院に送っていた金は全て罪の金なのだ。だから、某が償わなければ。」
「あ、それ不正解。」
重い空気の中クトゥーが何事も無い調子で軽く答える。所長とザサルエが驚きながらクトゥーの事を見る。
「お金に罪は無いよ。」
誰も反応を見せずクトゥーは一呼吸つけて続ける。
「罪って言うのは人の心にしか生まれないものだ。人間が勝手に作り出した言葉だしな。
だから、罪を背負っているのはお前だけだ。金を貰った子供達には一切の罪は無いし、どんな金かと言うことも一切知らない。お前が勝手に思って、勝手に背負い込んでるだけだ。
まあ、それでも子供達に申し訳なくて罪を償いたいって言うんだったら、とっておきの仕事を紹介してやろう。」
「とっておきの仕事とな?」
「別に悪いことするわけじゃないから安心しろ。」
そして書類の束をザサルエに向ける。
それをじっくりと見つめ以前チャキューの持ってきたものだとわかり、ザサルエはクトゥーの顔を見る。
「選択の時だ。この書類を取り、俺の紹介する仕事に就くか、自分の罪をここで見つめ刑期を満了するか。」
「……。」
一度目を瞑り、すぐに目を開ける。呆れた様子でクトゥーの持つ紙の束を掴む。
「選択肢が一つしか無いのに選択の時ってことは無いのではないか。」
「まあそうだな。」
所長はその様子を見て鍵束から牢の鍵を出し、ザサルエの牢を開けた。
こうしてザサルエは正式に釈放となり、4人で地上へと戻っていった。
「それじゃあ、こいつは俺が連れて行きます。」
「もう二度とこんな施設には来るなよ。」
「紹介される仕事次第ですな。」
「グルーフ王、助かりました。ありがとうございます。」
「こちらこそ、何かあればお願いします。クトゥルさん。」
クトゥーとグルーフは握手を交わし、所長とも握手を交わした。
そうしてクトゥーとザサルエは収容所を後にした。ザサルエはクトゥーについていくように後ろを歩いていた。
「どこへ向こうとるのだ。」
「自宅。今日すぐにでも出発だから。」
「わかった。」
少しの間無言で歩く、まだ朝も早い時間のため歩いている人は居ない。
「すまぬ、孤児院のことについて聞きたいのだが。」
「それは後だ。やってもらいたいことも含めて話すよ。もう着いた。」
大通りの真ん中に車輪のついた小屋とザサルエは一度見たことのある女性と生物が居た。
「遅かったわね。もう朝ごはん食べ終わってるから、すぐにでも行けるわよ。」
「がう。」
元気良く声を上げるクディと明るく笑うジュティがそこに立っていた。
「あ、久しぶりね。髪も髭も伸びてると思ったのに意外とさっぱりしてるのね。」
「貴殿は何か勘違いしていないか。」
「国によって違うかもしれないが独裁政権でも無い限りある程度人権は守られるよ。」
「そうなの。」
「貴殿はどんな国をめぐってきたのか。」
「捕まったこと無いからわかるわけ無いじゃない。」
「そうかい。俺達飯食ってくるから出発してくれ。」
「わかったわ。」
「ザサルエ。入れ。」
「かたじけない。」
中に入るとセミコがテーブルに料理を並べていた。
「おかえりなさい。声が聞こえたんで準備しておきましたよ。」
「この方は。」
「うちの料理長だ。お前とであった後に知り合ったんだ。」
「はじめまして。セミコと申します。」
「これはご丁寧に、ザサルエと申す。今朝方まで罪人の身。かしこまらずにしてくだされ。」
「敬語が癖なのでこちらも気にしないで下さい。」
「セミコ。動くから火とか消しておけ。」
「わかりました。」
そう言って厨房の片づけへと戻っていった。
「よし、俺達もさっさと食っちまおうぜ。」
「? 某も頂いて良いのか?」
「当たり前だろ。セミコの料理は美味いぞ。いただきます。」
そう言ってがっつくように朝食を食べ始めた。
無言で料理を見つめるザサルエ。そんな様子に呆れながら物を言う。
「罪とかそういう話はまず後だ。まずは食え。それともセミコの料理が食えないって言うのか。」
「違う。一喧嘩を売った相手にここまでしてもらえると思ってなくてな。」
「何言ってんだ。お前のおかげでこっちは旅が始められたんだ。感謝しかないよ。」
ザサルエはこんな丁寧に扱われるとは思っていなかった。一度負けた身、国が国ならば一生奴隷としてこの身を酷使させられることだって可能性が0な訳ではない。しかし、それどころか目の前の人たちは自分を友達かのように対等に扱ってくれる。その驚きにザサルエは止まってしまったのだ。
「何から何まで、かたじけない。」
「何言ってんだ。面倒事押し付けるんだ。朝飯くらい食わせないと断られるかもしれないだろう。」
「一度負けた身だ。そのようなことはせん。」
「負けたとか勝ったとかどうでもいいよ。俺達はただの知り合いだ。ほら冷める前に食え。」
「ああ、すまない。いただきます。」
ザサルエもセミコの料理に手をつける。
「む。何だこれ美味いな。こんなに美味いものは初めて食べたな。」
「だろ。」
そのまま二人は黙々とセミコの料理を堪能した。
「はぁ、食べた食べた。しばらく務所の味気ない食事だったからの胃と舌がびっくりしておるわ。」
「あそこから出られるんだったから、さっさと出て色んなもの食えたんじゃないか。」
「いっや、むしろ捕まっていて正解だったと思うよ。」
「どうして。」
「捕まってなかったらこの飯にありつけるかもわからなかったぞ。」
「それもそうだな。」
揺れる小屋の中二人は椅子に座り話をしていた。
「孤児院に向かうのだろ、どのくらいで着くのだ。」
「今のあいつの足なら、明日の早朝には着けると思うぞ。」
「随分と速いな。」
「ああ、何の生物か知らんが凄い速いんだ。」
「今日一日で初めてのことが多すぎるな。頭が着いていかん。」
「初めてか。まあ確かにクディの速さもセミコの料理の美味さも別格だからな。」
「それに貴殿からも初めてを貰ったよ。」
「何かやったか。」
「所に入れられた男から所から出してもらうなど前代未聞だ。」
「ははは、確かにそうだな違いない。」
そんな奇妙な仲を深めながら一行は孤児院を目指した。
ここしばらくほのぼの回が続いてしまってますね。次のお話はもう少しバトル要素を入れていきたいですね。見返すとリュトゥーイ戦以来まともに戦って無いですね。シマルツの力量確認を含めても10話くらいやってないですね。




