愚兄と孤独な獣人
戦闘はしませんでした。
「戻ってきて自信満々に悪い知らせとな。」
「ああ、討伐に失敗した。ごめんね。」
悪びれる様子もなくちょっと茶目っ気を入れつつクトゥーはキュジュビーに謝罪をした。
無傷の二人と始めて見る二足歩行の生き物に何となく察しつつもため息をつきながらクトゥーへと聞く。
「クトゥル。わしは何を持ちかけられるんじゃ。」
「話が早くて助かるよ。」
額を押さえるキュジュビーにクトゥーは答える。
「用心棒を雇わないか。」
「用心棒?」
一瞬にして雰囲気を変えまじめな顔つきでクトゥーは話を持ちかける。キュジュビーも鋭い眼光を見せながらクトゥーに応じる。
「ああ、紹介したいのはこいつだ。シマルツって言うんだ。」
腕を引っ張りシマルツを前に出しながらクトゥーは言う。前に出されたシマルツも驚きながらも軽く頭を下げる。
「近接格闘は並以上に戦えるぞ。住む家に困ってるみたいだしお互いの交渉次第だが不利益な取引にはならないと思うぜ。あんたが面食いじゃなければの話だがな。」
「対話は。」
「あ、はいできます。」
二人の緊張感に少し怖気つきながらもシマルツは答える。
「それで、いくらだい。」
「なに、俺は紹介しただけで用心棒の契約に俺は関与しない。ただ、紹介料として討伐依頼の失敗と昨日の占い代をチャラにしてもらいたい。」
「それ以上受け取る気は。」
「無いね。無理やり押し付けられても勝手にあんたの家に戻させてもらうよ。」
そして、二人はお互いを睨むように見合う。
少しの間静寂が広がる。その緊張感にシマルツは長い時間を感じていた。1分もしないうちにキュジュビーが目を閉じ沈黙を破る。
「それで手を打とう。」
「それじゃあ、後はお二人にお任せしますよ。」
そう言ってクトゥーは後ろへと下がっていった。
残されたシマルツにキュジュビーは目をやる。
「シマルツと言ったね。」
「は、はい。」
「わしはキュジュビーって言うんだ。まずはあんたの要望を聞こうか。」
「えーっと僕は獣人の国の生まれなんですが。」
「素性は後でいいよ。こんな森の中でする話じゃない。」
キュジュビーはシマルツの言葉を途中で止める。
「えっとそれじゃあ、住む場所と最低限生きるためのものをいただければ。」
「あ?」
「いえ、もちろん色んな仕事はさせていただきますよ。それでえーっと。」
「欲が無いね。そんなんでいいのか。」
「へ?」
「まあいいさね。自給自足の生活でいいなら家に来な。」
そう言って振り返り帰り道を歩き出す。
今まで誰からも受け入れてもらえなかったシマルツは初対面であっさりと受け入れてもらえたことに訳もわからずその場に立ち尽くす。
「その洞窟に留まるっていうのならわしの生活のために討伐させてもらうよ。」
「いや、行きます。よろしくお願いします。」
慌ててシマルツはキュジュビーを追いかけた。
クトゥーとジュティも二人に続いて帰路に就いた。
「おかえりなさい。あれ、始めて見る方ですね。」
帰るとセミコが明るい笑顔で迎える。
「シマルツと言います。」
「セミコです。よろしくお願いします。クトゥーさん依頼はどうだったんですか?」
シマルツとの挨拶を済ませ、討伐のはずなのに獲物もなしに帰って来たクトゥーに問う。
「失敗した。」
「そうですか。クトゥーさんでも失敗するんですね。」
「人間だからな。」
何かを察しているのかニヤッと笑いながら茶化す様にセミコはクトゥーに聞いた。
クトゥーも苦笑いしながら答える。
「傷心気味だし、夕飯は豪華にしてくれ、食料あるか?」
「大丈夫ですよ。リクエストとかあります?」
「お任せするよ。」
「かしこまりました。」
そう言って明るいステップで厨房の中へといった。
「ジュティ少し寝るわ。」
「ん?毒にでもやられた?」
「いや、腹減ってやる気が出ないだけだ。」
クトゥーも小屋の中へと消えた。
「シマルツ、家の中とかルールとか教えてやるよ。」
「わかりました。」
キュジュビー、シマルツもキュジュビーの家へと入っていった。
「一人になっちゃった。」
ジュティは素振りを始めた。
日が落ち全員はキュジュビーの家の中でセミコの料理を囲んでいた。
「おいしい。セミコさんとてもおいしいです。こんなにおいしいものは初めてです。」
「お口に合って良かったです。」
シマルツがゆっくりと味わっている横でクトゥーとジュティはいつものようにがっついて食べていた。
「そういえばキュジュビーとシマルツはこれからここで一緒に住むのか。」
「はい。キュジュビーさんの役に立てるよう頑張ります。」
「良かったな。それでキュジュビーは何をそんな難しい顔をしてるんだ。」
何かを考えながら食事をするキュジュビーにクトゥーは問いかける。
「セミコの料理を上の空で食べるなんていい度胸してるな。」
「すごくおいしいよ。味わっていないわけじゃない。」
「何考えていたんだ。」
「おぬしが寝ている間にシマルツの素性を聞かせてもらったよ。」
真剣な顔つきでキュジュビーはシマルツを見る。シマルツもその面持ちに若干緊張する。
「シマルツ、おぬしいくつじゃ。」
「えーっと30になりますね。」
「年上かよ。」
がたっと思わずクトゥーは立ち上がる。
「何でクトゥーさんが一番驚いているんですか。」
「いや、年下だと思ってたから。」
「いくつ何ですか。」
「25。」
「25!?見えないですね。」
お互いの年齢に驚く男達。
「けっこいい年なのね。」
「獣色が強すぎてあんまり顔に出ないんですよね。」
頭を掻きながら照れくさそうにシマルツは笑う。
「シマルツ。わしは32なんじゃがわしと夫婦にならんか。もちろんお主の意思も尊重する。」
「え、ええ。」
「嫌か。」
「嫌というか、今日あったばかりですよ。そういうのはもっとお互いを知ってからとかいうか。」
「そうじゃの。ゆっくり考えてみてくれ。」
「はい。」
頬を染めながらまんざらでもない顔で下を向く。
「用心棒連れてきたつもりだったんだが。」
「お互い一人見出しの、この辺で女の幸せというのも感じて見たかったんだよ。」
淡々と話を進めるキュジュビーを見てセミコが震えている。
「セミコちゃん、どうかした?」
「若き乙女にはあっさりしすぎた恋愛でショックだったんじゃないか。」
「何て運命的な出会い何でしょう。まさに運命の赤い糸ってやつですね。」
目をキラキラと輝かせ、うっとりした表情で空を見つめていた。
「ああ、そうかい。」
こうして食事は和やかに終わった。
夕飯を終え全員でお茶を飲みながらテーブルを囲む。
「さて、またどこかに旅に行こうと思うのだが何かいいところはあるか。」
「ここには何となく占いをしに来たんだったわね。」
「そんな簡単な理由で来ていたのか。」
ふむと顎を抑えてキュジュビーは考える。
「聞いてみるか。」
「誰にだよ。」
「お主らの移動拠点に。」
「はぁ?」
キュジュビーの言葉にクトゥー達は首をかしげる。
「移動拠点ってうちの小屋のこと言ってるの?」
「そうじゃ。」
「ど、どうやって聞くんですか。」
「お主らと同じ方法でじゃよ。」
ジュティ、セミコの質問に淡々と答える。
「物にも魔力の素の様なものがあったりするんじゃ、わしはその流れを見て、導いてやろう。それがいいものか悪いものかはわからんがの。」
「面白いな。それでいいか。」
クトゥーの問いに二人は頷く。
「それじゃあ、さっそく見に行くか。」
キュジュビーが立ち上がるのに合わせて四人は外へと出た。シマルツは食器の片づけへと向かった。
小屋の前に立ちキュジュビーは壁に手を当てる。
昨日の占いのようにキュジュビーは集中する。
「ふむ、ここから西の方へ行ったところに闇を隠すような大きな光が見えた。そこにはたくさんの小さな光と一つの多くな包み込むような光があったの。」
「よくわからんが西に行けばいいのか。」
「そうじゃの、どうしても抽象的になってしまうからな。」
占いの結果に微妙な表情をする。
「まあ、近づけば引き寄せられるように出会ってしまうんじゃないか。」
「目的地もないし、その結果に引き寄せられてみようか。」
「異議なし。」
「お二人が言うのでしたら私もついていきます。」
「がう。」
「アァ。」
クディとソスラテも返事をするように声を上げる。
「何だ聞いてたのか。明日の朝に出発と行こう。世話になったな。」
「いつでも遊びに来い。わしの力が必要になったらいつでもここに来い。」
「ああ、またいつか来るさ。」
そして夜が深まり、それぞれの眠りについた。
次回よりまた新しい旅が始まります。




