愚兄対大男
少々残酷な描写が続きます。今回はミロイ達のトラウマ男と戦います。
「ああ、あっちは任せてきた。」
「任せてきたって。」
「獣相手に遅れを取るような男じゃないと思う。」
「思うって。それに何で離れただけでこっちに来たの。」
「離れただけって。この辺の森と山は明らかにおかしいでしょ。」
「え。」
当たり前のように話すクトゥーに言葉が詰まる。
「だって大人サイズのヒジェが急にこんな一杯で無いでしょ。子供の頃から数が多い予兆があればわかるけど、この辺でそこそこやっている商人ですら把握していなかったことだぞ。異常すぎて怪しさ急上昇。それに食物連鎖のトップレベルにいる生物だぞ。こんなに増えたら食べ物が足りなくなるだろうが、その割にはそんなに生態系が崩れている様子もなかったし、ヒジェが食糧不足で痩せたり弱ったりしている様子がなかった、脂も乗ってたしな。そうなると最近急に増えた可能性が上がる。これらのことを考えると人の手が加わってると考えるよ目的はわからなかったけど。」
商人は苦渋をなめた表情をする。
「というかこんな殺戮ショーを見せられて随分と余裕ですね。」
「お前を殺せば良いだけの話だろ。」
「そう、丁度良かった。二人とはしっかり話がしたかったので。」
大きい男と小さい男が睨み合う。
その二人を黙ってみることしか出来なかった女性が三人。
この状況に乗じてこそこそと逃げようとする商人。
「ぎゃぁぁぁああ。」
右足の脹脛にヒジェの爪が刺さる。
「せっかくのパーティーに主催者不在はまずいでしょ。あ、出資者かな。」
「元々予定していた乱交パーティーじゃなくなったがな。」
「おや、私は乱闘パーティーのつもりで来ましたけど。」
「一方的な殺戮ショーを開演しといて乱闘と言い張るのか。」
二人の口角が上がる。
大きな男は足で踏み込みながら拳を突き出す。
鋭い拳は風を切る音を鳴らす。
「おお、速い。」
「どっちが。」
当たり前のように避けて拍手をして絶賛する小さいの、大きいほうもすぐに拳を戻し小さいのと見合う。
すぐに間合いをつめて激しいラッシュを打ち込む。
空を切る音と地面を軽やかに蹴る音だけが聞こえる。
「なっ。」
大振りを入れた一瞬の隙を縫って小さいのは大きいのの真横にいた。
小さいのの目は鋭くなり、するりと滑らかな動きで大きいのの首に手を伸ばしその首をヒジェの爪でなぞった。
ガリガリ。
「ん?」
小さいのは予想していなかった音に目を丸くする。
その時、なぎ払うように振られた腕に巻き込まれる。攻撃と同じ方向に自ら飛び衝撃を和らげる。
少し飛ばされたところで小さいのは何事もなかったように綺麗に着地する。ダメージは全くない。
「驚いた。それどうなってるの。」
「これのことか。」
大きいのが着ている服の襟を指先で軽く下ろすと首にはぐるりと銀色のうろこのようなものがあった。
「とあるお嬢さんの戯れによって命を救われただけでなく、強化もしてもらっちゃってな。」
「ああ、鉄を垂らしてもだえる大男を見る遊びか。趣味の悪いお嬢さんだこと。」
「ま、その苦しさを耐えられたからこうして自由にさせてもらってるんだから感謝しかないさ。」
「ふーん。じゃあ、これじゃあもう無理かな。」
小さいのはヒジェの爪を投げ捨てた。
「ぎゃぁぁぁああああああ。」
「あ、ごめん。」
投げた爪は商人のお尻に突き刺さった。かろうじて穴は免れたようだった。
「ごめん、ほんと、これは狙ってない。ああ、でも穴じゃなくて良かった。切れ痔にしてしまったら罪悪感が募るところでした。」
「今でも募れ。」
「女の子を無理やり犯そうとした人に募る罪悪感はありません。」
鋭い目つきで商人を一睨みして目線を大きいのに戻す。
「切れ痔は罪悪感感じるんだ。」
クスヒオがぼそっとつぶやいた一言を聞かなかったことにして、小さいのは背中に携えた錫杖を手にする。
「だから、あの惨状を見ても余裕の表情だったんですね。」
「まあな、コーティングはここだけじゃないぞ。」
「そうですか。残念です。」
錫杖を少し振り回し感触を確認する。
「本命の武器に頼らなくちゃいけなくなったことがか?」
「いえ、そんなことでは残念に思いませんよ。そもそも本命じゃない武器って使う必要ありますか?」
「では、何が残念なのだ。」
小さいのはにやりと笑って答える。
「あなたの苦しむ醜い姿を楽しまないといけませんので。」
その言葉と笑顔に血の気が引くのを感じた。それはその笑顔を正面で受けたものだけではなくミロイ達にも寒気を覚えさせるほどだった。
「かわいい顔して中々えぐい事言ってくれるじゃないか。」
「ああ、昔からの悪友の影響でしょうね。」
「今のままじゃ負けちまいそうだし、本命を使わせてもらうぜ。」
大きいのは胸ポケットから一つの黒いケースを取り出す。開けると中から一本の注射器が出てくる。
「これ高いから使いたくなかったんだがな。」
そして右腕に何かを注射した。
すると、見る見るうちに体が筋肉によって肥大化し全体的に1.5倍の大きさへと変貌を遂げる。パンプアップとかそういう次元じゃないほど全身の筋肉が太く固くなる。
「もうそのちんけな針は通せないぞ。」
「そうですか。」
お互いに笑いながら再度向かい合った。
刹那、太くなった筋肉の重みを全く感じさせないどころか先程よりも速い拳が地面に突き刺さる。すぐに拳を戻し横に避けた小さい男への攻撃を続ける。
山を破壊するかの如しの攻撃を小さいのは表情一つ変えずに避け続ける。錫杖捌きも加わり上下左右自由自在に避け続ける。
流石に薬まで使って当てることすら出来ない状況に焦りの表情が見え始める。
「お、やっと表情が崩れてきましたね。」
「うるさい。」
「たとえ疲れていてもそういうのは見せないほうが有利に働くと思いますよ。まあ、演技で相手を驕らせるのは別ですけど。」
表情も声色も変えずに小さいのはささやく。
やがて疲れからか動きが多少鈍くなる。
小さいのはひょいっと後ろに跳び距離をとる。
シャン、シャン。
錫杖が二回なる。
「何だそれ。」
「ルーティンですよ。この音を聞いてスイッチを切り替えるみたいなイメージですかね。」
そういうと小さいのは動き出した。先程よりもすばやい動きで接近する。
「まずは光を半分。」
「なっ。」
跳び込んで来る錫杖の先が目に映り咄嗟に手で目を覆う。右手に痛みが走る。
「お、流石に反応してくるか。それじゃあ。」
「がわぁ。」
右足首に痛みが走る。的確に筋肉が弱いところを狙っている。
右足の痛みに耐えながら体勢を崩さずに小さいのを近づかせないように腕を横に振る。
小さいのは手の届かないところにいる。近づけてはいけない脳内でその言葉が警報のように流れる。
だが、疲労や怪我を負った体では万全な状態以上に小さいのの動きについていけるはずもなく、スッと避けられ足元に入られる。
手を振り下ろそうと下を見ると錫杖の先と目が合う。
「やばっ。」
突き出される錫杖を反射的に避ける。
「いっ。」
眼球は避けられたがまぶたから上を切られ痛みと流れる血で実質的に右目を封じられた。
大きいのに忘れていた感情が蘇る。
(この場から逃げたい、何でこんなことに、俺は死ぬのだろう。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、いやだ、いやだいやだいやだ、いやいやいやいやいや。
誰か助けてくれ。)
大きい男は恐怖を思い出した。
復讐という名の拷問を受けているときは感じなかった感情。捕まっていて自由に出来ないだけで自由に出来ればなぎ倒して脱出が出来る。そういう感情から日々目の光を失わずに耐えてこれた。
だが、今は違う。自分は自由に出来ている。やれることは全てやった。だが、一切埋まることの無い実力差に心が折れ、自然に恐怖がこみ上げる。
「がぁあ。」
片目でしっかり状況を把握できるわけもなく、右足の親指をピンポイントで貫かれる。
痛みでバランスが崩れ経ってすらいられなくなる。
「人間、足の小指でも急に失えばバランス感覚が鈍るらしいですね。親指を失ったらどうなるんでしょうね。」
片膝をつき守りの構えを取る。
息は絶え絶え、片目はふさがれ、足も縛られた。どう考えても勝ち目なんて無い。
「俺が悪かった、なんでもする、だから助けてくれ。」
命乞いだ。大きな男が小さな男へ情けなく頭を下げる。
「それは困りました。」
その言葉に顔を上げ小さい男を見上げる。
「私の望みはあなたを助けないことなのでその懇願は矛盾してしまいますね。」
望みが絶たれた。
「さあ、早く続きを始めますよ。」
「うわぁあぁぁぁああ。」
もはや、起き上がる力さえもぽっくりなくなってしまった。
「ああ、やっと諦めましたか。どうです今絶望の真っ盛りですね。」
もう返事をする力も無い、流し続けた血も相まって彼は死を待つのみだった。
小さい男は三人の女性を見る。
「さあ、トラウマを克服しましょう。」
3人は別のトラウマが出来るわというツッコミを入れることが出来なかった。
次回は商人との交渉をする予定です。いや、一方的にふっかけるので交渉じゃないですね。




