愚兄、選択を迫る
洞窟探索で初めての負傷者です。
セミコの作った夕食を食べ、クトゥーは引き続き休養のため寝ている。
「それじゃあ、錫杖の回収にいてくるわ。」
クトゥーが寝る前にジュティに錫杖の回収を頼んでいた、火が収まった頃に出来たら回収してくれという指示だ。
「はい、扉は開けっ放しですね。」
「そう、私が死んだら閉めなさい。」
「不吉な事言わないでって言える場所じゃありませんでしたね。」
洞窟も25階ほど下っている、いついかなるときにどうなるかなんて予想は出来ない状況である。
ジュティが扉を開く。フロア内は焦げ臭い匂いが充満している。火はもう既に収まっていた。少し歩くと黒焦げの塊がある。
(念のため。)
ジュティは剣を取り出し、風魔法を乗せ斬撃が風になり飛んでいくイメージをまとめる。
ヒュン。
塊に向かって斬撃は飛びこげた塊を少し吹き飛ばす。その場で耳を傾けるが特に音はしない。
警戒を緩めずにジュティは錫杖までたどり着く。少し煤がついているが曲がりなどはなくいつも通りのまっすぐな錫杖があった。
「いよっと。」
サクッとそれを抜いた。特におかしな様子もなくそのままジュティは踵を返し軽いジョギングでセミコ達の元に戻り扉を閉めた。
「ただいま。」
「おかえりなさい。燃やしたんですか。」
あまりの焦げ臭さにセミコの位置からでははっきりと見えなくともおおよその予想がつく。
「ええ、クトゥーが命を懸けて敵に油を撒いて足元に刺した錫杖を火元にして仇を取ったわ。」
目頭を押さえるフリをしてジュティは語った。
「勝手に殺すんじゃない。」
クトゥーが目を覚ましジュティに突っ込みを入れる。
「あんた大丈夫なの。」
「いててて。動かすとまだ痛いがなんとかな。一晩経てば大丈夫だろ。」
体を起こしながらジュティの質問に答える。
「重要な話があったのを思い出してな。ああ錫杖ありがとう。」
「重要な話?」
「ああ、明日どうするかだ。」
当人がぴんぴんしているとはいえ初の負傷者だ。しかも帰りもあるためこのまま無事で終わる可能性は低くなっている。
「進むか、戻るか。」
クトゥーは真剣な顔で淡々と続ける。
「クトゥーはどう考えているの。」
「俺の考えは最後だ負傷者本人だしな、どっちの意見を言っても反対意見が出し辛くなる。そうだろ。」
「ええ、そうね。面倒だったから聞いてみたけどそんなに甘く無いわね。」
ジュティはそう返されるのを予想しており、そのまま腕を組んで考え始めた。
「うーん。セミコから聞こうか。」
「私ですか。」
セミコはとても真面目な表情でクトゥーと目を合わせる。
「セミコ我侭で良いぞみんな今から我侭を言うんだ。非戦闘員だからとか料理しか出来ないとか思ってるんだったら気にするな。お前の意見が絶対じゃないまずは我侭タイムだ。」
「私は医者でもなければ薬学に精通しているわけでもありません。その怪我がどのくらいの酷さなのかという事がわかりません。ただ私で見る限りでは戻ったほうがいい怪我だと思います。」
「成程。」
顔をジュティに向ける。
「ジュティはあるか我侭。」
「どうせ、予定でも探索は明日までなんだしいけるとこまで言っちゃいたいわね。」
「それも一つの意見だな。クデイはあるか。」
「がう。」
胸をポンと叩きふんぞり返るクディ。
「ははは、運ぶのは俺に任せろってことかな。」
「クトゥーはどう思ってるの。」
「ん?ああ、みんなの意見をまとめることしか考えてなかったな。よっこいしょっと。」
ジュティの質問に答えながら立ち上がるクトゥー、ジュティから錫杖を受け取り扉に平行になるようにまっすぐな線を引いた。
「よしここに一列に並べ。つま先を線に合わせろよ。」
その指示で全員が線の前に立つ。
「せーの、タンのタイミングで足を前に出すか後ろに下げるかしてくれ。それが各個人の意思であり俺はその意見を尊重したいと思っている。戦力とか仲間とかそういうの度外視にして自分の意思を足に込めろ、その意思次第で作戦は考える。」
クトゥーは少し考えをまとめる時間を作る。
「準備は良いか。せーの。」
四人の足が一斉に動いた。
「おやおやこれはこれは。」
「予想通りの結果だったかしら。」
「がう。」
「やっぱりそうなるんですね。」
「いやぁ、正直セミコがどう出るか一番読めなかったな。」
「そうよ、含みのある言い方しちゃって。」
「がぁ?」
「私はちゃんと言いましたよ。私で見ればって私がこの怪我だったら帰りますけど、クトゥルさんかなり余裕ありますよね。一晩寝れば大丈夫とも言ってますし。」
「まあ、痛いことには違いないがな。まあ、これで迷いなく作戦が立てられるな。」
四人の片足は全員線を越えていた。
「んじゃあ作戦は今まで通りなジュティ達は寝てくれ俺が見張りをやるよ。」
「痛いんじゃないの。」
「さっき寝たから大丈夫。」
背中越しで返事をしながらクトゥーは持ち場に着く。
四時間くらい経過したところでクトゥーは背後に二人の気配を感じていた。
「今日は随分早起きじゃないの。」
「一番休まなきゃいけない人置いておいてぐっすり寝れないわよ。私達は大丈夫だから寝てなさい。」
「わかったよ。」
クトゥーはジュティと持ち場を交代してセミコと共にベースに戻る。
「成程セミコは俺の見張りか。」
「はい、ちゃんと寝てくださいね。」
「わかったわかった。」
流石に二人の善意をないがしろにすることも出来ずクトゥーはジュティたちに任せることにし、その場に横になった。
「あ、セミコ嫌じゃなければ一つお願いしても良いか。」
「はい?」
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「はぁあぁぁあああ。本日の見張り異常なし。」
軽くあくびをしながら肩を回す。クトゥーと交代してから5時間ほど経過した。
そろそろ一度様子を見に行こうと思い、三人のいる位置に戻る。
「おーいクトゥーそろそろ行きましょぅ・・・」
目の前の光景にジュティの言葉は尻すぼみに小さくなる。
セミコとクディは目を覚ましており声をかけてきたジュティに振り返る。
「ずっるーい。」
振り返ったと同時にジュティが大きな声を上げる。
「こらぁクトゥー起きなさい。あんただけいい気分味わいやがって、私だって私だって。」
そう言いながらジュティはクトゥーの腹を蹴る。
ジュティの目の前にはセミコに膝枕をしてもらいながら幸せそうに熟睡するクトゥーだった。
「ちょ、ジュティさん怪我人怪我人、それにピンポイントにけっちゃだめっですよ。」
「いてぇいたたたた。え、何?ぐふ。止めろジュティ痛いたいたいたい。」
その痛みにクトゥーも目を覚まし反射的に起き上がる。
「ジュティ何すんだよもっとゆっくり起こせ。」
「何よ。けが人だからって私だってセミコちゃんの膝枕を堪能したいわよ。どうすれば良いかしら今日怪我しよう左手くらい持っていかれても。」
「何考えてるんですか。これ以上怪我しないで下さい。
はぁ戻ったらやってあげますから。」
「本当!約束よセミコちゃん。」
ため息を突くセミコの手を握りジュティはセミコの手を握る。
「ああ、セミコありがとう足大丈夫か。」
「はい、大丈夫です。」
「丁度良かったぞ筋肉量といい温度といい。セミコは常に冷気が出てるからな、痛みで熱くなる体にちょうど良い心地よさが出るよ。セミコの優しい手と足と心で随分と怪我がよくなった気がするよ。おっと。」
クトゥーは幸せそうに膝枕の感想を述べ反射的にジュティはクトゥーの腹をめがけて拳を動かす。それをヒラりとクトゥーは避ける。
「ぐぬぬ。」
殴った握り拳を胸元に持ってきて悔しがる。
「こんなところで喧嘩しないで下さい。朝ごはん作りませんよ。」
「「申し訳ございませんでした。」」
流れるようにセミコの前で美しい土下座を披露した。
(私はこの二人についていってこの先大丈夫なんだろうか。まあ、楽しいから良いか。)
寝る前までの緊張感はどこに行ったのか、生きて帰られるかもわからないこの場所でクトゥー達は三日目を迎えた。
朝食を終え探索の最終日が始まる。
もう少し先に進んで行きます。洞窟の奥へ行くのは次かその次くらいまでになると思います。




