愚兄の作った訓練場
グルーフ回が続きます。もう1話くらいまでグルーフ回です。
「急で申し訳ないのですが、一つだけ私個人としてのお願いをしてもよろしいですか。」
一仕事終えたように二人は椅子に座り情報交換を交えた世間話をしていた。不図、頃合を見ていたのかコラコナが交渉を持ちかけてきた。
「何ですか、まだ王じゃないんで何も出来ませんよ。」
「いえ、王へのお願いではなくグルーフ様へのお願いです。」
「?僕個人ですか。」
妙な切り出し方にグルーフは首をかしげる。今日が初対面の二人、肩書きだけしか知らなかったためグルーフ個人へのお願いということに引っ掛かりを覚えた。
「是非、実戦の立ち合いをお願いしたい。」
「立ち合いですか?」
「あなたの腕を風の噂で聞きまして、相当腕が立つということで。」
「誰ですか、そんな余計な噂流したのは。まあそれは置いておいて、兵士団長として戦力確認ですか?」
「いえ、私個人の興味です。昔から武のみを鍛えてきましたから強いという方がいれば是非一戦交えたくなるのです。」
(妙な趣味だな、まあ、断る理由も無いしこの後も予定無いし良いか。)
「断る理由もありませんし構いませんよ、外の修練場で良いですか?」
立ち上がり外の修練場へ案内しようと扉へと向かった。
そんなグルーフをコラコナは呼び止めた。
「ああ、お願いした身で申し訳ないのですが人目につかないところがあれば助かるのですが。」
「わかりました。」
「やはり難し・・あるんですか?」
「はい。」
駄目元で聞いてみたコラコナは淡々と了承するグルーフに驚き固まる。
そんなコラコナを横目にそのまま説明を続ける。
「昔、兄の我侭で作られたんです。」
その言葉に本日一度も話題に出さなかったクトゥーの話が出てきた。
コラコナも何年も大国家の兵士をやっているためイーワイ国の愚兄の話は知っている。貴族間や彼を知っている人はタブーかのように決して話題に出さない話だ。
そんな話を切り出され呆けた顔が自然と真剣な顔になる。
「兄が小さい頃、王になる為に兵士の訓練場に練習しに来たことがあったんです。もちろん兄は全く相手にされませんでした。その悔しさを父親に話し秘密特訓をするといって作ってもらったのが今から案内する屋内訓練場です。」
「成程。」
「今でも僕が使っていますのできれいにしてますよ。施錠もできますし、兵士の方は余りあそこには来ませんので安心してください。」
「なんともおあつらえ向きな施設ですな、それではそこでお願いします。」
「案内します。」
二人は移動し屋内訓練場へと到着する。
扉を開け中に入りコラコナは室内を観察する。グルーフはしっかりと施錠を確認しコラコナへ視線を向ける。
「いかがでしょうか。」
「ええ、ちゃんとした訓練場ですね。一つ気になることがあるのですがよろしいですか。」
「はい。」
コラコナはこの部屋に入った瞬間にとても大きな違和感を感じていた。その違和感をずっと探していた。
そして見つかった。
「何故この部屋には窓が無いのですか?」
この部屋は四方の壁、天井、全てに窓が無い。
「秘密の特訓場だからです。」
「はい?」
ニヤッと笑って答えたグルーフの回答に意味がわからず首をかしげる。
「誰にも見られないで秘密裏に強くなりたいという我侭で作りましたので誰からも見られないように窓がなく、扉に施錠ができるのです。」
「それで窓すらつけないと凄い徹底振りですね。」
「兄は野望家だったので。」
「野望家?野心家ではなくてですか。」
「何となくそっちの方がしっくり来るので。
どうです、安心しましたか。」
「ええ、心置きなく力が出せそうです。」
そして二人の立会いが始まる。
お互いに木刀を持ち向き合う。
「それでは、当たったときは自己申告制でよろしいですね。」
「ええ、まあ正式な試合でも無いのでそう硬くならずに行きましょう。」
特に合図も無しに二人は踏み込み互いに仕掛ける、木のぶつかる鈍い音を響かせながら鍔迫り合いの状態になる。
「噂も馬鹿に出来ませんね、随分と楽しめそうです。」
「団長さんの期待に答えられるように頑張りますよ。」
押し合い一歩分のスペースを作り激しい打ち合いが始まる。攻撃を弾き自分の攻撃へと移るその攻撃を避け攻撃と、互いに一歩も引かずに打ち合いを続ける。
幾分かの時が過ぎた。その間に聞こえていたのは木と木が激しくぶつかり合う音と、衣服がこすれる音、動かす手足が風を切る音、そして徐々に大きくなる二人の呼吸音だけだ。
(確かに強い。私もかなりの稽古を積み様々な経験をしてきて腕にも自信があったんだが、引けを取らないとは。
しかし、何だこの感覚は。いつもより苦しく体が重い。それだけでなく判断も鈍ってきている。いつもと何かが違う。)
時が進むに連れてコラコナが劣勢になっていく、もちろんグルーフにも疲れの色が見えているがコラコナの方がその色がはっきりと見えてきている。
「ん!?しまった。」
一瞬の隙を突かれグルーフがコラコナの木刀を弾き飛ばした。
得物を弾かれ降参の意を込めて手を上げる。
「強いな、剣技には自身があったんだがね。」
「まあ、慣れない環境ですから、慣れている方が有利に決まっていますので勝たせてもらいました。同じ条件でしたら負けていましたよ。」
「慣れない環境か、今まで色々な経験をして環境には左右されないつもりでいたんだがな。年かな。」
「いえいえ、特別な環境なんですよここは。」
グルーフは部屋の扉を大きく開ける。室外から風が入り込んでくる、その風に
心地よさを感じ苦しく感じていたからだが少し軽くなる。
「これは一体。」
慣れない感覚と働かない頭で困惑するコラコナ、グルーフは振り返りコラコナを見ながら説明を始めた。
「この部屋は扉を閉めると空気の入れ替えが行われないんです。もちろん0じゃないですけど。その結果長い時間いますとその分だけ空気が薄くなります。
二人で激しい打ち合いを10分くらいですかねやってたので最初の頃よりも薄くなります。」
「高い山でも空気が薄くなる経験をしている。それよりも体に重みを感じたぞ。」
「標高にもよりますが、山は徐々に体が慣れていきながら薄くなります。しかし、ここはそれよりも速いスピードで薄くなります。その結果からだが対応しきれず高い山での戦闘よりも息苦しく感じるんじゃないですか。」
「成程な。」
その説明にコラコナが納得する。先程、グルーフはここで訓練を行っていると言っていた、慣れていなければなかなか対応するのが難しい環境を聞き、自分の体に起きた症状にも合点がいく。
「慣れている環境、成程な、それを差し引いても私は負けているだろうな。」
その言葉に思わずグルーフは聞き返した。
「え、剣の技術やパワーは確実にコラコナさんのほうが上ですよ。お世辞とか謙
遜抜きで。」
「そうかも知れんが、私は他の者に勝てないものがあるんだ。」
「勝てないもの?」
「私は魔法が苦手なのだ。強化魔法は人並み以上に練習したんだが、他の魔法で絡められるとグルーフ様の実力では敵わないだろう。噂では魔法の方も相当の実力だと聞くよ。」
「ははは、ただの噂ですよ。」
「そういうことにしておくか。」
少年のように無邪気に笑う彼にこれ以上の詮索は止めることにした。おそらく事実だと自分の中で腑に落ちたからだ。
「それにしても君の兄は何か持っているのかもしれないな。」
「と言うと?」
「子ども頃の我侭でこんな良い訓練場ができるとはな。」
「外より辛くなるんでほとんど僕しか使ってませんけどね。」
「偶々とは言え、君の兄も病気がなかったらその持っている何かで王になれたかもしれないな。」
その言葉に返しが見つからずグルーフは苦笑いで返すしか出来なかった。
コラコナは自分の失言に気づき慌てて訂正する。
「すまなかった、今のは不謹慎だったな。彼が死んでまだ一月も経っていない、平然としているように振舞っているが肉親が亡くなっているのだ、何も感じていない訳無いな。本当にすまなかった。」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。」
突然の謝罪に驚きながら、グルーフは返答した。
「コラコナさんはいい人ですね。」
「いえ、そんなことは。」
「あるんですよ。だってあなたは兄の死を悲しく思ってくれている。仕事の立場上の発言だとしてもうれしく感じますよ。よく思っていない人だらけでしたから。」
悲しそうな笑顔を浮かべながらグルーフは語った。
(この人は、本当に兄と思ってきてたんだな。周りからなんと言われようと彼にとってはかけがえの無い兄だったんだな。)
コラコナはその笑顔に勝手に感動していた。
「グルーフ様。」
「は、はい。」
「本日の視察、真に有意義な時間を過ごさせてもらいました。あなたならこの国をより良いものにしていけることでしょう。我が国王にもあなたの姿をそのまま伝えます。今後もよろしくお願いいたします。」
「こ、こちらこそよろしくお願いします。」
そのままコラコナは振り返り国へと帰っていった。その目尻にはうっすら光るものをグルーフは確認した。
「ああ、多分あの人、色々勘違いして帰ったな。まあいいか。」
コラコナが兄が持っていると話していた時の苦笑いは兄がいなくなったことにではなく、我侭で偶然できたのではなく、たぶん意図的にこの構造にしたんだろうな、また、王になる素質は十分以上に持ち合わせていたと思う、後、生きてるんだよなぁという、なんとも言えない感情からによるものであった。世間的には兄は死んだことにもなっているので訂正せずにそのままグルーフは流すことを選択した。
魔法有の世界観なのに全然使ってませんね。屋内では流石に使えませんでした。次回グルーフに戦闘させるタイミングがあればクトゥーの分もガンガン使っていきたいと思っています。




