愚兄式教育の賜物
ちょくちょくグルーフの話も交えながらやっていきたいと思います。
「とりあえず、引継ぎの文書はこれで最後かな。結構かかったな、まあ、半分は町や村の貴族の方への挨拶参りだったからこのくらいかかって当然か。」
眺めていた書類を机に置き体を伸ばす。机には山になるほどの書類がまとめられており分類意分けて綺麗に整理されていた。
「あれからもう十日か。兄さんは元気なんだろうな。」
コンコン。
扉の向こうからノックの音が響き、入るように促す。
「失礼します、グルーフ様。先日書類にてご報告しました謎の生物についてご報告します。」
グルーフは七日ほど前に門の前に見たことも無い生物に荷車を引かせた男がやってきたと報告を受けていた。そのときは門を通さなかったが、二日前にまた来たという報告を受けて、前回も大人しく寝ていたというので見張りをつけてという条件をつけて入れさせた。
「お願いするよ。」
「はい、まずは一日目の簡単なご報告をさせていただきました通り、大人しく言うことを聞いてついて来てくれるのですがかなりの怪力でありました。」
「確か、商人ドゥエンスの大型荷車を動かしたんだっけ。」
「はい、大型のヨンディでもゆっくりと歩くことしか出来ないであろう物を軽々と動かしておりました。」
「敵になると脅威になりかねないけど今のところはどう見てますか。」
「はい、敵意は全くありませんでした。ただ単に大きな買い物でヨンディに荷車を引っ張ってもらっているようないってしまえばただの買い物でした。周囲に珍獣を見る目はありましたが、小さい体つきもあってか怪しい嫌な目線はありませんでした。飼い主である女性も依然ザサルエを捕縛するほどの腕を持っているようなので彼女等が敵にならない限りは大丈夫かと思います。」
「ありがとう、とりあえず今後もその生物が来たら同じように注意してもらえますか。」
「は。承知しました。それでは失礼します。」
兵士の一人が部屋を出ようとした入れ違いに慌てて走ってきた女中が顔を出した。
「すみません、失礼します。」
かなり息も荒れていてただ事ではないことが起こっていることはグルーフにもわかった。
彼女に近づき背中をさすりながら話を聞く。
「まずは落ち着いてください、それから何故慌てているのかをゆっくりで良いので聞かせてください。」
「はい、ありがとうございます。」
徐々に息も落ち着き本題を話す。
「サン・エルディの兵士団長さんがお見えになってます。」
「サン・エルディの?そんな予定は聞いていなかったが、まあ今日は予定も無いし良いか。通してください。」
「わかりました。」
そう言って、女中は来た道を戻っていった。
「では、私も仕事に戻ります。」
兵士はそのまま立ち去ろうとしたところにグルーフは声をかける。
「あれ、見て行か無いの。」
「ご冗談を、あなたでさえ緊張しているのに他国、更に言うと主族国の兵士のトップですよ立っていられる自身がありません。」
悪戯小僧の様な笑顔を見せながらグルーフは兵士に問いかける。
「それにこういうときは兵を配置するように話しに行くとかじゃないの?」
「あなた様の実力は一般の兵士である私でも知っているんです。軍ならまだしも個人であなたを負かしたら誰も勝てませんよ。」
「成程。」
「それじゃあ鉢合わせる前に行きますね。」
兵士は一礼してそれ以降振り向かずに仕事場へ戻っていった。
少しして、女中と立派な装備に身を包んだ男がとても良い姿勢で部屋に入ってきた。
「グルーフ様、先程お話いたしましたサン・エルティの兵士団団長様です。」
「ありがとう、下がっていいよ。」
女中は一礼して下がっていく。
「この度は王へのご就任おめでとうございます。」
スッと右手を出し握手を求める。立ち上がりその手を握り返しながら苦笑いで答える。
「ありがとうございます。といってもまだ王では無いんですけどね。」
「ああ、そうでしたな。失礼いたしました。」
「改めまして、グルーフ・イーワイです。よろしくお願いします。」
「申し遅れてすみません。私はサン・エルティ兵士団団長のコラコナと申します。」
お互いに手を離し向き合いながら話を進める。
「授与式が終わりましたらそちらにも挨拶へ参ろうと思っていたのですが先を越されてしまいましたね。」
「いえいえ、自国内の挨拶がまず先でしょう。それにまだ正式な王ではないのですから。
ああ、そういえば事前連絡もなしに申し訳ありませんでした。」
「気にしないで下さい。今日は空いていましたしせっかく来て頂いたんですからゆっくりして行って下さい。」
「お心遣い感謝します。ああ、忘れるところでした、手ぶらで挨拶に行くわけにも行きませんでしたからこちらを。」
そう言ってコラコナは一本の酒瓶を取り出す。
「こちら我が国の果実酒です。20年物ですので是非ご賞味ください。」
「ありがとうございます。頂きます。」
グルーフはそれを受け取り棚からコルク抜きとグラスを二つ取り出した。そのまま当たり前のようにコルクを抜いた。
「何をしていらっしゃるのですか。」
「え、せっかくなので一杯頂こうと思いまして、コラコナさんもいかがです。あ、これ何かで割らなくちゃいけない強さでしたか?」
「いえ、そのまま飲める強さです。まだお昼ですが飲まれるのですか。」
「ちゃんと頂いた証明にもなりますし、感想もお伝えできます。今日は何か特別なことが予定に入っている訳でもありません。」
話しながらグラスに注ぎグイッと一杯飲み干す。
コラコナはグルーフの突然の行動に理解できなくて困惑している。
(正気かこの男、自分の立場をわかっているのか、王になる男がそんなに簡単にもらい物に手をつけるのか。毒が入っているとか考慮しないのか。平和ボケしすぎだ、王になる器じゃない。)
コラコナはグルーフに失望した。若き王で腕っ節も良いと話を聞いていてどんな立派な男なのか楽しみにして訪問した。蓋を開けてみれば危機感や警戒心の無いふざけた男という印象をコラコナは受けた。
(この国は終わったな。)
「良いお酒ですね。果実のいい香りと味が広がり、渋みを少なく飲みやすいです。」
呑気に味の感想を述べるグルーフに怪訝な表情を見せるコラコナ、その表情を一切見ずにグルーフは楽しそうに感想を続ける。
「それに毒も入っていない。」
その言葉にコラコナは驚き目を見開いてグルーフを見る。
二杯目を注ぎながらコラコナの反応をうれしそうに見る。
「やっと本当の顔を見せてくれましたね。ずっとお仕事の顔をしていてやり辛かったんですよ。親交の意を伝えるためにその場で疑わずに飲んだのに落胆と苛立ちの表情をするんですから失敗したと思いましたよ。」
グラスに口をつけ味わいながら果実酒を楽しむ。
「本当に毒が入っていたらどうするんだ。それに入ってるかどうかなんてわかるのか?それにお前が気づかないだけで本当に死んでしまったらどうするつもりだったんだ。」
真剣な表情でまくし立てるコラコナにグルーフはのんびりとお酒に栓をしながら答える。
「まあまあ落ち着いてください。まず、毒がわかるかどうかですが、ある程度わかります。」
「何故だ。」
「勉強したからです。」
「お酒をか?」
「いえ、残念ながらお酒に関しては種類や名産品などの知識はあれど味までは勉強出来ていません。」
「じゃあ何故わかると言い切れる。」
「僕が勉強したのはお酒ではありません。毒です。」
「毒?」
「王になる為に私は色々なことを学びました。もちろん毒についても学びました、一つ一つ死なない程度に味を確かめながら。」
ニヤッと笑ったグルーフの顔に悪寒が走る。
「まあこんな軽率な行動はもうしませんよ。今はまだ王じゃないから仮に死んでも父がもう少し頑張るだけです。それに候補もいますし遺書としてそのことは伝えますので問題なかったと思います。」
「ちなみにその候補者を聞いてもよろしいですかな。」
「聞くだけならいいですよ、残念ながらお答えはできませんけど。」
「手厳しい。」
「出来ることならその人の手は借りたくないし、迷惑もかけたく無いのでそこだけは内緒です。」
さびしそうな笑顔を向けグルーフは答える。
その答えを聞きコラコナはグルーフを見直した。しっかりとした考えや知識、王になるにふさわしい度胸がある、そう感じて彼に謝らなければいけないそう感じていた。
「最後の答えなんですけど。」
コラコナが口を開く前にグルーフが話し始めた。
(最後?答えてもらいたいところは答えてもらったが。)
「もし本当に毒が入っていたら、あなたに吹きかけていたところでした、良かったですね。」
悪戯っぽく笑いグルーフは楽しそうに答えた。
コラコナは俯き肩を震わせていた。その様子をグルーフは不安そうに見つめていた。
(あれ、怒らせちゃったかな。)
「はっはっはっはっは。」
コラコナは高らかに笑った。
「いやぁ、すまない。グルーフ様は本当に面白いな。」
「別に笑わせようとした訳じゃないんですけど。」
一頻り笑うとコラコナはまじめな顔に戻しグルーフの前に膝まづいた。
「数々の非礼大変申し訳ありませんでした。」
「どうしたんですか急に。」
「正直なところ、あなたが果実酒をいきなり飲み始めたときは危機感も礼儀もなっていなく、王になる資格の無い駄目な奴だと思いました。」
「はっきり言いますね。」
「しかし、あなたの話を聞き考えが変わりました。豊富な知識と経験を持ち合わせ、斬新な発想で周りを惹きつける、新しき王に相応しき人物と見受けます。今後も我が国サン・エルティとの和平をよろしくお願いしたい。」
「主族国が何を言います。寧ろこちらの方からお願いしたいくらいですよ。それに兵団長がそんなこと言って良いんですか?」
立ち上がり同じ目線でコラコナは答える。
「大丈夫ですよ、王公認の視察なのですから。」
「そうですかでは改めてよろしくお願いします。」
お互いに再度握手を交わし親交を深めた。
毒の勉強もクトゥーと共に行ってきたものです。クトゥーも味の見分けがつきます。




