愚兄の秘密
不定期更新で上げていきます。一人でも多く方に楽しんでいただければ幸いです。
様々な種族が存在し知恵のある者達が同盟を結び、魔物と呼ばれる力の強い生物に武術や魔術で対抗しているそんな世界。
人族の国イーワイ。各種族の代表国を主族国と定めその下に国があり町や村がある。つまりイーワイは種族の代表ではない。人族の主族国はサン・エルティという大国家だ。
イーワイは高い技術力を持ち豊かな経済発展を遂げ高い軍事力を持ちながら強く平和を願う国である、治安もよく様々な種族が集まっている5つある人の国の一つである。
イーワイは今、王権交代の時期を迎えていた。
「おとうとよ、あにであるわたしがけいこをつけてやろう。」
子供のような声でふんと胸を張っている小さな男がいた。彼の名はクトゥー。130cmという脅威の低身長でパッチリとした目で、誰が見ても子供と言ってしまうほどのお子様体型である。筋力も見た目相応のもので魔力も持ち合わせていなく、城内では子供のような態度と行動を見せる問題児である。
「わかったよ兄さん。いつものように訓練場に行こうか。」
クトゥーを見下ろしながら優しく頷くのが弟のグルーフ。185cmの恵まれた体と高い魔力を持ち、武術だけでなく魔術にも優れ、また豊富な知識と知恵を持ち、優しく人望も厚い次期王として城内だけでなく国内からも期待されている男だ。
「毎度毎度グルーフは優しいわね。」
「そうだな。クトゥーは育て方が悪かったのか、体も頭も年相応に成長しなかった。」
両親の二人はそんな仲むつまじい兄弟を見ていた。
「クトゥーには悪いが次期王はグルーフに託そう。」
「そうですね。」
誰が見てもそう言うだろう。兄は影で愚兄と呼ばれるほどのもので力も無ければ魔法も使えない。ほとんどの者がクトゥーを兄として見ることは無かった。グルーフを除いて。
王権の引継ぎ資料に目を通している王の元へ一人の女中が声をかける。
「陛下、ご昼食の準備が整いました。」
「もうそんな時間か。息子達は訓練場へ向かったから、いつものように届けてやってくれ。」
「かしこまりました。」
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台を押して一人の女性が歩いている。
「訓練場は確かここでしたね。」
扉の上の屋内訓練場と書かれた文字を確認し立ち止まる。ノックをして声をかける。
「グルーフ様、クトゥー様、ご昼食をお持ちしました。」
返事が無い。いないのかと思い、彼女は扉に手をかける。
(開いてる。)
鍵が開いていることを確認し、扉を開ける。
「失礼します。グ、ルーフさ、ま。」
目の前の光景に彼女は混乱する。
目の前には鉄の剣を持ち、クトゥーに全力で切りかかっている。クトゥーはそれを錫杖
を持って全て避けきっている。
互いに見たことも無い顔つきで立ち合っている。グルーフは隙の無い鋭い太刀筋で切りかかっている。持ち前の体つきも相まって速く力強い攻撃だ。振った後の戻りも速く主族国のトップレベルの戦士相手でも勝てそうな勢いだ。
それよりも驚いたのがクトゥーの動きである。完全に剣が見えている動きだ。
全ての攻撃を紙一重でかわし、グルーフに比べて汗も少なく呼吸も荒れていない。そして、今まで見てきた子供っぽい雰囲気が一切無く、兄として弟の稽古をつけているように見えていた。
「良いぞグルーフ、避けるので精一杯だ。攻撃の隙がない。だいぶ癖を消せるようになってきたじゃないか。遠慮するな殺す気で来い。」
「元よりそのつもりだよ兄さん。兄さんは絶対に信用できるからね。」
「期待を超えてやらないと、なぁにぃぃ! グルーフ止まれ!」
入口の女性に気づきグルーフに声をかけ止めさせる。
「どうした兄さん。」
「お前、ちゃんとカギ締めたのか。」
入口を指差すクトゥーの言葉にグルーフも入口を見る。数秒固まり、クトゥーと一緒に振り返り顔を寄せ合う。流石は兄弟、打ち合わせをしているかのように同タイミングで振り返る。
「どうすんだよ。今更ごまかせる雰囲気じゃないぞ。固まっちゃってるんだが。」
「いや、幻覚だと思ってもらえる事に賭けて一回誤魔化してみたら良いんじゃない。」
「誤魔化せねぇよ。お前真剣使って全力で斬りかかってるんだぞ。」
「いや、真剣って思って無いかも。模擬刀と思ってるかもしれないよ。」
「お前相手見て言ってる?」
「うん、彼女は新人のジュティさんだよね。戦士としての実力は確かで北のほうの国の流派を持っているけど自分の腕に成長の限界を感じて、何かを見つけるために女中として新しい自分を探している人だよね。身長も175cmと高く、男に負けない強さを持ちながらしっかり整った顔とプロポーションで男性からだけでなく女性にも人気のある素敵な人だよね。」
「説明ありがとう。そんな彼女が見間違えるわけ無いだろう。」
「あ、やっぱり。」
「とりあえずやることは一つだ。グルーフよろしく。」
「兄さん力と魔力は無いからね。」
バッと振り返りながら立ち上がり、グルーフは彼女との距離をつめ放心状態の彼女が声を出す前に左手で口元を押さえながら右手で引き寄せ中に入れる。クトゥーはおいしそうなんて子供らしい声を上げながら料理を中にいれ鍵をかける。
見事な犯行で兄弟は彼女に一切の声を上げさせることなく拉致・監禁を成功させた。
「はぁー。まず見られたのが最低限で良かったよ。」
「ごめん、兄さん。」
「もう過ぎたことだ諦めよう。」
彼女から手を離し兄弟が流れるように昼食を並べていく。
「あのー。」
「聞きたいことは一杯あると思うけどまずは言うことを聞いてもらいたい。酷いようにはしないから安心してくれ。」
「わかりました。それで何をすれば。」
ジュティは覚悟を決め二人にやる事を聞いた。クトゥーが持ってきた二人分の食器から一人分のナイフ、フォーク、スプーンを渡してきた。
「まずは食うぞ。遠慮せず好きなもの食え。」
「兄さん、ナイフだけでいい?良いよね。はい。んじゃいただきます。」
「おい、待てよどっちか交換しろよ。ナイフだけって一番最悪な選択肢だろ。」
そんなクトゥーの言葉を無視するかのようにグルーフは食べ始める。
「あ、お前。しょうがないな。いただきます。」
クトゥーもナイフを器用に使い口に運ぶ。
「ジュティさんも食べなよ。どうせ女中さんの時間に間に合わないし。」
「え、では、いただきます。」
混乱している頭でジュティも料理に手をつけていった。
食べ終わり食器を台に戻しグルーフがその台を運びながら扉へ向かう。
「グルーフ様それは私に。」
お任せくださいと言って立とうとするのをクトゥーに捕まりとめられる。クトゥーは首を横に振って彼女を座らせる。
少ししてグルーフが戻ってくる。しっかり鍵をかけなおし二人の元へ戻ってくる。
すっとクトゥーはジュティの正面に正座で座った。両手を前に着き深々と頭を下げた。
「どうかこのことは御内密にお願いいたします。」
見事な土下座だった。
「え、え?」
もちろんジュティの混乱は加速する。仮にも王子の立場であるものが新人の自分に頭を下げている。そんな中で混乱しない奴はなかなかいない。
とりあえず顔を上げさせジュティが落ちつくのをグルーフは待った。
「それで、どうしてクトゥー様は猫をかぶっていらっしゃるのですか。」
「グルーフを次期王にするためだ。」
「どうしてですか?」
「俺の我侭だ。」
落ち着いたジュティが質問形式で自分の疑問を質問していき、クトゥーがそれに答えている。
「俺は5歳の頃自分には魔力が無く、弟のグルーフにはとてつもない魔力があることに気づいた。そして俺は託した。」
「託した、ですか。」
「兄さんは魔力が無い分、頭と観察眼だけは良かったからね。」
「そう、だから威厳や世間体のことを考え、俺は弟を立派な王にすることを決意した。だが、幼少期の頃から勉強に興味を持ったと思われたり優秀な面を見せるとグルーフの王座が遠のくと考え、図書室にこっそり忍び込んで誰にもばれずに魔術や経済など国を動かすものに必要な知識をわかりやすくグルーフに教えていた。」
腕を組みながらクトゥーは昔話を続ける。
「武術に関しては間違いなくグルーフが強い。だから俺は回避を極めた。間近でグルーフを観察するためにな。」
天性の観察眼もありクトゥーの回避能力は人間を逸脱していた。筋力もある意味、逸脱しているのだが。
「それじゃあ、昼間の稽古してやるって言うのは。」
「ああ、ここにつれてきて勉強や鍛錬に時間を使っていた。」
「だから僕は兄さんの面倒を見ながらも勉強や鍛錬が出来る天才じゃないんだ。兄さんに教えてもらってるから当たり前に出来るんだ。」
「そうそしてグルーフに次期王の呼び声がたち俺が愚兄の名をほしいままにしたのさ。」
「兄さん。」
少しふてくされたような声を出し、グルーフはクトゥーを見る。
「わかってるよ。お前にはいつも俺の我侭で辛い思いをさせている昔も今もこれからも。愚兄と呼ばれることが嫌なのもわかってるよ。王の座も大変な責任押し付けちまってるしな。」
「ずるいな兄さんは、王の座や知識、武術に関しては何にも責任だと思っていないよ。むしろ偉大なる兄さんに頼りにされてうれしいくらいさ。」
「その偉大なるをつけるのを止めろ。」
「やーだよ。誰が言おうとそれこそ兄さんが言おうと僕にとって兄さんが偉大なのに違いは無いんだから。これが僕の我侭でもあるんだからね。」
「はぁわかってるよ。」
ぼーっと二人を眺めているジュティは何となく状況をつかめてきた、この兄弟はどちらも天才だ。兄クトゥーは幼き頃から大人以上の知恵と観察力を持ち、弟のグルーフもクトゥーの教えがあったにせよここまでの成長を遂げるのは才能といっても申し分ないだろう。でも、兄クトゥーは何故王の道を諦めたのか。見た
目や力では威厳は無いにせよ王になるにふさわしいほどの知恵がある。今のクトゥーを見れば王の資格が無いと思うものは少ないだろう。その疑問を口にしてみる。
「あのクトゥー様。」
「ここでは様を取ってくれ。」
「言いづらいので嫌です。何故王の道を断念されたのですか、今のあなたを見れば王として認めるものも多いのではないですか。」
言うなぁと顔が引きつりながらジュティの質問を聞き顔を戻して答える。
「王とか面倒じゃん。」
「は?」
ジュティは文字にして5文字、音にして6文字でしょうも無い理由を言われて呆気に取られる。その反応を見て横でグルーフが声を押し殺して笑っている。
「裕福な暮らし、誇りある人生、国民の支持、特別感のある地位、達成感。いらな~い。」
子供状態のように両手を挙げふざけた声で投げ捨てるようにはっきりと言う。
ますます固まっていくジュティにグルーフが追い討ちをかける。
「裕福な暮らし、誇りある人生、国民の支持、特別感のある地位、達成感。欲しい。」
クトゥーとは違い両手を握り締め高らかに拳を上げる。
「「だから。」」
完璧なタイミングで二人がこっちを見てビクッとジュティは驚く。
「俺は弟に王権が行くように幼稚な愚兄を演じ、」
「僕は兄が自由の身になるように精一杯の努力をしている。」
クトゥーが足を正す。
「だからこのことは御内密にお願いします。」
兄だけが頭を下げる。グルーフが頭を下げないのはクトゥーの言いつけだ。もしこのような事態になったとき次期王になるお前が下げれば面目が立たないから、泥をかぶるのは俺だけで十分だと言いつけてある。
ジュティは表情を戻し、ゆっくりと口を開ける。
「お二方の事情はわかりました。このことは一切他言しません。」
「ありがとうございます。」
「しかし、そうなってくると私も一つお願いして良いんですよね。」
含みのある笑顔で顔を上げたクトゥーを見る。
「出来る限り叶えます。」
「ではクトゥーさん。」
「え、俺?」
てっきり次期王のグルーフに色々地位やお金の面をお願いするのかと思っていたためクトゥーは変な声が出た。
「はい。私と立ち合いを行ってください。」
良くある最弱で最強の主人公です。