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第92話 ファーストコンタクト

 牧野たちは洞窟の正面にたどり着いた。

 あたりは物音ひとつなく、しんと静まり返っていた。


 この洞窟の中にセドナ丸の生き残りの子孫がいる。

 牧野は緊張していた。額を汗が流れ落ちる。

 だが、緊張しているのは自分たちだけではないはずだ。おそらく目の前の洞窟に身をひそめる彼らの方こそ、生まれて初めて出会う自分たち以外の人間に死ぬほど怯えていることだろう。姿こそ見えないが牧野は洞窟の中から注がれる視線を痛いほど感じた。


 張り詰めた空気を破ったのは隊員の一人、鳥飼の声だった。


「はじめまして。私たちは地球から来た者です。皆さんに危害を加えるつもりはありません」彼は英語で言った。同時に両手を上げ、何も武器を持っていないことを示す。


 鳥飼はそもそもこの目的のために探検に参加したメンバーだった。

 彼はセドナ丸の生き残りがいた場合に彼らとの交渉にあたる外交班に所属していた。彼は文化人類学の専門家で、NGOの一員としてアンデス地方の文明崩壊地帯に点在する武装都市国家群との交渉や人道的支援などに関わってきた経験の持ち主だった。しかし、この三年間は本業での出番がなく、専門とは異なる組織運営や管理などの仕事に従事していた。彼自身も異星人と出会うことでもない限り、この先、異文化交渉の仕事をすることはないだろうと諦めていた。だが、ここにきて意外にもセドナ丸の子孫が生き延びていたことが判明し、彼は張り切っていた。


 洞窟からは何の反応も返ってこなかった。

「言葉が通じてないんじゃないのか」伊藤が言った。


「そんなはずはない。セドナ丸の乗組員たちは英語を話していた。彼らがこの惑星に来てからまだ二百年足らずだ。言語の変化は多少あるだろうが、まったく通じなくなるほど根本的に変わってしまうとは考えられない。まだ警戒しているのでしょう」鳥飼が言った。


「無理もないですよ。彼らは何世代もこの惑星で孤立して暮らしてきたのですから」近藤が小声で言った。


 彼らが何人いるのか不明だが、多くても百名以下だろう。それは彼らが暮らす洞窟の周囲の様子からもうかがえた。数百人以上が暮らす大きな共同体だったら、伐採や農耕など、周囲の環境に人の手が加わった痕跡が見られるはずだ。だが、あたりに鬱蒼と生い茂る食肉植物の森はまったく手つかずに見えた。それから判断して彼らは狩猟採取民だろう。洞窟に向かう前にドローンの映像を見て鳥飼はそう判断した。

 それに対し、捜索隊の人数は今朝到着した増援を含めて十三名。しかも全員成人だ。子供や老人も含めて百名もいないセドナの末裔たちにとって十分脅威になる人数だった。


「今日はいったん立ち去ろう。今日のところは我々の存在を知らせるので十分でしょう」鳥飼は言った。すでに夕方になっていた。


 捜索隊員たちは鳥飼の提言に素直にしたがい、後ろ髪をひかれつつも洞窟をあとにした。牧野は去り際に振り返ってみたが、セドナ丸の末裔たちが洞窟から出てくることはなかった。



 翌朝。彼らは再び洞窟に向かった。

 昨日と同じく、鳥飼が呼びかけた。


「あなた方は恒星間移民船セドナ丸の子孫ですよね。私たちは我々よりも先にこの星にたどり着き、巨大生物のひしめく過酷な世界で生き延びきたあなた方に敬意を表します。あなた方に何かを強制するつもりはありません。同じ星で暮らす仲間として、ただ話をし、理解しあいたいだけなのです」


 昨日と同じく、帰ってきたのは沈黙だけだった。


「やっぱダメか」伊藤が言った。

 だが、その時牧野は気づいた。

「待ってください。誰か外に出てくるようです」


 洞窟の外に歩み出てきたのは、昨日、洞窟の出入り口で少女を出迎えた男と、もう一人、背の高い中年の女だった。女は肩幅が広く、頬がこけ、バサバサした黄土色の髪の持ち主だった。女は捜索隊員たちに鋭い視線を投げかけた。

 男と女はどちらも木を削って鋭く尖らせた槍を持っていた。



「……はるかなる地球からはるばるこの世界を訪れた貴方に歓迎の意を伝える。貴方と同じく、われらが祖先も困難な旅路の果てにこの約束の地に到着した。いかにも、我々はセドナの子らだ」女がハスキーな声で言った。彼女の言葉は少しなまりのある英語で、牧野にも聞き取ることができた。


「我々の呼びかけに答えていただき、感謝する。申し遅れました、私の名前はトリカイ、交渉担当を務めています。そしてこちらが、この捜索隊のリーダー、主任科学者のマキノです」鳥飼は言った。

「えっと、マキノです、はじめまして」牧野は言った。思わず握手を求めるように手を差し出す。


「ジェシカ・フランクリン。この村の長だ」牧野の手を無視し、女が言った。

「……セルゲイ・アンダーソン」男がむっつりと言った。

「われらが村にようこそ、地球からの客人たちよ」ジェシカが言った。



 そして、対話が始まった。

「実は私たちは三年前からこの星に到着して調査活動をしていたのです。これまでもあなた方を探してはいましたが、発見には至っていませんでした」鳥飼は言った。


「そうであったか。ところで、マキノはこの探検隊のリーダーなのか」ジェシカが言った。

「いいえ、私はただの科学者です。我々の最高責任者たる総隊長は軌道上の恒星船にいます」牧野は言った。


「他にも仲間がいるのか。あんたらは全部で何人いるんだ」セルゲイが言った。

「今いるのは私たちを含めて九十三です。はじめは百五十七人でしたが、ある事故で多くの者が命を落としました」牧野は言った。


「それは気の毒であった。彼らの魂に安らぎあれ。この世界は危険に満ちている」ジェシカが言った。



 ジェシカは牧野たちを村に案内した。

 伊藤が以前言ったように、洞窟の中は鍾乳洞になっていて、そこに人々は住んでいた。

 鳥飼の推測どおり人口は百人に満たず、牧野が数えたところでは大人が約四十人、赤ん坊を含めて子供が約二十人だった。大人の数に対し子供が多いのは高い乳児死亡率を暗示していた。彼らは家族ごとに小部屋を割り当てられて住んでいるようだった。


 彼らの衣服は植物の繊維で編んだものだった。

 道具の多くは木製で、ナイフなどの金属製の道具は長年の使用で小さく摩耗していた。

 床には乾燥させた植物の茎が敷き詰められ、部屋の入り口には植物を編んだむしろのような荒い布がカーテンのように吊り下げられ、それがドアがわりになっていた。牧野たちがそばを通り過ぎると、村人たちはむしろの影からぎょろりと大きな目で凝視してきた。大人たちはむっつりと黙り込み、赤ん坊の泣き声だけが洞窟内に響いていた。

 洞窟内のあちこちには光源用の火が燃やされ、床の炉では煮炊きをしていた。そこから出た煙のせいで壁やむしろは煤がこびりついて黒くなっていた。空気の通り道はあり一酸化炭素中毒になることはないようだった。

 あたりの空気にはむっとした汗と尿の悪臭が満ちていた。



 これが本当に自ら恒星間移民船を飛ばし、人類で始めてこの惑星に降り立った人々の子孫なのだろうか。彼らの生活の様子を知るにつけ、牧野は暗澹とした気分に襲われた。

 セドナ丸が出航した時代にはすでに初期のナノ合成機は実用化されていたが、それは影も形もなかった。惑星に移住後、故障して放棄されてしまったのだろう。それに、地球では数百年前からほぼすべての人間が所持してきた個人用端末はいったいどこにあるのか。

 村人たちの健康状態は良好とは言えず、痩せこけ、ビタミンの欠乏または重金属中毒と思われる症状が出ている者が多かった。最低限の医療さえ行われているようには見えなかった。

 たった二百年で、文明人がここまで退化することがありえるのだろうか。



 捜索隊はジェシカの先導にしたがい洞窟の奥まで進んでいった。

 そこには人は住んでおらず、明かりもなく、暗闇の中にトンネルが続いていた。

 牧野たちはライトを点灯した。


「なんという明るさだ。これが言い伝えに残る電気の光というものなのか」ジェシカが驚嘆の声を上げた。


 だが、同行するセルゲイは声を荒げた。

「その明かりを消せ。死者を冒涜する気か!」


 鳥飼はすぐに全員のライトを消灯させた。明かりはジェシカが手にした小さな松明だけになった。

「すまなかった。君たちの先祖の眠りを妨げるつもりはなかった。ここは墓所なのか」鳥飼が言った。


「そうだ。約束の地に到来してから今日までのすべての死者が眠る場所だ」ジェシカが言った。


 先ほどライトを点灯した時、白い光に束の間浮かび上がった光景はぞっとするものだった。

 そこは納骨堂カタコンベだった。

 壁に沿って隙間なく積み上げられた何百体分もの白骨化した遺体。何世代にもわたるセドナ丸の末裔たちのうつろな眼窩が彼らを見下ろしていた。


「なぜ私たちをここに?」鳥飼は訊いた。


「……これを見てほしい」ジェシカは骸骨の山の一角に松明を近づけた。


 その遺体は他のものとはあきらかに違った。

 ほとんどの遺体が身にまとう衣服は朽ち果ててボロボロに崩れ、ほとんど原型を留めていないのに対し、それが着ている服はまだ完全に近い状態を留めていた。それは鮮やかな赤い布地で、合成繊維製だった。近くには同じように鮮やかな色合いの服を着た白骨死体が十七体ぶん並んでいた。その宇宙服には見覚えがあった。軌道上を漂う破壊された残骸の中で、そして、そこから回収された端末に残されていた映像で牧野はすでにそれを見ていた。


「これは……セドナ丸の乗組員、君たちの始祖の亡骸か」牧野は言った。


「そうだ。彼らこそ二百年前にこの地に降り立った最初の十八人、伝説の『竜を駆る英雄たち』だ」ジェシカは言った。


「……英雄たちは亡くなる前、こう予言されたという。いつの日か必ず地球からの客人が来る。そのとき、彼らをこの場に案内せよ。そして、これを渡せと。我らは代々その教えを後世に受け継ぎ、墓所を守ってきた。だが、まさか本当にそんな日が来るとは思いもしなかった……」セルゲイが言った。

 彼はどこかから取り出してきた古い箱を牧野に手渡した。

 防錆処理された合金製のケースだった。表面は二百年におよぶ埃に分厚く覆われている。


「開けていいのか?」牧野はジェシカとセルゲイに訊いた。彼らはうなずいた。


 牧野はおそるおそるケースのロックを解除し、蓋を開けた。

 中に入っていたのは一冊の書物だった。その表紙やページは樹脂でコーティングされているため経年劣化を免れていた。

 タイトルは「エデンの書」。牧野はページをめくった。

 そこに記されていたのは、セドナ丸を襲った運命と、反乱者たちの思想、そして彼らが神の化身(アヴァタール)と呼ぶところのギガバシレウスについてだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 思ったより好意的かつ理知的でホッとしましたが……真相が気になります。
[良い点] あれ、セドナ丸って百年ぐらい前の話じゃなかったっけ……って思ったけど、あさぎり調査隊は亜光速航行でやってきたんでしたね 調査隊出発からさらに百年、地球での侵略者との戦いはどうなったのかも気…
[一言] ついにセドナ丸の謎が明らかに…!続きが気になります
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