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第89話 オッドエリア

 ギガバシレウスはこの惑星の環境を維持するのに不可欠な存在だった。もし真空崩壊爆弾で彼らを絶滅させれば、この惑星はやがて死の星になるだろう。


 牧野は合計六ヶ月におよんだ調査の結果を恒星船にいる総隊長と隊員全員に報告した。


「ご苦労だった。よくぞこの短期間にここまで調べてくれた。感謝している。報告書についてはこれから全文を熟読させてもらおう。やはりギガバシレウスはあさぎりの生態系におけるキーストーン種だったのか……。だが、君の提言、真空崩壊爆弾の使用停止については現時点ではまだ判断を留保させてもらう」清月総隊長は言った。


「なぜです、研究結果に納得していただけたのではないのですか」牧野は裏切られた思いで聞き返した。思わず語気が鋭くなった。


 だが、それに対して返答したのは、総隊長ではなく安全保障班長の井関だった。


「……たしかに君たちの言う通り、数万年先にこの星の環境は崩壊するのかも知れない。だが、我々が問題にしているのは明日の生存なのだよ。居住区の惨劇を忘れたのか。やつらは超巨大生物だけでなく、我々も攻撃するのだぞ。君たちは数千体の竜王の群れが都合よく我々を無視してくれると思うのか。やつらを一網打尽にできるこの好機を逃すべきではない。予定通り、爆弾は使用されるべきだ」


 乾も言った。

「俺も井関さんに賛成だな。やつらは明らかに俺たちに敵意を抱いていた。実際に戦ってみてはっきりわかったよ。こっちから攻撃しないと必ずやられる。そもそも、なぜ竜王が俺たちを攻撃するのか、その理由については何かつかめたのか」


「それについては見当はついてます。おそらく電波です。一から数百ギガヘルツの範囲での高周波帯での通信がギガバシレウスを刺激した可能性があります」牧野は言った。


「たしかに地上にある居住区と恒星船の通信にはマイクロ波が使われていたが……」井関は言った。



 電波は周波数により特性が異なるため、用途によって周波数帯が使い分けられている。周波数が三ギガヘルツから三十ギガヘルツのマイクロ波や、三十から三百ギガヘルツのミリ波などの高周波帯は直進性が高く、伝送できる情報量が多いため、衛星通信やレーダーに用いられてきた。

 井関の言ったとおり、居住区と恒星船は間に通信衛星を介して常時大量の情報をやり取りしていた。さらに、居住区が破壊された後にオニダイダラの背中に避難していた時も、ネオビーグル号の通信機を使って恒星船と頻繁に交信していたが、その時に使っていた波長は二百ギガヘルツの高周波帯だった。そのいずれもがギガバシレウスの襲撃を受けていた。

 そして、ギガバシレウスの頸部にならぶ鋭く長いトゲはアンテナとして機能している可能性が高いことがテュポーンの死骸の分析から判明していた。



「確かめる方法はあります。ニーズヘッグに電波を照射するのです」牧野は言った。


「しかし、水中では高周波帯の電波は減衰し、深海までは届かないぞ」井関は言った。


「おっしゃる通りです。そこで、奴が再び動き出し、海上に姿を現すまで待つのです。その時、無人機からさまざまな周波数帯の電波を送信し、どの波長に反応するのかを調べます。おそらく、その時はそう遠くないはずです。水中ドローンから送られてきた映像を見ると、外皮の再生は既にほぼ完了しているようです。大群が到着するまでに奴は再び動き出すでしょう」


「なるほどな。もしそれで電波がやつらを凶暴化させることがわかったら、その周波数帯の電波の使用を停止すればやり過ごせるかもしれないんだな」乾が言った。


「その通りです。一時的に通信を停止するか、レーザー通信や他の周波数帯での電波に切り替えれば襲撃は避けられるでしょう」牧野は言った。


「だが、君の言う電波仮説が間違っている可能性はゼロではない。その時のために準備は整えておく必要はある。我々は真空崩壊爆弾の発射準備と軍備の増強を予定通り継続する。よろしいですよね、総隊長」井関は言った。


 清月総隊長は首肯した。

「頼む。あらゆる選択肢に備えて準備はしておきたいからな。しかし、私としては電波実験が良い結果を出し、真空崩壊爆弾を使わずに済むことを祈っている」



「ところで、ギガバシレウスたちは今、どこまで迫っているんですか」牧野は訊いた。


「もうすぐ第三惑星の公転軌道を超えるところだ。数日前、二つに別れていた大きな群れが軌道修正を行いながら合流し、ひとつの巨大な大群に収束した。今はゆるやかにまとまった球状の集団を形成してこちらに接近している。もう時間的な余裕はあまりない。この速度なら、あと一ヶ月程度であさぎりまで到着するだろう。真空崩壊爆弾使用のタイムリミットまではあと二週間といったところだ」井関が言った。


「そう言えば、やつらは産卵のために来るのかも知れないという話だが、この星のどこで卵を産むんだ?陸上か、それとも海か」乾が言った。


「候補地はすでにあります。最後にその場所を少し調べてから恒星船に戻りたいのですが」牧野は言った。


「許可しよう。ただ、残された時間は少ない。手短に頼む」清月総隊長が言った。



 牧野たちが乗った着陸艇はアルファ大陸北部の森を離陸して南東に向かった。

 そこはこれまでほとんど調査がなされてこなかった地域だった。

 アルファ大陸北半球の大砂漠地帯より南、大陸を南北に分断する大陸横断山脈にそってさらに東に向かった先に広がる亜大陸。そこは宇宙から見ても他の地域とは異なる様相を呈していた。くすんだ色合いの植物が大地を覆い、ところどころに直径十から百キロメートルにおよぶ不気味な暗色の領域が点在していた。気候は乾燥し、涸れ谷または峡谷と思われる筋状の地形が網の目のように大地に走っていた。あさぎりの陸地でもひときわ奇妙な景観の場所だった。

 その奇妙な領域はオッドエリアと呼ばれていた。

 同様の地域はベータ大陸のほぼ同緯度の地帯にも広がっていた。



 牧野がオッドエリアをギガバシレウスの産卵の候補地と考えた理由。

 それはテュポーンの死骸があった場所で現在起きている異変だった。

 テュポーンの腐敗した死骸は腐敗ガスにより大爆発を起こし広範囲に飛び散った。その後、数ヶ月が経過し、飛び散った肉片は分解者により食べ尽くされてなくなり、大地を汚した腐汁の茶色い染みは雨に洗い流されて消えた。


 すべては常態に復したかに思われた。だが、そうではなかった。

 液化した腐肉の雨が降り注いだ土地のいたる所で、奇妙な植物が一斉に芽吹きはじめたのだ。それはアルファ大陸北部に生育するどんな植物とも似ていなかった。いずれも葉状体はなく植物とも思えぬ不気味な姿をしていた。おそらくギガバシレウスの消化管内に残っていた種子または胞子が爆発で飛散し、発芽したのだと思われた。

 これらの植物に類似したものが見つかる唯一の場所が、例のオッドエリアだった。


 なぜ肉食性のギガバシレウスの体内にオッドエリアの植物の種子があるのかは謎だったが、その土地とギガバシレウスには何らかの結びつきがあると牧野は直感した。おそらく、そここそがギガバシレウスの大群の産卵場所なのだ。


 牧野たちを乗せた着陸艇は謎を秘めた奇妙な土地を目指して超音速で飛んだ。

 その時はまだ、前途で何が待ち受けているのかを知るよしもなかった。

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