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第87話 襲来の痕跡

 森の中を歩いていた牧野は立ち止まり、汗を拭った。

 端末を取り出し、森の中に放った調査用の小型ドローンからの映像を確認する。

「発見したようだ。ここから三百メートル先にいる」牧野が言った。

「了解。準備オッケーです」堀口が言った。

 

 牧野たちが行っているのはオニダイダラの年齢構成の調査だった。

 調査には植物学者の近藤や、昆虫学者の堀口、それに地質学者の伊藤も参加していた。高梁は恒星船に残ることになった。妊娠初期の惑星への離着陸はできるだけ避けた方が良いという医療班からの提言に従ったのだ。高梁は残念がったが、恒星船でデータ分析を協力してくれることになった。



 牧野は調査に先立ち、これまでの観察結果からギガバシレウスの大群がこの惑星に飛来した場合どのような事態が起きるのかを推測した。

 六体のギガバシレウス、すなわちニーズヘッグ、テュポーン、ヴリトラ、オロチ、ケツァルコアトル、レヴィアタンは、いずれも体長十メートル以上の生物を狙って捕食していた。彼らの餌食となったのは、雷雲の中に住むイカ型巨大浮遊生物、小型のサバククジラ、十メートル程度の中型捕食者、植物食動物の群れ数十頭、体長百メートルはある深海の超巨大生物、そしてオニダイダラなどだ。その数はたった数ヶ月あまりで百メートル以上の超大型生物が八体、百~十メートルの大型生物が三百七十九体におよんだ。

 生物の総重量、生物量(バイオマス)に換算すると一体のギガバシレウスが一ヶ月あたりに消費した生物量(バイオマス)は概算で二十万~五十万トンに達した。もし、二千体以上の大群がすべてあさぎりに飛来し、活発に捕食活動を行うと仮定した場合、最大で十億トン、つまり一ギガトンもの膨大なバイオマスがたった一ヶ月でこの惑星から失われることになるだろう。

 これほど強い捕食圧を受ければ、その獲物となる超巨大生物が大幅に減少するのは確実だ。


 よって、過去にギガバシレウスの大群の飛来があった場合、この星の超巨大生物の年齢構成にその痕跡が残されている可能性が大きいと牧野は考えた。


 大群が飛来した年は捕食により個体数が急激に減少する。その後、個体数はしだいに回復するが、再び飛来があれば再度個体数は急減するだろう。そして年齢構成は各世代の間に波のように上下するパターンを描くことだろう。

 もし、超巨大生物の年齢構成がこのようなパターンを描いていれば、それはギガバシレウスの大群が周期的に飛来した証拠となる。


 調査対象にはオニダイダラが選ばれた。

 これまでの研究の蓄積が最も多く、さらにオニダイダラの背部外殻には一年ごとの成長の痕跡が線になって刻まれて、それを数えることで簡単に年齢を知ることができるという利点もあった。

 結果を確実なものにするために、できればモリモドキや他の超巨大生物でも年齢構成を調べたいところであったが、他の生物ではオニダイダラの背部外殻の成長線のような年齢の指標となる特徴が見つかっていなかったので断念せざるを得なかった。



 下生えをレーザーで切り開きながら進んでいくと、巨大な倒木の影にそれが見つかった。

 オニダイダラの若齢個体だ。

 体長は五メートルほど。背部外殻はすでにごつごつとして巨岩のようだが、そこに生えた着生植物はまだ細く弱々しい。


 オニダイダラには寿命がなく、生きている限り成長を続けると考えられている。推定年齢が数万歳をこえる長寿個体は全長数百メートルに達する巨体を誇るが、生まれたばかりの幼体は一メートル以下の大きさしかない。しばらくは親の背部外殻に生えた着生植物の森で暮らすが、生後数年で三メートルを超える大きさにまで成長すると親の背中から降りて地上で単独生活を営むようになる。


 牧野たちの前に現れた若齢個体は、親から独立して十年程度といった所だろう。このような若齢個体は森林地帯に多数生息していた。それを人力だけで発見するのは困難だったので、画像診断システムを搭載した小型ドローンを多数森の中に飛ばし、隠れているオニダイダラを見つけさせた。


 そのオニダイダラはじっとうずくまって動かなかった。

 だが、目を見開き、接近する牧野と堀口をしっかりと見据えていた。


「こっち見てますよ。大丈夫ですかね」堀口が心細そうに言った。

「心配ない。これくらいのサイズなら逃げ出すことはないだろう……ゆっくり後ろに回り込むんだ」牧野が言った。



 これまでの調査では小さい個体ほど手を焼かされた。

 生後数年の幼体は体が小さい分、動きが素早く、牧野たちの存在に気付くと走って逃げ出した。その様子はまるでイノシシのようだった。牧野たちは下生えや蔓に足を取られながら森の中を走って追いかけ、追いつくと地面に押さえつけて成長線を数えた。銃は所持していたが、できるだけ殺さずに調査したかった。


 今、牧野たちの前にいるその若齢個体くらいの大きさになると、もはや逃げ出す心配はなかったが別の問題があった。自分たち人間が餌だと誤認されかねないのだ。とくに真正面から不用意に近づくと巨大な大顎で真っ二つに食いちぎられるおそれがあった。


 牧野たちは若齢個体を刺激しないよう慎重に背後に回り込んだ。頭部にいくつも並んだ目が二人を追って動いた。だが、一旦背後の死角に入り込んで視界から消えると、そいつはすぐに人間への興味を失ったようだった。牧野と堀口はほっと息をついた。

 外殻にへばりついた苔をはがすと、その下から同心円状に刻まれた成長線が姿を現した。

「成長線十七本。十七歳か。襲撃による負傷の痕跡なし」牧野は成長線の数を数え、記録した。

 二人はオニダイダラの注意を引かないよう、ゆっくりとその場を後にした。



 このような地道な活動で、牧野たちは丸二ヶ月間かけてデータを集めていった。

 その結果は牧野の予想通りだった。

 オニダイダラの年齢構成のグラフははっきりとした波のようなパターンを描いていた。

 その周期は約百七十年だった。

 つまり、これがギガバシレウスの大群があさぎりに飛来する周期なのだ。


 約百七十年ごとにギガバシレウスたちの大群はあさぎりを訪れ、超巨大生物相を大量に捕食し大ダメージを与えてきたことが判明した。

 次の疑問は、それがこの惑星の生態系全体にどんな意義をもっているかだ。

 彼らは超大型生物に死と滅びをもたらす死神なのか。

 それとも、超大型生物を適度に間引くことで、生態系の多様性を守ってきた管理者なのか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 170年となると、巨大生物の寿命からしてもそこまで長期では無いですし、あさぎりのサイクルの一つとして組み込まれてる可能性高そうですね ちょっと野尻抱介先生の「ピニェルの振り子」を思い出しま…
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