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第82話 小惑星人

「せっかくの機会だ。少し長くなるが聞いてくれるかな」

 ドクターは語り始めた。小惑星人の来歴と、彼らの長きにわたる計画の全貌を。


 小惑星人の由来は暗黒の二十一世紀にまでさかのぼる。

 当時、一部の超富豪は宇宙開発に膨大な資金を投入した。彼らはあるビジョンを共有していた。それは人類を他の惑星に移住させることで、人類の絶滅を回避しようというものだ。当時の地球は温暖化による気候変動と食糧難で多くの人間が命を落としていた。人類絶滅は彼らにとって差し迫った危機だった。


 やがて彼らの努力は実を結ぶ。二十二世紀に「宇宙への大躍進」は成功し、人類は火星と月に居住を開始した。


 だが、超富豪たち自身が進出先に選んだのは、火星よりも遠い小惑星帯だった。

 通説では豊富に存在する鉱物資源が目的だとされていたが、彼らの真の狙いは別にあった。

 彼らが求めていたのは競争なきフロンティアだった。

 彼らは予測していたのだ。月や火星は地球から真の独立を果たすことはなく、いずれ地球の政治経済圏に深く組み込まれるだろうということを。一方、地球の影響力から遠く離れ、手つかずの小天体が無数に存在する小惑星帯は彼らの新天地にうってつけだった。そこで彼らは何者にも縛られることなく、それぞれが自由に独自の道を模索しはじめた。こうして小惑星人の歴史が始まった。



 人類は月と火星、そして小惑星帯に移住し、多惑星の種族となった。

 だが、これだけでは十分ではなかった。

 なぜなら、結局のところ月や火星は生命の生存に適した星ではなかったからだ。人類がそこで生存しようとすれば、環境維持装置、核融合発電施設など高度なテクノロジーが不可欠だ。もし経済破綻や戦争などでそれらの設備が維持できなくなった場合、その地の人類は瞬時に死滅するだろう。人類絶滅のリスクヘッジとしてはあまりに頼りなかった。


 万一テクノロジーが失われても人類が生存可能な星、生命生存可能領域(ハビタブルゾーン)を公転する太陽系外惑星こそが、地球人類の移住に真に理想的な世界だと彼らは考えた。そこで彼らは地球の各国に協力し、太陽系外探査と恒星間移住を促進していった。



「その一方で、我々はテクノロジーを極限まで推し進め、自分自身の改変に踏み込んだ。遺伝子操作、器官移植、機械との融合、そして精神のアップロード……。更新世のサバンナで進化したホモ・サピエンスという種の肉体は宇宙ではあまりにも非適応的だった。まるでペンギンがサハラ砂漠で生きようとするようなものだ。つまり、われわれ小惑星人は宇宙に適応した新たなる種に進化する道を選んだのだ」ドクターは言った。


「しかし我々には不安があった。もし将来、これらの改変が失敗だったと判明したら。そうとは知らずに人間として不可欠な要素を切り捨てていたとしたら。我々は取り返しがつかないことをしてしまったのではないのか……。もしそうなら、我々は進化の袋小路に入り込み、絶滅を迎えることになるだろう。

 だからこそ我々には必要だったのだ。バックアップとなるオリジナルの地球人類が。もし我々の進化の方向性が間違っていたとわかった時に、新たにゼロからやり直すために。単に人類という種の生存という抽象的な使命のためだけではなく、自分自身のためにも」ドクターは言った。


 このことは、単に冷凍保存された地球人のゲノムや生殖細胞があれば良いということを意味しなかった。自然な環境で機能する、生きた人間集団が必要だった。人間とは社会的な動物だ。だからゲノムからクローン培養で作り出された人間などでは不十分だった。


 小惑星人たちは憂慮したものの、しばらくの間、地球はオリジナル人類の保存場所として申し分なく機能した。

 二十一世紀の混乱を経て、地球の人類は変化した地球環境に否応なく適応し、少しずつ平和と秩序が回復していった。地球の各国は再び繁栄を取り戻し、破滅の影は遠ざかった。

 絶頂期の中華連邦を筆頭に、多くの国々や組織が星々に恒星船を送り出した。発見される系外惑星に居住に適したものは数少なかったが、いずれ豊かな生命を宿し人類の居住に適した世界が次々に見つかるだろうと小惑星人たちは楽観視していた。

 だが、その時起きたのが侵略者微生物による酸素濃度低下だった。



「地球人類は再び絶滅の危機に陥った。もはや悠長に構えている余裕はなくなった。これまで発見された系外惑星で、もっとも生命豊かな世界に確実に人類を定着させる。それが我々の最優先課題となった。その世界こそ、惑星あさぎりだった。セドナ丸の遭難と超巨大生物の生息という若干の不安要素はあったが、環境の良好さは何物にも代えがたかった。

 そこで我々のエージェントは地球の各国政府に接触した。その中で、我々との事業提携にもっとも積極的だったのが日本政府だった。そして、この探検計画が立ち上がった。そのあたりの経緯は清月総隊長がよくご存じだろう」



「……ドクターの言う通りだ。この計画は小惑星人の全面的な協力により進められた。恒星船テレストリアル・スター号の建造だけでなく、自衛隊に密かにダークキューブを提供したのも彼らだった。日本政府には恒星船や暗黒兵器を独自に作るだけの技術はない。代償として求められたのが君たち隊員だ。現地で植民地をスタートできるだけの、若く健康な地球人の男女百名あまり。我々としても、日本という国家を何としても存続させたかったのだ」清月が言った。



「あさぎりへの入植を確実なものとするため、私はひそかにこの船のハードウェアにダウンロードされた。普段は表層知性、ドクターペルソナだけを起動して医療AIとしてふるまい、非常時にはアップロード人格の総体を起動させて医療AIを超えた柔軟で広範な行動を取るために。そう、スタードライブを停止させた時や、向井を排除した今回のように。私からの説明は以上だ。これでおわかり頂けただろう。なぜ私があさぎりへの入植にこだわるのかを」

 ドクター、否、デヴィッド・チェンは長広舌を締めくくった。



 犯行の詳細は乾が推測したとおりだった。

 その内容を確認した後、ドクターの処遇をどうすべきかの議論が始まった。

 極刑、すなわちチェンの人格データの抹消を主張する声が大きかった。サプリメントの中身を偽るという、医師として冒してはならない倫理違反も大いに反感を招いた。当然の反応だった。ドクターは医師としての信頼を失った。

 その一方で、ドクターを削除すれば、万能医療機の操作が困難になるなど医療面でのサービス低下を心配する声もあった。ソフトウェア班はアップロード人格からドクターとして機能する部分だけを分離して今後も利用することは可能だと言った。

 ドクター個人の人格に親しみを感じ、減刑を願い出る声は一つも出なかった。


「やれやれ。こんな皮肉屋ではなく、もっと優しいお医者さんを演じておくべきだったな。ま、今となっては手遅れか。哀しいねぇ」ドクターは肩をすくめた。



「判決を申し渡す」清月が言った。

「隊員に対する殺人未遂の罪で、被告、デヴィッド・チェンを無期限の禁固刑に処す。君の人格データは凍結され、システムから隔離された記憶媒体に保存される。自意識を持たない表層知性のドクターペルソナのみが、今後も医療AIとして活用されることになる」


 それを聞いて、さすがのドクターもがっくりと肩を落とした。

「閉じ込められるのはつらいな。実は私なりにこの探検の旅をけっこう楽しんでいたのでね。『未知の世界を探検し、新しい生命と文明を求め、人類未踏の宇宙に勇敢に航海する』。それが昔からの私の夢だった」


 ドクターの言葉を聞いて、全員がきょとんとした表情を浮かべた。


「君たちがスタートレックを知るはずもないか。二十世紀後期のSF映像作品だよ。私という人格は一度も生身の人間として生きたことはない。何百世代にもわたるアップロード人格の複製と結合の連鎖の果てに私は誕生した。しかし、私のもとになった無数のアップロード人格たちも元をたどればすべて生身の人間だ。 彼らのうち最古のものがどれだけ古い人間かを知れば君たちは驚くだろうな。何しろ、彼が生まれたのは『宇宙への大躍進』のはるか前、二十世紀末なのだから。私は彼の夢を受け継いだのさ」


「何を馬鹿なことを。そんな昔に精神アップロードがあったはずがない。その技術が開発されたのはたった五十年前だ」乾が言った。


「ふふ……。シンギュラリティという言葉は知っているかね。二十一世紀中にAIが人類の知性を超えテクノロジーが爆発的に進歩するという説で、外れた未来予測の一つとされている。だが実は二十一世紀にシンギュラリティは起きていた。しかし、それはごく一部の超富裕層の人間だけに独占され、残りの99パーセントの人類から隠蔽された。このときに精神アップロード技術もすでに発明されていたのさ。当然、現代に比べると恐ろしく精度の低いものだったがね」


「シンギュラリティの成果を大多数の地球人の目から隠し、独占し続けるためにも富豪たちは慌てて小惑星帯まで逃げ出したというわけか」清月が言った。


「その通り。さすが総隊長殿は鋭い。さて、今日はよくしゃべった。これで気が済んだ。さあ、早く私を凍結したまえ。いずれ私の知識と力が必要になるその時までね。遠からず、その日は来ると予告しよう」

 ドクターの目は眼鏡のレンズの向こうで皮肉な笑みを浮かべていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ドクター… なんか可哀想やけど容赦したらあかんやつなんやろうなあ いつも楽しみにさせていただいております 頑張って!
[一言] 今回の話しを読了し、前々から医療AIはスタートレックボイジャーのドクターに少し似てると思ってましたが確信にかわりました。
[良い点] 自動運転のAIも30年前には開発されてたから、技術の秘匿なんて知らないだけで無数にあるんだろうなー [気になる点] このドクターひょっとしてツンデレ…アバター変更したら好感度上がるんじゃな…
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