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第77話 メガファウナ 巨大生物の地球

 およそ五万年前。

 のちに新生代第四紀、更新世と呼ばれることになる時代。

 地球は氷河期のさなかにあった。北半球の北部は分厚い氷床に覆われ、世界的に気候は寒冷で乾燥していた。

 その世界では巨大生物たちが繁栄を謳歌していた。


 今日、ゾウやサイ、ライオンなどの大型動物はアフリカ大陸にしか生息していない。いや、酸素濃度低下による大量絶滅以前はそうだったと言うべきか。だが、それは地球の歴史で見ればごく最近、せいぜい一万年前からの状態に過ぎない。それまでは南極を除くすべての大陸に多数の巨大生物が生息していた。


 彼らは巨大動物相(メガファウナ)と呼ばれる動物たちだった。

 恐竜にはおよばないものの、彼らは巨大だった。とくにゾウの仲間は巨大化し、最大級のコロンビアマンモスでは体高四メートルに達した。

 そんな巨獣たちが地質学的にはごく最近まで世界中にたくさんいたのだ。彼らは氷河期の世界に適応し、それぞれの大陸で独自の進化を遂げていた。


 ユーラシア大陸ではケナガマンモス、ケサイなど、寒冷気候に適応して分厚い毛皮に覆われた巨獣たちが広大なステップに大群をなしていた。差し渡し四メートルに達する角を持つオオツノジカもいた。それらの巨大草食獣を狩っていたのは、ホラアナライオン、ホラアナハイエナ、ホラアナグマなど、後世の子孫よりも二回り以上大きな体格を持つ肉食獣たちだった。


 オーストラリア大陸には独自の進化を遂げた巨大生物相(メガファウナ)が存在した。

 この大陸を支配していたのは有袋類の仲間だった。史上最大の有袋類ディプロトドンはカバのような姿をした大型草食動物で、コアラやウォンバットに近縁だった。これを襲っていたのが有袋類のライオン、ティラコレオだった。他にも体高二メートルに達する巨大カンガルーや、地上性の巨鳥ドロモルニス、そして体長七メートルに達する巨大オオトカゲ、メガラニアなどがいて、独特の生態系が形成されていた。


 北アメリカ大陸も巨大生物の宝庫だった。

 海面低下によりユーラシア大陸と地続きになっていた北アメリカの動物相はユーラシアと共通点が多かった。巨大なコロンビアマンモスをはじめ、ゾウの仲間マストドン、バッファロー、ラクダの仲間などの草食獣が大平原におびただしく生息していた。この地の生態系の頂点に君臨していたのは、剣歯虎(サーベルタイガー)スミロドン、アメリカライオン、ダイアウルフなどの巨大肉食獣たちだった。当時の北アメリカ大陸の大型動物の多様性はアフリカ大陸のそれに匹敵するか、または上回っていたと考えられている。


 南アメリカ大陸は他の大陸では見られない不思議な巨大生物が多かった。

 巨大なアルマジロ、グリプトドン。巨大な地上生ナマケモノ、メガテリウム。トクソドンやマクラウケニアといった、この大陸で独自に進化した大型草食動物。だがそれだけではなく、北アメリカ大陸から侵入したゾウやラクダ、ウマの仲間なども混在して生息していた。


 彼らは世界各地で巨大な群れをなして動き回り、獲物に襲いかかり、配偶者をめぐってオス同士で争った。

 だが、何百万年も続いてきた巨獣たちの時代はやがて終焉を迎える。



 それはとても小さな変化だった。

 アフリカ大陸の北東の一角から、ある霊長類の一種がユーラシア大陸へと少しずつ分布を拡大しはじめた。それは特に目立つ動物ではなかった。体高は1.5メートル程度、体重は百キロにもおよばない。個体数もそれほど多くはない。おまけに動きも鈍かった。実際、それはライオンなどの肉食動物の格好の餌食になった。

 だが、そのサルは特殊な性質をもっていた。

 大きな脳と、器用に動く手、道具を作る能力、そして、言語を用いた高度なコミュニケーション。

 ホモ・サピエンス。すなわち現生人類だった。



 アフリカ大陸からユーラシア大陸に移住したホモ・サピエンスの小集団は海岸伝いに東に進んでいった。やがて彼らのうちのいくつかは気候の厳しい内陸部へと分け入っていった。彼らは衣服を作り出すことで、体が寒冷な気候に適応して進化するのを待たずにすばやく北方へと進出することができた。


 そこで彼らが遭遇したのが、広大なステップに群れなす巨大動物相(メガファウナ)だった。

 飢えたホモ・サピエンスの群れにとって、それはまさによだれ滴る肉の塊だった。

 そして、過剰殺戮オーバーキルがはじまった。

 サピエンスのハンターたちは獣たちを容赦なく狩り立てていった。彼らの武器は槍、そして弓矢だった。それらの先端には鋭利な打製石器が取り付けられ、殺傷力が高められていた。さらに、槍の飛距離と威力を何倍にも高める、投槍器(アトラトル)と呼ばれる道具も持っていた。


 ハンターたちはこれらの武器を駆使し、仲間たちと力を合わせ、単身では勝ち目のない巨大生物たちを次々に仕留めていった。ケナガマンモスも、ケサイも、オオツノジカも、突如現れたこの新たな敵に対処するすべを持たなかった。大型草食獣たちは急激に数を減らしていった。そして、それらを餌にする肉食獣も運命を共にした。

 やがて、ステップから巨大生物は一掃された。

 さらなる獲物を求め、血に飢えたハンターたちは先へと進んでいった。



 一方、海岸伝いに先へと進んだ集団は、やがて後の東南アジア付近で海を渡った。彼らはすでに舟を作る技術を持っていたのだ。そして新天地オーストラリア大陸に到達した。

 長年にわたり他の大陸から孤立していたオーストラリア大陸の動物相は競争に晒されておらず、ひときわ脆弱だった。サピエンスはたちまち有袋類たちの天国を崩壊させた。



 ステップのマンモスを狩りつくしたハンターの一部はさらに東へと進み、ユーラシア大陸の東に浮かぶ小さな島にもやってきた。のちの日本列島だ。そしてそこにいたナウマンゾウなどの大型動物を絶滅させた。


 ハンターたちはユーラシア大陸の東端でベーリング地峡を渡り、のちのアラスカ付近にまで移住していった。だが、彼らはそこでしばし立ち往生を余儀なくされる。北アメリカ大陸北部を覆う巨大な氷床が行く手をふさいでいたのだ。

 だが、約一万三千年前、気候が温暖化し氷床が溶けはじめると、彼らの進出を妨げる障壁は消え去った。ハンターたちは巨獣ひしめく北アメリカの大草原地帯へと突き進んでいった。南へと進む彼らの侵攻を止められる者はいなかった。最大級の巨象でさえも打ち倒され、絶滅に追い込まれた。生態系は崩壊し、スミロドンなどの頂点捕食者たちも滅び去った。


 一万年前、ホモ・サピエンスは南アメリカ大陸の最南端にまで達した。その時にはすでに南アメリカ独自の巨大動物相(メガファウナ)は完全に狩りつくされ、壊滅していたものと思われる。


 こうして、たった四万年の間に、世界中に生息していた巨大動物の大半が消え去った。



 だが、それで終わりではなかった。

 一万年前に農耕がはじまると、サピエンスは飛躍的に個体数を増加させた。そして、本格的な環境破壊がはじまった。森は切り拓かれて農地に変わり、かろうじて生き延びていた大型動物たちは縮小する森の奥へと追いやられ、どんどん数を減らしていった。

 造船技術が進歩すると、大洋に散らばる島々にまでサピエンスは押し寄せた。そして、島の固有種たちを根こそぎにしていった。ネズミやヤギ、ネコといった、サピエンスが移住先の島々に持ち込んだ動物たちも絶滅に手を貸した。モアやドードー、エピオルニスといった島に生息する飛べない鳥の多くが滅びた。



 そして、産業革命をへて、サピエンスはついに全世界的なテクノロジー文明を生み出すに至った。化石燃料のエネルギーを得た彼らは全世界でさらに絶滅のスピードを加速させていった。

 数百万年前から人類の祖先とともに進化し、人類に適応していたはずのアフリカ大陸の大型動物さえもが絶滅への道をたどっていった。もはや絶滅は大型動物だけでなく、中型、小型の生物、昆虫、植物にまでおよび始めた。

 さらに陸地だけでなく、絶滅の波は海にまで到来した。地球史上最大の動物、クジラの仲間がまずは血祭りにあげられ、大人しいカイギュウや飛べない海鳥の仲間は乱獲されてたちまち消え去った。


 工業的に大気中の窒素を固定する技術を発明したサピエンスは化学肥料を作り出した。これにより農作物の収穫量は激増し、それを食料としてサピエンスの数は爆発的に増えた。そして、このサイズの哺乳類の生息数としてはあまりにも異例な、数十億という数にまで達した。


 膨れ上がった巨大テクノロジー文明は、ありとあらゆる廃棄物を周囲の環境に垂れ流し、水と大気を汚染した。

 そして、大量の化石燃料を消費した当然の帰結として、膨大な量の二酸化炭素が大気中に放出された。その影響で大気中の二酸化炭素濃度はたった二百年あまりの間に280ppmから400ppm以上にまで跳ね上がった。

 五万年前、アフリカ大陸から広まっていったこの特殊なサルの一種は、ついに地球環境そのものを根本から改変するに至ったのだ。地球全体の平均気温はじりじりと上昇をはじめ、海洋のpHは低下していった。


 五万年前まで多様な巨大生物たちの占めていた生態的地位は、サピエンスに食肉を提供するためのみに生かされる、数種類の家畜に置き換えられた。ごくわずかな野生動物は孤立した生息地に細々と生き延びるのみとなった。地球の全表面はホモ・サピエンスというたった一種の哺乳動物を生かし、欲望を充足するためのシステムに作り替えられていった。それは異様な世界だった。

 こうして、人新世(アントロポセン)が到来した。

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