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第76話 竜王掃討作戦③

 乾の乗るドラゴンスレイヤーは恒星船とドッキングした。


 恒星船に乗り移った乾は一目散にブリッジに向かった。

 戦闘態勢はすでに解かれ、高機動戦闘時に注入される緩衝ゲルはすでに回収されて室内は空気で置き換えられていた。


 ブリッジに設置された大型モニタを見つめる清月の背中に向けて乾は言った。

「なんでケツァルコアトルをみすみす逃がしたんですか」

「…………」

 周辺空域の状況を表示する大型モニタから視線を外し、清月はゆっくりと振り返った。そして乾に経緯を説明しはじめた。


 乾がレヴィアタンと格闘している間、ケツァルコアトルは恒星船に襲いかかった。他のギガバシレウスよりも二回りほど小さいケツァルコアトルはそのぶん動きが素早かった。それは翼の前縁に並ぶ鋸歯状の棘で恒星船を切り裂こうと襲いかかってきた。恒星船は急減速と軌道変更を繰り返して回避するので精いっぱいだった。

 だが、その時、眼下の惑星で大爆発の閃光が走った。反物質ミサイルでレヴィアタンが倒されたのだ。

 仲間の死を悟ったケツァルコアトルは一転して逃走に入った。それはアトラトルで狙撃されないよう低軌道を飛びながら惑星の反対側に回り込み、そしてこの惑星から全速力で離脱していった。


 恒星船は惑星から離れゆくケツァルコアトルにむけてアトラトルを二発発射したが、いずれも命中しなかった。

 暗黒兵器は万能ではない。

 たしかにアトラトルは驚異的な破壊力をもつ兵器だ。だがその速度ゆえに精密な誘導は不可能だった。とくに遠距離を飛行する小さな標的に命中する確率はきわめて低かった。その欠点を補うため、標的の直前で爆発し散弾のように破片を飛び散らせるよう改良が加えられていたが、それでも撃ち漏らす確率は高かった。オロチやヴリトラに対して有効だったのは、回避不能なほど十分に近かったからに過ぎない。


 ケツァルコアトルが向かったのは外惑星軌道だった。おそらく接近中の大群とランデヴーするつもりだと思われた。


「まずいんじゃないっすか。奴ら、明らかにこちらの情報を共有してましたよ。この短期間に俺たちの戦法を学習し、それを仲間と共有してどんどん攻撃方法を変化させてきた。ケツァルコアトルは間違いなくその情報を大群の仲間たちに伝えるでしょうね」乾が言った。


「おそらく君の言う通りになるだろうな」清月が言った。


「ただでさえ厄介な敵の大軍が、その上、俺らの情報を完璧に把握して襲ってくる。いくら暗黒兵器があると言ってもこれはやばいっすよ。ケツァルコアトルが本体に合流するのを何としても阻止しなきゃダメなんじゃないんですか」


「もし、それが可能であればな」


「可能ですよ、このドラゴンスレイヤーなら。なんせこの機にはスタードライブが搭載されていますからね。今からでも追いつけます。命令してくれればすぐにでも行きますよ」乾は言った。


「焦るなよ、乾」井関が言った。

「ドラゴンスレイヤーはレヴィアタンとの戦闘でかなり損傷を受けている。ほとんど半壊状態だ。ここまで飛んでこれたのが不思議なくらいだ。それに重力波砲のマイクロブラックホールもホーキング放射でかなり消耗している。これではあと二、三発しか撃てないだろう。どう考えてもこれ以上戦える状態ではない」

「しかし……」乾が反論しようとした。


「ここで君が単騎で出撃し、もし万一、敵の伏兵に遭遇したらどうなる。これは奴らの罠かもしれないのだぞ。君がさっき言ったように、奴らは情報を共有し、それに対処して柔軟に戦法を変化させてくる。こちらが追撃してくることも読んでいる可能性が高い。君も経験したように、暗黒兵器の力をもってしてもギガバシレウスは恐るべき生物だ。ほんの少しの油断や判断ミスが死に繋がる。我々はここで君のように優秀な兵士を失うわけにはいかないのだ」清月が言った。


「……それに、我々が保有する暗黒兵器はこれがすべてではない。まだあるのだ、究極の暗黒兵器が」井関が言った。

「究極の……暗黒兵器だと」乾が言った。


「そうだ。高い知能と情報を持つ数千体の巨竜でさえ確実に撃滅しうる恐るべし武器だ。だから今、焦って危険に飛び込む必要はない。その兵器については後に詳しく説明しよう。それよりまずはこの惑星に残った最後のギガバシレウス、我らが仇敵、ニーズヘッグを如何にすべきか、だ」



 清月は全員参加の話し合いの場を設けた。

 今後の隊員たちの行動方針を決定し、それを全員に周知させるためだ。深海に潜むニーズヘッグにどう対処するのかも議題に含まれていた。隊員たちはブリッジやラウンジ、それに各自の個室などから船内ネットを通じて会議に参加した。

 その席で清月は、あさぎりに接近中のギガバシレウスの大群についての情報を全員に公開した。隊員たちは驚きを見せたものの、意外なことに絶望したり悲観的な態度を示す者はほとんどいなかった。竜王にまるで手も足も出なかった当初とは異なり、暗黒兵器の圧倒的な強さを目の当たりにした直後だからだろう。


「暗黒兵器があれば何千匹だろうが敵じゃないよね」

「今すぐ暗黒兵器の量産体制に入れば大丈夫だろう。返り討ちにしてやろう」


 戦闘を経験していない一般隊員たちのあいだは楽観論と好戦的な雰囲気が漂っていた。

「ふん、お気楽なもんだな。奴らの恐ろしさをわかってないな」乾は言った。



 ニーズヘッグに対しては、暗黒兵器を使ってでもすぐに駆除すべきという先制攻撃派が、井関や乾などの安全保障班、それに近藤のようにニーズヘッグに家族やパートナーを殺された隊員たちだった。大多数の者がこの意見に賛成した。

 これに対し、しばらく観察を続けてデータを収集し、こちらを攻撃する兆候が見られないかぎり静観しようと考える穏健派もいた。こちらは牧野などの一部の生物学者だけにすぎなかった。また、地質学者の伊藤も暗黒兵器の使用には反対の立場だったが、その理由はニーズヘッグの隠れる海溝がプレート境界にあたるため、そこで暗黒兵器を使えば大規模な地震を誘発する恐れが高いからだった。


「暗黒兵器を使わずとも、外皮を再建中の今なら核兵器だけで倒せるかも知れません。即時、攻撃の許可を」井関が言った。


「あの怪物は私たちのかけがえのない大勢の仲間を、そして私の妻を死に追いやりました。今こそ復讐の時です。お願いします、仇を討たせて下さい」近藤が言った。


「たしかに私もあいつは憎い。ですが、あいつはこの惑星に残った最後のギガバシレウスです。あの生物についてはまだまだ謎が多い。いや、ほとんど何もわかっていないと言った方がいい。接近中の大群に対処するためにも、ニーズヘッグから可能な限りの情報を引き出すのが望ましいと考えます」牧野は言った。



 これらに対し、一石を投じたのが向井の意見だった。

「私はいずれにも反対だ。我々はこの星系から撤退すべきだと思う」


 向井は続けて語った。

「たしかに私は、我々に直接危害を及ぼす可能性が高い、六体のギガバシレウスの掃討には同意した。しかし、それはあさぎりに接近中の個体群について知らなったからだ。彼らもあさぎりを目指しているのなら、今後、我々との衝突は避けられないだろう。だが、思い出してほしい。ここはもともと人間の世界ではない。彼らの、ギガバシレウスの世界なんだ。人類は外部からやってきた侵入者に過ぎない。彼らを駆逐してまで人類がこの星系に居座る権利はないはずだ。それは明確な侵略行為だ。私は侵略者などになりたくはない。これが私の意見です、総隊長」


「率直な意見をありがとう。向井」清月が言った。



 清月総隊長はしばし黙考したのち、決断を下した。

「ニーズヘッグについては当面のあいだ監視を継続する。生物学者の諸君は再びあさぎりの地上に降り、テュポーンの死骸とニーズヘッグの調査からギガバシレウスの謎を可能なかぎり解明してほしい。ニーズヘッグが活動を再開した場合は、暗黒兵器を用いて即座に排除する。他の隊員たちは安全を考慮し、恒星船で生活を継続してもらう。……そして、撤退についてだが、我々がこの星系を立ち去ることは永遠にない。あさぎりを人類の第二の故郷とするという、墓前での誓いを翻すつもりもない。たとえその結果として、ギガバシレウスという種を絶滅させることになろうともだ」


「総隊長!」向井は抗議の声を上げた。


「私の決意は変わらない。これはすでに決めたことなのだ」


「たった百名足らずの人間の命のために、この地で進化した種族を滅ぼすのですか。そんなことが許されると思うのですか。それは愚かな人間中心主義ですよ。これではまるで欲望の赴くまま地球環境を破壊した二十世紀の野蛮人じゃないですか!」


「たった百名足らずの命ではない。これには人類の存亡がかかっているのだ。君も知っているだろうが、長いスパンで見ると地球環境は極めて不安定だ。氷河期や、巨大火山の破局噴火は数万年以内に必ず起きるだろうし、さらには巨大隕石の衝突や付近の星域での超新星爆発なども地球を脅かす。そして今、地球は酸素濃度低下という未曽有の危機に襲われている。この状況でいずれかの全地球的カタストロフィに遭遇すれば、今度こそ人類は持ちこたえられないだろう。地球人類はまさに絶滅の危機にあると言える。我々がこの星を征服し、定着することができれば、仮に地球が滅びても人類という種は命脈をつなぐことができるのだ」清月は言った。


「人類など、滅びても構わないじゃないですか。それは地球に侵略者を持ち込み大量絶滅を招いた我々人類の罪に対する罰ですよ。自ら地球を滅ぼしておいて、他の星を侵略して生き延びようなど浅ましいにもほどがある」向井は言い放った。


「だが、君もこの探検に参加したではないか。人類の未来のために」


「私がこの探検隊に参加したのは、あさぎりの生物と人類の共生の可能性を信じたからです。しかし、あまりに甘い考えでした。競合する種を絶滅に追い込む、これはホモ・サピエンスという種族が背負う業なのですね。数万年前、大型生物(メガファウナ)を地球から一掃したように」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 宇宙空間に5000体と惑星に6体ってなると、ギガバシレウスの生態が興味深いですね 本来は宇宙空間で暮らして、一部の個体が惑星に降りて何か(例えば繁殖とか)するような生態なのか、それともガス…
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