第7話 残骸
「まったくひどいものだ」
セドナ丸の残骸発見後、急遽ブリッジに召集された事故調査班の一人がつぶやいた。
それはセドナ丸の船尾側の三分の一に過ぎなかった。だが無残に引き裂かれた残骸を見れば乗員たちをどんな運命を辿ったかは一目瞭然だった。まだ遺体こそ発見されていなかったが、事故当時にこの船に乗っていた者は誰一人として生き残れなかったに違いない。
「原因についてはどう考える?」清月は事故調査班に問うた。
「詳しい調査がまだなので断言はできませんが、破損の状況からみておそらく小天体との衝突かと思われます。外部隔壁がへこみ、内側に向かってめくれ返っています。核融合炉の爆発など内部からの破壊ならこうはなりません」事故調査班の女性隊員が答えた。
「しかし、セドナ丸には周辺警戒システムも、デブリ除去装備も搭載されていたはずだ。隕石などの接近に対処できなかったとは考えにくくないか?」清月が疑問を呈した。
「たしかにそうですが……」
「なにぶん、現時点ではデータが十分ではありません。さらに調査が必要です。船体の残りの部分がどこに行ったのかを突き止め、さらにあの残骸にランデヴーし、船内に残された記録がないか捜索しなければならないと考えます」事故調査班のリーダーが言った。
「そうだな。では、さっそく取り掛かってくれ」
「承知しました」
テレストリアル・スター号の格納庫から引き出された小型艇はセドナ丸の残骸に向かっていった。
自転する巨大な残骸に乗り込むのは細心の注意を要した。うかつに接触すれば弾き飛ばされてしまうだろう。
小型艇のハッチから、事故調査班のメンバーが宇宙空間に漂い出た。彼らは宇宙服に装着された小型スラスターを噴射してゆっくりと残骸に近づいていった。
清月は固唾を飲んで調査班の様子をブリッジから見守っていた。到着早々、さっそく困難なミッションが降りかかったが、果たしてうまくいくだろうか。もちろん、このような事態を想定した訓練は六年間の長旅の間、何度も仮想で繰り返してきたが……。
調査班たちはロープ銃を構え、回転する残骸に向かって撃ち込んでいった。ロープの先端についた銛が残骸に食い込むとロープがピンと張った。彼らの体は回転する残骸と一緒になって振り回され始めた。すぐに銃のボタンを押してロープを巻き取ると、隊員たちは残骸の表面に両足をつけて降着した。ブーツの裏側の電磁石が作動し、彼らの両足を表面にしっかりと固定した。
「こちら事故調査班、五名全員無事に乗り移りました。これより船内調査に入ります」
「了解した。くれぐれも気を付けてくれよ」
清月は調査班のヘッドカメラが中継する映像を食い入るように見つめた。
調査班が降り立った場所は、おそらくかつては機関室だったのだろう。そこに据え付けられていた機材の大半は爆発で吹き飛ばされたか、自転の遠心力で弾き飛ばされたらしく、残っている物はほとんどなかった。ぎざぎざに引き裂かれた隔壁の断面から飛び出た、ちぎれたケーブルやチューブが真空中でのたくっていた。調査班は絡めとられないよう、それらを注意深く避けて通路に進入していった。
太陽光を浴びて白昼のように明るかった機関室跡から一歩通路に踏み込むと、一転して周囲は深い闇に閉ざされた。調査班のヘルメットに装着されたヘッドライトが自動的に点灯した。光の筋が残骸の奥深くに向かって伸びる通路を照らし出し、突き当たりの壁面に付着した霜を煌めかせた。
通路内壁のパネルは激しく損傷していた。ところどころが焼け落ち、その裏の構造材がむき出しになっている。
「うっ、これは……」調査班の一人がうめいた。
「どうした。何があった」
「こちらをご覧ください」
ヘッドカメラが捉えた映像に映っていたのは、白い壁面パネル一面にぶちまけられた、おびただしい血の跡だった。おそらく事故が起きたのは百五十年以上前だと思われるが、それはまるでつい最近まき散らされたのように鮮やかに残っていた。船体奥深くは紫外線や宇宙線の暴露から遮られていたからだろう。点々と、干からびた肉片らしきものもこびりついている。
「付近に遺体は?」
「ありません。さらに奥に向かいます。このまま通路を進めば、居住区画の残骸に出るはずです。そこまでいけば何か残っているかもしれません」
調査班一行は残骸の奥に進入していった。自転の中心に向かうにつれて遠心力による微弱な疑似重力は弱くなり、やがてほとんど感じられなくなった。彼らはブーツの電磁石を切り、無重量状態に近い通路を上に、奥に向かって進んでいった。
先に進むにつれ、セドナ丸の乗員たちが残していった品々が見つかり始めた。宇宙服のヘルメット、飲料ボトル、紙屑、そして、旧式の個人用端末機器。
「ひどく壊れていますが、何か情報が取り出せるかもしれません。回収します」
ついに調査班一行は残骸の中心にある居住区間にたどり着いた。
そこは墓所と化していた。
真空中でミイラ化した大量の遺体が無重量状態の船室内を漂っていた。遺体の群れは互いに引き寄せ合い、それぞれが独自の軌道を描きながらゆっくりと回転していた。その様子はまるで集団でダンスを踊っているかのようだった。
遺体はいずれも損傷が激しかった。調査班、それにその映像をテレストリアル・スター号のブリッジで見守っていた清月隊長をはじめとした乗組員たちは悲劇に見舞われたセドナ丸の乗員たちに黙祷をささげた。
「彼らを襲った悲劇の原因を究明する。それが我々にできるせめてもの供養だ」清月隊長は言った。
事故調査班はDNA配列から身元を特定するため、遺体の組織片を採取する作業に取り掛かった。同時に船内に残された事故原因の手掛かりを探し始めた。
数時間後、調査班は残骸から撤収した。
回収された十台余りの個人用端末はデータ復元のためハードウェア班の分析に回された。その解析結果が出るまではしばらくかかりそうだった。
調査班が残骸に乗り込んでいる間も、観測班はセドナ丸の残りの部分を求めて全天の観測を継続していた。だがいまだ発見には至っていなかった。ブリッジを含む失われた船体前部には航行記録を収めたフライトレコーダーなどさらに重要な手がかりとなる情報が残されていると目された。
また、惑星上に生存者の子孫が残っている可能性があるため、そちらの捜索も同時に開始された。惑星あさぎりを周回する軌道に五機の人工衛星を投入して地上を徹底的にスキャンしはじめたのだ。撮影された膨大な画像データはAIに処理され、家屋などの人工物らしき物体が映っていれば自動的に検知される仕組みになっていた。だが今のところはまだ全地表の2%足らずをスキャンしただけだった。
その日の調査結果はすべて艦内ネットに掲載され、全乗組員に情報公開された。牧野も端末でそれらの資料を隅々まで閲覧した。
そこに掲載された引き裂かれたセドナ丸の画像を見て、牧野はどこか心に引っかかるものを覚えた。
「お疲れさん。大変だったな」
テレストリアル・スター号の船内通路で、牧野は帰還した調査班の一人、飯塚美棹に声をかけた。
六年間の長旅を共に過ごしてきた今、班の区別なく乗組員全員が顔見知りになっていた。その中でも事故調査班の飯塚は牧野の親しい友人の一人となっていた。
飯塚はげっそりとやつれた顔をしていた。ふだんは活発な少年のような彼女だったが目の下には濃いクマができていた。無理もない。遺体が詰め込まれた船内で長時間におよぶ作業をしてきた後なのだ。神経がすり減り疲労困憊しているのも当然だ。
「あんな作業はもうこりごり。あれはまさに悪夢の中の光景だった。うぅ、夢に見そう」
「せっかく新しい世界に到着した直後だというのに、災難だったな」
「本当よ。惑星あさぎりの生物を見る前に、死体置き場に潜入する羽目になるとはね」
「ご愁傷様。とにかく、シャワーを浴びて今夜はゆっくり休みなよ」
「そうさせてもらうわ。ま、とにかく、これで私たちの仕事は早くも半分以上片付いたようなもんだわ。あとは回収した端末の解析と、遺体の状況から推測される事故原因の特定といったところかな」
飯塚の仕事が予想よりも早く進んだのに対し、牧野たち生物学者の出番はまだまだ先になりそうだった。
セドナ丸の生存者や人工物のスキャンと並行して、人工衛星を利用したあさぎりの地上環境の解析が進められていた。それらはセドナ丸が太陽系に送信した地図と照合され、情報が更新、補完されていった。
また、セドナ丸最後の通信に映っていた超巨大生物の姿も捜索されていた。あれほどの超巨大生物が実在すれば、見落とす可能性はまずないだろう。惑星の一部は白い霧にすっぽりと包まれていたが、赤外線や電磁波を使えばその下の地形を難なく見通すことができた。
そうして集められたデータをもとに、着陸地点を選定し、さらに無人機による遠隔調査を経て、ようやく着陸調査が実行に移されることになる。
早めに見積もっても、半年はかかりそうだった。
「俺もはやく地上に降りて、自分の仕事を進めたいよ」牧野は言った。
「地上では何が待ち構えているかわからないわよ。十分に準備してからじゃないとね。超凶暴な人食いモンスターがうじゃうじゃいるかも」
「はは、そんなわけないだろ。映画じゃあるまいし」
「そうだね。でも、セドナ丸の人たちには何かが起きた。着陸調査は可能な限り慎重に進めた方がいいわ。この星には何かが隠されている、そんな気がする」
「そうだな。飯塚の言う通りだ」
「じゃあね、おやすみなさい」
飯塚はふらふらとした足取りで、自由落下状態の船内を遠ざかっていった。
牧野も自分用の就寝スペースへと向かった。
眠りに落ちる間際、牧野はその日見たセドナ丸の残骸の様子を思い起こしていた。船の外部隔壁につけらた縦横に走る無数の傷、あれはまるで巨大な獣の爪痕のようではなかったか……。
やがて、牧野の意識は夢現の領域へと滑り込んでいった。